かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

16 / 638
冒険者(もどき)にはなれたけど②

 

 黄金不死鳥 グリード支部

 現在イスラリア大陸からウエストリア大陸の二大大陸をまたにかけて活動する巨大商会。古くは数百年前の迷宮大乱立時代から続く歴史ある商会であり、様々な商売を手掛け多くの利益を得ているというが、彼らの主な商売は“金貸し”だった。

 

 冒険者たちへの融資を行う事で不死鳥は有名だった。

 

 本来、冒険者なんてものは安定性から最も遠い職業であり、ギャンブルと大差ないようなもので、迷宮という()()()()()()があっても次の日には死んでいてもおかしくない。“指輪持ち”であっても金を借りるのには一苦労なのだから、その信用のなさは相当である。

 しかし不死鳥はそんな彼らに金を貸す。そして“きっちりと利益を獲得するのだ”。果たしてどういう嗅覚なのか、冒険者たちを選定し成功するものや、あるいはその懐に“お宝”を隠し持つ者をかぎつけ、そして金を貸し、徴収する。

 

 えげつのないやり口、と呼ばれることも多いが、彼らは大連盟と神殿の法と契約にのっとり、それを破ることはない。キチンと契約をすれば、どうしても入用の時、冒険者たちという職業を考慮せず金を貸してくれるという事で、感謝されることの方がはるかに多かった。

 しまいには、「彼らに金を借してもらえた者は大成する」なんて噂まで流れる程であったが、それはおいておこう。

 

 約束を守る者には優しく、違える者には容赦ない。それが黄金不死鳥というギルドだ。

 

「……ふう」

 

 そのギルドに勤めるガネンという男は、大罪都市グリード支部の新たなる責任者だ。

 堅物の大男。冒険者からのし上がったたたき上げ。都市外の迷宮管理をしていたザザが腐敗した折、腐敗の証拠をまとめて上に報告したのも彼であった。出世のためではなく、神殿の逆鱗にすら触れかねぬ暴挙に出たザザを諫め、ギルドを守るための判断だった。

 さて、そんな堅物で生真面目、それ故に恨まれることも多く中々出世できない男だったはずなのだが、今回の密告の件で彼は大幅に出世しトップに躍り出てしまった。それまで認められなかった仕事が認められた。しかもその彼を恨むものよりも、支持する者の方が実のところ多くいたのだ。断ることもできなかった。

 

 本来であれば喜ばしい事なのだが、彼には悩みができた。それも二つ。

 

「ガネン、こっちの報告書はまとめておいたので確認してほしい。今月の集金分は机に」

「お嬢、そんな仕事俺らが……」

「ザザが抜けて人事が大きく動いて、皆新しい自分の仕事を覚えるので手一杯だろう。急場しのぎの穴埋めはするさ。私の判断でこうなったのだから」

 

 ディズ・グラン・フェネクス。

 彼がザザの不正の事実を大罪都市プラウディアにある本部ギルドに報告したところやってきたのが彼女である。彼女曰く、「ゴーファ・フェネクスの代理できた」と言っていたが、その名は黄金不死鳥の現トップ、ギルド長の名前である。

 

 ――………ひょっとすると、ギルド長のご親族ですか?

 ――娘だよ。義理だけど。

 

 自分の組織のトップの娘が来てしまった。これを素晴らしい事と歓迎できる程、彼の心臓は強くはない。

 

 しかも何故か“グラン”即ち“神殿の官位”を持っているときた。(これは本当に何故か不明。ギルド長は官位を持っていない)

 

 せめてこの娘がお飾りの置物であったならまだましだったのだが、困ったことに彼女はとても優秀だった。仕事は迅速でしかも気配りが出来る。ザザの失脚で混乱し組織運営が麻痺を起こしていた事もあって世話になりっぱなしだった。それが逆にガネンの胃を痛める結果となった。

 

 そしてもう一つの悩み、こちらはその彼女がもたらした問題でもあった。

 

《おっちゃんなにしてるん?》

「……おい、邪魔だ除け」

《あたしがあそんだげよか?》

「ヒマなのはわかったから勘弁してくれ」

 

 今、自分の首にしがみついてるアカネ、と呼ばれる“精霊憑き”。これが二つ目の厄介な案件だ。

 とある名無しの三流冒険者が金を無心し、返済のための担保として、差し出したのがこの精霊憑きだ。彼女の価値はガネンは捉えきれぬ所があったが、ザザは彼女の確保に執着した。返ってくる見込みも無い三流に金を貸し出し、娘を担保にするよう誘導した。

