かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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帰還②

 

 

 

 リーネの意思を確認し、満足したのか学園長は学園に戻っていった。他の連中も解散、というわけにはいかなかった。まだ聞いておきたいことや確認したいことは山ほどあった。

 

「しかしディズとアカネはよく、あんなに早く深層にこれたな」

 

 竜に連れ去られ、深層に飛び込む羽目となったウルは「終わった」と本気で思ったものだ。ディズがいち早く助けてくれなければ本当にそうなっていただろう。それ自体は感謝するが、どうしてそうも早くウル達のピンチに駆けつけられたのか分からなかった。

 

「だって、私たちそもそも深層にいたんだもの」

《おしごとでもぐってたものなー》

 

 大罪竜の活性化。

 【七天】としての活動の最中飛び込んできたその情報に、彼女達はいち早く大罪迷宮の深層に潜った。竜の活性、それ自体が都市の存亡に関わる緊急事態だったからだ。他の【七天】に緊急で救援を求めたのもその流れだ。

 

「で、まあ、いざ【色欲】を発見出来たと思ったら、何故か上層に居るはずのウル達がそこに居て、なぶり殺しされそうになっていたときの私の衝撃わかる?」

《しんぞーとまるわ》

「不可抗力です」

 

 ディズとアカネの衝撃と心労には同情するが、こればっかりはどうしようも無い。ウルだってこんなこと全く望んでいなかったのだから。ディズも勿論それは分かっているよ。と笑った。

 笑って、その後笑みを消し、眼を細めた。

 

「で、ウル、()()()()()()()()()()()()()、理由は分かるかい?」

 

 先ほどグロンゾンが聞こうとしていたように。ディズも確認する。だが、彼女は既に何が原因なのか、目星はつけているらしい。まあ、それはそうだろう。彼女はウルがなんら特殊な経歴のないただの凡人であることも理解している。

 得体の知れぬ何かを隠し持って居るであろう人物は、シズク以外いない。

 

 さて、どうするか、とウルはディズの真剣な、七天としての表情を見て一瞬だけ迷ったが、此処で適当な嘘をついてもこの女は見抜くだろうし、意味も無いだろう。そもそも嘘をつくことがシズクのためになるのかすら、ウルには分からないのだ。

 

「アイツはシズクに用があると言っていた。が、それ以上の事は分からない。そもそもシズクはそのとき、殆ど気を失っていた。竜と彼女の間で会話は成立しなかった」

「結局彼女に確認を取るしか無いと」

 

 ディズは静かに寝息をたてる彼女を眺める。その表情にはやはり、まだどこか険しさが残っている。それほどまでに今回の案件は重要なのだ。“竜が動く”という事案は。

 その彼女の様子を見ていたリーネが少々解せない顔をして、首を傾げた。

 

「竜……でも、私は竜の問題はあまり聞いたことがありません。勿論脅威とは知っていますが」

「ああ、大罪都市住まいの君は知識が少ないだろうね。ウルは違うんじゃない?」

 

 問われ、ウルは「多少は」と頷く。“名無し”であるが故、都市への定住が叶わず、彼方此方を転々としていたが故に、竜の脅威の一端について、知っている事はある。知識、と言うほどのものではないが。

 

「とりあえず幾つか、在ったはずの()()()()()は見たことがある」

 

 大罪都市、そしてその周囲にある衛星都市。魔と迷宮の蔓延る外の世界で“人類の生存可能圏外”を移動する際、都市から都市に渡っていきながら移動するのが名無しの基本だ。

 そして、それ故に、時に目にするのだ。終わってしまった都市を。

 

「何かに喰われたか、焼かれたか、分からないけど、一切合切が灰燼になった国は見た。“竜”が来た、と誰かが言っていたこともある」

「……都市、まるごとが?【太陽神の結界】があったでしょ?」

「竜は結界を“喰う”って、知り合いのじいさんが言っていた」

 

 【太陽神の結界】太陽神ゼウラディアの最も偉大なる奇跡。迷宮から魔物達が溢れかえった地上にて、今なおヒトが生存できているのはこの結界あってこそのものである。と誰しもが認識している。

 その結界を、竜は喰らう。

 ディズはお手上げ、というように両手を挙げた。

 

「唯一神の威厳を損なう、なんてもんじゃないでしょ?」

「だからあまり竜の脅威は伝聞されていない?」

「都市間の情報自体があまり行き来しないっていうのもあるけどね。後もっと単純に――」

 

