かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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賞金首:宝石人形の傾向と対策

 大罪都市グリード冒険者ギルド 訓練所16日目

 

 何故妹を救うのか、その理由を見出せ。己を見つめ直せ。

 

 グレンに言われた言葉をウルは頭の中で反芻する。

 自分の過去を振り返ることは、それほど難しくはなかった。ウルの人生はそれほど複雑でもない。ただただ貧困と過酷な流浪の旅の中で、妹と自分が生きることに懸命であり続けただけの事だったからだ。野生の生物と変わりなかった。

 信念であるだとか矜持であるだとかを握りしめる事が叶うのは、金か、力に余裕のあるヒトだけだとウルは思う。飢えて、胃袋に何かを詰め込むことに必死な貧者にそんなものを考える余裕はない。

 

 だが、黄金に至るにはそれが必要であるとグレンは言う。

 

 で、あればウルは考えなければならない。いくらグレンが「他人を理由にするな」と言ったって、妹であるアカネに死んでほしくないのは事実なのだから。

 だが、さて、では何故己は妹を救いたいのだろうか。

 

 肉親だから?妹だから?愛してるから?多分どれも間違っていない。

 

 間違っていないが、更にこれを突き詰めないといけないという。この衝動がウルのどこから生まれているのかを。それは才能も、実績も、家も故郷も持たないウルには大変に難しい作業だった――

 

「【火玉!】」

「っつああ!!」

 

 その思案の最中であっても、迷宮の魔物退治でウルとシズクが乱れないのはひとえにグレンの鍛錬のたまものであった。

 

 死と血と金と栄誉、その全てが入り混じる迷宮グリード、その通路をウルとシズクは突き進んでいた。グレンから、自分を見つめ直すように指示されてからもウルとシズクは迷宮探索を続けている。思案にふけり、ぼうっとベッドの上で寝転がる余裕は二人にはなかった。特にウルには。

 

 冒険者の指輪を獲得せよ

 

 ディズから与えられた課題の期限は残り2週間。これをクリア出来なければ、先ほどからウルの頭を巡っている黄金級だのなんだのの話は全て無意味に帰す。決して避けては通れない。

 そのために、ウル達は急ぎ強くなると同時に、一つ、攻略しなければならない問題に立ち向かっていた。グレンから提示された条件、1年以上の冒険者活動経歴という実績をも覆す条件と。

 それは今、“物理的”に近づいてきていた。

 

「……来た」

「近いですね……」

 

 ズン、ズン、と地響きのような足音が迷宮に響く。巨大な何かの足音。ウル達が保有する白亜の指輪しか持たない冒険者でも潜れる浅い階層で出現する大型の魔物は、現在一体だけだ。

 

『OOOOOOO……』

 

 階級十級、宝石人形

 

 本来は中層に出没するはずが迷宮の活性化によりこの上層へと紛れ込んでしまったイレギュラー。現在金貨10枚の賞金が懸けられた賞金首。

 これを打倒すれば、グレンはウル達を銅の指輪を譲渡するに相応しい冒険者としてギルドに推薦できるのだという。いうのだが、

 

『OOOOOOOOOOOOOOOO』

 

 それが近づくにつれ、その巨大さがウルを委縮させる。

 造形自体は子供の作った泥人形に似ているが、その体は、自身が纏う鉱石によって輝き、迷宮の仄かな光を反射している。だがそれよりにも何よりも問題なのは、デカイ、この一言に尽きる。

 全長10メートル超はそれ自体が一つの脅威であり、この重量が自由に闊歩していること自体が狂気めいている。一歩歩く、それだけで迷宮そのものが重量に震える。地面が割れる。弾ける。

 その様子を脇道から観察していたウルは、顔を引きつらせた。

 

「これ……を、倒す」

 

