かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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粘魔の王③

 

 エシェルにとって、エイスーラは恐怖の象徴だった。

 

 実家では最も自分への当たりが強かった。父親は自分という存在を無かったことにしたがっていたが、エイスーラはそうではなかった。ことあるごとに自分をいたぶり、辱め、嘲笑うことを何よりの至上にする男だった。

 本来であれば、正妻の子である自分と、妾の子である彼。立場は逆であった。それが、邪霊という存在で逆転したことが、彼の精神の均衡を崩してしまったのだろう。勿論、いたぶられ、陵辱の限りを尽くされたエシェルにとってなんの慰めにもならない話ではあったのだが。

 

 ――カーラーレイの恥め!

 ――どうして自分で死なないんだ?

 ――こっちを見るな!悪しき霊が移るんだよ!

 ――さあ詫びろ!!我々に!!頭を地面に擦りつけて詫びろ!

 

 他の弟や妹たちに繰り返し浴びせられた罵声は今も尚、夢に見る。朧気な記憶の中、歪な形を取り、悪鬼のような姿となる弟や妹、エイスーラはエシェルにとって、魔物よりも何よりも恐ろしいものだった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

『エエエエシェェェェェェエエエエエエエエエエルゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!』

 

 それが、現実の中で再現された時のエシェルの恐怖は計り知れないものだった。

 

「――――っ――ひ――――ひぁ……!」

 

 みっともなく、悲鳴にもならない声で、エシェルは泣いた。腰砕けになってへたり込んだ。殺してやると、そう決断したエシェルだったが、それでも幼少期から刻みつけられた心の傷は、未だ癒えることなく生々しく彼女を痛めつけていた。

 そこにコレである。何故彼があんな姿になっているのかなど、考える事も出来ない。ただただ恐怖に押しつぶされそうになった。

 

『かああああああええええええええええええええええせえええええええええええええ』

 

 大窓を破砕し、粘魔の手が幾つも伸びてエシェルへと近づく。

 既にまともな意識が保てているとも思えない。が、それでもウーガという超兵器そのものへの執着だけは残っているらしい、幾多の伸びる手は真っ直ぐに、エシェルへと迫った。

 

「エシェル様!!!」

 

 カルカラが、力が全く入らなくなったエシェルを横から抱えるように立ち上がらせ、部屋から出ようとする。が、既に、司令塔のあらゆる場所に、粘魔王は侵入を果たしていた。四方八方から手の平は伸び、真っ直ぐに、エシェルへと迫った。

 

「ひい――――!!!」

『かえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせかえせえええええええええ!!!!』

「喧しい」

 

 その、彼女の前に、ウルは立ち、

 

「【輪閃】」

 

 その幾多の手を薙ぎ払った。

 

「【【【水氷よ我と共に唄い奏でよ・絶零結界】】】」

 

 同時に、二人の前に立ったシズクが、多重の結界を創造し、覆った。

 

「……なんつーか、攻撃したことで徒(いたずら)に事態を悪化させた気がする」

「【粘魔王】が追い詰められた証拠だと思いますよ?ディズ様とアカネ様に任せっきりにして戦況を長引かせるよりは、賢明な判断だったかと」

「そりゃどうも……、まあこうなると、後はお任せってわけにはいかねえか」

 

 二人がそう会話している間にも、幾多の【手】はエシェルを狙うべく結界を攻撃し続けていた。結界に触れた【粘魔王】の【手】は瞬間的に凍り付き、砕け、しかしすぐに再生を果たす。全くキリが無かった。

 ウルは周囲の状況を確認しながら、エシェルへと近づいた。マトモに声も放てなくなっていたエシェルは、ウルを目の前に確認すると、縋り付くように抱きついて、泣いた。

 

「ウル、ウル!!わ、わたし、こわい!!こわい!!!」

「だろうなあ。俺でも怖いわこんなん」

 

 身体を震わせ、泣くエシェルの背中をさすりながら、ウルはむずがる子供を安心させるように、彼女を強く抱きしめて。その熱に、僅かに震えが収まったエシェルは、顔を上げる。ウルは彼女の頬に触れ、強く、ハッキリと言った。 

 

()()()()()()()()()()()()

