かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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冒険者(もどき)にはなれたけど④

 

 その傷は異様だった。

 右肩から雷でも奔ったかのような巨大な傷跡、それは真っ直ぐに胴を跨ぎ、左の腰まで到達していた。そしてそれを回り込み、恐らくだが背面にまで至っている。真正面から切り刻まれたというよりもまるで“巨大な魔物に丸ごと食い千切られた”ような痕。

 

 尋常ならざるその傷跡にウルは息を飲み、そして理解した。

 

「――黄金級なのか、グレン。あんたは」

「おうとも。【紅蓮拳王】たあ俺の事よ……自分で名乗るときっついなコレ」

 

 十数年前に発足した冒険者ギルド所属の一行(パーティ)【緋色ノ王山】大罪迷宮グリードの深層で大竜を撃退した功績で黄金級として認められた生きる伝説であり、今なお語り継ぐ者が多く居る大英雄だ。

 その大英雄が、こんな、こんな――

 

「無精髭ですげえやさぐれてるオッサンとは……」

「どつくぞ」

「もう既に殴ってる」

 

 ウルは殴られた頭をさすった。しかしまさか、ウルの目標としている黄金級がこんな身近にいるとは思わなかった。訓練所は確かに「教官は冒険者として成功を収めた引退者」である事が多いとは聞いていたが。

 

「あんたは、黄金級になれたんだな」

「結果的にな。俺は、俺達は別に黄金級を目指した訳じゃなかった」

「じゃあ何が目的で?」

「復讐」

 

 その言葉を継げた瞬間のグレンの形相を、ウルは忘れる事は出来なかった。それほどに壮絶な表情だった。その胴体に刻まれた傷に勝るとも劣らないほどに、壮絶で、悲惨だった。

 

「俺達はな。竜を殺したくて殺したくて仕方が無い連中の集まりだったんだよ。全員がそうだった。俺の仲間も、全員、竜を殺せるなら何だって良かったんだ」

 

 竜は人類への敵対種である。

 そこに例外は無い。竜は圧倒的な暴力でもってこの世界に住まう様々な人類を焼き払い、呪い、苦しめ、そして殺す。しかし、その脅威を知る者は少ない。遭遇して生き残る者は殆ど居なかったからだ。いたとしても、彼らは竜を呪い、竜への復讐に走り、そして無残に殺される。 

 グレンと、グレンの仲間達はまさしくその竜への復讐者だった。

 

「俺たちの一行は大罪迷宮グリードで不意に眷族竜……【大罪竜】の下僕か?そいつに半壊にされてなあ。で、復讐のためにそいつを探して探して探して探して探して、殺した。以上だ。その過程で生き残った仲間も、嫁も炭になって消えて、俺だけが生き残って英雄になった」

「……なんといえばいいか、キツイ過去を掘り返させて――」

 

 ウルは言葉を濁す。あまりにもザックリと語られたそれは壮絶だった。名無しで、家族は妹だけになったウルだが、それ以上になにもかもを失った男が目の前に居たのだ。

 だが、謝ろうとしたウルに対して、グレンは鼻で笑う。

 

「謝る必要は無い。何せ俺は微塵も後悔していないからだ」

「は?」

「嫁と仲間が死んだことに悔いはないと言った。アイツらがそうなることを、そうなってでも竜を殺す事を俺は決断した。だから悔いはない」

 

 竜を殺すという決断がどれだけの危険に見舞われるものなのか、グレンの一行は全員が分かっていた。発生するであろう犠牲も承知の上だ。故に、グレンにとってその過去は触れたくない“傷”ではなかった。自らが選び取り進んだ道でしかない。

 

「イカれてるだろ?だが、そうじゃなきゃ竜は殺せなかった」

「何もかも犠牲にしなければならなかったと?」

「そうじゃない。犠牲は結果でしかない」

 

 重要なのは最後ではなく、最初。グレンがその道を選んだそのときの。

 

「断固として、なんとしても、やり遂げると、決める事だ」

「……」

「竜退治なんてのは、まともじゃあない。普通は神官サマ達も総出で、一個の都市が総掛かりになって決死の覚悟で挑むような“大戦争”だ。冒険者の集まりだけで挑むモンじゃ絶対にない」

 

 それも、多くは凌ぐための戦いであって、自ら大罪迷宮の深層、奥地へとまで潜り込んで探し出して、自分から殴りかかるなどという、竜の逆鱗に自ら触れるような真似は、狂っているとしか言えなかった。

 

「しかも竜を退治する過程で力も、資産も得た。安定もだ。いつ、身を引いても何の問題も無かったんだ」

 

 だが、そうはしなかった。グレンは決断した。全ての安寧が消えて失せる可能性を全部承諾して、竜を殺す道を選んだのだ。

 それが、ほかの銀級の天才達、黄金に至れなかった者達との最大の違いだった。

 結果として仲間が死んだことは関係ない。重要なのは、全てを失うかもしれないと知って尚、その先に進んだ決断そのものだ。

 