 彼の判断は、結果としてみれば正解であった。彼が失脚した後であっても、精霊憑きを手に入れたザザの法スレスレの手法をディズは眉間にしわを寄せ、溜息混じりに称賛したのだから相当なものだろう。

 

 最終的に、その冒険者はくたばり、契約に基づき精霊憑きは不死鳥のものとなった。

 

 そうなるはずだったのだが。

 

「アカネ、おじさんはお仕事中だ。邪魔しちゃいけない」

 

 なぜかその取引を、このお嬢が待ったをかけてしまった。

 

《でぃずーひまー》

「とても羨ましいね。おじさんの代わりに私が遊んであげよう」

《にーたんは?》

「ウルは今日は来ると思うよ。だからそれまでは良い子にしていなければいけないよ」

 

 お嬢はアカネ、と呼ばれる精霊憑きに、ねー?と語り掛ける。精霊憑きは彼女の言葉にふにふにと頷き、ヘビとなってディズ嬢の首に巻き付いた。

 

 現在、アカネは不死鳥のものにはなっていない。完全には。

 

 “精霊憑きの兄”、ウルという少年のめちゃくちゃな申し出に対して、何の気まぐれか彼女はOKしてしまったのだ。普段、彼女は優秀なだけに、何ゆえにそんな気まぐれを彼女が起こしてしまったのが、ガネンには理解できなかった。

 

「おや、理解しかねるという顔をしている」

「心を読まんでください。お嬢」

「まあ、悪いとは思っているよ。何せこれは完全に私の遊びだ」

「遊び、ですか」

 

 常に笑みを浮かべ飄々としているが、彼女の仕事っぷりは有能の一言に尽きる。そんな彼女に“遊び”という言葉はどこか似つかわしくなかった。

 

「最近根を詰めすぎていてね、知り合いから少し息抜きに遊んだ方が良いと言われたのさ」

「その遊びが、あのガキですか?」

「私は遊びってのがよくわかってないんだけど、どう思う?」

「悪趣味かと」

「君、気遣う割に必要な処では容赦ないね。褒めてあげよう」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げるとコンコンと二回殴られた。これで済ますあたりやはり彼女は寛容ではあるらしい。が、それならなおの事、あのガキに対する仕打ちは中々にむごく思えた。

 

「正直言って、死ぬしかないと思うんすけどね、この精霊憑きの兄貴」

 

 彼女から出された条件(正確にはあのガキが言い出した条件だったが)、金級の冒険者になるというのはキツ過ぎる。はっきりと言って不可能だろう。それが出来るのは伝説級の英雄ぐらいなものだろう。そしてあのガキにその見込みはない。

 仕事上、数多の夢追い人を彼は見てきた。それ故に断言できる。あのガキは何の変哲もない、ただの子供だ。未来の英雄候補では断じてない。

 

「その点は私も同意見だけどね」

「では、ガキが無様に死ぬのが娯楽だと?」

「そこまで私も悪趣味じゃ……いや、悪趣味なのかな?」

 

 彼女は少し困った顔をして、アカネの手で手遊びをしながら少しだけ考えるように首を傾げ、一言。

 

「私はね、打倒されたいんだ」

 

 彼女のその言葉の意味を掴めぬままに、来客を告げるベルの音が鳴った。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 シズクと別れ、単身で黄金不死鳥のグリード支部を訪ねたウルは、早速この場所の主であるディズと対面していた。此処二週間繰り返した来訪時と同じく、実に快く彼女はウルを招き入れた。

 

「やあ、ウル君。元気してた。って言っても3日ぶりくらいなんだけど」

「元気していたとも、ディズ。で、アカネは?」

「もー少し私と楽しくおしゃべりしてもいいんじゃないかな?」

 

 ウルはしばらく沈黙し、そのままゆっくりとディズに顔を向け、

 

「……ご趣味は何ですか?」

「借金抱えた冒険者がのたうち回るのを眺めて笑う事かな?」

「アカネの教育上良くないので引き取らせてもらいます?」

「金貨1000枚耳をそろえて出してもらおうか」

「邪悪なる借金取りめ」

「借金をした人間は皆そう言うのさワハハ」

《ワハハー》

 

 フハハハハとディズは楽しそうだった。そしてその後ろでディズの真似をしてアカネも楽しそうだった。悲しい。しかし元気そうで何よりではあった。

 

「アカネ。おいで」

《にーたん!》

 