「――――ウル」

「安心しろ。お前の方があんな亡霊より強いさ。だから泣くな」

 

 ゴツンと、額と額が強めにぶつかる。軽い痛みが、エシェルの恐怖を僅かに鈍らせた。ウルはそのままカルカラへと視線を向ける。カルカラは強くうなずいて、エシェルを受け取ると守るように抱きしめる。

 ウルはそのままシズクと幾つか言葉を交わすと、そのまま一人、部屋の外へと飛び出していった。去っていく彼の背中を、焼き付けるように見つめていた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 エシェルを勇気づけるためにあらん限りのかっこいい言葉を吐いた後、ウルに残ったのは、この後の自分の仕事に対する結構な絶望感だった。

 

「さて、行くかぁ……行きたくねえ」

 

 その小さな悲鳴を、すぐ側で聞いたシズクはクスクスと笑う。

 

「エシェル様にはあんなに格好をつけられていましたのに」

「精一杯の虚勢だよ……コレで死んだらダサすぎるな……」

「ウル様がダサくならないようフォローしたいですが、今は結界で手一杯です」

 

 結界の維持のため、強く魔道杖を握りしめるシズクの額には汗が浮かんでいる。彼女とて連戦に次ぐ連戦だ。もう限界は近いだろう。この結界も、そう長くは持たない。

 

「この化け物をここから引き剥がす手は一応考えてる。上手くいったらフォローを頼む」

「承知しました。ウル様」

「なんじゃい」

 

 振り返ると近付いていたシズクから触れるように口づけされた。反応をする間もなくシズクは離れ、まさに絶世と言うべき微笑みをウルへと向ける。

 

「お気を付けて。格好悪くても良いですから、死なないでくださいね」

「這いつくばってでも、そうするわ」

 

 恐れは和らぎ、削がれた。そして心には火が灯る。

 残った恐怖を踏み潰すように地面を蹴り、ウルは結界の外に飛び出した。未だ、粘魔王の手は結界へと、エシェルへと集中している。ウルは特に妨害も無く、司令塔の外、屋上へと出ることに成功した。

 屋上から見れば、粘魔王の姿がよく見える。肥えた胴、異様に細く長い手足が塔に巻き付き、肥大化したエイスーラの顔面がぐりぐりと蠢いていた。

 

『かああああああああえええええええええええせえええええええええええええ!!』

「ただの粘魔の方がまだ可愛らしい有様だな……さて」

 

 咳払いを一つして、ウルは屋上の屋根から乗り出した。そして、

 

「おおおい!!王さまよお!!俺の方は良いのか!!?」

『ああああああああああああああああああああ………………あ?』

 

 声が止まった。巨大な眼球が、ぎょろりと、此方の方を向いた。ウルは精一杯、憎たらしい笑みを浮かべ、粘魔王を、エイスーラを見下しながら、言った。

 

「お前の計画を台無しにして!!お前をそんな様にした!!名無しが此処に居るぞ!!」

『―――――――』

 

 まずは沈黙が訪れた。先ほどまで狂ったように司令塔を襲っていた幾つもの手も、ピタリと動きを止めた。ほんの僅かな空白の後、粘魔王はゆっくりと、屋上へと身体を乗り出し、そして、叫んだ。

 

『きぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいさああああああああああああああああまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』

「……やっぱおとなしくディズとアカネに任せたほうがよかったかなあ……」

 

 実に格好のつかない事をぼやきながら、ウルは司令塔から飛び出す。粘魔王はその身体の全てをウルへと狙いを変え、追いかけはじめるのだった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 竜呑ウーガの都市部の構造は、基礎的な衛星都市の形とは少し違う。

 元より、此処を【竜呑ウーガ】の居住区画として活用することを決めていたからだろう。通常、限られた土地を活用するために高く建造される事の多い建築物が此処では比較的低い。複雑な建築が存在せず、シンプルな造りだ。使い魔として生成される途中までは、あの肉の根が蠢きのたうっていた筈だが、今は見る影も無い。シンプルだが美しい街並みが展開している。

 

「だああああああああああああ!!くっそ走ってばっかだな最近!」

『GGGGGGGGGGGGGGGGGGGGGG!!!』

 

