かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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ウーガ簒奪作戦②

 

 竜吞都市ウーガ、西、平原エリア。

 勇者ディズとエイスーラの戦闘地点

 

「【映し盗れ】」

 

 エシェルがその言葉を放った瞬間、連続して事態は動いた。周囲の魔力が急速に収束。魔術の現象にも似ているが、詠唱も、媒介も必要とはしなかった。

 ただ願う。それだけで精霊の力による奇跡の御業が起こる。

 空中に浮く、2()()()()()()()()()()()が生まれた。それが【勇者】に警戒しながらジリジリと逃げだそうとしたエイスーラを映し出す。

 鏡が妖しく輝く。鏡に映ったエイスーラに黒色の“もや”がかかり、同時に本物のエイスーラも同じ“もや”で覆われた

 

「っ何!!?」

 

 その時点でようやく、エイスーラはその事態に気づいた。己の身体に起こる異常、しかし注視していた【勇者】が何かをしている様子は無い。慌てるように周囲を見渡し、そして巨大な鏡を生み出した、自分の姉を発見した。

 

「き、さま!!!」

「【ミラルフィーネ!】」

 

 エイスーラは怒りに満ちた声で叫ぶ。が、エシェルは動きを止めない。起き上がり、更に強く鏡の精霊の名を叫ぶ。鏡の輝きは更に強くなる。鏡に映ったエイスーラの右の手の平、使い魔を手繰る主の印、【制御印】に黒の“もや”が集中する。

 そんな自分の姿を見て、エイスーラは自分が何をされようとしているのか、気がついた。

 

「【不動となれウリガンディン!!!!】」

 

 強大なる大地の精霊の輝きが、エイスーラの身体からあふれ出す。“黒のもや”からエイスーラの身を守るかのように。だが、鏡の力も光に弾かれ消えて無くなるわけではなかった。尚、鏡に映ったエイスーラの姿に干渉しようと蠢く。

 超常の力が衝突する。大気が、魔力が忙しく流動する。理を越えた二つの力の衝突に、世界が悲鳴を上げていた。

 

「っぐ…!」

「……!!」

 

 そしてその状況で、対峙した二人はピタリとその動きを止めた。見えない大きな手で掴まれたように、身じろぎがとれなくなった。

 その様子を見守っていたディズは、悩ましげに眉をひそめる。

 

「拮抗したか……」

「綱引き状態ねえ」

 

 そして不意に出現したヨーグに、ディズはためらいなく剣を振るった。刃はヨーグの緑髪を掠める。あと僅かで首が叩っ切られていたにもかかわらず、彼女はヘラヘラと笑った。

 

「いきなり酷いわ」

「いつまで此処に居るの?君、ヒマそうに見えるけど」

「そうね、やれることは全部やっちゃったから……でも、気にはなるでしょう?」

 

 ヨーグは笑う。笑いながら、徐々にその姿そのものが薄らいで、消えていく。亡霊(ゴースト)のように、そこに存在していなかったように、

 

「“大地の化身”を、“人工物”が食らえるのか」

 

 それだけ言って、彼女はかき消えた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ウル達はロックンロール号に乗って平原を疾走していた。既に従者達はウーガから少し離れた場所に結界を張り、そこに放り捨てている(その際罵詈雑言をグルフィンを筆頭に投げつけられたが、カルカラが一睨みで黙らせた)。荷物が減り、軽くなったロックンロール号の速度はかなりのものだった。

 

「とは、いえ、きっついな!!」

 

 ウルは狭苦しさに叫んだ。現在この戦車の中にはウル、シズク、リーネに加えてカルカラも無理矢理中に詰まっている。搭載していた消耗品類を可能な限り置いてきたが、尚狭い。カルカラなど、最早、うつ伏せになって押し込まれている状態だ。

 

「私は気にしていません」

「そう言ってもらえると助かるが、大丈夫かソレ」

「それより急いで」

『全速力だしとるっちゅーの』

 

 ロックが言うように、ロックンロール号は全速力だ。搭乗者の安全面が全く考慮されていない全速力である。おかげで既に何度も頭をぶつけている。

 

「見えました!」

 

 【新雪の足跡】をつかって、その道行きをシズクが先導する。真っ直ぐに平原を突き進む。戦車の小さな小窓から覗く景観は全く代わり映えしないように思えたが、その変化はシズクが告げた。

 

「此処でか!?」

「はい!エシェル様にディズ様の姿も見えます!」

 

 そこは予定の場所からは随分違った。

 元々は、ジャインたちに囮の役割を担ってもらい、エイスーラがいる筈の天陽騎士達の本拠地に“避難”という体で移動する予定だった。そのままエイスーラに接近し、ディズが場をかき乱し、エシェルが【制御術式】を奪う。その流れの筈だった。

