かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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審問会②

 

 【黄金不死鳥・ラスト支部】

 

 ディズ・グラン・フェネクス。【七天】の一人である彼女は、勇者としての仕事だけでなく金融ギルド、【黄金不死鳥】の管理も行なっている。ディズの今日の仕事場は此方だった。

 【勇者】としてディズが保有する“手”の一つ。金銭の流れから世界の流れを読み、同時に希少な武具防具を集め、時として強奪する。世界を守護する上で、必要不可欠なアンテナであるが故に、この仕事に手は抜けない。たまっていた書類をやっつけて、今後の方針について支部の責任者と打ち合わせを行い、ついでに提携しているギルドにも挨拶回りを行って、一息ついた頃には陽も沈んでいた。

 

「やーれやれ、ちかれたなっと」

《やーめれーでぃずー》

「君のおにーさんもそろそろ仕事終わりかな?」

 

 アカネをむにむにとひっぱりながらウルの審問会に思いをはせる。竜との遭遇、シズクの異能、神殿に出頭命令を受けることそれ自体はやむを得ない事だ。

 

 大罪迷宮の封印、即ち()()()()()()こそが神殿の、大罪都市の役割である。

 

 大罪都市に住まう全ての都市民達はその役割を少なからず背負っている。彼らの信仰と祈りが、太陽神の結界を維持し、同時に迷宮の竜を最奥に止めているのだから。当然、竜の動きには過敏になる。

 

 故に今回の招集は必然だ。しかしシズクの能力自体が未だ竜への効能がどの程度か不確かである以上、大事には成らない。というよりも出来ないだろう。何せ、彼女自身あまりよく分かっていないのだから。

 今後の彼女の成長と素行を監視するしかない。ディズはそう結論づけたし、神殿も順当にいけばそうなるだろうと彼女は予想していた。

 

「ディズ様、ウル様達が来られました」

「ああ、通して」

 

 ゴルディン・フェネクスのギルド員ではない、ディズの使用人ジェナが来客を告げる。ウル達には念のため、事が終われば此方に来てもらうよう約束していた。無論、審問の内容に関しては後でディズ自身精査するが、本人からの話も聞いてはおきたいのだ。

 

「やっと終わった……アカネー」

《にーたんおつかれー》

 

 飛びついてきたアカネを撫でるウルの表情は端的に言って憔悴していた。まあ、当然ではある。真偽の神官の問い、嘘偽りを見抜かれる質疑応答は精神が削れる。たとえ嘘をつく気が無かったとしても。

 背後にいるシズクはニコニコと笑みを崩さないでいるが、それでも疲労は感じているのか、動作はいつもよりゆっくりだ。ディズはジェナに労いのお茶を煎れるよう目配せし、二人を迎え入れた。

 

「やあ、ウル、お疲れ様。どうだった?」

「天陽騎士と一緒に仕事することになった」

「そっか………………………どうして?」

 

 ディズはウルが何を言ったのか理解するのにしばし時間がかかった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 メイドのジェナの煎れてくれたお茶は、疲弊したウルの精神を優しく包んでくれた。不思議な花の香りだった。なんでも都市の外、アーパス山脈麓の湖でのみ咲く花から煎れられたものらしく、疲労回復魔力回復にとても効くとか。

 良い値段がするらしいが、折角煎れてもらったのだから遠慮無くいただいた。正直言うと不満もある。

 

「何事もないと言ってたじゃないか友よ」

「流石に天陽騎士が突っ込んでくるのは私も予想してなかったよ。いや、ほんと」

 

 ウルははじめからの事の経緯を約束通り、ディズに説明した。シズクの扱いに関してこじれにこじれたのちに、最終的に何故か天陽騎士の仕事を手伝う事になったところまで。

 事の経緯を聞いたディズはなんとも言いがたい顔をしていた。何か言いたげになんども口を動かしてはそれが形になる前に飲み込む事を繰り返す。そして最後まで聞き終えた後、

 

「うん……巻き込んで悪かったね。グラドルとプラウディアのいざこざに」

 

 ディズは謝った。ウルも謝った。

 

「護衛の仕事ついてるのにこっちも勝手に話進めて悪かった」

「すみません、ディズ様」

「それはいいよ。正直今回私の問題のところ大きいから……しかしまあ」

 

 一息、そしてお茶を飲む。中々今回の件に関しては彼女も予想外だった所が大きかったらしい。予想を上回る、のではなく、下回った結果なのだが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()……それにしたってちょっと強引だけど、その天陽騎士のお名前は?」

「あー確か……」

「エシェル様ですね。エシェル・レーネ・ラーレイ」

 

 シズクがその名を告げると、ディズは思い当たるところがあるのか、あーと額を指先でこすった。

 

「知り合い?」

「グラドルの第一位(シンラ)、カーラーレイ家の分家だ……一応ね」

「お偉いさん?いやまあ、官位持ちなら当然か」

「私もそうなんだけどね?敬っても良いんだよ?」

 

 大罪都市グラドルのトップ、その系譜なら確かにとんでもない存在だ。審議中のウルの全く敬意を払ってない態度に憤激しても仕方ない気がしてきた。

 

「まあ、そこら辺の事情は少々ややこしいことになってる……らしいね。まだ私も情報仕入れ切れてないけど。で、その彼女がグラドルの問題に対処しようとしている」

「どんな事情かは知らんが、殆どシズクの能力も分からないまま強引に彼女を確保しようとしてたが、焦りすぎでは?」

「彼女も事情は複雑なのさ。勿論、だからといって振り回される君たちからすれば、知ったことじゃないとは思うけれどもね。」

「そんなことはございませんとも。私も出来る限り、彼女の力になりたく思います」

 