 倒す。

 やるべきことをやる。これはしなければいけないことであり避けては通れない敵だ。と、頭で理解し、心で念じても、身体はそのあまりの巨体とそこから生まれる地響きに、震えていた。魔物はこの浅い階層の中でもウルより巨大な魔物も珍しくなかったが、ここまで強大な魔物は流石にいなかった。大きいというのは純粋に脅威だ。

 

 頭ではわかっていても肉体が、本能が拒否する。かないっこない。逃げろ。と

 

 落ち着け落ち着け。怯えたところで動きが鈍り損をするだけで、意味なんてない。そう言い聞かせても本能が情けのない悲鳴をあげ手足を鈍らせた。全く思い通りにならない自分の身体にウルは顔を顰めた。

 

「ウル様」

「んむ」

 

 と、するりとその首にシズクの腕が回り、そのまま抵抗する間もなく、彼女の胸へとウルの顔は導かれた。そのままぽんぽんと彼女はウルの背中を叩き

 

「落ち着かれましたか?」

「とっても」

「それはようございますねえ」

 

 ふくよかな部分にウルは幸せになった。彼女の柔らかな声は逆波立っていたウルの心を静めてくれた。ウルは大きく息を吐く。年も変わらない少女に幼児をあやすようにされて落ち着くなんて恥ずかしい話だが、助かった。

 

「落ち着いていきましょう。私たちの今の目的は調査です。討伐ではありません」

「うん」

 

 彼女の言う通りだった。現在、ウル達の目標は宝石人形の“討伐”ではなく“調査”。どうすれば倒せるか、という、いわば下調べの段階だ。この段階で慌てふためいていては世話ないのだ。

 

「シズクは落ち着いているなあ」

「神の使徒として、成すべき事があります故、」

 

唯一神、太陽の化身ゼウラディアの信奉者らしい言葉が返ってきた。

 勿論ウルとて信仰心はある。神なくしてこの世界は、それどころか都市の維持すらままならない。太陽の化身ゼウラディアの結界なくしては迷宮や魔物から都市を守ることができないのだから。しかし、彼女のように命の危機を前にしてどっしりと構える事はできない。

 

 それは信仰の深さの違い、とかではないのだろう。多分彼女は自分のするべき事、そして何故自分がそうするのかという事をちゃんと理解しているのだ。グレンの言っていた自分に足りないものを、彼女は最初から持っているのだ。

 それを羨ましいとも、悔しいとも思わないのはシズクの人柄故か、それともウルの自己評価の低さ故か、あるいはどちらもなのか、ウルには判断がつかなかった。

 

「ウル様もきっと大丈夫ですとも。冒険者になって間もない日数を、死に物狂いでこなしてこられた努力を私は知っております。その日々は無駄にはなりません」

「……ああ」

 

 どうあれ、こうしてビビリ散らして縮こまるウルを励まし、手を引いてくれる彼女が良い奴なのは間違いなかった。ならば彼女の言葉に応えなければならない。今この時だけだったとしても、ともに戦っている仲間として。

 

「……よし悩むのも愚痴を吐くのもすべてその後だ」

「やれることをまずはやっていきましょう」

 

 と、二人で気持ちを立て直し、改めて隠れつつ、宝石人形の様子を窺う。いきなり突っ込んでどうこうしようという気は流石に起きない。まずは研究だ。

 

「……で、そもそもコイツは何に反応して動いてるんだ?」

 

 近づけば攻撃される。それは間違いない。つまり何かしらの感知能力は持っているのだ。では何で感知しているのか。ヒトならば五感だ。目、鼻、口、耳、肌の感覚、ではこの宝石人形にそれらはついているかというと、

 

「目、鼻、口と形を模してはいますが……」

「ただの空洞にしか見えない」

 

 ちょうど、子供が作った泥人形のようなものだ。生き物の器官と同様の機能を持っているとはとても思えない。

 

「ですが、何かしらの感知機能は持っているのは間違いないはずです」

「で、なきゃそもそも迷宮を歩き回って人間を追い回せないものな」

 

 入り組み、しかも時間と共に形が変わるグリードの大迷宮を歩き回れるのだから、何かしら周囲を感知するための機能を持っているのは間違いないのだ。

 ではそれは何か?

