ぼっちが学校(下北沢付近)から金沢八景まで片道2時間って言ってたけど、それ渋谷通らないルートじゃないと無理では?ってなったので。
渋谷。
陽キャの聖地で、陰キャは単独で立ち入ることすら許されない、結界が張り巡らされた封印都市(私から見て)。
結界の中では陽キャの皆様方がイソスタやティックトゥックに上げる用の撮影をそこかしこでやっていて、いいね数で渋谷内での順位が決まり、順位下位は上位に逆らえないシステムが構築されているということらしい。
ということで私のようなそもそもその勝負の土俵にすら立てない人間は、同行者なしにこの地に足を踏み入れてはならないのだ。街も私を拒絶するし、私自身も陽キャの光に包まれて対消滅してしまうので。
・・・なんだけど。この前うちに遊びに来てくれた喜多ちゃんが言ってた。
『ひとりちゃん、前に下北沢まで片道2時間って言ってたけど、それってかかりすぎじゃないかしら?私今日1時間ちょっとくらいで金沢八景の駅に着いたわよ?』と。
『あっえっでも、うちから横浜に出て相鉄と小田急乗り継いだら徒歩含めてそれくらいに────』
『えっ相鉄......?渋谷経由で京王と東急の乗り継ぎじゃなくて?』
『......はへ?』
『ちょっと待ってね......これ見てみて!』
喜多ちゃんのスマホに映っていたのは乗り換えアプリの画面。
確かに、そこには金沢八景から下北沢の所要時間は「1時間10分」と書かれているし、経由地に「渋谷」の名前がある。それに、たぶんだけど電車賃自体もこっちの方が安いような......
『ねっ?そうでしょ?』
『あっ本当ですね......まあ、でも渋谷通らなきゃダメみたいなんで私には無縁の経路ですね』
『えっ......通ればいいじゃない』
???......この人は何を言ってるんだろう?私陰キャだよ?
『いや、そのこの人は何を言ってるんだろうみたいな顔やめてくれない?』
『あっ......いや、はい』
『通ればいいじゃない、渋谷。ちょうど新学期前で定期更新のタイミングだし、ちょうどいいんじゃない?』
『えっでも、私イソスタもティックトゥックもやってないですし、ルール上1人で渋谷に立ち入れないというか......』
『何そのルール!?』
─────そんな感じの噛み合ってないやり取りがありつつ、とりあえず喜多ちゃんに陰キャが渋谷に立ち入っても法律上大丈夫なことを教えてもらい、やっぱり時間もお金も渋谷まわりの方にメリットがあるんだから、定期もそっちに変えたら?とアドバイスも貰ったところで、その話はお開きとなった。
確かにその経路で通えば、今よりも往復合わせて1時間は時間が浮くし、それだけギターの練習や作詞の時間に充てることができる。どう考えてもこっちにすべきだよね。
ただ・・・渋谷かあ・・・
いや分かってるんだよ?なにも渋谷駅の外に繰り出して、道玄坂を練り歩いたりしなくてもいいってことは。あくまで乗り換えのために通るだけなんだから。それを分かった上で、遺伝子レベルで刻まれた拒否反応になかなか抗えないんだけど。
......というか私、経路選びはお父さんに任せっきりだったんだけど、お金も余計にかかるのにナチュラルに渋谷を回避するルートを選ばれてたあたり、これものすごく気を遣われてたんじゃ......お父さんごめんなさい。
そんなこんなでその後数日に渡り、やっぱり時間欲しい......いやでも渋谷かあ......みたいな思考の堂々巡りを繰り返したけど、結局練習時間の確保したさと両親への申し訳なさが勝った私は、意を決して新学期からの定期券を渋谷経由で発行したのだ。
そして新学期初日。
「...............オェ。」
渋谷駅構内で溶けかかっている私がいました。
◇◆◇◆◇
ここまでを振り返ってみる。
まず横浜で東急に乗る。今までと比べたら比較にならないくらい大量の通勤通学客で溢れかえっていたけど、最初の方はなんとか耐えられた。
─────が、ダメっ!
各駅ごとに同士が増え限界寸前にまで達した混雑量のせいなのか、もしくは着々と渋谷が近づいてきていることへの拒否反応なのかは分からないけど、とにかくみるみる悪くなっていく私の体調!
結局30分ほどモッシュのように揉まれ続けたのち、なんとか渋谷で降りることはできた。......というより、他の人たちと纏めて電車から吐き出された、って感じだったけど。
フラフラとした足取りでなんとか改札には辿り着く。そして倒れ込むようにSuicaをタッチし、さあ井の頭線に乗り換えだーというところで......電池が切れた私は壁際によれて行き、そのまま座り込んでしまった。
...............オェ。
冷たい壁に背中を預け、道行くたくさんの学生やサラリーマンを眺めながら思案する。
────え?これを今日から毎日やるの?いや絶対無理じゃない?
