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月日が経つのは早いもので、季節は巡り、日差しが強くなってきた。トレーナーに向けた勉強にも慣れ、新たな知識にワクワクする余裕も生まれている。
いつもの様に勉強を終わらせ、お風呂に入った後にリビングに行くと、何やら両親が真剣な表情をしている。なんでも健治たちの夏休み期間中に仕事が忙しくなるそうだ。父は遠出、母は泊まり込みが多くなりそうとのことで、どちらの実家に健治たちを預けるかで悩んでいた。
健治はどっちでもいいが、せっかくなのでなかなか行かない母の実家のある大阪に行くことにした。ただ妹は友達とあまり離れたくないとのことで、近くにある父の実家に行くことになった。
最近は兄離れが進んでいるのか、少し寂しく感じる健治であった。
夏休み初日。父と一緒に母の実家のある大阪に来た。祖母と祖父に挨拶だけして父は仕事があるからと去ってしまった。
お昼前に少し多めのおにぎりと水筒をリュックサックに入れ、自転車を漕いで近くの公園に行く。ここの公園は遊具が多く、自然も豊かで結構な数の家族連れがやってくる。健治は夏休みの自由研究であるスケッチをしようとやって来たのだ。
良さそうな場所を探していると、一人のウマ娘がベンチに座り、俯いている。あそこだけ雰囲気が沈んでいるように見える為か周りに人影はなく、若干避けている節まである。
健治はその子の隣にドカッと座りリュックを下ろす。
「ここ、座って良いかな?」
「なんやにいちゃん。座ってから言うもんやないで」
「元気ないな~。お腹でも空いてるのか?」
「は~。あんなぁ、そんなわけないやろ」
そうその子が答えた瞬間にキュルル~と可愛らしい音が聞こえてきた。
「こっ!これはちゃうねん!」
慌てて顔を真っ赤にしてお腹を押さえる少女にリュックから取り出したおにぎりを差し出す。
「はい。これ。昨日の唐揚げをおにぎりにしたんだ。結構大きくてインパクトあるだろ。食べてみてよ」
「ほ!施しは受けん!」
「んじゃ俺が食べよっと」
そう健治がアルミホイルを開いておにぎりに齧り付こうと口を大きく開けると、少女の口も大きく開かれる。
「あ~~~」
「あぁぁぁぁぁぁ…」
ちらりと横を見ると少女は顔を赤くしてプイッとそっぽを向く。
「はぁ…食べたいなら食べたいって言いなよ。ほら」
「可哀想思ってるんならぶっ飛ばすで!ウチは」
「ごたごたうるさい!食え!」
「むご!」
健治はグッと少女の頭を押さえて口におにぎりを押し当てる。本来ウマ娘相手では押さえつけるなんてとてもできないが、少女はウマ娘だというのに力が無い。体は小さいし、手足は細い。出会った三人に比べたらとても正常とは思えなかった。
「うおー!食えー!食わないとこのままだぞ!」
「むごむご~!」
押し当てられているせいか上手く食べられていない。3割ほど食べたのを確認して健治は手を放して残りのおにぎりを渡す。
「どうだ。おいしいか?」
「むぐむぐ。あんまりやな。むぐむぐ」
「少し多めに作ってしまってるからまだあるぞ。食え食え」
「ほんまか?味はウチの母ちゃんが作ったほうがええが、これはこれでええやんな!」
遠慮を知らなくなった少女は結局、健治におにぎりを一つだけ残してそれ以外全てを平らげてしまった。しっかり水筒のお茶も半分ほど飲み、ようやく満腹になったのかベンチで横になってしまった。夏場とはいえ日陰で薄着の状態で寝ると風邪をひく可能性がる。健治は半そでのジャケットをそっと少女にかけてあげる。公園でははしゃぐ子供の声で溢れているため、寝るには向いていないはずなのだが少女はぐっすりと眠っている。丁度良いのでリュックから画用紙と色鉛筆を取り出してスケッチをする。
