かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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毒花怪鳥戦③/深淵にて

 

 

 怪鳥の攻撃手段はこれまで事前に行なってきた戦闘でいくらかは判明させていたつもりだった。だが、そのウルの把握した攻撃手段は、怪鳥の持つ武器の一部に過ぎないのだと、ウルは思い知る羽目に陥っていた。この瞬間に。

 

『岩じゃ!!』

「なん――?!!!」

 

 あまりに端的なロックの合図、そしてそれを確認するよりも早く戦車全体に衝撃がすっとんできた。ウルは身じろぎしないように全身で踏ん張り、両手で身体を支える取っ手を掴んだ。

 

「なんだ!?なにしたんだあのバカ鳥!!」

『岩を掴んで、投げた!!』

「一応鳥だろアイツ!?」

 

 衝撃からいってヒトの手の平サイズのものではあるまいに、どうやって、と考えるとあの足で引っ掴んで投げたのだとしか思えない。どんな器用さを発揮してるんだあの鳥は、と、ウルは唸る。

 

「次も来ています!!三つ!」

『わっしょおい!!』

 

 ロックが再び馬車を激しく動かす。内部のウルは左右に重力がかかり身体を踏ん張る。リーネの作業の邪魔だけは絶対にしてはならないと歯を食いしばる。ここが破綻すれば全てが終わりなのだ。

 

「【………………!!】」

 

 背中越し、リーネがこの激しい衝撃と振動の中、一切筆を止めずに作業を続行していることに安堵を覚える。だが、この戦車が壊されれば自由に動けない自分と彼女を守るモノが何も無くなる。動かねば。

 

「煙幕を張る!ロック!できるだけ距離を――」

「【風よ、我と共に唄い奏でよ。邪悪を寄せつけぬ堅牢なる盾――】」

 

 と、シズクが続いて魔術の詠唱を開始した。結界、岩から身を守るため?だが後方からの迎撃だけのためのその結界は――

 

「上か!!」

「【風王ノ衣】」

 

 中級の結界魔術が発動した直後、上から複数の衝撃が響き、同時に結界で弾かれる音がした。怪鳥、ではない。結界に着弾した時の音の質は先ほど投擲された岩石に似ていた。

 つまりあの怪鳥が岩を投げつけてきたのだ。それも弧をえがくように。

 

「多角的にせめてくる……!」

『あの鳥本当に鳥なんかの?』

 

 ロックの疑問もごもっともだったしウルもいよいよ疑問に思えてきた。が、鳥であろうがなかろうが今こうして異様な戦術でもってウル達に攻撃をしかけているのは事実である。対策をとるしかない。

 

「シズク!適度なタイミングで結界は解除してくれ!もう少し温存を――」

「いえ、まだです!進路後方右斜め!!」

 

 途端、シズクの指示でロックが車体をぎゅるりと回し、ウルの砲口をそちらに向けた。ウルは凄まじい強さで張られた弦を魔力で強化され続け強靱となった肉体で強引に張り直し、再び球を込め、前を見た。多量の煙幕を巨大な影が突き抜けてくる。

 

『KEEEEEE!!』

 

 怪鳥が追いかけてきた。ウルはつがえた球を再び怪鳥に向け、構え、狙う。当てる必要は無い。牽制さえ出来れば――

 

『KE』

 

 だが、球を射出するよりも前に、ナニかが爆発するような音がした。ウルの意識がそれを認識したのは、戦車全体に衝撃が走り、ウルの目の前にするどい“棘”が出現した後だった。

「……………! つ、めか」

 

 シズクの中級魔術の結界と、戦車の装甲を、突撃し槍のようにして突き出された怪鳥の爪が貫いた。後一歩前に出ていたら、ウルの顔面に穴が開いていたであろう所まで。

 爪先からしたたる猛毒がウルの足下に落ちる。冷や汗が吹き出した。汗と共に頬から血が零れる。今の一撃で貫かれた装甲の破片がウルの頬を裂いていた。目に当たらなくてよかったなあ。と、妙に冷静な思考がウルの頭をよぎった。

 

「……!!離れろ!!」

『GUGEEEE?!!』

 

 数瞬間を空けて、ウルは再起動する。懐に備えていた小型のナイフを突き出た爪の根元に叩き込んだ。恐ろしく固く強靱な皮膚が刃を押し返す。ウルの姿勢も悪くあまり力が入らない。が、強引に力を入れ、切り裂く。

 

「手伝います…!」

『GEEEE!!!』

 

 更に【風王の衣】が密接する怪鳥の肉体に叩き込まれ、間もなく戦車に突き立った巨体は弾き飛ばされた。突き立った爪を肉ごと引きちぎられながら。血が飛び散り、ぼとりと爪が戦車内部に落下した。

 

『GYAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「フゥー………フゥー………くそ、洒落にならん」

 

 毒液のついた爪をナイフで隅に弾きながら、ウルは呻いた。装甲に対して過度な信頼を置いていたわけではないが、こうもあっさりと抜かれると寒気しかない。頬が裂けただけで済んだのは、事前の“風の結界”と、後は幸運があったからだろう。もしも頬を裂いたのが戦車の装甲ではなく毒の爪先だったらと思うとゾッとする。