 

「グレンが貸してくれた図鑑には?」

「ゴーレムに刻まれた術式と核の精度によってその機能は大きく異なる」

「ふわっとしてるな」

「してますねえ……」

 

 しばし沈黙後、互いに頷き、

 

「調べてみよう」

「そうしましょう」

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 宝石人形の研究その1

 

「とりあえず、まずは視覚か」

「では試しに前に出てみましょうか?」

「それは絶対追いかけられて死ぬんじゃないか?」

「では、この人形を目の前に投げてみましょうか?」

「何処から買った。つーかどっから出した、子供ぐらいサイズあるけど」

「古市で。おばあさんが病気をした孫と息子と娘のために売らねばと」

「騙されてると言いたいが、実験の役に立つなら仕方ない。では一発、そーれ」

『OOOOOOOO……』

「おーっつってる」

「言ってますねえ」

 

 視覚能力、確認できず

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 宝石人形の研究その2

 

「結局反応しなかったな。人形には」

「でも我々には反応しますね」

「そうだな現在進行形で追いかけられている死ぬ」

『OOOOOOOO!!!!』

「人とそうでないものの見わけがつくのではないだろうか?」

「結局その見分ける方法が分からないわけでございますが」

「生物としての反応、心音、つまり聴覚」

「次の交差点左右に分かれて実験してみましょうか。私が声を出してみます」

『OOOOOOOO……』

「はーい!お人形さーん!手の鳴る方へ!!」

『OOOOOOOO!!!!』

「俺の方に超来る」

 

 聴覚能力、確認できず

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 宝石人形の研究その3

 

「音というわけではない。何か視覚に映ると反応するわけでもない……」

「何で感知しているのでございましょう……」

「となると、やはり魔力では?」

「ですが魔物にも魔力はございますね」

「だけど魔物は襲っては……」

「いませんでしたっけ?」

「え?」

「え?」

「……」

「……」

『GYAGYAGYA!!!』

「おや小鬼が」

「一匹だけでございますね」

「こっちに来るな」

「来ますねえ」

 

 

 

              ~数分後~

 

 

 

『GIIIIIIIIII!?!!』

「思うんだが、今俺達は恐ろしい事をしてないか?」

「それは、小鬼をふんじばって宝石人形に投げつけようとしてることでしょうか?」

『GYAAAAAAAGAAAAAAAA!!』

「凄い悲鳴が」

「しますねえ」

「俺たちが魔物呼ばわりされても否定できない」

「ウル様」

「うん」

「物事には優先順位があります」

「前から思っていたがシズクはそういうとこサッパリしてるな」

「「そーれ」」

『GYAAAAAAAAA!!??』

『OOOOOOOOO!!』

 

 

「ミンチよりひどい」

「どうやら人と魔物の区別はつかないようで」

 

 魔力感知能力、疑いあり

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 宝石人形の研究その13

 

 十回を超える宝石人形との接触と実験と逃走、そうやって研究を続けることでウル達は宝石人形の感知能力に関して一つ、推論を立てるに至った。

 

「研究の結果、【近づいてきた魔力を持つ生物を攻撃する】という結論が出た」

「恐らくは、とつきますが」

「時々そうしないことがあるのがわからん」

「これ以上検討するには、私たちの実力も人手も足りませんね」

 

 そう、足りない。何せ接触するたびに命を懸ける必要がある。一回の実験ごとに命からがらの逃走を繰り返していては文字通り命がいくつあっても足りない。故にこれ以上検証を進めるのは無理だった。

 そして

 

「……これがわかったからどうだっていうんだ」

 

