かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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帰還③

 

 

「【黒睡帯】。魔眼封じの眼帯だよ。めちゃくちゃに強引なやり方で君の魔眼を強化したから、ひとまずの封印したの。プレゼント」

 

 なるほどなー。と、ウルは頷いたあと、激しく微妙な顔になった。

 

「もう少しマシな色の無かったのかコレ。いかつすぎる」

《かっこいいわよ》

「まあこれでいいか」

「妹に弱すぎる」

 

 黒睡帯そのものの色であり、下手に色を染めようとすればその効力が薄れる、らしい。色を変えることは諦めた。しかし不思議な事に、眼帯で完全に左眼を覆っているにもかかわらず、左目にも視界が鮮明に写っていた。それが眼帯に気づくのが遅れた原因でもあった。

 

「おばあちゃんに特殊な刺繍を施してもらったからね。通常の視界は問題ないはずだよ」

「ああ。だからあの人此処に来ていたのか」

 

 彼女が来ていた理由に納得し、ウルは手を叩いた。が、ソレとは別にリーネが驚愕するように目を見開いた。

 

「ネイテ学園長の……【機織りの魔女】のものだったの、ですか……これ……それは」

 

 ウルの眼帯を見ながらリーネは言い淀んだ。ウルは不安になった。とても。

 

「……それは?」

「……その眼帯、大事にした方が良いわ、ウル」

「おい、ディズ、これ幾らだ」

「知らない方が良いと思うよ?」

 

 ディズは真顔だった。ウルは聞かないことにした。

 

「さっきも言ったけど、魔眼の改造なんて無茶したのは私の責任だから、気にしないで」

「だけど、これしておかないといけないのか?絶対?」

「気になるなら外してみたら?怪我するとかそういうことはないよ」

 

 言われ、少し躊躇ったのち、試しに眼帯を外してみる。

 

「……う?」

 

 するとその途端、ウルの視界が二重に()()た。右目と左目で見えている景色が違う。違う場所を映しているわけではない。が、まるで右目と左目とで時間が違うようだった。左目の視界に映る“世界”はどこか薄ぼんやりとしていて、そして右目で見える世界より数秒ズレている。

 左目で見た景色が、数秒後に右目でも起こる。あまりに奇妙な感覚に酔いそうになり、再び眼帯を元に戻した。世界の時間が一致し、元に戻る。

 

「どう?」

「……なんというか、数秒先の光景が左目に映った。ぐっちゃぐちゃだったが」

「“未来視”系か、割とレア引いたね」

「……っていうと、ディズは俺がどんな魔眼になったか分からなかったのか?」

「賭けだって言った通りだよ。あの時あの状況なら、君が望む絶対に必要な魔眼に昇華するってのは分かっていたから出来た賭け」

「俺があの時死に物狂いだったからなんとかなったと」

《よかったねえ、しにそうで》

「良かったねえ……」

 

 つまり、ディズに頼んでどんどん魔眼を鍛えてもらう。ということは出来ないということだった。それを行う場合、ウルがまず死にかけていて、しかも魔眼でもなんでも力が必要な極限状況にならなければならない。その上であの発狂しそうな激痛の手術を受けなければならない。

 うん、絶対嫌だ。そもそも現状の魔眼すらてんで操れていないのだ。これ以上を今望んでどうする。

 

「ちなみにこれ、どうすれば安定するんだ…?」

「慣れて」

「ええ……」

「君の肉体の感覚の問題だからね」

 

 手足の動作や声の出し方、誰に教えられるでもなく出来る行動をわざわざ言語化し相手に伝えようとするようなものである、らしい。以前ディズが説明していたように、魔力による肉体の進化は、その当人にしか感覚を理解できない。

 

「なんとか練習するしかねえか……酔いそうだけど」

「未来視はレアだから、先駆者も少なくて苦労するだろうけど頑張って」

「つらい」

 

 この魔眼を上手く扱える日は遠くなりそうだった。

 

「……まあ、あんなバケモノと遭遇して、再起不能の大怪我もなく、魔眼がパワーアップなんておまけまでついたなら幸運だったって思うしかねえか……」

「え?」

「え」

 

 安堵しようとしていたウルに対して、ディズが変な声を上げた。そして次にウルを非常に哀れんだ眼で見つめてきた。ウルはリーネを見た。彼女も同様の目つきをしていた。アカネを見る。アカネも哀しそうな顔をしながら、ウルの頭を撫でた。

 

《にーたん、みぎてみてみ》

 

 布団に潜っていた右手を持ち上げてみた。さっきと同じ【黒睡帯】で腕がぐるぐる巻きになっており、更によく見れば、指先が微妙に変形をしている。爪が長い。伸びているとかではなく、獣のように鋭く、全体的に一回り大きくなっている、ように見える。

 ハッキリと言ってしまえば、竜の手っぽくなっていた。

 

「……うわ、いかつ」

 

 ウルは自分の姿に引いた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ヘンに誤魔化してもしかたないから直球で言おう。ウル、君は呪われた」

「怖い」

 

 ウルは率直に自分の気持ちを述べた。ただただ恐怖である。妙にとげとげしくなった自分の右手は、あまりに見慣れないもので、しかし間違いなく自分の右手だと分かるのが怖かった。

 

「更に突っ込んで言ってしまうと君が右手に装着していた【鷹脚】という名の遺物と、大罪竜の【白蔓の翼】と君の右手が融合した」

「呪われてるってだけでゲロでそうなんだけどそこに情報更に突っ込むのやめて」

 

 そういえば鷹脚を右手に装着していたが、それと竜の羽と右腕と一つになったらしい。

 

 ……………どういうこっちゃ?