 呼びかける。するとアカネはぱあっと笑い、飛びつき、抱き着いてきた。愛いやつめ、と抱きしめ返す。しばしそうしたのち、アカネはしゅるりと少女の姿となってウルの身体にひっついて、目を閉じるのだった。

 

「見せつけてくれるね。私には肩車くらいだ」

「どうだ羨ましいか」

「羨ましいし、やっぱり何度見ても驚きだね。精霊憑きは希少、しかもどんな精霊が憑いたかでまるでその力は異なる。彼女は変幻自在の金属……とは少し違うみたいだけど」

 

 部屋に備えてあったティーポットに水を入れ、ウルが見たことない魔動機の上に乗せ、水を沸かす。手際よくお茶の準備をしながら、ディズはアカネの様子を観察するように眺めていた。

 

「どうやって見つけた……いや、彼女の場合、どうやって精霊憑きになった、かな?」

 

 ディズはアカネを見つめ、目を細める。アカネはよくわかっていないのか首を傾げた。ディズの言う通り、アカネはもともとは普通の人間だった。少なくとも生まれた時から精霊憑きというわけではなかった。

 

「……そうだな。いつも通りオヤジが迷宮から逃げかえって、ガラクタを大量に持ち帰っては馬車を圧迫させてた時だ。変な卵があった、金と紅の交じった、卵」

 

 恐らくは“精霊の卵”と呼ばれるものだった。

 

 精霊がこの世界に生まれ落ちる前の状態。精霊の生態は殆ど解き明かされておらず、当然生まれる前の状態は誰も見たことがないといってもいい。

 日ごろ、自分が持ち帰るガラクタを宝の山だ。古代の遺産だ。などと意味不明にのたまう事が常なウルの父親だったが、まさか、本当にお宝を、それも最高位の代物を見つけるなどと、誰が想像しようか。

 

「そして、それをオモチャにしてたアカネが、その卵に“喰われた”」

「喰われた?」

「最初、粘魔(スライム)にでも襲われたのかと思った」

 

 それはそれは恐ろしい光景だった。赤子だったアカネが手に持ったその球体が、突如としてアカネを包み込んでしまったのだから。それを眼前で見たウルは悲鳴を上げてアカネから引きはがそうとした。が、まるで引きはがすことはかなわなかった。

 ウルの悲鳴に近くにいた父も慌て近づいたが、次の瞬間にはアカネは完全にその謎の赤い物体に飲み込まれ、丸い球体になってしまったのだ。

 

「……球体。つまりまた卵か、あるいはサナギみたいな?」

「そんな感じだ。どうしようもなかったのでその玉をとりあえず安全な場所において見守るしかなかった。大体丸一日はそうしていたかな」

 

 正直言って気が気ではなく、その間あんな魔物かもわからないような物体を持ち込んだ父親を恨み続けたが、次の日目を覚ますと、卵は割れ、アカネが出てきていた。

 

「そしたら髪が赤くなって、体もまるで金属みたいに滑らかになってた」

「そして、自分の意思で変幻自在に変わるようになったと?」

「そうなる。で、それを見た知り合いの神官が、それは“精霊憑き”だと」

 

 魔術のような技術を使うことなく、自在に肉体を変える力。人ならざる奇跡を使う者。精霊の力を宿した精霊と人の中間。それを聞いた親父は「凄い発見だ!」とバカみたいにはしゃぎ、その顔面にウルは近くのガラクタを思い切り叩きつけた。

 

「以上。全くろくな思い出じゃない」

《にーたんだいじょぶ?》

「大丈夫大丈夫。アカネが元気でよかったなあって話だから」

 

 アカネの頭を撫でて安心させてやる間、ディズはぶつぶつと考え込むように独り言をつぶやき続けた。

 

「うーん……精霊の自己保存のレアケース……信仰と魔力不足の補填…?」

「アンタも精霊憑きは見るのは初めてか?」

「ん、まあね。記録の上では幾つか知ってるけど、現物は完全に初めてだね。しかも憑く精霊も人によって違うから、彼女のケースは完全に初耳だ」

 

 そう言って蛇となったアカネの首元を撫でると心地よさそうに首を振る。そのしぐさはネコのようだ。ディズは笑う。

 

「精霊は超常の存在だ。人が決して扱えない現象をノーリスクで引き起こす高次元の生命体。その力を人の身で宿す、まさに奇跡の体現者だ」

「そんな彼女を手中に収めて、アンタは何をしたいんだ」

 