 ウルは壁を叩いた。手が痛かった。

 検証の結果わかったのは、自分たちが近づけば襲われるという事実である。そしてその事実に対する感想は「んなこたあわかってんだよ」である。

 命がけの徒労というのは中々に精神に来る。毎度毎度、無駄な時間と労力と金を使ってすかんぴんになって帰ってきても全く懲りなかったクソ親父が少しだけ凄いと思った。が、気の迷いだなとすぐに思い直した。

 

「よし、次だ。切り替えていこう。次は戦力差を確認したい」

「直接ぶつかってみる、という事ですね」

「やっぱり実際戦ってみないと。どれくらい倒すのが難しいか、わからん」

 

 今まで、さんざん接敵してきたが、ウル達のとる行動は逃げの一択であった。装備的にも、心構え的にも、まったく準備なしのままにぶつかる相手ではない。というのウルとシズクの共通認識だった。

 デカイ、という一点だけでも単純に脅威だ。それすら理解できずに突っ込んだ冒険者たちは何人かいたが、ことごとく先ほどの小鬼と同じ末路を迎えていたのだ。警戒もする。

 

 が、ただ情報としていて知るだけでは対策は立てにくい。一度はぶつからねば。

 

「ウル様!右通路前方から宝石人形が来ました!」

「よし」

 

 ウルは槍を身構え、シズクは杖を握りしめた。

 

「これで倒してしまったらお笑い話だな」

「まあ、でもそれができたら素敵ですね」

 

 緊張を和らげる冗談を、シズクは楽しげに受け止め、笑う。そうしてリラックスできたところで、二人は互いに頷き合い、覚悟と決意と共に宝石人形の前に飛び出した。

 

 

 

           ~数分後~

 

 

 

 

「やめときゃよかった!!」

「やめておけばよかったですね!!!」

 

 そしてすぐさま後悔した。

 

 今進んでいる通路は狭く長く緩やかに曲がりくねる一本道。その通路をウル達は必死に走り抜ける。そしてその背後で、凄まじい轟音と破壊音、そして2人の身体に影を落とす、凄まじき巨大なる人型が迫り来る。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……!!』

 

 繰り返される咆哮、それが宝石人形の声なのか、はたまた人形の身体を維持する謎の機構の駆動音なのか、ウルには当然さっぱりわからない。わからないが、しかしそんなものわからなくたって、あの人形が今ウル達に明確な敵意をもって迫ってくるのはわかっている。

 戦力を測ると挑みかかった宝石人形相手になぜ逃げ回る醜態を晒すのか。

 

 理由は単純だ。どうにもならなかったのだ。

 

「【氷よ唄え、穿て】」

「貫けえ!!!」

 

 時折振り返り、ウルはその足に槍を叩き込み、その背後からシズクが魔術を叩き込む、現時点でウル達が持てる渾身の力を込めた。だが、その結果は

 

「……とてもかたい」

「反応もありませんね…!」

 

 まったく、ちっとも、槍が通らない。魔術も直撃した場所に傷一つない。歯が立たないのだ。これでは倒す倒さない以前の問題だ。

 

 知っていた。わかっていた。グレンから宝石人形が硬いとは聞いていた。本来の住処、中層を縄張りとする銀級の冒険者たちもてこずるとは聞いていた。が、認識が甘かった。甘すぎた。ウル達の実力では、戦いにすらならない。

 

「ダメだこれは逃げよう」

「そういたしましょう」

 

 そんなわけで二人は逃げることにしたのだが、それもまた一筋縄ではいかない。

 宝石人形の動き自体は愚鈍だ。が、なにせデカい。ゆっくりと一歩歩くだけでウル達が必死に稼いだ距離をつぶしてしまう。

 

「来ます!」

 

 シズクの声、ウルもまた直感からの怖気を感じ、一気に前へと蹴りだす。というよりも転がり出る。次の瞬間、ウル達の背後で地響きが鳴り、そしてウル達の身体が一瞬“跳ねた”。

 

「…………!?!?」

 

 そして地面に無様に墜落する。痛みはない、だが、身に起こったあまりの現実離れした有様に、ウルは一瞬全身を硬直させた。

 