初日も初日、それもまだ乗り換えすら達成できていない段階で私はもう白旗を上げていた。いやもうこれは無理だと。学校辞めちゃうぞと。
しかも昨日寝る前に調べたルートだと、ここから更に5分ほどこの渋谷を歩かないと井の頭線の渋谷駅までは辿り着けないはず。もうそんな体力どこにもないです。
それに多分だけど、この渋谷って街、やっぱり私にデバフかけてきてると思う。座り込んでなんとか体力回復させようとしてるのに全くHPのゲージが溜まっていく感じしないもん。
天を仰ぐ。無機質な天井が見えるだけ。なんだかそれが余計に私を虚しくさせる。
......やっぱり失敗だったかな。
もうたぶんこれは遅刻だよね。そこまで時間に余裕を持たせて通学してないし、何より今すぐ動き出すための気力もきっかけもない。
そして始業式の途中に体育館に単騎突入する勇気ももちろんないので、ここでしばらく時間を潰して業間休みの間に上手いことクラスに侵入できれば─────
「やっぱりいた、ひとりちゃん」
「......え」
やけに知った声がするので視線を声がする方へ向ける。
......私の真横に、目線を合わせてしゃがんでいる喜多ちゃんが急に出現していた。
「大丈夫?もう遅刻決定しちゃったわね」
「喜多ちゃん......なんでここに」
「だって、絶対ひとりちゃん力尽きてると思ったから」
「うっ!」
図星!図星も図星!
「えっあっ......大丈夫です......よ?げ、元気一杯ですし」
「いやよく言えたわね......口から変な色の液体出てるわよ」
「......見栄張ってごめんなさい」
「大丈夫?立てる?」
「あっはい、なんとか......」
言いながら口を拭って立ち上がろうとするが、やっぱり全然体力が戻っていないのでよろめきそうに─────なっただけですんなり立てた。
「無理しなくて大丈夫だからね」
喜多ちゃんがふらつく私を抱き止めてくれていたおかげで。えってか近い近い!お互いの顔の距離10センチもないよ!
私を気遣ってくれた言葉もあまりの至近距離で発せられたせいか、普段の可愛い声より更に5割増で甘く聞こえる。おかしくなっちゃう。
「ひとりちゃん顔も赤いけど本当に大丈夫?熱とかあるんじゃないの?」
「ぴゃ!?」
自然な流れでおでこを近づけようとしてくる喜多ちゃん!いやダメダメ、これ以上やられると私崩壊しちゃう!雑踏の中で液状化して回収できなくなっちゃう!
「あっいや、大丈夫です!原因は分かってるので!」
「そう?大丈夫ならいいんだけど」
食い気味に否定して姿勢をいつもより気持ち正すことで、喜多ちゃんに本当に大丈夫だとアピールする。まあ別の意味で大丈夫じゃなかったけど。
喜多ちゃんは「......原因?」って呟きながらちょっと怪訝そうな顔をしてるけど、まあごまかせた......はず。
......ちょっと勿体ないことしたかな?......まあ、今はやめてもらった方が絶対良かったと思う。うん。
こんなとこで喜多ちゃんに甘やかされちゃったら羞恥心と多幸感でどうなるか分かったもんじゃないし───────
ってな感じに脳内でいろいろ言い訳していたせいで、いつの間にか自分の手が喜多ちゃんに握られていることに気づけなかった。
「それじゃ行きましょ!」
満面の笑み。美少女すぎる。
「あっ......ひゃい」
「なんだかまた溶けかかってない?本当に大丈夫なの?」
「あっ大丈夫じゃないけど大丈夫です」
うん、もう抵抗しなくていいや。
◇◆◇◆◇
結局そこから学校までの道程は、脳内がぐちゃぐちゃになったせいでもうよく覚えてない。
とりあえず改めて乗った満員電車に乗り込むところから学校に着くまで、喜多ちゃんはずっと私の手を離してくれなかった。私手汗すごいことになってそうだったけど、良かったのかな......。
なんかそのあとも記憶が混濁しているけど、喜多ちゃんの言う通り遅刻した私たちは、2人仲良く手を繋いで始業式が始まった体育館に突入し、全校生徒の注目を集めて──────あっここから先もう思い出せない。
「ひとりちゃん、本当に大丈夫なの?保健室行く?」
「......いや、大丈夫です」
机に突っ伏したまま、心配して私の席まで来てくれた喜多ちゃんに答える。朝からいろんな要因で体力を削られ切った私は、もう口を開くことさえもまあまあしんどくなっていた。
というかなんで喜多ちゃんはそんなに平気......というか元気なんだろうか。
やっぱり渋谷パワー?陰キャを極めた私に特大のデバフがかかっていたように、陽キャの女王たる彼女には逆にとてつもないバフがもたらされていたのかもしれない。あっ、いつもよりスキンシップが激しかったような気がするのもそのせいなのかな......。
・・・あれ?渋谷?
重い口を開く。
「......あの、喜多ちゃん」
「どうしたの?」
「喜多ちゃんって......確か小田急で新宿通っていつも帰ってましたよね」
「そうだけど、それがどうかした?」
「......なんで渋谷にいたんですか?」
「言ったじゃない、ひとりちゃんが心配だからって」
また意識が戻った時には、そこから先の記憶もなくなっていた。
ああ、明日からどうしよう......