 ――竜の脅威を知って、尚、生きて帰れた者があまりにも少ない。

 

 リーネが僅かに唾を呑んだ。

 

「後は……あれか。禁忌地域、【黒炎砂漠】」

「――まさか、入ったんじゃないよね。ウル」

「クソオヤジが行こうとした。殴って気絶させたけど」

「そ……良かったよ。いや、本当にね」

 

 リーネは再び眉をひそめる。

 

「……済みません、学園でもその単語は聞き覚えがありません」

「じゃなきゃ禁忌じゃない。意図的に広めたら大連盟法で罰が下る」

 

 【黒炎砂漠】。

 三百年ほど前、【大罪迷宮ラース】で発生した竜災害により生まれてしまった禁忌地帯。

 大罪迷宮から出現した憤怒の竜が、大罪都市ラースを一瞬にして焼き尽くし、更にその周囲の衛星都市はおろか、その周辺地域一帯を己の“黒の炎”で焼き尽くした。

 最終的に当時の七天達の内、半数を犠牲にして竜は迷宮に押し戻すことが叶ったが、結果、【大罪都市ラース】を中心とした周辺地域一帯は、生命一つない、魔物すら生きてはいられない砂漠と化した。

 

 そして、黒炎は()()()()()()()()()()

 

「……三百年前ですよね?」

「そだよ。しかも莫大な呪いを依然として有したまま燃えている。黒の炎の揺らめきをみれば、それだけで憤怒の呪いを受ける、この世で最も呪わしい場所の一つだよ」

 

 禁忌、と言われた理由、そしてラウターラで全くその情報を聞かなかった理由がリーネには理解できた。そんな悍ましい強大な呪物、広まればそれだけ太陽神への信仰が揺らぐ。それどころか、その呪いの遺物を手に入れようとする輩がでるかもしれない。知られることすらも避けなければならない代物だった。

 

「尤も、憤怒は、まだマシな方なんだけどね……例えば、今回ウルが遭遇した【色欲】が外に出ていたらもっと不味かった」

「具体的には?」

「外に出て“繁殖”する」

「……色欲が?」

「色欲が」

 

 ウルはあの色欲の大罪竜が爆発的な勢いで繁殖する所を想像した。生まれた赤子があの砦で遭遇したドラゴンパピーだったとして、それが地上に氾濫する所を想像してみた。

 寒気がした。

 

「……ヤバいな」

「幾つもの都市が喰われ、何千何万のヒトが食い尽くされて、まだマシだったって言えるのが【竜災害】」

 

 グロンゾンやディズが過敏になるだけの理由もある、ということだ。ふとした拍子で、自分のいる世界が足下から崩壊するリスクを、この世界にいる全ての人間は抱えている。

 それを側で聞いていたリーネは静かに頭を下げた。

 

「認識と知識不足でした。恥ずかしいです」

「さっきも言ったけど、都市にいるヒトには意図的に情報が届かないようにされてるからね。神官でも竜と関わる事になるのは“グラン”くらいからだ、気にしなくて良いよ」

 

 まあ、そんなわけで、ちゃんと話を聞いておきたかったんだけど、と、ディズはシズクを見る。が、彼女はやはりすやすやといっそ穏やかな表情で眠り続けている。「しょーがない」と、ディズは肩をすくめた。

 

「さっきおばあちゃんが言っていたように、後日冒険者ギルドから君たちに尋問は行くと思う。多分【真偽の精霊・ジャッジ】の高等神官も付くと思うけど」

「まあ、仕方ない事だろうし、ちゃんと答えるよ」

 

 ふにふにと、手元でじゃれついてくるアカネの頬をつつきながら、ウルは頷く。ここまで竜の脅威を再認識させられて、協力しないわけにはいかない。そもそもこれを拒否したら確実に罰が下る。

 

「さて、とりあえず次の話に移ろうか」

「まだあるのか」

「ここからが君にとっちゃ本番なんだけどね」

《にーたんの“め”わたしがえぐったはなし》

 

 アカネからえげつない単語が飛び出し、ようやくウルは自分の左目のことを思い出した。そしてふと、自分の左目が何かに覆われている事に気がついた。包帯か、と思ったが何か手触りが違う。革製の何かが頭に巻かれている。すぐ側についてる窓硝子に映る自分の姿を見る。

 

 そこには真っ黒な革と金色の刺繍が施された眼帯を左目に巻いた自身の姿があった。

 

「……うわ、いかつ」

 

 ウルは自分の姿に引いた。

 


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