かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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毒花怪鳥戦⑤

 

 まにあわなかった。

 

 という、漠然とした確信が怪鳥の全身を貫いた。

 

 まにあわなかった。まにあわなかった。()()()()()()()()

 

 脅威となるモノ。己を滅ぼしうる存在。圧倒的な“力の塊”が生まれた。怪鳥は気づく。危険だ。危険だ。危険だ。たった今生まれたソレに己は絶対に勝てない。

 

 故に、逃げねばならない。一刻も早く。

 

 魔物としての絶対的な「ヒトと敵対する」という衝動すらも凌駕するほどの恐怖が毒花怪鳥を襲っていた。だが、怪鳥でなかったとしても、この気配を感じ取ったどんな魔物達も逃げ出すはずだ。

 あの強大なる“白”を前にすれば。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 リーネの合図を聞いた瞬間、ウルは背中に焼けるような熱を感じた。

 だが、それは不快ではなかった。熱と同時に力が血管の隅々まで駆け巡り、異様なまでの万能感が全身を包み込んでいた。だが同時に、腹奥から徐々に力が抜けていくのも感じる。ただそこにいるだけで魔力が失われていくのをウルは感じていた。

 

 シズクに強化魔術をかけてもらったときとは比べものにならない力を感じる。

 

 この、尋常ではない力が、まだ白王陣を発動していない状態である。

 これから3分間、発動すれば30秒で魔力は尽きる。

 

「――シズク、敵は」

「動きを止めました。恐らくは逃走しようとしています」

「槍の準備」

「はい」

 

 ウルは湧き上がる恐ろしい衝動を抑え込みながら、シズクに指示を出す。強化型白王陣の試験は数回は試している。が、魔力が完全に尽き果てその日は身じろぎ一つとれなくなるという問題から、そう何度も試すことは出来なかった。

 

「発動は背中に意識を集中するだけでいい。発動後は身体の動作に気をつけて」

 

 既に疲労困憊なのだろう、リーネは力の入っていない声で淡々と、おさらいのように魔術の説明をする。ウルは頷いた。

 

「この魔術は貴方の潜在能力を一気に解放する」

「ああ」

「後、練習と違って本番だと魔術の使用後の影響がどう作用するか不明」

「え?」

「さあ白王陣の偉大さを世界に知らしめ世界をひれ伏せさせなさい」

「重要なこと言いながら頭おかしくなるのやめろ!!」

 

 叫びながらウルは急ぎ装備を身につける。最中にシズクはいつものように優しく穏やかな声でウルに話しかけた。

 

「ウル様、戦車の外で“槍”は完成させています。ご武運を」

「ああ」

 

 短いやり取りを交わして、ウルは戦車の入り口を開け外へと飛び出した。外の空気が流れ込む。僅か1時間ほどの密室生活だったが、少しの開放感を覚えた。

 だが、外には討たねばならない敵がいる。故に、

 

「【白王降誕】」

 

 それを起動させた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 きた きた きた きた はめつがきた

 

 怪鳥から見れば小さなその身体から立ち上る力の奔流、空間を震撼させ周囲を屈服させる圧力。明確なまでの死の足音。向けられる殺意がそれだけで心の臓を締め付ける。

 

 にげろ、にげろにげろにげろにげろにげろ!!!

 

『MOKEEEEEEEEEEEEEE!!!』

 

 怪鳥が声を上げる。毒爪鳥たちが一斉に羽ばたく。怪鳥は先ほどまでの猛攻を止め、一気に背を向けて走り出した。逃げる、逃げる、逃げる。住処としていたこの沼地を捨て去る勢いで。

 逃げなければ遠くへ、見えなくなるまで逃げ切らなければ、さもなければ来る。

 

 死が。

 

「【氷霊ノ破砕槍・白王突貫】」

 

 その背に、空気をぶち破る音と共に氷の槍が飛来した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 その迸る異様なまでの力は、既に経験済みであっても慣れることは全くなかった。足場にしている戦車を踏み抜いてしまいそうな気になる。周囲の全てがまるで飴細工のように、もろく不安定に感じる。指先一つで砕けてしまう悪寒が脳をよぎる。

 そして、その予感は正しい。そんな風に、一瞬で周囲を砕いて壊してしまうだけの力が今のウルには備わっている。

 

「【……いくぞ】」

 

