かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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飛竜襲来③

 

 できるだけ頭おかしい奴らとは関わりたくない。

 という、実に真っ当な感想をウルは抱いたが、残念ながらその頭のおかしい連中はウルの仲間と妹であり、彼らに倒れられては非常に困るので不本意ながら助けに行かねばならない。

 そして、更に残念なことに出来ればスルーして逃げたいと思っていた竜と思いっきり接敵していた。つまり逃げようが無い。ウルは己の不運を嘆いた。

 

「竜…!!」

「動くなよ。エシェル様」

 

 激情が込められたエシェルの声に先んじてウルは制止を呼びかける。彼女は何か言いたげだったが、しかし、反論はなかった。先ほどの“約束”が効いているらしい。

 だが、それでも彼女の焦りは消えない。その瞳には周囲で恐慌する、なんの武器も持たない名無しの連中が映った。中には小さな子供もいる。

 

「周りが無差別に襲われたら大惨事だぞ!」

「わかってる。もうこうなったら無視もできん。……本当、不本意だがな」

 

 ディズに助けを求めるにも、この竜に背中を向けて逃げられるかわからなかった。あるいはディズの所までたどり着いたとしても、馬車で眠っている彼女の所にこの竜を引き連れて、馬車ごと彼女が襲われれば最悪である。これでも護衛なのだ。依頼主を危険に晒す真似は出来ない。

 

 つまり戦うしかないのだが、さて、状況はどうか。

 

 狂乱中のリーネと彼女にブンブンされてるアカネは置いておく。彼女の【白王陣】がいつどこで完成するかは、この危機的状況を脱するカギとなり得るが、ならば尚のこと彼女の邪魔をするわけにはいかない。アカネが凄い悲鳴をあげているが心中で謝罪する。今度ジュース買ってあげよう。

 そして、現在前線で戦うロックの肉体は限界だ。身体の彼方此方に亀裂が入り、しかも魔力補充が足りなくなった骨が身体から脱落している。それでもなお、残った、ただ剣を振るうに必要な部分だけを残して竜と正面切って戦っているのは凄まじい。

 しかし、それも後僅かで破綻する。故に、

 

「エシェル様、銃を構えろ。シズク、魔術詠唱。一斉に狙うぞ」

「え?あ、うん……イヤ待て、あの死霊兵が近くに」

「そうだな。気にするな」

「は?!」

「撃て」

 

 瞬間、ウルの竜牙槍からは咆吼が放たれ、シズクの火球が反響し、連なる。僅かに遅れ、エシェルの魔道銃の閃光も重なって、その全てが今まさにロックの身体を砕こうとした竜と、竜と近接で戦っていたロックに直撃した。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

『カアアアアアアアア!?』

 

 竜の咆吼と、ロックの悲鳴が一緒に聞こえてきた。

 完全な不意打ち、竜は幾らかダメージがあるように見えるが、こっちを睨んでくる。ロックは消し炭になった。エシェルは顔を青くしてウルの顔を見る。

 

「良し、逃げるぞ」

「死霊兵消し炭になったけど!?」

「リーネ様から竜を離さねばなりません。仮都市の皆様からも」

「聞いてる!?」

 

 エシェルはウルとシズクに引きずられながら、その場を後にした。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 背後では、暗黒の翼竜が凄まじい咆吼を挙げ、飛翔した。獲物を狩るために。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ウル達は逃げる。しかし闇雲に逃げれば良いというわけでもない。

 竜の正体、戦力がどれほどか不明だが、竜は竜だ。ウルは竜をよく知っている。望んでもないのに思い知らされた。生半可では絶対に勝てないということを。現在のウル達の手札で唯一、僅かでも竜に一矢報いる可能性があるのは、リーネ一人だ。

 

 故に彼女の白王陣の射程圏内から離れすぎてはならない。しかし現在パニック中の仮都市の中をうろつくのも危険だ。リーネに近づきすぎて彼女を襲われても勿論ダメだ。全てを考えて逃げ回らなければならない。

 

「やばいしぬしぬしぬしぬ!!!ふっざけんな!!!」

 

 無論、ウルにそんなことを考える余裕なんてものは無かった。精々ヒトが居ない所、都市の外周に逃げ回るくらいだ。

 

『GYAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 背後、やや上空から竜の咆吼が響く。明確な殺意がウルの背中に向けられている。先ほどまで敵意(ヘイト)を惹きつけていたロックが消えて無くなり、すっかり次のターゲットをみつけたらしい。

 シズクとエシェルはウルからは距離を取らせる。彼女らは後衛だ。魔術と魔道銃による援護を行う者を竜に狙わせるわけにはいかない。必然、攻撃を受け、返し、惹きつける役割はウル一人になる。つまり死ねる。

 

『GAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「ッ!!!」

 

 来た、理解した瞬間、ウルは振り返り、竜を視認し、その巨大な爪に対して宝石人形の盾を身構える。馬鹿正直に受ければ死ぬ。斜に構え、その脅威が叩きつけられる直前で、弾く!!

 

「ぐ、う!!!!!」

 

 腕にかかる重量はとてつもなく重い。弾く、というよりも、吹っ飛ばされないように自分の身体をささえるので精一杯だ。だが、当然、ウルの状況を飛竜は慮ってはくれない。

 

『GYEEEE!!!』

「ぅぅぅおおおお!!!」

 

 巨大な三本の爪がまるでギロチンのようにしてウルに迫る。当然、優しくつかみ取るためではない。紙切れのように引き千切るためだ。ウルは悲鳴のような声を上げながら、死に物狂いで両手足で地面を蹴り、キルゾーンから転がり出る。背中で背後の空間が潰れる音がした。

 急ぎ、駆け出すウルはまるで猫の手から逃れたネズミのようだった。大変に無様ではあったが、ウルは気にしない。死ぬよりはマシだ。ウルは空っぽになった肺に空気を送り込み、叫んだ。

 

「撃て!!」

 

 直後、ウルの立ち位置とは正反対の方から閃光と爆発が起こる。シズクとエシェルの援護が竜に直撃した。やはりダメージは無い。だが、ウルへの攻撃を中断し、自分への横槍をかまそうとした者へとその巨体を向けようとし――

 

「――こっちを見ろ!!!」

 

 その横面にウルが竜牙槍を叩き込む事で再び敵意を向けさせる。鬱陶しそうに竜は唸り、ウルは再び背中を向けて走り出した。

 

「ないないない!こんなもん長く持つ訳がない!!」

 

 曲芸じみた綱渡り戦術が長く続かないのは宝石人形戦で十二分に思い知っている。予想外の行動、不測の事態、様々な要因が少しでも加われば、細く伸びた綱は千切れて落ちるのだ。

 そしてこの場にはその要因が多すぎる。絶対に近いうちに破綻する。

 

「リーネ頼むから急いでくれ…!!!」

 

 藁にも縋るような思いを叫びながら、ウルは綱渡りを続行した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ウルの逃走劇の後方、シズクとエシェルはウルの援護射撃を続けていた。逃げ惑う名無し達を避け、魔術を撃ち、射撃する。しかし、手応えはまるで感じなかった。

 

「う、うう……」

「エシェル様、大丈夫です。その調子で狙ってください」

 

 エシェルの射撃をシズクが励ます。だが、エシェルの心持ちは晴れなかった。

 

「こんな調子で何とかなるのか?!無意味に逃げ回ってるだけじゃ!」

「我々の仕事は白王陣完成までの時間稼ぎですから」

「だ、だが」

「エシェル様」

 

 シズクはすっと、続けて泣き言をこぼしそうになるエシェルの唇に指を添え、ソレを塞ぐ。そのまま指の先をすっと、今なおウルを追い続ける黒い翼竜へと向けた。

 

「構えて」

 

 エシェルは混乱した頭にピンと響く、シズクの声に従い魔道銃を構えた。

 

「狙って」

 

 重なるシズクの声に、エシェルの心の細波が沈んでいく。

 

「撃って」

 

 引き金を引く。熱光が寸分違わず翼竜の頭部に着弾する。翼竜は疎ましそうに顔を振り、ウルへの攻撃を中断した。

 

「素晴らしい、続けますよ」

「は、はい」

 

 取り繕っていた尊大な態度がすっかり剥げている事にも気づかぬまま、エシェルは引き金を引き続けるのだった。

 

 

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