2時間ほどたっただろうか。少女がむくりと起きた。
「おはよう。良く眠れた?」
「あ゛ぁ゛~すまんなぁ。ん?これ兄ちゃんのか?」
「そうだよ。起きたなら返してもらえると嬉しいな」
「すまんなぁ」
「大体事情は察したけど、う~ん聞いて良いのかな?」
「ウチの家が貧乏なんかってことやろ?せやで。チビたちを食わせないかんからな。ウチが我慢してその分食わしたるんや」
「でも君はどうなの?頭を押さえてる時感じたけど、君、ウマ娘特有のパワーが無いよね。それで大丈夫なの?」
「誰にモノ言っとんねん。こう見えて駆けっこで負けたことあらへんで!」
そう言い二カッと笑う少女からは、正直言って覇気が感じられなかった。
「……提案があるんだけど…聞く気はあるかな?」
「なんや改まって」
「実は料理を憶えようと思ってね。これがなかなか上手くいかないんだ。ウチのお爺ちゃんやお婆ちゃんだと俺に遠慮して旨いしか言ってくれないし。さっきのおにぎりの感想みたいに…要は遠慮ない感想が聞きたいんだ。試食してみる気はないかな?」
料理を憶えようと思っているのは本当だ。まだ包丁も握ったことないが。トレーナーには最低限の栄養管理能力が要るらしいし、良い経験になるのは間違いない。なにより普段から豪華な食事になれているシンボリルドルフや、料理の上手いクインさんの料理を毎日食べて舌の肥えているミスターシービーよりは、健治自身が傷つかなくて済みそうなのだ。こちらの意図を察しきれていないのか、少女はジト目でこちらを見てくる。
「なんや兄ちゃんはウチを実験台にしたいんか?毒でも盛る気か!?」
「流石に毒は盛らないけど、実験台と言えば実験台かな。俺は料理が上手くなる。君は腹いっぱい飯が食える。win-winってやつだね。期間は夏休み終わるまでで…どうかな?」
「うぃんうぃん?取引っちゅうことか?まぁええで。ウチにとっては得しかないしな。お昼にここ集合でええんか?」
「決まりだね。んじゃよろしく。…え~と」
「ウチの名前か?ウチの名前はタマモクロスや。みんなタマちゃん言うてるで」
「そっか。俺は羽柴健治。ケンジってみんな呼んでる。これからよろしくなタマちゃん」
「よろしくな。ケンジ!」
次の日、健治はキッチンに立っていた。後ろでは祖父が心配そうな表情で見て、隣では祖母が気合を入れている。健治が作ったことがあるのはせいぜいオリジナリティ溢れるおにぎりくらいで、今まで包丁を持ったことが無い。その事情を知っているため、祖母の指導は包丁の持ち方という基礎中の基礎からだった。作りたい料理は事前にネットで調べ、祖母に伝えている。お弁当を渡す相手はウマ娘だ。量はそれなりに多くなるためどうしても時間がかかってしまう。手際が悪いためか、途中素材を焦がしながらも何とか5段の重箱に料理を敷き詰める。余ったものは祖父母の昼食だ。健治はいつもより大きめのリュックサックに弁当を入れ、公園へと自転車を漕ぎだした。
「タマちゃん!」
「おお、来たんか。場所は取っといたで」
そう言ってニシシと笑い、こちらを見るタマモクロスの視線は直ぐに大きめのリュックサックに向かう。
「えらい大きな鞄やな。そないに作ったんか?」
「まぁね。ウマ娘たるもの、身体が資本だよ。…よっと。ジャジャーン!」
差し出される5段の重箱。これにはタマモクロスも驚いた。
「これはけったいなもん作ってきたなぁ。…?なんや肉がおおないか?」
「よく気付いたね。タマちゃんはずばり痩せすぎだよ。だからまずはお肉をがっつり食べてもらおうと思って。味付けはウチのお婆ちゃん直伝だけど、タマちゃんに合うかわからないから、まぁ食べてよ」