「冒険者として成長していくほどに得るもの、背負うものは大きくなる。捨てがたくなる。今はお前は何も持っちゃいないだろうが、順調に冒険者稼業を続ければ続けるほど、お前は何かを得て、何も出来なくなっていく」

 

 グレンの言葉は、重みがあった。理解があった。彼は見てきたのだろう。失敗し破れていった冒険者達はもとより、成功したが故に停滞し、身を引いていった冒険者達も。

 失敗すれば何者にもなれない。だが、成功し、足を止めても黄金級には至れない。故に、真っ当な冒険者は黄金級になれない。なる必要がなくなるからだ。だから必要なのだ、狂気めいた、気が違っているとすら思えるような、断固たる決断。

 

「それがあるのか?お前には」

 

 あるのかと、問われれば、グレンに向かって幾度も繰り返した言葉をウルは繰り返すしか無い。

 

「俺は妹を救わなきゃいけない」

「ただそれだけではお前はそのうち心くじけるぞ」

「何故」

「他人を“理由”に行動してるからだ。“目的”がお前の中ではっきりしていない」

 

 ウルが訓練所に来てから今日まで支えたものをグレンは正面から否定した。

 

「他人に依存した選択は、脆い。失敗したとき、責任の所在を相手に預けてしまうからだ。俺が苦しいのはアイツのせいだってな」

「そんなことしない」

「そう言い切れるか?今日までの俺のしごきの中で、お前はほんの僅かだって、妹に対して恨みがましい想いを抱かなかったか?」

 

 そんなわけが無い。と、言い返そうとして、ウルは言葉が止まった。止まってしまった。自信が無かった。グレンの訓練は苛烈極まった。その最中に、僅かだって妹に負の感情を抱かずに居られたか?

 今この時、グレンの言葉に真正面から否定できなかった男が。

 

「俺の訓練程度でも自信がないなら、本当に冒険者になった後はなおさら無理だ。絶対にお前は苦難の中で、妹への見当違いの恨みを抱いて、足を止める。それで終いだ」

「……ソレは嫌だな」

 

 ウルはアカネを愛している。その感情は間違いなく本物だ。この想いを自分の手でぐしゃぐしゃにしてしまうなど、考えたくもない。

 

「だったらお前はお前を見つめ直さなきゃいけない。理由ではなく目的をはっきりとさせろ。何故妹を救うのか、身内とか、そういう言葉で濁さず言語化しろ。それができなきゃ、黄金には至れない」

 

 銅の指輪をとれようと、全部徒労だ。グレンの断言にウルは沈黙する。ウルがここまでやってきたのはアカネのためであり、ソレまでの人生もただ、妹と生き残る事だけに必死だった。 

 名無しなんてのは大抵がそうだ。今日を生きるのに必死で、自分を見つめ直す機会なんて無いのだ。見つめ直したって、メシは食えないから。経験がなかった。自分を振り返るなんてことは。

 ウルの沈黙に対して、グレンは鼻をならす。失望、というよりも分かっていた、という風だった。

 

「まあ、いい。どのみち時間はない。お前が()()()()()()()()()、そのときになって手遅れにならないようにだけはしてやる」

 

 そう言って、グレンは背後から紙束を取り出した、冒険者ギルド公認の判子が押されたそれは、ウルも見覚えがある。冒険者ギルド内で依頼の張り紙をしてある掲示板のすぐ横に啓示されているそれは、【賞金首】のものだ。

 

「銅の指輪は黄金と比べりゃもっとシンプルだ。大層な決意なんて無くたって、コツコツじみーに実績重ねてりゃ自然と手に入る。まあ、迷宮探索なんで死ぬ奴は死ぬが」

 

 ぱらぱらとグレンは乱雑に賞金首の張り紙を広げていく。そこには当然今のウルにはどうすることも出来ないような凶悪な魔物達ばかりが並んでいく。しかしその中で一枚、ウルにも見覚えのあるものがあった。

 

「銅の指輪の譲渡には本来なら一年以上の冒険者活動経験が必要だ。前も言ったな。そしてその条件を覆すためには一年以上の活動経験を上回るような実績が必要だ」

 

 そこで、と、グレンはウルも“見覚え”がある魔物の賞金首のチラシを掴み、見せつけた。そこに描かれているのは、ウルとシズクが遭遇し、逃げ回る羽目になった巨大なヒトガタ、輝く肉体を持った人形。

 

「宝石人形、コイツを討つ」

 

 賞金首:宝石人形

 種別:人形種、大型魔物

 階級:十級

 懸賞金額:金貨10枚

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 講習修了、魔力を馴染ませてこい。

 と、いつものようにグレンに蹴り飛ばされ、ウルは資料室から出ていった。そして、

 

「で?」

「はい?」

 