「ウル様!!」

 

 ウルを正気に戻したのはシズクの容赦ないビンタだった。痛烈なベチンという音でウルは覚醒し、そして衝撃で揺れる足をたきつけ、再び走る。だがまたいつ来るともわからない強襲に構えないといけなかった。

 ただ全力で逃げる。という行為も、宝石人形は許しはしなかった。

 

「足止め、足止めだ、足止めをする!」

 

 焦りと恐怖でマヒしかけてる頭をたたきながら、ウルは今すべきことを何度も口にする。槍を握りしめ、振り返る。あの煌めく身体には傷一つつかない。ならば叩くべき場所はその足場だ。

 

 宝石人形は次の一歩を踏み出している。その歩幅は大きい。そして人の姿をする以上はその巨大な体を支えるのは二本の足だ。こちらを追って足を前に出す瞬間ならたったの一本。

 

「すっころべ!!」

「【大地よ唄え、鎖よ解かれよ、粘土(クレイ)】」」

 

 ウルはこちらへとのびる宝石人形の手を滑り込むことで回避し、そして片方の足を支える迷宮の石畳を粉砕した。同時にシズクはその場所を魔術によって“柔く”した。結果、

 

『O……OO……OOO』

 

 ぐらり、と宝石人形は倒れ始める。

 

「あ」

「まあ」

 

 つまり、とてつもない巨体と重量が前のめりに倒れてくる。

 

「逃げろ!!!!」

 

 叫ぶが否や足下にいたウルは宝石人形が倒れ込む方とは逆側の方へと身体を投げ出すようにして飛び出した。後方でシズクもまた人形から距離を取ろうとしているのが気配で分かったが、確認する余裕はなかった。そして次の瞬間、

 

「「~~~~~~!!!」」

 

 轟音。

 先ほどの一撃とは比べ物にならない衝撃がウルを直撃し、ウルの身体は吹っ飛んだ。あちこちに身体をぶつけ、ダメージを負った。動くだけで傷が鎧に擦れて痛んだが、死ななかっただけ幸いだろう。巻き上がった粉塵を払いながらウルはひぃひぃと身体を起こした。

 

「……し、死ぬとこだ……!シズク!!」

「此方は平気です!!」

 

 土煙で姿は見えないが、無事ではあるらしい。ウルは安堵の溜息をついて、土煙を払いながら声の下へと向かった。シズクも同じようにしていたのか、宝石人形の腰アタリで二人は合流を果たした。

 

「よかった、無事か」

「私は……ですが、人形は起き上がれるのでしょうか?」

 

 倒れたまま、ピクリとも動かない宝石人形に、ウルとシズクは一先ず少し距離を取りながら、様子を窺う。周辺の土煙は未だ晴れる様子を見えず、未だ先ほどの衝撃の残響が広い迷宮に残っている。

 シズクの言うとおり、宝石人形は中々起き上がる様子を見せない。まあなにせこの巨体だ。ただ起き上がるといったって大変だろうというのはわかった。だが、もし本当にこのまま起き上がれないのなら、それなら討伐達成とみなされやしないかしら、などとウルが思い始めた時だった。

 

「好機だ!!」

 

 ウル達の背後から、何人もの影が飛び出した。いつからそこにいたのか、あるいはずっと待ち伏せしていたのか、様々な武装で固めた冒険者たちが一斉に飛び出す。そして、

 

「っと!?」

 

 宝石人形との間にいたウル達を突き飛ばして、宝石人形に襲い掛かった。

 

「はっはー!ガキども!ありがとよ!!こいつは俺ら【赤鬼】がいただくぜ!!」

「くそ!かてえ!ぜんっぜん剣が通らねえよ!!」

「アレもってこい!アレ!!」

 

 混乱しているウルを尻目に、男達は準備を重ねてきたのか手際よく何事かの用意を進めていく、宝石人形の胴に投げ込まれていくそれは、手のひらサイズの球形、術式が刻まれた羊皮紙が巻かれた【魔封玉】、効果は術式によって様々だが今回使われたものは

