かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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飛竜襲来②

 

「…………で、どうするの、アレ」

『不用意に手出ししてこっちこられてものう。まあ、手出ししようがないが』

《とんでんなー》

 

 ロック達の視線の先、遙か上空を旋回する飛竜らしき姿を前に、彼らは立ち往生していた。ウル達と一刻も早く合流する必要はあるが、向こうも此方の合流を目指しているだろう。で、あれば行き違いを防ぐために待つしか無かった。

 

『で、お主はなにしとんじゃ』

「書きかけだった【白王陣】の修正」

『どんなんじゃ』

「強いの」

『どれくらい時間かかりそうなんじゃ?』

「後50分」

『それまでずっと空でぐるぐるしてりゃええのう……』

 

 白王陣の形成に必要な時間というコストはやはり重たい。時間と労力を費やすだけで、終局魔術を単身で生み出せるというのは破格ではあるのだが。

 

『ま、こっち来ない事を祈るしかな『GYAAAAAAAAA!!』来るのうこれ』

 

 ロックは骨剣を大きく振りかぶり、構えた。竜が吠える。まき散らされる雑多な殺意と敵意がこちらに向いていることをロックは鋭敏に察知した。そして来る。

 

『【骨芯変化】』

 

 飛竜が来る。巨大な鉤爪を振りかざして真っ直ぐに。

 周囲での悲鳴が大きくなる中、ロックは巨大化させた骨剣を斜に構える。竜は凄まじい勢いで、風をまき散らして突進してくる。が、ロックは武器を慌て、振り回すことはしない。静かに、その虚ろな眼孔で竜の姿を見定める。

 

『GYAAAAAAAAAAA!!!』

『ッカァァアーー!!』

 

 交差の瞬間、ロックは自分の身体よりも巨大な爪を剣で弾き飛ばす。強烈な金属音が響き渡り、一際悲鳴が大きくなる。再び飛竜は空に舞い上がり、ロックはヒビが入った剣を修繕した。

 

『重いのう…!』

 

 ロックは大剣を再び構え直す。体格があまりに違いすぎる上、上空から落下するような勢いでかまされる体当たりをいなしきるのは厳しい。このように受け続けていては遠からず、この身体もろとも砕け散る。

 だが、

 

「助けて!助けて!!」

「なんでこっちくるんだよおお!!」

 

 逃げるわけにもいかない。ロックの周囲には戦闘力の無い名無しの民達がいる。背中を向けて逃げ出せば、巻き込まれるのは彼らだろう。それはいくらなんでも後味が悪い。

 

『リーネ』

「ごめんだけど、白王符は今手持ちに無いわ」

『しゃーないの。頑張って陣を急いで完成させてくれ。後五分くらいで』

「……頑張るわ」

 

 ロックは大きく息を吐き出した。ような動作をした。現在のロックの身体は息を吸う必要も無いが、生前の習性は身体から抜けない。だがそれでいい。かつての肉体の使い方を思い出さねばならない。

 朧気な記憶、名前も定かではないが、かつての自分は今よりも“研がれて”いた。かつて、血肉が通っていた、ただのヒトであった時の方が、自身の技量は上だった気がする。それを思い出す。今の、特殊な骨の身体に、ソレを降ろし、合わす。

 

『【骨芯変化・骨芯強化】』

 

 骨の剣を強化する。シズクから与えられた魔力を剣に追加で注ぎ、骨の剣を再び振りかぶる。かすかな記憶の自身を降ろし、両足を更に広く踏みこみ、両足の裏にスパイクを生み出す。軽い、自らの身体を補うために。剥き出しの歯を食いしばる。

 全く、損な役回りだ、とロックは口に出さずに愚痴る。相手は得体の知れぬ、しかも竜ときたものだ。真っ当に考えれば絶対に勝てない。そんな相手に単身で挑む。コレが損でなくなんなのか。

 

 だが、同時にぐぐと、口端がつり上がるのを感じる。

 

 魂が研がれるのを感じる。喪われた自らの業を取り戻すことを悦んでいる。血肉を喪って、こんな有様に成って尚、今なお剣を求める自分は滑稽だったが、ロックはそんな自分に、酷くしっくりきていた。

 

『剣は、楽しいのう』

 

 全てが朧気な記憶の中、ひとつだけ、確信できることがある。

 剣は楽しい。相手が如何なる異形であれど、

 

『GAAAAAAAAAAAAA!!!』

『こおおおおぉい!!!!!』

 

 間もなく、幾度もの剣戟の音が辺りに響き渡った。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 リーネは焦っていた。

 足下の白王陣の完成はとても数分そこらで至れるものではない。当然だ。それが困難である事はもうとっくに分かっている。分かっていて尚、彼女は焦れていた。

 目の前ではロックが飛竜と激突を繰り返している。激しい衝突音と暴風が吹き荒れる。凌いでいるロックは凄まじいが、それでも尚、骨片が飛び散る。こんなムチャクチャな戦闘そう長く持つものじゃない。

 