 

「鷹脚は確かローズの店で買った詳細不明の迷宮遺物だったね?」

「ああ、まあ、なんか物が持ちやすくなるから便利に使っていたんだが」

「【吸着】【吸収】【融合】何かは分からないけど多分、物を引き寄せる性質があったんだろう」

 

 確かに、何かを手に持つとき、まるで吸い付くような感触が手に残っていた。とはいえそれはせいぜい「なんだか物を握りやすい」程度の物であったので、殆ど投擲用の手袋でしかなかった。

 遺物、という物を侮っていた、といえばそうなのかもしれないが、事実、それほど大層なものでは無かった。で、無ければラックバードもあんな無造作に販売するような事はしないだろう。

 そう、本来なら「なんだか物が持ちやすくなる手袋」程度のものでしかなかった。

 

「そこに、【まぐわい】【ふえる】大罪の竜の翼が君の腕を、【鷹脚】ごと貫いて、強引に君の右腕と融合し、操ろうとした」

 

 ただ、腕に食い込んだだけではなく、完全に皮膚、肉と血、骨が翼と混ざった。そこに偶然というべきか不運と言うべきか、色欲の竜と似通った性質の【鷹脚】が混じって“一つ”になった。

 

 結果、“こうなった”。

 

「……で、具体的にどうなるんだ、俺の右手」

「世間一般的には竜に呪われたら死ぬ」

「世間一般的に」

 

 そんな世間滅んでしまえ。

 

「まあ、とはいえ色欲も今回は君を殺そうとした訳じゃあない、筈だ。呪い、と言ったけど、意図的な呪術の類いじゃなく、偶発的な事故に近い。致命的なことにはならない、と、思う」

「肝心なとこがふわふわしとる」

「わるいけどこればっかりは本当になんの保証もしかねるんだ。前例が少なすぎる」

 

 ウルが自身で傷つけたナイフの傷も驚くほどの早さで回復し、癒者が見る限り、「まもなくほぼ全快」であるらしい。黒睡帯は念のため付けているが、外しても、急に呪いがあふれ出すだとか、そういったことは無いらしい。

 

「とはいえ、完治後も暫く、依頼とは関係なく私と同行してもらうよ、ウル。状況によってはその右腕、私が切り落とすから覚悟しておいてほしい」

「…………」

《にーたん、だいじょぶか?》

 

 押し黙るウルに対して、アカネがぺちぺちと頭を叩いた。ウルはそれに対してううむ、首を縦に振ると、一つ大きな溜息をついた。

 

「俺はそもそも今回、賞金首の毒華怪鳥の撃破が目的だった筈なんだ」

《そーな》

「で、怪鳥撃破は割と、まあギリギリだったが、結果大怪我もなく順調に済んだんだ」

「そうね」

 

 アカネとリーネは同意する。そう、今回、本来の目的である賞金首討伐はまあ、順調だった。無論苦労はした。怪我だって山ほどしたし、大金だって費やして、大きな賭けにも出たが、結果から見れば大勝と言っても良いだろう。

 にも、かかわらず、

 

「なんで俺、こんなえらいことになってんだ…?」

 

 ウルの嘆きに対して、うん、とディズは頷き、そして極めて端的にその原因を告げた。

 

「竜に遭ったからだねえ……」

 

 ただ、遭遇するだけでその相手の運命が捻れ狂う。竜とはそういう存在ということだ。

 

「竜、怖いな……」

 

 その“竜種”を倒さねばならないのがウルが目的としている金級である。

 ウルはもう一度、深々と溜息を吐いた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 一通りの話を終え、アカネ、ディズ、リーネらは帰っていった。

 本当はまだまだ確認しておきたい事が山ほどあったのだが、これ以上は病み上がりの人間に対して話を詰め込むのは問題だ、という実に常識的な判断でディズが切り上げた。

 

 というわけで、現在この癒院の大部屋にはウルとシズクのみである。治癒魔術の発展したこの世界において、“入院”にまで至るのはそれほど多くもなく、結果、大部屋は貸し切りのようになっていた。

 

「……さて」

 

 ウルは身体を起こし、ベッドから降りる。一度大きく身体を伸ばす。既に痛みは無かった。全身も問題なく動かせる。さすがは大罪都市の癒者達だった。まだ全身が少し重たいが、徐々に慣れるだろう。異形になった右手も含め。

 窓の外の景色は既に夜だった。太陽神は身を潜め、魔の時間が訪れる。だが、大罪都市であるこの都市は、魔灯による灯りが都市を照らし、闇を切り裂いていた。限られた都市の土地面積を生かすため、高く立てられた塔を幾つもの光が照らす様は、光の木々が立ち並ぶようで、綺麗だった。

 そしてウルはそのまま、横のベッドで、寝息をたてるシズクの下に近づく。白い顔で、呼吸も小さく、まるで死んでいるように眠っている彼女に、そっと顔を寄せた。

 

「シズク」

 

 反応が無い。

 

「本当は起きてるだろ、お前」

 

 シズクはパチリと眼を開けた。

 

「まあ、おはようございます。ウル様」

「夜だよ今は」

 

 目を覚ましたシズクに、ウルはチョップした。

 


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