 その中を、ウルと粘魔王は駆け抜けていた。

 ウルの目的はシンプルに、時間稼ぎだ。ディズとアカネが此処に到着するのを待っている。彼女たちならばなんとかしてくれるという確信がある。

 

『GGGGGGGGGGGGGGGAAAAAAあああああああああ!!!』

 

 ウルを追いかけている現在の粘魔王は身体の大半をウーガによって焼き払われ、その体積は最初に出現したときと比べても更に小さい。一見して3メートルを超えるくらいに見える。しかも分厚かった時と比べ、身体が細身となっている分、核の位置が一目で分かる。明らかに弱体化していた。

 そして時間稼ぎなら、愚鈍な粘魔王に対してウルに分がある、と、そう予想していた。の、だ、が、

 

「猿かアイツは!?」

 

 何故か、粘魔王の身体はやけに俊敏になっていた。

 肥えた竜のような形を取っていた粘魔王は、今太く長い手足を持った獣のような姿に変化していた。その手足で行く先々の建物を引っ掴み、蹴り、跳躍する。猿のような動きでウルへと迫っていた。

 

「【咆吼・破裂弾】」

 

 竜牙槍から放つ光弾もすぐに躱される。元より俊敏である上、直撃するタイミングになると思いも付かぬ形に身体を変形させてそれを避けるのだ。敵対しているのが粘魔であるという思考をウルは即座に捨てた。相手にしているのはその王だ。

 

「く、るか!!」

 

 横に飛ぶ。直後、ウルが居た場所に粘魔王が飛び降り、地面を叩き割る。その場にいたら粉々になっていたであろう一撃を未来視で見て、ギリギリで躱す。

 宝石人形を始め、偽竜相手にも繰り返した時間稼ぎの綱渡りだ。何度となくこんな真似をしなければならない自分の不幸を呪いながらも、ウルは限界まで凌ぎ続けた――が、

 

『こおおおおおおおおおおろおおおおおおおおおおすううううううううう!!!』

「うるせ、っがあ?!」

 

 横薙ぎに、何かが飛んできた。伸ばされた粘魔王の腕が、鞭のように撓りながら、建物を破壊し、ウルを薙ぎ払った。咄嗟に籠手に付いた盾で頭を守るが、その盾ごと、ウルは別の建物へと叩きつけられた。

 

「っぐ………!?」

『おおおおおおおおまええええええのせいだああああああああああああ!!』

 

 痛みから来る熱が全身に来た。死んでないのは魔銀(ミスリル)の鎧のお陰だろう。しかしそれでも、頭から流れてきた血と、激痛で動かすこともままならなくなった左腕が、自身の窮地を告げていた。

 

「一発で……これか……!」

 

 わかってはいたが、粘魔王は明らかな格上だ。第3級の魔物だ。ウーガで大半の肉体を削ぎ落として弱体化させて尚、マトモにやり合ってウルが勝てる相手ではない。

 生身のエイスーラの時のように、準備万端で殺しにかかった時とは違う。こっちだって満身創痍、殆ど準備もナシに飛び出せば、こうなるのは自明の理だった。

 

「……時間を、稼ぐ…時間を稼ぐ……時間を、稼ぐ…!」

 

 意識が飛ばないように、自分のやるべき事を繰り返す。ディズとアカネが来てくれるまで耐える。今ある勝機はそれだけだ。そのために全神経を集中する。

 

「おら!掛かってこいよお猿の王さまああ!!」

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 ウルの言葉に怒り狂ったのか、あるいはもう既に理性など溶けてきているのか、言葉にならないわめき声を上げながら、粘魔王が再び接近してくる。ウルは全神経を集中し、目の前の一撃で死なない事だけに集中し――

 

『っしゃおらぁああああああああああああ!!!!』

 

 その、粘魔王の横っ面に、ロックンロール号が追突した瞬間を目撃した。

 

『GAYAAAAAA!?』

「ロック!?」

『カァーッカカカカ!!初めてやってみたが楽しいのうこれぇ!!!』

 

 横からの衝撃で粘魔王は狙い(ウル)から大幅に逸れた斜め前方の建造物に身体を突っ込ませ、ロックンロール号は突撃の衝撃で自壊し同じく後方へと吹っ飛び、六つの車輪を幾つか吹っ飛ばしながら別の建造物に激突し、停止した。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 だが、それでも尚、粘魔王はウルを狙うことを止めることはしなかった。その両腕が伸びる。先ほどウルを叩きのめしたように、鞭のようにしなった両腕がウルへととんでくる。

