かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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冒険者になろう 阿鼻叫喚編②

 

 

 大罪都市グリード 大広場 欲望の顎

 

 大罪迷宮の出入り口に存在する大広場にたどり着いたウルがまず目に付いたのは広間の四方に建てられた魔よけの石柱だった。

 先ほどまで通ってきた行軍通りに劣らず、否、それよりもはるかに増してそこは活気にあふれていた。広間の限られたスペースに露店が敷き詰められるように並び、商人達が最早叫ぶようにして自らの商品をアピールしている。

 そしてそれを眺める客たち――冒険者達――もまた真剣だ。誰もかれも、ショッピングに楽しみ浮かれる様子はない。商品を手に取り睨みつけるようにして、その品質を見抜こうとする。迷宮を前にした最後の準備を誰もが入念に行っていた。

 

 そして大広場の奥に、それはあった。

 

 この活気に満ち満ちた大広場の中にあって、何故かそこだけが薄気味の悪い、冷たい、湿気た風がながれていくのを感じる。古びた門の先、深く深く、広間から地下へと続く階段。

 あれこそがこの都市の要。幾多と発生した迷宮の中でも最大規模の迷宮。

 

 【大罪迷宮グリード】に他ならない。

 

「あれか……」

 

 ウルは本能的に感じた薄気味の悪さに少し身震いしながらも迷宮の入り口へと向かう。すると途中でヒトだかりのようなものが見えてきた。近づくとそれが怪我人を運びだす癒院の癒者たちであると気がついた。

 怪我人は、知らない顔もいたが、つい先ほど見たことのある顔の方が圧倒的に多かった。というか、どいつもこいつも訓練所から飛び出していったチンピラもどきの冒険者達だった。

 

「…………」

「……ぅう」

「いでえ……いでえ……」

 

 グレンに対してイキがっていたのは何だったのか。というくらいのボロっぷりである。まあ、癒者達も回復魔術などは使わず軽い応急手当で済ませているから、大けがはせずに済んだのだろうが。

 

「あら、貴方。ウルだったかしら」

 

 と、聞き覚えのある声がウルの名を呼んだ。見れば、癒院でウルを治療した女の癒者がウルをみていた。彼女も仕事なのだろう。足下に転がるチンピラ達に包帯を巻き付けていた。痛い痛いと喚く男の悲鳴を無視して容赦なく治療を行っている。

 

「毎度の事ながら喧しいわね」

「毎度なのか」

「毎度よ。訓練所から送り込まれる冒険者未満達の治療は」

 

 つまり、訓練所から出撃した者達は怪我する前提ということか。グレンの話を信じるならそもそも重傷にならない程度に怪我させて鼻っ柱をへし折るのが目的なのだから当然だが、酷い話だった。

 

「それで、貴方たちも行くの?言っとくけど、指輪なんて貰えないわよ」

「一応、参加者の中で最優秀のものが貰えると聞いているんだが」

「そうね。ちなみに突撃したあの訓練生徒たちに熟練の冒険者が混じってるわけだけど」

 

 ちらっとみると、うめき倒れる怪我人達の中に一人だけ颯爽と立つ女が一人いた。両腰に剣を二本差し、外套を頭からすっぽりと纏った女。情けない声がひしめく中、魔石を納める“拡張鞄”から大量の魔石を“換金所”に預けている最中だった。

 

「……ひでえ話だ」

「そんなわけで、指輪なんて貰えないわけだけど、それでもいくの?」

「…………ひとまずは、行く。どのみち迷宮に潜らなきゃ冒険者にはなれんのだ」

 

 グレンの命令だから、という訳ではないが、言っていることはもっともだとは思った。どのような思惑であれ、冒険者になろうというのだ。なろうとするからには迷宮は絶対に避けては通れない。地道に訓練をしてからなどという悠長な真似をする余裕はないのだ。

 

「…………そ。なら無理はしないようにね。魔物10匹を目安にしなさい。侵入も1層目に留めること。低層でも大罪迷宮、この人達みたいになりたくないでしょ」

「なりたくはないなあ」

「気をつけますね。ありがとうございます」

 

 ウルとシズクは癒者の女に頭を下げ、そして迷宮へと向き直る。

 二人にとって初となる大罪迷宮の探索が始まるのだった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「あ?初めて?白亜か。んじゃあそこのでっけえ“引石”に指輪を擦りつけろ。出口の方に案内してくれるようになる。白亜は3層までしか侵入は許されとらん。魔石は全部此処に出すのがルール。以上だ行け」

 

