かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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路傍の石ころの怒り

 

 

 仮神殿、従者達の利用する宿泊室の一つにて。

 

 大地の精霊の力によって生み出された石造りの高層建築物。緊急時の避難所故、外見に飾り気は全くないが、内装は充実していた。従者達の権力と我が儘の賜物であり、家財一式が揃っている。

 

「贅沢なこった」

 

 ウルはそんな従者達の贅沢の賜物であるベッドに横たわり、小さくぼやいた。この部屋の元主は今は居ない。天陽騎士の包囲からの強襲の騒動の内に“いなくなった”らしい。深く意味を考えなければ、柔らかなベッドがただただ心地よく、ありがたいことだった。

 

「ウル様」

 

 シズクはまるで最初からそこにいたかのようにゆらりとウルの前に姿を見せる。何故か下着姿で。普段のローブで押さえられた豊かな身体が露わになっていた。

 

「服を着ろ痴女」

「先ほどまで、エシェル様を寝かしつけていましたので」

「肌晒す説明になってないが」

「体温は傷ついた心を癒やすには最適ですよ?」

 

 慈母のごとく微笑むシズクに、ウルは口を閉じて、ベッドに沈んだ。反論するのも疲れる。そうでなくても、今日は本当に疲れた。

 

 都市の異変、従者の逃亡からのとんぼ返り、大罪都市グラドルの包囲網、処刑宣告とエシェルの新たなる依頼、そしてあの実行犯二人の確保騒動。病み上がりには大変こたえた。

 

 が、この日の苦労はまだまだ始まりに過ぎなかった。

 

 二人の実行犯を捕らえた後、エシェルにその事情を説明すると、彼女はまた泣いた。が、それ以上にうろたえることはしなかった。ただただ泣くだけで、落ち着かせる手間がなく助かった反面、痛ましかった。

 

 ――私は彼らから事情を聞いておくから、ウルはその間、お願いね。

 

 と、ディズにさっくりとぶん投げられた。頼まれても、犯人が連行されれば自分たちにやれることなんて殆どない……と、ウルはその時は思ったのだが、そう甘くはなかった。

 カルカラが実行犯として連行され、エシェルが今は何も出来ない状態になってしまった。結果、“仮神殿”の指揮系統が完全に麻痺してしまっていたのだ。

 一応、エシェル、カルカラに次ぐ権力者として“従者”達がいるわけなのだが、彼らは彼らで混乱している。自分たちを守ってくれる、自分たちの「剣」であるはずの天陽騎士達からの強襲から逃げ回り戻ってきた彼らはすっかりパニックになっていた。当然仕切れるものなど居るわけもない。

 

 つまるところ、ウル達が仮神殿を仕切る以外なかった。

 

 泣きわめいてばかりいる従者達を治療し、動ける者に指示を出し、混乱の鎮静に駆け回るのに丸一日を費やした。とても疲れた。従者達から感謝の代わりに罵声を浴びせかけられる事も珍しくもなく、本当に放置してやろうかとも思った程だが、放置すれば死ぬ怪我の者もいるのでそういうわけにもいかず、深夜まで働き続けた。本当に面倒だった。

 

「明日また、従者どもが好き勝手し始めたら俺はもう知らん」

「明日はディズ様に形だけでも指揮を執ってもらいましょう。従者の皆さんもその方が指示は聞きやすいでしょうし」

「そーだな……で、何故くっつくシズク。」

 

 いつの間にかウルのベッドに潜り込んできたシズクがぴったりとウルにくっついてきた。柔らかく気持ちいいが、非常に疲れてるせいか精神の高ぶりに全く肉体が付いてこず、無駄にぐったりした。

 

「疲れているのなら癒やしてさしあげようかと」

「気遣いありがとう。今はマジで余計なお世話だから離れろ」

 

 シズクはぐりぐりとウルの頭を抱え込んだ。全くヒトの話を聞いていない。が、この女が自分から積極的に接触してくるのは少し珍しい、と、ウルは不思議に思った。

 必要な相手に対して媚びるのは全く躊躇しない女だが、自分相手にはそうそうしないはずだが……

 

「…………なんか嫌なことでもあったのか」

「私がですか?」

「そのつもりで聞いたが」

 

 他人の感情の機微に対して異常な観察力を持っている女だが、自分のことに対してはとんと理解が浅い。ウルが拒否しても尚、接触を続けるなら、その行動原理はシズク自身の中にある。

 要は、これは甘えてきているのだ。恐らく、多分。

 シズクは首をこてんと傾け、少し考え込んで、沈黙した。ウルは黙って彼女が自分の感情を形に固めるまで待った。そして、

 

「……特に嫌なことが合ったわけではありません……けど」

「けど?」

「これから、悲しいことが起こると思いましたので」

「なんだそりゃ」

 

 シズクは自分の抽象的な感想を再び言語化すべく唸った。その間ぐいぐいと胸を押しつけてくるのでウルの精神衛生上は非常によろしくなかった。

 

「そうですね――――私は、皆が幸いであってほしいと願っています」

「ああ、そうだな。ソレは知っている」

 

 自分の優先度が低いが故に、他人の幸福を願う歪な聖女が彼女の本質だ。ウルがいくら補正しようとも、その根幹はそうそう揺らぐことはない。

 