 が、此処はまだ随分とウーガから近い。

 とはいえ、土壇場で考えられた計画だ。予定外が起こらないわけがない。エイスーラと接触できているだけ上等だろう。そのためにフォローに来たのだ。何が出来るかは分からないが。

 

「ロック!戦闘中か!?」

『今は血は流れておらん……が……どういう状況じゃ?これ』

 

 返ってきた答えは曖昧だった。ウルは首を傾げ、戦車の扉を開いて自分の目で確認する。

 

「――――………………どうなってる?」

 

 結果、ロックと似たような感想になった。

 

「ああ、ウル、来たね」

 

 戦車の接近に気づいたディズがウルに応じる。彼女は傷は無いらしい。彼女の近くに巨大な、不気味な謎の肉塊が存在するのは気になるが、動かないので今は無視した。

 それよりも、だ。

 

「ディズ、エシェルはどうなってる?」

 

 今回の作戦で最も重要な鍵となるエシェルが、おかしな事になっている。

 

「………!!」

「く……!!ぬう……!!」

 

 エシェル、そしてその向かい側には赤髪の男と相対している。状況的にエイスーラなのは間違いない。が、その二人が身じろぎも出来ず、ジッとしている。

 無論、ただ向かい合ってる訳ではない。エシェルの背後には巨大な鏡のようにみえるものがあり、そこから力を放っている。エイスーラは自らの内側から強烈な光を纏い、鏡から放たれた黒い力を弾いている。

 

「精霊同士の力がぶつかりあって、拮抗している。力が釣り合って動けなくなってる」

「今の間に我々の方でエイスーラ様を捕縛するのはどうでしょうか」

 

 ディズの分かりやすい説明に、シズクは即座にそう確認した。

 だがディズは首を横に振る。

 

「この拮抗を下手に外から干渉したら、どうなるかわからない。最悪、奪う予定の【制御術式】が消滅するなんて事も起こりうる。物理的干渉は避けるべきだ」

 

 奪う予定の制御術式が損なわれれば、コントロール出来る者を失った大巨星規模の魔物の暴走が起こる事だって起こりうる。それでは何の意味もない。ディズが静観を決め込んでいた時点で、ウル達が取れる手段はそう残されていないのは明白だった。

 

「エシェル様!!」

 

 カルカラも飛び出した。彼女は即座に祈りを捧げ始める。カルカラが仮都市で補強していたときのように、祈りを伴った魔力による支援をエシェルへと送っているのだ。支援は確実に、彼女に届いていた。

 だが、問題があるとすれば――

 

「く……くく……!無駄な……あがきだ!!私は大罪都市グラドルの神殿とリンクしている!貴様ら寄せ集めのカスどもでは!祈りの総量が違う!!」

 

 それでも、天秤はエイスーラへと傾きつつある点だ。

 どちらも精霊の力だ。人知を超えた超常の力だ。しかし押されているのはエシェルの方だというのは傍目にも分かる、目に見えて分かりやすい指針があった。

 

「う……くぅ……!!」

 

 エシェルが背負う鏡が、その中央から、ヒビが入り始めていたからだ。

 

「それに鏡など!所詮は人の手で生まれた人工物に過ぎぬ!!世の理、四源に勝てる道理などない!!」

「っ…… !!!」

「まして、この私から王座の鍵を盗み盗ろうなどと!!恥を知るが良いこの汚物め!!」

 

 エイスーラの輝きが強くなる。鏡のひび割れも更に広がっていった。均衡が崩れる。エシェルが敗北する。ウルは竜牙槍を構え、すぐさまエシェルを守るために動ける準備をした。

 

「大丈夫ですか?エイスーラ様」

 

 だから、ウルの隣で実に暢気な声でエイスーラに語りかけ始めたシズクの声にすっころびそうになった。

 

「……なに?」

 

 エイスーラもそれは同じだろう。ひとたび聞けば忘れようのない、シズクの声音に、耳を傾けざるを得なかった。シズクは、自身へと視線を向けるエイスーラへと、息がつまるような、至極の笑みを浮かべ、囁いた。

 

「彼女は、()()()()()()()()()()【簒奪の精霊】の寵愛者ですよ」

 

 その言葉の選択を、ウルはすぐに理解する事は出来なかった。だが、対してエイスーラの表情は明確に変わった。目を見開き、シズクを血走った目で睨み付ける。

 そこにあるのは激しい怒りと――――動揺だ。

 何故?というウルの疑問を余所に、シズクは続ける。

 

「天に輝く神陽をも映し盗る魔性、覗き見る者の魂を喰らわれるような美しさ。だから神殿は恐れた。その畏れが、信仰になるのを防ぐため」

「だ……まれ!!」

 

 エシェルの鏡の中央に大きく刻まれたヒビの侵食が止まる。既に砕けた部分が急速に復元し、美しい鏡面が再生する。 

 回復している?鏡の力が強くなっていく?