 

「【速記開門!!!】」

 

 同時に、リーネの声と共に、白王陣の起動の音が響く。空中にも魔法陣が転写され、そこから発生した巨大な氷柱が粘魔王を狙い、射出される、胴に突き立ち、同時に破砕し砕けた氷が刃となって粘魔王の身体をズタズタに引き裂いた。

 勝った、リーネの白王陣の強さを知るウルは一瞬そう思った。

 

『【ウリガンディイイイイイイイイイイイン!!!!】』

 

 聞き捨てならない、恐ろしい言葉を粘魔王が発するまでは。

 

「――――いやマジでふざけんな大地の精霊!!!!!」

 

 抗議も空しく、大地は動いた。

 粘魔王の身体が輝く。砕け散りそうだったその身体が不安定なその光に護られ、白王陣の氷柱を防ぐ。それだけでも脅威であったのに、ウルが立つ地面さえも揺らいで、砕け、溶けていく。まるで沼のように足が沈んだ。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』

「――――!!」

 

 崩壊した地面の中を、自在に動ける粘魔王が飛びかかる。最早、回避動作すらままならない。死ぬと、ウルは確信した。

 

「【【【【黒鎖】】】】」

 

 だが、その直前に、その身体を黒い鎖が封じた。シズクの魔術だ。しかし、恐らく急ぎ編んだであろう魔術の鎖はほんの僅かの内にヒビ入り、砕けようとしていた。

 

「時間がありません!ウル様!!!」

「――――【縷牙】!!!」

 

 言われるまま、泥沼のようになった地面で足を固定する。残された右腕を竜牙槍で斬り付け、呪われた血を纏わせ、竜牙槍を繰り出す。大猿の形をした粘魔王の身体を槍が貫く。

 同時に、稼働していた魔道核が光熱を放ち、粘魔の肉体を焼き焦がし、破壊する。

 

「【咆吼】!!!」

 

 そして内部で放たれた咆吼で、その身体の全てを弾き飛ばした。核が露出し、同時にそれが粉砕したのが見えた。

 

『いよっしゃあ!!!』

 

 ロックが鬨を上げる。ウルも同じように勝ったと、そう思った。

 

「いえ!まだ“音”が消えていません!!!」

「は?!」

 

 シズクのその指摘に、ウルはぎょっと周囲を見渡す。確かに核は破壊した。粘魔王は討ったはずだ――――と、そこまで考えて、粘魔王との戦いが始まった直後、シズクが言った言葉を、ウルは思い出した。

 

 ――粘魔の増殖方法を覚えてますか?

 

 同時に、彼の後ろ、沼のようになった地面から蠢く音がした。

 ごぼりと、泥の中から這い出たような、気色の悪い音。振り返らずとも、何がそこにいるのかはウルにはわかった。だが、既に沼のようになった地面から身体を動かす体力も無く――

 

『しぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!』

 

 ()()()()()()()()が、エイスーラが、凶刃をウルへと振り下ろす。

 

「【魔断】」

『――――――AAAああ……!?』

 

 そしてそれよりも早く、到着したディズとアカネの一撃が、その核を断ち切った。

 

「――――まーにあったあ……!」

《にーたんまた死にかけてる!!!》

 

 ウルの、首寸前まで伸びた牙が崩壊する。他の粘魔達と同じ急所を砕かれれば、その全てが砕け散る。どのような経緯で誕生したとて、粘魔という存在である以上その運命は変わりない。

 爪先から長く伸びた腕、身体に翼、そして最後に、エイスーラを模した頭が砕けて消える。あれほどに喚き散らしていた絶叫も既に無い。か細い断末魔の声が間近にいるウルにしか聞こえないくらいに小さく響いた。

 

『お……ねえ……ちゃん……』

 

 そんな事を言って、砕けて消えた。

 

「……それをお前が言う資格はねえよ」

 

 ウルはぐったりと、消滅した男にそんなことを告げながら、倒れ込んだ。

 

 粘魔王の討伐は成った。

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