 

「発動しろ!!」

 

 爆火魔術。

 合図とともに、放たれた魔力は術式に反応し、破壊を生み出した。此処がもしただの洞窟なら崩落を起こしていたようなレベルの爆発は断続的に続き、ウルの耳から頭を揺らした。目が回るような気分だった。

 

「どうなった!!??」

「きこええねええよ!!!」

「いってえがれきふってきた!!」

 

 爆発音と振動音にまけじと赤鬼と名乗った連中が声を張り上げている。視界は先の宝石人形の転倒の時よりもまして最悪の状況だった。しかも五月蠅い。ウルは声をかける代わりにシズクの手を掴み、その場を離れるように合図を送った。

 

「――」

 

 シズクも頷き、動く。状況が分かるよう少しでも騒乱から離れる。端的に言って嫌な予感しかしなかった。

 

「―――え?」

 

 誰の物かはわからないが、随分と間の抜けた声がウルの耳に聞こえた。

 視界を覆う粉塵が大きくゆらめく。大きな“何か”が動いて、その風圧で粉塵が動いたのだ。もっとも“何が”動いたかは明白だった。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!』

 

 宝石人形が起き上がった。そしてゆっくりと、拳を振り上げていた。目の前にいる、自らの外敵に向かって大木よりも太い拳を叩き込むために。

 

「ヒィ!?」

「……そこらで売ってるような道具で倒せるなら、賞金首にはならないよな」

「【風よ唄え、我らに守りを】」

 

 ウルが男達の討伐失敗の理由を少し現実逃避気味にしみじみと呟く間に、シズクは素早く呪文を紡いだ。宝石人形は拳を振り下ろす。その動作はそれまでの緩慢な動きに相反してやけに素早く感じた。

 

「【風鎧(ウィンドアーマー】――!?」

『OOOO!!!』

 

 シズクが風の障壁を生み出す魔術を放つ。と同時に宝石人形が拳を振り下ろした。一瞬、その風の障壁に阻まれ、拳は弾かれるように見えた、がそれは本当に一瞬だった。パァンという強烈な破裂音が響き、破壊された魔術と、宝石人形の拳が巻き起こす衝撃にウル達は再び吹っ飛んだ。

 

「だああ!?」

「ぎゃああああああ!?!」

 

 ウルは強かに背中を壁にぶつけた。背中は痛かったが、それでも怪我がたいしたことがなかったのは、シズクの風の魔術があの拳の間に入ってくれていたからだろう。そうでなかったら、粉砕した迷宮の地面の破片とともに飛来する衝撃でウル達はズタズタになっていた。

 

「ウル…様……!」

 

 そして、その幸運は二度は続かない。シズクもウル同様に吹っ飛ばされた衝撃で迷宮の壁に叩きつけられていた。しかも、強引に発動させた魔術の影響で体力を使い果たし、ぐったりしている。

 

「シズク、抱えてやるから、逃げるぞ!」

「あの、方達、は、大丈夫、ですか…?」

「もうギャーギャー言いながら逃げ出してるよ!俺等も行くぞ!!」

 

 そう言って二人もまた、一目散に逃げ出した。走り去る寸前、ウルは追ってきていないかを確認するため最後にもう一度宝石人形の方を振り返った。

 

「OOOOOOO……」

 

 宝石人形は、ウル達の攻撃にも、赤鬼と名乗った連中の強襲にもまるで動じた様子は無かった。というよりも、その身体に傷一つすらついてはいなかった。迷宮通路の魔光に照らされて輝くその身体は名前の通り宝石のように美しい。

 そして、何事もなかったように、再び迷宮を歩き、徘徊を始めたのだった。

 

「……どうすりゃいいんだ。本当に」

 

 シズクを抱えながら、ウルは困り果てた情けない声で呟いた。当然答えてくれる者はいなかった。

 


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