 疑問に思い、そしてウルも気がついた。エシェルが背負う鏡にはエイスーラが映しだされている。そしてその鏡に、エイスーラ自身の光が流れていく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「でも、そうやって遠ざけて、隠して、見ないフリをしたために、逆に恐怖の膨張は取り返しが付かなくなった。迷信は真実になった」

「やめろ!!」

 

 “黒のもや”が強まる。より多く集まって、エイスーラの手に集り始める。エイスーラはそれらを振り払うように声を荒らげる。が、しかし声を荒らげても振り払えはしなかった。それどころか、彼がわめき散らすごとに、より強固になっているようだった。

 

「だからエシェル様をいじめたのですよね?彼女が、怖かったんでしょう?」

「やめ…ぐっ!?」

 

 蟲が大樹を蚕食するかの如く、大地の精霊の守りを貪り食い、彼が必死に守っていた【制御術式】へと伸びる。悶え、苦しむ彼を見て、シズクは優しく微笑みかけた。

 

「貴方達の信仰(きょうふ)は正しい。陽盗みの鏡は、貴方を喰らう」

「【ミラルフィーネェエエエエエ!!!!】」

 

 エシェルは叫んだ。鏡が鳴動し光に包まれる。

 無機質な鏡面から、ヒトの形をした何かがずるりと姿を現した。精霊の加護、与えられた力そのものが顕現し、精霊の姿を形作ろうとしていた。

 

 しかしそれは神秘の姿からはほど遠い。

 

 ただあるがままを美しく映しだすための道具、信仰としてもか細く、精霊として形づくられる事もなかった筈のものが、迷信によって歪となり、簒奪という悪行を擦られた。

 

《――――――は、はは、ははは》

 

 その果ての、精霊としてのその姿はあまりに歪極まった。

 砕け散った鏡を宝石のようにちりばめたドレス姿の女。腕は六つあり、指先は骨のように白く、細く、長い。顔を覆い隠すベールは喪服のようだ。

 その奥の隠れた顔は、何処か操り手であるエシェルに似ていた。

 

《ははははははは》

 

 笑う。嗤う。嘲笑う。

 透き通るような高い声音が、歪な悪意でひび割れる。悪徳を示す黒の衣をドレスとして纏って精霊は踊る。鏡がドレスと共に舞い、周囲を次々と映す。だが、それは、通常の鏡のように反射し、輝くことはしない。

 

《あははははははははははははははははははははははははは!!!》

「――――削れていく……?」

 

 必死の形相で祈りを捧げていたカルカラが、祈りを忘れて見入ってしまうほど、異様な光景がそこにあった。

 鏡は、映した光景をただ跳ね返す事をしなかった。煌めくような鏡面は、その身で対象を映した瞬間、対象を閉じ込める。

 ただ、相手を正しく映し返すだけの役割だった鏡が、映した対象を閉じ込める牢獄へと変わっていた。

 

《ちょうだい!ちょうだい!!ちょうだい!!!》

 

 大地が抉れ、大岩が右半分を突如として失い、雲海が割け、空間がひしゃげた。距離も何も関係なく、あらゆるものが、ただ鏡に映るだけで、損なわれていく。

 そして、その鏡の全てが、ゆっくりと、目の前の獲物へと向けられた。

 

《ちょうだい?》

 

 子供のように、かたんと首を傾けて、ミラルフィーネが呟く。

 次の瞬間、エイスーラの右手の中央に、大穴が空いた。

 

「――――――!!!!」

「盗ったぞ…!!」

 

 噴き出した血と共に、エイスーラが凄まじい悲鳴を上げる。

 対し、エシェルは己の右手に移った制御術式を握りしめ、そして叫んだ。

 

「我に従え!!!【竜吞ウーガ!!!】」

 

 そう叫んだ瞬間、起こったのは地響きだ。

 大地が震える。ウルは立ち続ける事も出来なかった。同時に、空気が震えるような爆発音。それはウーガの咆吼であると、理解できた者は少なかっただろう。使い魔の鳴き声と言うにはあまりにも破壊的だった。そして、ソレは一つの事実を告げている。

 

 エシェルの命に、ウーガは応じた。呪われし都市の簒奪は成ったのだ。

 

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