 ディズ自身が言うように、精霊という存在は世界の化身だ。

 ありとあらゆる現象、万象を映すのが彼ら彼女らだ。ヒトよりも明らかに優れた生命体。本来であれば手中に収めようとすること自体“神殿”から罰せられるレベルの悪行と言える。それを、たまたまヒトと精霊が混じった【精霊憑き】が現れたからといってそれをどうこうしようという発想が、どう考えても金貸しギルドの考えとは思えない。

 

「神殿なら問題ないよ、私第三位だし。上手く隠せる」

「それがますます意味分からん。あんたは【グラン】、つまり官位持ちだろ?」

「そだよ。敬いが足りないな名無しクン」

「這いつくばって平伏すればいいか?」

《ははー?》

「あんまり楽しい気分になりそうにないしいいや」

 

 地面にヒザをつこうとしていたウルをシッシとディズは手で払う。

 そう、ディズ・グラン・フェネクス。彼女は各都市国を治める【神殿】が定めている【グラン】の官位の所持者。要は特権階級なのだ。本来であれば名無しのウルが面と向かってペラペラと話すことすら不敬とされる。国によっては罰せられて牢獄行きか、下手すれば死刑である。

 なら今からでも態度を改めるべきなのだが、最早時既に遅く、彼女が神官であると気づいたのは彼女に対して無茶な条件を突きつけるという暴挙に出た後のことである。

 

 要は開き直りである。ヤケクソとも言う。

 

「ま、商売人としての私と神官としての私は分けてるし、商売相手の君に神官としての権威を振るうつもりはないので安心してよ」

「安心する要素は微塵も無いが、そうでないなら死ぬしかないので信じる」

「ま、私は神官としても“不良”だしね。あまり気にしないでよ」

 

 出来るかボケ、という言葉をウルは飲み込んだ。

 自分の事を言えた義理はないが、いよいよもって変な女だった。

 

「で、結局なんで精霊憑きを研究したいんだよ。アンタ」

「必要だからだよ」

「必要。神官のアンタに?」

 

 特権階級であれば、都市の中でならある程度自由に出来るはずだ。しかも【グラン】なら、官位のなかでも第三位、相当の権力者。その彼女が何を必要としているのか全く解せなかった。

 

「この世界にさ。悪意と敵意と理不尽に満ちたこの世界のためには必要なのさ」

「……んなこと言って良いのか?太陽神(ゼウラディア)に仕えているんだろ」

 

 この世界は精霊達の長、唯一神である太陽の神、ゼウラディアの箱庭である。

 精霊達は神の使徒であり、神官はその僕(しもべ)である。ディズの発言は神の庭に対する侮辱に思えた。しかし彼女はその指摘を気にする様子もなく肩をすくめた。

 

「言ったでしょ。私不良神官だって。唯一神にはちゃんと畏敬の念を抱いているけどね」

「……まあ、アンタが神官としてどういう問題を起こそうと俺の知ったことでは無いけどな。咎めようもないし」

 

 告げ口したところで自分に得があるわけでも無し。わかったのは彼女がアカネを解体する事に対して躊躇いがないという事だけだ。そんなことはこの2週間でわかりきっていた事ではあったが。

 結局、ウルがやるべき事は変わらない。客間に通されたときに差し出されたなにやら高級そうなお茶を一息に飲み干し、ウルは立ち上がった。

 

「じゃあなアカネ、良い子にしていろよ」

《にーたんはしぬなよ》

「それは保証しかねる……頑張るよ」

 

 妹が折角の愛らしい顔を台無しにする膨れ面になったので、ウルは頷く。彼女はまんぞくしたらしい。ふにゃふにゃと可愛らしい笑顔に戻り、ディズの手元へと帰っていった。蛇の形をとって巻き付いたアカネを抱えると、ディズはウルに微笑みかける。

 

「冒険者になる訓練、頑張ってね?」

「……まあ頑張っちゃいるよ」

 

 あのメチャクチャな教官、グレンの下で今なお必死に訓練を続けている。最初の頃と比べて間違いなく迷宮探索の効率は上がっている。魔石も稼げるようになっている。魔力の補充により血肉が強くなっているという実感がある。だが、

 

「グレンからはまだ銅の指輪はもらえてない。目指す許可すら出ちゃいない」

 

 どれだけウルが根性を振り絞りグレンの指導に食らいつこうと、決して彼は頷かない。

 

「どのような状況であれ、後2週間で銅の指輪が取れなきゃ話はナシだよ」

「分かってるよ畜生めが」

 

 不敵に笑う彼女を背に、ウルは訓練所へと向かうべく部屋を出た。

 




評価 ブックマーク 感想がいただければ大変大きなモチベーションとなります!!
今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。