 【白王符】を取りに行った方が良いか。あるいはウル達に助けを呼ぶべきか。

 

 そんな考えが頭を過るが、しかし、今既に、この場所は竜の射程圏内だ。いや、空を舞う竜を前にすれば、このろくな結界のない仮都市はどの場所も攻撃圏内だろう。武装手段を持たないままロックから離れるのは、ただの自殺。

 “白王符”を手放していた迂闊さをリーネは悔いた。都市の外の認識が甘かったのだ。

 だから急いで、彼女は白王陣を完成させようとしている。それ以外、出来ることが無い。しかし、完成はまだ遙か先だ。己の未熟さをリーネは悔いた。

 

 コレではダメだ。ダメだと分かっているから都市の外に出たのだ。

 

 だというのに何も変わってない。当たり前だ。都市の外にでたら即、何かが変わるなどと、そんな事があるわけがない。それは分かっている。分かっていても尚、自分への怒りがリーネの腹の中を灼いていた。

 だが、どれだけ泣こうが喚こうが、目の前の現実は何も変わることは――

 

《てつだうのよ》

「っ!アカネ様!?」

 

 アカネがリーネの後ろで光り輝いた。文字どおり、紅色の輝きが彼女を包み、そしてそのままリーネが握りしめる“白の杖”に絡まり、結びついた。

 

「何を」

《ちゃんとつかってね》

 

 言葉の意味はすぐにわかった。白の杖、レイライン一族が代々継いできた当主の証の杖を、アカネの身体が飲み込み、その姿を一回り大きくさせた。紅色の糸が五指に絡みついてくる。見た目だけでも大変なことになっていたが、それ以上に、リーネは自らの身体に突如として降りかかった“感覚”に身震いした。

 

「こ、れは…!!」

 

 リーネは自分の指が五本から百本になったような感覚にとらわれた。驚き、指先を見ても自分の小さな指は五本だけだ。ではこの感覚は何なのか。増えた指先を動かそうとしてみる。すると、自分の元々の指先は当然動かず、代わりに、アカネが飲み込んだ穂先の一部がそのように動いた。

 自分の身体の延長上に、自分の杖の穂先がある。

 自分の杖が、自分の身体の一部となった。

 コレの意味するところを理解したとき、リーネは自分の身体に雷が落ちたような衝撃が走った。

 

「――――まさか」

 

 杖を離し、手の平を広げ伸ばす。次の瞬間、アカネの糸に繋がった杖がその穂先を幾つにも分け、恐るべき速度で【白王陣】の構築を開始した。地面に術を刻み、魔力を注ぎ魔言とし、術として構成していく繊細な作業が、超高速で組み立てられていく。

 自分一人では、杖一つではどうしても必要だった時間と手間が、大幅にショートカットされていく。その姿を見て、リーネは、

 

「――――は、はは、あはははあははは!!!!」

 

 狂い笑った。

 その喜びは、ただ目の前の白王陣が凄まじい速度で完成することに対する歓喜ではない。

 

 天啓が降り落ちたのだ。

 ブレイクスルーが発生した。

 今、まさに、この時に!

 

 【白王陣】のどん詰まりの未来の先が、求め続けてきた答えの形の一つが、突如として鮮明に彼女の目の前に映し出されたのだ。これを喜ばずどうしようというのだ。

 

「なんてこと!!そうか!!そうだったんだ!!鍛錬だなんて!()()()()()()()をしたわ!!!アハハハハ!!!!」

 

 【白王陣】は偉大なのだ。奇跡の才能を持った【白の魔女】がもたらし、それから数百年と鍛錬を続けた究極の魔術だ。つまりそれは伸びしろが狭くなっているということに他ならない。

 だが、自分の肉体はどうか。魔力を吸収し、魔力貯蔵量は増加した。身体能力もいくらかは向上した。“それだけだ”。つまり、拡張の余地がある。伸びしろがある。そしてリーネにとって、白王陣はある意味不可侵の神聖なる信仰そのものであったが――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「嗚呼!素晴らしい!白の魔女様!!貴方の叡智を世に知らしめる時は近いです!!」

 

 今は亡き、自らの魔術の元祖たる白の魔女に感謝を叫びながら、リーネは舞い踊り、白王陣を刻みつけた。

 

《だいじょうぶかー!?なんかハイになってないー!?》

 

 彼女に福音をもたらしたアカネは、リーネの異様なテンションに少し引いた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 ウル、シズク、そしてエシェルの3人は紆余曲折の末、ロック達との合流を果たした。

 そしてそこは

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』

『ククカカアア!!!どぉーしたあ!!クソトカゲ!!!もっと強くうたんかあい!!』

「くふ、アハハハハハハ!!!!素晴らしい!素晴らしいですアカネ様!!!」

《だいじょうぶか-!?ほんとうにこれだいじょうぶかー!?》

 

 えらい、混沌とした状況となっていた。

 

「……合流しますか?」

「……近づきたくねえな」

 

 自分のギルドの所属員の頭が軒並みおかしい。

 ウルは率直な感想を漏らした。

 

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