かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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フラグⅠ

 

 

「そ、と、だあ!!」

 

 南門の出口から飛び出したウルは、大きく息を吸い、開放感と共に声を上げた。そして外に出た瞬間、ぐっと後ろを首だけ振り向いた。まだウル含め全員足は止めていない。魔物が追いかけてくる可能性は十分あるからだ。

 しかし、

 

『――――――』

「き、来てない……か?」

 

 大量にいた魔物達は、迷宮の外、“竜結界”の外までは追ってくる気配はなかった。結界を壁のようにしてうろうろと動いている。まるで物理的な障壁があるかのようだが、ウル達が今抜けたように、竜の結界は別に物理的な壁の役割を果たしているわけではない。

 が、結局魔物たちは外に出てくる事は無く、暫くした後、南門の前から姿を消した。

 

「……ふぅぅぅう……」

『さんざんな偵察じゃったのお、カカ』

「うるせえ」

 

 ウルはカタカタと笑うロックに忌々しげに呟いた。

 一回目の迷宮探索であり、様子見も様子見の筈がいきなりとんだトラブルだった。収穫こそあったとはいえ、冷や汗ものである。次々流れてくる汗が鬱陶しく、兜を脱ごうとして、エシェルを背負いっぱなしになっていた事にウルは気づいた。

 

「エシェル様。下ろすが平気か」

「………え、あ、ああ。大丈夫、だ」

 

 先ほど滅茶苦茶な命令口調でエシェルを怒鳴り散らしたウルとしては、罵声のひとつふたつでは済むまいと思っていただけに拍子抜けだった。疑問に思いつつも彼女をゆっくりと下ろすと、ぺたんとエシェルは座り込む。

 

「…………」

「……とりあえず、被害確認。怪我した奴いるかー」

 

 そしてそのまま何も言わないので、ウルは一先ず彼女を置いておき、一行を確認した。返事は無し。怪我人は無かった。

 

「消耗は」

「“白王符”は幾つか消耗したわ。補充はしておくけども」

「なるほど。シズクは?」

「お腹すきました」

「そういう事じゃ………いや」

 

 言われ、意識するとウルも凄まじく腹が減っていた。今回は迷宮探索の時間自体はそれほど長くもない筈なのに、やけに全身がダルい。

 

『ワシも大分魔力消耗しとるの。ぶち殺した魔物の魔石も喰ったりしたが、足りんわい』

「事前に聞いていた迷宮の特性が、コレか。強烈だな」

「下手すると、戦闘中に動けなくなりそうですね」

「携帯食がいるなあ……うん、とりあえず戻ろう」

 

 このままダラダラとしていると、本当に体力が尽きて動けなくなりそうだった、ウルは手を叩き、撤収を合図する。それぞれ装備を整え、“仮都市”への帰路につく中、ウルはいまだ座り込むエシェルに声をかけた。

 

「エシェル様。戻るが平気か」

 

 起こそうと手を差し出すと、彼女の手が伸びた。それはウルの手を掴むと、しかし座り込んだまま、ウルを見上げる。その表情は怒っているような、泣いているような、感情がごちゃ混ぜになっていた。

 

「……私は役に立ったか」

「そうだな。最後のでけえ魔物をぶっ倒して進行を塞いだのは役に立ったのは間違いない」

「そ、そうだろ……」

「その前の、【黒沼鰐】を弾き返したのもな。あれはアンタだろ?」

 

 あの現象がなんだったのか、正確な所をウルは把握できていない。分かるのは彼女が何事か叫んで、鰐が弾かれたというだけだ。魔術だか天陽騎士の秘密兵器だかなんだか知らないが、アレも彼女の功績だとすれば確かに役に立った。

 故に、正直にその事をウルは告げた訳なのだが――

 

「違う」

「は?」

「……ソレは違う、私じゃない。私、していない」

 

 その口調は早口で、顔色は青く、そしてうつむき決して目を合わさない。

 

「……まあ、少なくとも助けになったところはあったよ」

 

 それが、彼女にとって何かの核心なのは間違いなかったが、ウルは触れぬようにした。今後、彼女にどこまで踏みこむのかまだ分からなかったからだ。エシェルもまた、話を変えたかったのか、すぐにウルの言葉に食いついた。

 

「なら、私がついていっても問題無いだろう!」

「だが、混乱し仲間を撃たれても困るんだ。常にロックに見張らす訳にもいかない」

「う……」

 

 正直に告げると、彼女は死にそうな顔になって、再び顔を伏せる。怒鳴る気力もないらしい。ウルは頭を掻く。何故にそんなにも現場に出ようとするのか。

 

「迷宮踏破っていう結果さえもってくりゃ、アンタは満足なんだろ?なんで同行に拘る?」

 

 問う、だが、彼女は顔を伏せたままだ。返事は無い。身じろぎもしない。

 ウルは困った。愚図る少女の慰め方に悩んでるのではなく、単純に場所が悪い。

 此処は迷宮の外だが、都市の外でもある。人類の生存圏外だ。決して安全な場所ではなく、可能ならば早くこの場から離れ、少しでもマシな“仮都市”に場所を移すべきである。

 が、弱々しく此方の手を握る彼女の手を払うのも躊躇われた。

 

「ウル様、簡易の結界を張っておきます。脱出の準備を進めておきますね」

 

 シズクが微笑み、そのように動きだした。つまり、彼女の相手は自分がしろと、そういうことらしい。ウルは諦めて、座り、エシェルの言葉を待った。

 沈黙は暫く続いた。中々彼女は口を開かない。それをかったるい、とはウルは思わなかった。愚図る相手と向き合って、辛抱するのは妹を相手にして慣れていた。

 

「私は……」

 

 少しして、エシェルは口を開く。ウルは黙って続きを促した。

 

「私は、見捨てられて、ない」

 

 振り絞るような声であり、すがりつくような声でもあった。ウルの問いに対する答えとはとても言いがたく、また、彼女の言葉に対してウルは肯定する言葉もなかった。彼女の事情を、ウルは殆ど知らないのだから。

 

「ああ、わかったよ」

 

 故に、ウルに出来ることは、その言葉を出来るだけ優しく、汲み取ってやることだけだった。

 

「……分かったってなんだ。私の何が分かったって言うんだ」

「客観的な事実は知らん。だがアンタがそう思ってるって事は分かった。それを否定してほしくないって言うなら、アンタのその願いを尊重するよ」

「……」

「ほら、立つぞ。此処も安全じゃないんだ。他に言いたいことがあるなら拠点に戻ってからだ。ちゃんと聞くから」

 

 ウルは手を引いて彼女を立たせた。軽く、彼女の身体を見渡し、怪我が無いかを確認する。汚れは払ってやり、そのまま手を引いて、先を行く仲間達を追いかけた。自然と、幼い頃の妹を連れる時のようになったが、文句を言われるようなことは無かった。

 

「……」

 

 ただ、後ろで、手を引かれたエシェルが、ウルの手をジッと見つめていることに気づかなかった。

 

「なるほど」

 

 対して、ロックンロール号で移動準備を進めていたシズクは、それに気づくのだった。

 

 

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