 

「【……】っ……結界を、解きます」

 

 シズクが中級結界を解く。

 

「ロッ…ク、怪鳥は?」

『指一本落とされて警戒しとるんじゃろな。距離をおいとる』

「追いかけては」

『来たの。絶対に逃がすつもりはないらしい。』

「警戒しろ。また突撃の兆候が少しでも見えたら言え」

 

 指を千切られるような痛い目を見たのだ。今の攻撃を何度も繰り返すようなマネはしてこないとは思う。が、警戒せざるを得ない。進路を塞がねば危険だ。

 

「シズク、そっちは」

「ウル様!“新手”です!」

 

 は? と問い直す。だが、シズクが回答するよりも早く、その答えがウルの耳に届いた。怪鳥の騒々しい疾走音とは別の、複数の“羽ばたき音”、怪鳥に似た奇妙な鳴き声が重なって響く。

 

『毒爪鳥じゃ!その数無数!!』

「次々に!!」

 

 ウルの悲鳴をかき消すように、怪鳥と毒爪鳥のけたたましい鳴き声が周囲に響き渡った。

 

『『『KEEEEEEEEEEEEEEE!!!!』』』

 

 鳥の囀り、というには耳障りな鳴き声だった。幾つもの羽ばたきの音と重なったそれは巨大なノイズとなってウル達の周囲を囲んでいた。まるで騒音の檻だった。そして間もなくして、騒音が一気に此方に向かって近づいてきた。

 

「うお!!」

 

 戦車の防壁に絶え間なく激突音が響く。更に、何かが何体も乗りかかるような音、車輪に何かがぶつかりガタガタと走行が乱れる。毒爪鳥が特攻を仕掛けてきていた。

 

「ロック!!」

『任せい!!【骨芯変化!!】』

 

 瞬間、戦車を覆っていた骨鎧が変化する。刃のようになったそれは鎧から飛び出す。それがまとわりついた鳥たちの肉を引き裂いた。死霊術の器の変化、シズクが身につけた死霊術の一端だった。

 

『KEE!!』

 

 刃によって翼や肉を引き裂かれた怪鳥達は悲鳴を上げながら逃げ惑う。が、すぐさま新たな毒爪鳥が突撃してくる。連続した轟音が響き続ける。絶え間ない。仲間が惨殺されようが一切を無視した特攻だ。

 耐えられる。準備した防壁は毒爪鳥の攻撃で崩れるほどやわではない。だが、十数羽以上の魔物達からの一斉の突進は、明らかに戦車の進行を妨げていた。しかも、

 

『MOKEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!』

 

 怪鳥はいまだ存命である。

 チラリと覗き穴から見える怪鳥の姿はコチラから距離を適度に空けている。さっきと同じ突撃が来る。ウルは寒気を覚えた。

 

「ド畜生!!!」

『KEEEE!!!』

 

 弾丸を撃ち込む。が、射線に毒爪鳥が割って入る。届かない。

 

「砲身を変える!」

 

 宣言し、そして大弓を引き抜き横にずらす。代わり、すっぽりと収まるように設計された砲身の差し込み口に竜牙槍を叩き込んだ。素早く操作し、引き金を引く。

 

「【咆吼!!】」

『KE!?』

 

 咆吼から放たれる炎の光が毒爪鳥たちを焼き切り、そのまま貫通して怪鳥へとのたうち向かう。だが、直撃するよりも早く、怪鳥は即座に突進の姿勢を解除し、その場から飛び上がり回避した。咆吼の威力を覚えていたらしい。

 調査中、見せなければ良かったか?という後悔が一瞬よぎるが、突進を解除させることが出来たのならそれでよしとする。なにせ視界が悪い中、とっさの発射だ。こちらに突進してくる怪鳥に当てられるか自信はなかった。

 

「逃げろ!!!」

『おうさ!!』

「【水よ唄え、邪悪を退けよ】」

 

 ウルが指示を出すと同時にロックが戦車を動かし飛び出す。シズクが結界を張り、飛びついてくる毒爪鳥たちを凍りづけにして、弾き飛ばす。怪鳥と毒爪鳥の出来た隙を縫うように、ロックは迷宮の中を疾走した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――――それは迷宮の騒乱を感じ取っていた。

 

 迷宮内部の争いに、“それ”はそれほど興味は無かった。

 “それ”にとって、迷宮内部で起こる争い、ヒトと魔物達の戦いなど些事にすらならない。意識しなければ何かが起こっている事すら気づかなかっただろうし、気づいたところで干渉することもなかっただろう。

 当然だ。赤子の腕を捻るが如く、争いを消し飛ばすことも“それ”は出来るのだ。指先一つ動かすこともなく崩せる砂山へとわざわざ足を運び、そして崩す事に“それ”は価値を見出さない。まだ、何もせず、意識を投げ出して眠っていた方が、よっぽど有意義な時間を過ごせるだろう。

 

 だが、いつもは気にも留めない騒乱に、その日は何故か“それ”は意識を向けた。

 何かが気になった。

 “それ”自身も、何故に意識がそちらに向いたのか理解はしていなかった。だが、気のせいだと流す事は出来なかった。

 

 そして“それ”は みつけた。

 


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