「だから、私に出来ることならなんだってしたいのです。どんなことだって」

「ソレも知っている」

 

 そして、そのためなら彼女は手段を選ばない。時として相手の尊厳を踏みにじり、粉々に砕いてしまうこともある。それはつまり、彼女にとっての“幸せ”の規準が――極めて――低い事を示している。

 

 死にさえしなければ、きっとやり直せる。幸せになれる。

 

 そんな、極端極まる判断基準が、彼女の中にはあるのだ。だから、なんだってする。どんな手段もとる。命さえ救えるのなら、命さえ助かるのなら――

 

「――――でも、今回は、多分難しいのでしょう」

「難しい」

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「…………なるほどな」

 

 その言葉の意味するところを、ウルは察した。否定は難しかった。考えうる限り、この後起こることはろくでもないとわかりきっているからだ。

 彼女が悲しむ理由も分かった。だからウルはだまって彼女の抱擁を受け入れた。これでストレスが軽減されるなら、もうなんだって構わない。

 そう思ってされるがままになっていると、ふと、シズクがウルの顔を覗き見てきた。白銀の瞳の色が綺麗だった。

 

「でも、ウル様は、私とは逆に、なにやら怒っていらっしゃいますね?」

「俺が?」

 

 問われ、ウルもまた自分の内心を探る。シズクのように、自分の考えが全く見通せないような事はなかった。すぐに、彼女の言う怒りが見つかった。

 

「…………そうかもな」

「エシェル様の事で?」

「他人のために怒れる程、殊勝な奴じゃねえよ俺は」

「そうですか?」

「そうだよ。怒ってるのは、俺自身の問題だ」

 

 そう、個人的な事だ。

 今回の事件の輪郭が判明してから感じた――不快感だ。

 

「元々、今回の件は、エシェルが、俺達を使って、ウーガの異変を解決しようとしたところから始まったよな。俺達に拒否権は無かった」

「そうですね」

「で、調査を進めると、エシェルもまた、操り人形に過ぎなかった。彼女の側近のカルカラと神殿の従者カランが、実は都市の異変を起こした犯人で、それに気づかず、エシェルは空回りを続けていた」

「そうですね」

「で、更に突き詰めると、そのカルカラもカランも、大罪都市グラドルと、邪教、陽喰らう竜の手先、実行犯にすぎなかった」

「そうですね」

 

 今回の事件は、その構造が幾重にも重なっていた。ウルが今まで体感したことがないような規模の大きな事件だった。だからこそ、ウルは思ったことがある。

 

「推定、今回の事件の犯人、グラドルと邪教、俺達のこと知ってると思うか?」

「存在を認知もしていないと思います」

 

 シズクはストレートに解答した。ウルも同意見だった。

 実行犯であるカルカラ、そしてカランは流石にウル達の事も認知しているだろう。が、あの二人にとっても、ウル達は【勇者】のオマケでしか無かったはずだ。ディズの馬車への集中的な監視体制がソレを物語っている。

 ましてや、この場にすらいなかった邪教やグラドルが、ウル達を認識しているかといえば、絶対にしていないだろう。ウル達が何か彼らにとって問題を起こしたとて、それは「勇者の仕業」としてひとくくりだろう。

 それは、ディズの実力、知名度、七天の威光を考えれば当然の事ではある。彼女と比べ、ウル達が木っ端のような扱いを受けるのは当然だ。ウルもそれには納得している。

 

 が、それはそれとして、ウル達が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ここまで振り回されたのは紛れもない事実である。

 

「――――ふ」

 

 ウルは笑った。

 可笑しさの所為ではない。状況を整理するほど、ただただ、腸が煮えくりかえって、一周回って笑えてきたのだ。

 よくよく、起こることではある。ウルは名無しだ。自分より遙か上の存在の、極めて一方的な都合で、人生が吹っ飛ぶ事はある。珍しくもない。慣れている。いや、慣れて()()

 だが、冒険者として生き、必死に駆け回って、短い間に幾多の困難に立ち向かって、ようやく、手の平に収まるような小さな小さな自信をウルは得られた。他人から見ればあまりに小さな、しかしウルにとって、多分人生で初めて獲得した、誇りだった。

 

 理不尽まみれのこの世界を、自分の力で切り開き、進むことが出来るのだという誇り。

 

 そして、そんな小さな誇りは、紙くずのように吹き飛んだ。それは悪意によってですら無い。ウルの誇りを踏みにじった相手は、踏みにじったことにも気づいていないのだから。

 

「路傍の石ころか、俺達は」

 

 蹴とばしたことに、気づかれもしなかったのだ。

 思い上がりは叩き潰された。自分は未だ、この世界において石ころなのだと、理解させられた。勘違いをして間違えるよりも早くに気づきが得られたのは良いことではあった。

 

 だが、それはそれとして、

 

「――――黙って蹴飛ばされてやる必要は、無いよな」

 

 ウルが据わった目で吐き出したその言葉に、まあ、とシズクは微笑みを浮かべた。

 

「では精一杯、地面に食い込んでみましょうか」

「精々、小指を打って、地面に転がしてやるとするさ」

 

 かくして、深い深い闇と、歴史によって紡がれた悪意の中心地、竜呑都市ウーガ。

 その隅っこで、反撃の炎が静かに灯った。

 

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