「ようわからんけど良い匂いさせるやん。ほないただこか!いただきまーす!」
そういって勢いよく食べだすタマモクロス。昨日のおにぎりもそうだが、本当に美味しそうに食べる子だ。モリモリ減っていく料理を見ていると胸がスカッとする。しかし味わって食べている様子が無いため、味見という役割をこなせるのか若干心配になる。
「ぷはー!旨かったで!ごっそさん!」
「お粗末様。で、味はどうだった?」
「ん~ちぃと醤油辛かったな。ウチはもう少し甘めの方がええと思うで。あと出汁の使い方が甘い気がするわ。ま、良いもん持っとるから数作れば上手くなれると思うで」
「そうか~。焦がしちゃってることに何か一言無いの?」
「アホぬかせ。にいちゃんの手ぇ見れば料理やったことないんはすぐわかる。初心者に完璧求めるもんやないやろ」
「そうか~。うん。ありがとう」
タマモクロスの心遣いが胸に染みる。ふと気になって健治はタマモクロスに質問をしてみた。
「そういえば昨日”チビたち”って言ってたけど何人兄弟なの?」
「ウチ入れたら五人やな。ウマ娘が三人に、弟二人や。それがどないしてん」
「…足りないかもしれないけど…う~ん。何とかなるかもしれないな~って思ってね」
「何がやねん。」
「タマちゃんの栄養不足。解決できるかも」
「ほんまか?どないする気や?盗んでくるとかは無しやで。そこまで落ちぶれとらんもん」
「そんなことはしないよ。ただまだ出来るかわからないから、とりあえず保留で。目途が立ったら教えるよ」
「そか、まぁ期待せんで待っとくわ」
そうしてこの日は遊具で一通り遊び、解散となった。
家に帰ると健治は早速動くことにする。
「お爺ちゃん。お爺ちゃんの畑っていっぱいビニールハウスがあるよね?何の野菜作ってるの?」
「おお、なんや、農業に興味あるんか?」
「いや、ない。けど作ってるものには興味があるかな」
「まぁ季節の野菜が基本やな。ニンジンはウマ娘さん達のおかげで年中売れるから大量に作っとるで。…話が見えんな。将来はトレーナーを目指しとるんちゃうんか?今も勉強しとるやろ?」
「そうなんだけどね。実はちょっと前に女の子と知り合ったんだ。んで、その子はウマ娘なんだけど、家が貧乏で満足に栄養を取れていないようなんだ」
「なるほどなぁ。話が見えてきたわ。要は余った野菜をあげられないかっちゅう事やな?…ん~ウチは収穫量は多いし規格不良品も出るけどそないに量はあらへんよ?」
「それでも、少しでも良いからあの子の力になりたいんだ」
「…なんでそこまでしてあげるんや?その子は昨日今日会ったばかりの子なんやろ?いうちゃ悪いが余計なお世話ちゃうんか?」
「…確かに余計なお世話かもしれないけど、一期一会を大事にしたいんだ。知り合っちゃったからには無視したくない。それに、あの子を見て見ぬ振りしたら多分一生後悔する気がするんだ。」
「まだ10にもなってない子が一生後悔すると来たか。面白い、やってみぃや。親御さんにはワシも説明しとく。その代わり、出世払いや。対価はケンちゃんが大きくなったら必ず返しぃや」
「ありがとう。お爺ちゃん。トレーナーになって10倍にして返すよ」
「なぁなぁ。ケンジの家ってどないな感じなんや?ウチ友達んち行くの初めてで緊張するわぁ」
「まぁまぁ。もうすぐ着くから」
そう言って昼食後にタマモクロスを誘って家までやって来た。明らかに場慣れしていないのかかなり挙動不審で言葉が尻すぼみしている。
裏手に周ってビニールハウスの入り口をめくり、祖父を探していくこと三か所目。ようやく祖父を見つけて話が出来た。
「この子が昨日言ってたウマ娘。タマモクロスちゃんって言うんだ」