 だが、怯えて躊躇う時間は無い。本当に無い。ウルの魔力では発動から30秒しかもたないのだ。終われば、ウルは動けなくなる。そうなれば終わるのは此方だ。

 シズクが生み出した中級魔術の氷の槍【氷霊ノ破砕槍】を【鷹脚】で掴む。毒爪鳥たちが一斉に飛び立ち、視界を遮る。だがそれらをウルは無視した。狙うべき対象は毒花怪鳥ただ一体。

 

「前方右斜め、密林の中を疾走中です。いけます」

 

 【新雪の足跡】で追跡するシズクの指示に従い、狙いを定め、そして放つ。

 自分の手から放たれたソレは、空気を破るような激しい音と共に、秒にも見たぬ速度で遠く離れた怪鳥の背を捕らえ、貫いた。

 

『MOGEEEEEEEEEEEE?!!』

 

 絶叫が響く。今まで聞いたことが無いようなひび割れた醜い鳴き声だった。確実に、大きなダメージが入っていた。だが、鳴く、と言うことはまだ生きているということだ。

 

「【氷よ我と共に唄い奏でよ。何者をも貫く大槍と成りて悪しきを穿ち爆ぜよ】」

 

 2射目の槍をシズクが作成する。急いでくれと焦れる気持ちを抑える。己の中から残された魔力が凄まじい速度で燃え尽きているのを感じ取っていた。この状態を維持できる時間はもうあと僅かだ。

 

『KEEEEE!!!!」

『ぬお!なんじゃい!?』

 

 同タイミングで、毒爪鳥たちが一斉に怪鳥へと向かっていく。先ほどまでの戦闘で瀕死のものも、ウルの先の攻撃の余波で大きくダメージを受けたモノも一切例外なく、その全てが毒花怪鳥の下へと集結していった。

 

 なんだ?何をする気だ?盾にでもなろうってか?

 

 警戒し、しかし追撃の手段無く眺めていたウルの前でそれは動いた。怪鳥か?とも思ったが、その姿は明らかに一回り大きい。巨大化した、わけではない。それは毒爪鳥だった。

 毒爪鳥が、毒花怪鳥の身体にまとわりつき、まるで一羽の巨大な鳥のようにその姿を変えているのだ。そして、そのまま、

 

「……うっそでしょ、飛ぶの?」

 

 リーネが驚愕に満ちた声をあげる。ウルも同じ気持ちだった。

 飛んだ。信じがたいことに、あの巨体の怪鳥が空を飛んだ。んなアホな。と現実を疑いたくもなるが、ソレでも飛んでいる。飛んで、そのまま、逃げようとしている。

 

「【させるか】」

 

 目の前で形成された2射目の【氷霊ノ破砕槍】をつかみ、ウルは唸る。投擲の構えになり、どんどんと距離が離れていく怪鳥の姿を視界に納める。

 距離は遠い、しかも本体が毒爪鳥たちの大群で覆い隠され捕捉しづらい。だが当てなければならない。最後の一投だ。これを逃せば後が無い。

 

 追い詰められた状況、自分に全てが掛かっているという責任、戦い続け高まった闘志。

 

 それらが全て今の集中に繋がる。ほんの僅かな時間のみ与えられた極限の肉体強化が、今、この時必要な力をウルに与える。怪鳥を見定める瞳へとその力が集約する。

 

「……っ!?」

 

 左目が一瞬焼けたような熱を持った。同時にその左目が、無数の毒爪鳥達の中から怪鳥の姿を捉える。ウル自身は気づきようが無かったが、彼をもし正面から見るモノがいれば、ウルの灰色の左目が強く、瞬いているのを見ただろう。

 【二刻】となった魔名の成長、行き場を定められずにいた魔力が、土壇場の窮地に直面し、今最も自らに必要なものを生み出した。

 

 五感の内の視覚の異能、“魔眼”が彼に宿った。

 

 【必中の魔眼】が、怪鳥を捉える。導かれるように、ウルは槍を放った。

 

「【白王突貫】」

 

 空気をも弾き、凍て付かせ、砕く絶対零度の槍は、一直線に怪鳥達を貫いた。

 

『MOGEEEEEEEEEEEEEEEE!!!??』

 

 最後まで間抜けに聞こえる断末魔の咆哮は、遠いウル達には聞こえない。

 だがウルの目は、毒爪鳥達の中心で、毒花怪鳥がその胴に穴を開け、そこから浸食した氷にその身を砕かれ、バラバラとなって地面へと落下していく様を捉え続けた。

 

 毒花怪鳥の討伐は成ったのだ。

 


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