 ウルの後ろについていこうとするシズクを、グレンが呼び止めた。グレンは胡散臭げな表情で、呼び止められたこと自体不思議そうなシズクを睨んでいる。

 

「何がしてえんだよ。お前は」

「私ですか?」

「ウルを随分と後押しして、何がしたいんだってんだよ」

 

 黄金級になる、というウルの目的は荒唐無稽だがハッキリとしている。だが彼女は強くなりたい。という目標しか聞いていない。それ自体は別に良い。あまり自分の過去の詳細を口にしたくないというのはこの冒険者の界隈ではそれほど珍しくもない。

 そして、強くなりたいという彼女の願いは紛れもなく本物であろう。訓練に取り組むときの彼女の凄まじい気迫からもソレは分かる。妹の命がかかっているというウルよりも更に貪欲だ。鬼気迫るものを感じる。

 だが妙にウルに肩入れする理由が見えなかった。

 

「ウル様がこまっているようでしたので、お助けしたいと思っただけですよ?」

 

 しかし、グレンの疑念に対して、彼女の解答はあまりにも、なんというか、綺麗事だった。グレンは珍奇なものを見るような顔になった。

 

「……そりゃ本気で?」

「おかしいですか?」

「此処に来るまで所持品ゼロの女が聖人めいた台詞を吐くのは変だが」

 

 彼女が此処に来たとき、彼女の所持品はなにもなかった。小迷宮の奥で拾ったというカビ臭さとぼろさしか感じない服が一枚だけの女。その女が相手を気遣うような余裕を見せるのは奇妙だった。滑稽と言っても良い。

 相手を無償で気遣い、助けにしてやろうという者が持つ裕福さと今の彼女は無縁だ。

 

「変、そうなのですね。気をつけます。教えてくださってありがとうございます」

 

 そんなグレンの訝しみを知ってか知らでか、シズクはほわほわと笑みを浮かべた。グレンはその笑みに自分の心に緩みを感じた。普段の業務では、どれだけゲラゲラと笑って見せても内心で笑ったことのない自分が、緩んだ。

 その事実に彼は少し背筋がひやりとした。

 

「ただ決して、彼の助けになりたいだけ、というわけではないのです」

「自分のためでもあると?」

「私は強くなりたいのです。出来る限り早く、可能であれば最速最短を」

 

 そう言う彼女の言葉には強い意志があった。訓練時にグレンが感じていた鬼気迫るような決意が再び溢れる。少女と言ってもいい年の子供が放つものとは明らかに隔絶していた。

 

「ですが、迷宮探索を重ねわかりました。一人では無理だと」

 

 グレンはその言葉には頷く。

 迷宮攻略は一人で出来るようなものではない。複雑な地形、多様な強さを持った魔物達、消耗する体力、必要な道具の運搬作業、それら全てを一人でこなすのは困難を極める。この目の前の少女がいかほどの天才であろうともだ。だから皆一行を組むのだ。

 そして今、彼女が組んでいる仲間がウルである。

 

「ウル様は黄金級を目指すとおっしゃっていました。ソレは並大抵の道ではないのでしょう。尋常ではなく、鍛えねばならないと」

「まあ、そうだな」

「ならば、道の通ずるところがあります。一行としてこの上なく頼もしい事です」

 

 自身の強さへの執着の異常性を理解しているが故に、その目的が近しいウルの存在は彼女にとってこの上なくありがたい事であると、そういうことらしい。グレンにもそれは理解はできる。

 一行にはバランスも重要だ。その日の稼ぎさえあれば良い考える者と指輪の獲得を目指す者とではかみ合わない。ともに行動するのであれば、目指すところは合致している方が望ましい。彼女はソレを理解しているらしい。

 

 と、そのように語る彼女がウルを後押しした理由は、一般的なものとそう変わりないものだった。“ここまでは”。

 

「こちらからも質問が一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()。それは本当ですか?」

 

 竜、と、その言葉を口にする彼女の眼からは一切の感情が見受けられなかった。それは、グレンのよく知る復讐者の眼のようにも思えていたが、それとも違った。さきほどまでふわふわと、ヒトの心を問答無用でゆるます笑みからはかけ離れていた。

 それがなんなのか、グレンが見抜けなかった。見抜くヒマもなかった。彼女が“虚ろ”を見せたのは一瞬であり、すぐに再び柔らかで優しげな、聖女のような笑みを浮かべる。そして、

 

「で、あるなら、ウル様には目指していただきたいですね。叶うなら、()()()()()()

 

 竜を打倒する。黄金に至る道の険しさを語り、伝え、それがいかに困難であるかをグレンは懇切丁寧に説明したつもりである。ウルに向かってではあるが、勿論シズクだってその事はちゃんと聞いたはずだ。

 その上で、この女は、ウルが地獄へと進むことを笑顔で願っている。

 グレンは目の前の女が得体の知れぬものであると知った。

 

「……女運がねえなアイツ」

 

 

 

 




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