 換金所。迷宮の通路や魔物から採れる魔力の結晶、魔石の金銭への換金所であり、同時に関所でもあるはずのこの場所での説明はおそろしく雑だった。

 

「あんな適当でよろしいのでしょうか?」

「入るのは良いんだろう。緩くて」

 

 その代わり、と、ウルが魔石の換金場、迷宮から出てきた冒険者達の方を見る。彼らは一様に入念な持ち物の検査をされている。魔石のみならず、迷宮から持ち帰ったもの全て、身につけている装備品に至るまでしっかりと確認させられている。

 

「あちらは厳しいのですね?」

「迷宮に入る奴が減るのは困る。だから入り口は易しくして、でも魔石や遺物を勝手にちょろまかされると困るから出口は厳しいと」

「合理的ですね」

「あけすけすぎるのもどーかと思うが……いやまあいいか」

 

 別にこの都市がどんな風に迷宮を運用していようがウルは困らない。入り口がどんだけ緩かろうが、冒険者ギルドという関門を先に通している以上、よっぽど変な奴が入ってくることはまず無いという信頼もあるのだろう。

 

「さて」

 

 ウルはそう言って自身の格好、装備を確認する。あの小迷宮を探索したときと同じボロの私服、ではない。酷くボロではあるが革鎧に、右手に小型の盾を一つ。更に長槍を一本装備している。迷宮探索としてはやはり心許ないが、武器一本で特攻させられた時と比べればまだましだった。

 しかしこれはウルのものではない。訓練所でグレンが貸し出してくれたものだ。

 

 ――先輩達が残してくれた武具だからありがたく受け取れ。

 ――死んで残してった遺品ってんじゃないだろな。

 ――……

 ――なんか言えよ。

 

 そんなこんなで倉庫に突っ込まれていた武具防具の幾つかを貸し出してもらえた訳なのだが……

 

「なあ、血なまぐさくない、これ?なんか」

「まあ、ウル様。その革鎧、背中にべったり黒ずんだ痕が」

「この盾、カビはえてない?」

「青紫色で少し可愛いですね?」

「毒々しさしか感じない」

 

 無料の借り物だから文句も言えないがもう少し見た目がまともなものはなかったのだろうかと思わざるを得ない。グレンからは一応「迷宮探索には支障はない」とは言われたが、不気味でならない。

 

「お前はまだマシだな……比較的ってだけだが」

「綺麗なものをいただけました」

 

 シズクの装備は魔術師の魔術を補助する霊木の杖、ウルと似たような革鎧一式だ。血の痕がないだけでウルと同じくらいボロっちいが、それでも多少は様になるのはやはり容姿のおかげだろうか。どうでも良いことだが。

 まあ、少なくとも、最初のあの大牙猪との戦闘の時と比べれば遙かにマシな装備である。不安も嫌悪感も依然としてあるが、しかし防具に身を固める事の安堵感がまだウルを勇気づけてくれていた。

 

 魔物を10匹、10匹ならウルも倒した事はある。大罪迷宮ではないが、ろくな稼ぎのない親の代わりに、自分で稼いで妹と自分の食い扶持を稼いできたのだ。

 

 いける。問題ない。大丈夫だ。ウルは自分にそう言い聞かせる。

 

「よし」

「いきましょうか」

 

 目の前の大罪迷宮へと続く地下への階段を降りていく。

 多くの迷宮は地下より生まれ出でる。大罪迷宮といえどそれは変わりないらしい。しかし地下へと降りていくに従って、ウルは感じた覚えのない感覚を覚えた。まるで全身にまとわりつくような、得体の知れぬ“悪意”。まるで、見えない、巨大な生き物が、自分の身体にまとわりついて、敵意をもって見つめてきているかのような不快感。

 気のせいだ、と強がるようにして階段を降り続け、そしてたどり着いた。

 

「――――ここが」

 

 大罪迷宮グリード第一層。

 ソレは巨大なる地下空間だった。それほど深く降りてきたはずも無いのに、天井が深い。まるで小人にでもなったのかと錯覚する程に、そこは巨大だった。不規則に柱が並び立ち、そして、ウル達が立つ広間から幾つもの通路への入り口がウル達を囲うようにして連なっている。迷宮そのものが放つ魔力の光ではほんの僅か先までしか見ることは叶わず、先の見えぬ闇が、ウル達を睨んでいた。

 ウルは立ちすくみ、そして思った。

 

「やっぱ大丈夫じゃないかもしれん」

「…………ひろいですねえ?」

 

 大罪迷宮グリード探索開始

 




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