「ど、どうも。タマモクロスです…」
「?なんやこの子元気ないなぁ。腹減っとるんか?」
「多分初対面だし委縮してるだけだと思うよ。お爺ちゃん」
「にしても腕細っこいなぁ。こんなんで走れるんか?」
「え…えと…。」
タマモクロスが委縮して上手く話せていない。流石に本題に入ろうかと健治が切り出す。
「タマちゃん。ウチのお爺ちゃんが余った野菜をタマちゃんにあげるって。だから定期的に貰ってくれるかな?」
「へ?」
「収穫した際に規格不良って言って売れないものがあるんだよ。それをタマちゃんにあげようって話」
「いや…貰えるんなら貰いたいけど、何で会ってそないに経ってない奴に親切になれるねん。そっちのお爺ちゃんも」
「…タマちゃんは駆けっこで負けたことないって言ってたよね」
「それがどないしたんや?疑っとるんか?」
「いや、疑ってないよ。今のご飯をあんまり食べてないタマちゃんでそれなら、しっかりとご飯を食べたタマちゃんはどうなるんだろうと思ってね。俺はそれを見てみたい」
「はぁ?」
「だから、万全の状態でしっかりとトレーニングをしたタマちゃんがどんな走りをするのか。俺は見てみたい。出来れば大きなレースで、一流のウマ娘相手にどんな走りをするのか見てみたい」
トレーナーの勉強する前ならこんな風には考えなかっただろう。勉強をする上でウマ娘の歴史にも触れることがある。そこで習った悲劇のウマ娘の数々。健治は純粋に恵まれなかったウマ娘にも手を差し伸べたいと思った。流石に全てのウマ娘を救うことは出来ないだろうけど、目の前の子くらいは何とかしてあげたいと思った。
「だからお節介と言われても止めないよ。無理やりにでも受け取ってもらう。俺は我儘なんだ」
健治の黒い瞳が真っ直ぐにタマモクロスの瞳を見つめる。やがて根負けしたのかタマモクロスが答えてくれる。
「…ハァ…ケンジは物好きなやっちゃなぁ。いきなり隣に座ったと思うたらおにぎり口に押し込むし、弁当作ってくるぅ言うし……しゃあない、とことん甘やかせてもらうわ。ありがたく頂かせてもらうな!」
それから頑丈な背椅子に野菜の入った段ボールを括り付けて、タマモクロスに持ってもらう。身長が低いため危なっかしく見えるが、バランス感覚が優れているのか本人曰くかなり安定しているそうだ。
「これええやん。鍛えられるし、一石二鳥やな!ケンジもケンジのお爺さんも、ありがとな!」
二カッと笑うタマモクロスに祖父も健治も笑顔になる。最初の覇気のない笑顔とは違う。心からの笑顔に健治は自分のやったことは間違いではなかったと安心した。
「せや!ケンジ!今度ウチにきぃや。チビたちも紹介したるで」
「おお!その時はよろしくね!」
夕日に照らされ、見えなくなるまで手を振りながらタマモクロスは帰って行った。
別の日にはタマモクロスのお家に招待され、その際にご両親から感謝された。タマモクロスが食事を抜いていたことに多忙故気付かなかったことを悔いていた。二人の収入は悪くないのだが、如何せんチビたちが良く食べる。ウマ娘が三人も居るのだから食費だけで凄いことになるに決まっている。国からの補助金もあるのだが、靴などの消耗品も考えるとギリギリなのだそうだ。その日は一緒にご飯を食べた。ギャーギャーと料理の取り合いをするチビたちをタマモクロスが大声で宥めている姿に、健治はおかしくなって笑ってしまった。
食事の後にはチビたちと風呂に入った。タマモクロスはなぜか遠慮していた。流石に五人で入るには手狭だが、こういうお風呂も悪くない。お風呂まで頂いたところで祖父が迎えに来て、一家に見送られながら家に帰った。友達が増えたことに喜びを感じながら、夏休みは過ぎていった。
書いた傍から垂れ流していくスタイル。