かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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飛竜襲来/フラグⅡ

 魔物の襲来を告げる激しい鐘の音が響き渡る。

 此処は都市の外、人類の生存圏外である。【太陽の結界】のないこの場所において、魔物の襲来は決して珍しくはない。ここに住まう多くの名無しも、魔物の襲来に慌てふためくような事はしない。“本来であれば”。

 

「竜が出たぞおおおお!!!!!」

 

 悲鳴に近い警戒を叫ぶ声、空から現れた巨大な影、飛来する“翼竜”の姿。仮都市の住民達は驚き、そして恐怖した。

 名無しの彼らは竜の脅威を知っている。

 都市の内側、安全圏で暮らす都市民達よりも遙かに生々しく知識として知っている。残骸だけになった都市の跡地を、今なお燃え続ける呪われた地を、腐敗し、死者が蠢く冥府の地を、彼らは知っている。

 

「逃げろおおお!!」

 

 結果、パニックが起きた。逃げようにも、敵は遙か上空を未だ舞い旋回しているのだ。この仮都市から逃げたところで、すぐに追いつかれて殺される。逃げ道を失った住民達は避難することも出来ずに硬直する羽目になった。

 

「なんだっていきなり来るんだよ竜……!!」

 

 その恐慌状態のただ中、ジャインとの交渉後、買い物をしていたウルはげんなりと悪態をつきながら自分らの拠点としている宿屋へと急いでいた。

 

「今のところ、攻撃しようという動きはありませんがどうしますか?」 

「どうもこうもマジの竜なら俺達に出来ることがあるか?」

 

 ウルは死霊術士との戦いで、そして色欲の竜との対峙によって十二分に竜の脅威を理解していた。ハッキリ言ってどうにもならない。いくらいずれ、黄金級になるために倒さねばならないといったって、現状では歯が立たない。戦いにならない。

 それがわかってるからウルは急いでいた。急ぎ、ロックやリーネ達を見つけ、アカネとディズと合流しなければならない。ディズに起きてもらうのが最善だが、それができない場合、護衛対象である彼女を守り、何とかここから避難しなくてはいけない。

 

「宿に居てくれりゃいいんだが――――っと」

「こ、此処に居たのか、貴様ら!!!」

 

 聞き覚えのあるその声はエシェルのものだった。

 見れば、彼女はコチラにヒトの流れにもみくちゃになっている。あちこちに走り回ってるヒトに突き飛ばされたり押しだされたり、ただでさえ小柄な彼女はフラフラと今にもすっころびそうだった。

 大男が彼女の後ろから突進するように逃げていたので、ウルは彼女の腕を引っ張りコチラに引き寄せた。

 

「あ、ありが、とう」

「どういたしまして。それで、何のご用で」

「そ、そうだ!お前達!あの竜を何とかしろ!」

「無理だ」

 

 彼女が何を言い出すか分かっていたウルは即答した。

 

「なんで!」

「シズクの能力の説明は言ったとおり、大したもんじゃない。本物の竜をどうにかできるような代物じゃない。現状俺達に竜に対抗する術はほぼ無い。無理だ」

「命令に従わないというなら!」

「天陽騎士として捕まえる?構わない。死ぬよりはマシだ。その前に俺達は逃げるが」

 

 ウルは淡々と、しかしハッキリと拒絶した。必要なことだ。彼女の無茶にここまで付き合ってきたのは、どれだけ無茶でもウル達の容量(キャパシティ)をギリギリ超えることは無かったからだ。

 今は違う。完全に【歩ム者】の限界を超えている。尻尾を巻いて逃げるしか無いのだ。

 

「……………!」

 

 ウルに真っ正面から拒絶され、エシェルは言葉を詰まらせた。

 更に怒り狂うだろうか、とウルは身構えたが、そうはならなかった。

 

「………ど………どう…………したら……」

 

 エシェルは顔をしわくちゃに歪めていた。怒っている。というよりも怒ろうと顔を歪ませるのだが、感情が追いついていない。目から涙が溢れて、こぼれ落ちる直前だ。

 周囲では未だに悲鳴と混乱が続く。元々、都市の避難所でしかなかったこの場所の状況は完全に崩壊していると言っても良い。この場所を管理している彼女にとってすれば、最悪の事態だろう。とっくに彼女は限界だったのだ。

 ウルは彼女の両肩を掴んだ。

 

「ディズに助けを求めよう。現在この状況で対処できるのは彼女しかいない」

「だ、ダメなんだ!それでは!私、私が…!!」

「もう、そんなことを言ってる状況じゃない」

 

 ウルがハッキリそう言うと、彼女は絶望に顔を歪ませた。本当に今にも死んでしまいそうな顔である。だが、どれだけ死にそうな顔をされても、今ウルが提案できる事なんてこれくらいしか――

 

「――――助けてほしいですか?」

 

 それを打ち破るように声をかけるシズクに、ウルは最悪に嫌な予感がした。

 

「待て、シズク」

「現状を何とかしてほしいですか?そのためなら“なんだって出来ますか”?」

 