 シズクはニコニコと微笑みながら断言した。一見すれば悪意なんて全く見えない美しい笑みである。が、ウルは嫌な予感しか覚えない。

 

「一応、お前の身柄が好き勝手にされそうだったってのに随分と積極的じゃないか」

 

 ウルは問うと、シズクは真面目な顔で頷く。

 

「私たちの最終目標が竜である以上、竜と関わるコネクションを得られる機会かと」

「なるほど」

「それと」

「それと?」

「エシェル様、御しやすそうでしたから」

「もうすこし包み隠せ。そのゲスさ」

《あたまわるそうなん?》

 

 容赦なく指摘するアカネにやさしくデコピンした。シズクは言葉を続ける。

 

「彼女は精神的に未熟であるところが見受けられました。上手く制御すれば今後のやりとりもしやすそうだと思ったのですが、いけませんでしたか?」

「いいけどよくねえ」

「それに彼女は随分と自分の立場と使命に苦しんでいるご様子でしたから、どうにか助けて差し上げたく思っています」

「ゲスさと清純さの温度差で風邪引きそうなんだけど」

 

 この女はこういう女である。

 いつもの調子になってきたことに安堵半分、不安一杯な気分になった。

 

「……まあ、意図は分かった。で、改めて聞くんだが、ディズは良いのか。護衛そっちのけで天陽騎士の仕事を請け負うことになったんだが」

「いいよ。というのも、多分だけど、彼女の依頼と私の依頼は被りそうだ」

「行き先が?」

「懸念があるとすれば、彼女と私の仲が下手にこじれないかだけだけど……」

 

 まあ、暫くは大丈夫。とディズは言い切った。

 

「何故?」

「この仕事終わって暫くしたら、私寝るし。暫くの間」

「暫くって……どれくらいだよ?」

「2-3週間?」

「獣の冬眠か???」

 

 曰く、色欲にズタズタにされた身体の治療がまだ終わっていないらしい。事後処理が多かったため表面上は動けるようになったが、ある程度落ち着いた後、本格的な休息を取らなければならならない、らしい。

 そう言われるとウルとしては文句の言いようが無かった。

 

「まあ、今回無茶したツケだよ。【神薬】があれば楽だったんだけど、なんで、暫く彼女と顔を突き合わせることは無い」

「ま、会話が成立しないなら問題になりようがないか……」

「と、いうわけで、君たちの方針には文句は無い。ただ、重要度が低い脅威に関しては君たち任せになるってのは覚えておいて」

「ま、そんなら護衛の仕事はキチンと果たすよ」

 

 こうして、審問会議の反省会はお開きとなった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ウルとシズク、二人が帰宅した後、アカネを【星華の外套】で休ませて、ディズは執務室でまだ身体を休めずにいた。ランプの灯りの中で静かに物思いにふける彼女の手には、神殿で行われたシズクに対する審問会の質疑応答が記録されていた。

 ウルの質疑応答の後、彼女も勿論改めて聴取されたのだ。その結果が記載されている。ディズはそれをじっと見ていた。

 

「ディズ様、そろそろお休みになられた方がよろしいかと」

 

 その後ろで控えていたジェナは、新たに一杯お茶を彼女の前に差し出し、提案する。ディズはその言葉に頷きながらも、記録からは目を離さなかった。

 

「うん……そうだね」

「気になられますか?シズク様の事」

 

 そうだね、とディズは素直に答えた。

 真偽の神官の質疑、一切の嘘偽りの出来ないこの応答に対して、シズクは誠意を持って受け答えしているのがこの書類からは見える。特殊な事情を抱えてはいるものの、それらを隠している様子はない。

 

 だから何の問題も無い――――――とは限らない。

 

「……真偽の精霊の権能は、相手の嘘を見抜く力であって、全てを曝け出す力は無い」

 

 強力であるが、絶対的ではない。何もかもをさらけ出せるわけではないのだ。

 

「ですが、真偽の精霊の力を預かる審問官達も熟練の者達です。精霊の力から逃れようと、曖昧な濁し方をすればそれを見抜く洞察力は最低限身につけています」

「そだね。そういう意味でも、彼女の受け答えは完璧だった……けど」

 

 ディズはシズクの笑みを頭の中で思い描く。魔術を扱い学び成長する速度の天才性、容姿の美しさ、そういったわかりやすい才覚とは全く別の、彼女の奥底にある底知れない、“何か”。

 

「そもそも精霊の力も完璧じゃない。抜け道はある」

 

 自身の記憶の改竄や消去によって自分で本当のことを言っていると思い込むことだって出来る。あるいは――――

 

「もう少し、探りを入れますか?」

「今はグラドルが接近している。あまりシズクに構い過ぎると、余計に妙な勘違いをし出すだろう。あまり無理には――」

 

 ――――こういう形になるのも彼女の狙いだろうか?

 

 と、ディズはそこまで考えて、首を横に振った。

 

「一応彼女の素性を探ってくれる?彼女が仕える“邪霊の神殿”ってのを確認してほしい」

「承知致しました。手配しておきます」

 

 そう言って、背後に控えていたジェナはふっと、夜の闇に姿を溶かし、そのままかき消えるように立ち去った。残されたディズは一人、机に置かれた、まだ暖かな湯気の立ち上るお茶を口に含んだ。

 

「こんなのはいつものこととはいえ、知人を疑うのは疲れるな」

 

 そんな憂いを帯びた彼女の独り言を聞き届ける者はこの部屋には誰も居なかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディズ様。そんな哀しげで可愛い表情をしなくとも、ジェナはずっと貴方の側におりますとも」

「なんでまだいるのジェナ」

「忘れ物をとりにきました」

「此処君の私物ないでしょうに」

 

 そんなこんなで夜は明けた。


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