 ウルの制止を無視してシズクはエシェルの頬に触れる。シズクの銀水晶のように美しい瞳がエシェルの瞳に映る。呑まれるように、彼女の目を食い入るように見つめながら、エシェルは、促されるように頷いた。

 

「な、なんだってしてやる!!」

「では誓ってください。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と」

 

 エシェルは目を見開いた。

 

「なんで」

「依頼者である貴方が現場に口出しすると命令系統が酷く混乱します。統制しなければなりません」

「で、でも」

「それが叶わないのであれば申し訳ありませんが私達は引き上げます。ただでさえ貴方の依頼はリスクが高い。不用意に危険を上乗せ出来ません」

「待って!!」

 

 エシェルが慌てて叫ぶ。シズクはすがりつくように自分の腕を掴むエシェルを静かに見下ろしていた。本来であれば、エシェルがシズクを従わせる立場であるはずなのに、いつの間にか主導権が完全に逆転している。

 エシェルは一度二度と息を大きく吐き出し、睨む。

 

「お、お前の言うことを聞けば良いんだな?」

「私ではありません。()()()()()

 

 は?と、声にならない声がウルの喉から漏れ出た。

 シズクはぬるりと、幽霊(ゴースト)のようにエシェルの背後に回り、彼女の小さな両肩にそっと手を置いて、ウルの方へと歩みを進ませた。

 

「さあ、誓ってください」

「誓う、って」

「大丈夫ですよ。ウル様は優しくしてくれます。痛くしたりしません」

 

 シズクの声音は柔らかかった。母が子供に与えるような慈愛に満ちていた。そんな優しく聞こえる声で、名無しの男への絶対服従の契約を促していた。

 

「彼の言うことを聞いてくれるというのなら、私達も貴方の依頼を、叶う限り懸命に務めることが出来ます。私は貴方の味方になることができるのです」

「み、かた」

「きっと、貴方も安心できますよ。それにもう、()()()()()()()()()()()()

「――――」

「さあ」

 

 上空を依然として飛び回る竜の姿、名無しの住民たちの罵声と悲鳴、追い詰められた彼女の精神状態において、シズクの言葉はまるで闇夜の灯火のようだった。

 促されるまま、エシェルはウルを朧気な瞳で見つめ、そして

 

「お、お前の、言うことを、聞く」

 

 たどたどしくも、確実に、そう誓った。シズクは微笑みを浮かべた。

 

「【契りを此処に】」

 

 そして素早く詠唱を唱えた。

 

「ウル様試してください」

「おいコラ」

「時間がありません、急いで。普段なら命令されても絶対にやりたがらないようなことが望ましいです」

「俺に犯罪をさせようとしてんの?」

 

 確かに時間はない。今も混乱は加速している。だが、やりそうにないこととなると――

 

「……………お手」

 

 した。

 エシェルは一切考える様子もなく、差し出されたウルの手に自分の手を乗せた。忠犬でもここまで早くはなかろう。エシェルは数秒遅れて自分の所業に気がついたらしい。先程までの混乱がすっ飛び、恥辱やら羞恥やらなにやらが入り交じった表情で赤面した。

 そしてそれを見て、シズクは満足したように頷いた。

 

「上手くいきました」

「尊厳って知ってるか」

「知ってます」

「じゃあもっと性質悪いなコイツ。捕まらないかな」

 

 理解してやってるなら最悪である。しかも彼女はそのまま続けて、

 

「あ、ウル様。命令を守ったのでご褒美をあげてください」

「なんて???」

「急いで。時間がありません」

「この緊急事態を盾にしたら何言っても良いと思ってる?」

「思ってません」

「目を合わせながら真顔で嘘ついてくるこの女」

 

 褒美、褒美とはなんだ。と思ってもこの状況出来る事なんてほぼないし持っているものもない。時間も無い。やむを得ずウルはそっと彼女の頭に手を伸ばした。やや怯えている様子なので指先からそっと触れるようにして、彼女の頭に触れた。

 

「よーしよしよしよし」

 

 犬扱いが褒美か?

 という強い疑問が頭を過ったがもう割り切って何も考えないようにした。驚かせないようにゆっくりと動かして、獣人特有の耳の後ろを揉むようにして触って、首回りをさすり、温もりを与えた。撫でると言うよりはマッサージに近かった。

 竜が飛び回り、周囲に悲鳴が飛び交う状況で何故こんなことをしているのか全くの疑問だったが、ウルは思考回路を完全に切った。褒美に集中した。

 

「……ぁ……ふ…………ぅ……ぅう……」

 

 エシェルは、何か言いたげな顔だが、文句や罵倒は出なかった。顔は真っ赤だが、不快感や嫌悪を感じている様子はない。目じりに涙を浮かべ、何かくすぐったそうに堪えているが、逃げようとはしない。

 セーフらしい。らしいが、とてつもなくいかがわしい事をしている気がしてきた。というかしている。何のプレイだコレは。

 

「流石です。ウル様」

「ここまで嬉しくない称賛ってあるもんなんだな。初めて知ったわ」

「では皆さんと合流しましょうか、ウル様」

 

 シズクは笑顔で力強く言った。ウルは頷いた。

 

「そうだな。シズクは後で説教な」

「まあ」

 

 まあ、じゃない。

 

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