かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
当然のことではあるが、【竜呑ウーガ】に食料生産能力は、今のところ無い。
土地はある。ウーガの背は魔力の巡りが良いのか植物の発育も非常に早い。
何が問題かと言えば、やはり至極単純な土地の狭さだろう。
勿論、この問題は全ての都市に言える。根本的にこの世界の人の住まえる場所は非常に狭い。高層建築物で、住める場所をかさ増ししなければやっていけない。食料生産のみに特化し、太陽神ゼウラディアの加護を活用した【生産都市】でもなければ、安定した自給自足というのは困難だ。
そんな訳でウーガの食糧供給は現在交易に依存することになる。
が、しかし、今のウーガは都市としても機能はしておらず、真っ当な交易も難しい。故に、グラドルからの依頼という形で通商ギルドから定期的に食料が供給される形になる。
当然、その役割を担う通商ギルドは誰でも良いというわけではなく、ウーガ誕生の一通りの事情に詳しく、理解のある者達が選ばれることになる。
「全く運が良かったねえ。
「本当に上手くやるよな、ババア」
定期の食料補給のためウーガにやってきた【暁の大鷲】のスーサンに、ジャインは悪態をついた。
停止したウーガに、【暁の大鷲】は食料を運んでいく。日持ちするものから、嗜好品の類い等、更にウーガ停止中に市場を開き、幾らかの娯楽品の売買まで行っている。全くもって、彼女らは「上手くやってる」と言って良いだろう。
ウーガの食料運搬の任務を直接依頼された【暁の大鷲】の報酬は、単純な運送業のソレとは比較にならない。ウーガで見聞きしたものの多くを沈黙すべし、という意味合いが勿論有り、それ故に彼らはただ、食料を運ぶだけでも大儲けだった。
だが、彼らがウーガに足を運ぶメリットは勿論それだけではない。
ウーガが持つ情報を独占できるという、恐るべきメリットが彼らにはある。
「っつーわけだからホレ、また何か発見できたことがあったら教えな。高値で買い取ってあげるから!」
「アンタ、もうちょっと落ち着きってもんがなかったか……?」
「ハッ!右見ても左見ても金儲けの塊みたいな場所で大人しくしてる方がバカってもんだよ!私からみりゃ此処で暮らしていながらのんびり騎士団の真似事してるアンタの方が正気か、って気がしてならないねえ」
「言っておくが、ペラペラしゃべったり、現段階で邪な利用を考えたら、グラドルにしょっぴかれるんだからな」
「んなもん分かってるに決まってんだろ?勿論、グラドルの連中がOKを出すまで我慢するさ。そしてそうなったら、スタートダッシュがものを言うのさ」
そうかい、と、ジャインは溜息をついた。エシェルから彼女との交渉役を頼まれた訳だが、やはりこの女は苦手だった。一応立場として味方である筈なのだが、全く油断できない上、ウーガに来てからのこの女は更に元気になってる気がしてならない。皺が減って若返っているように見えるのは気のせいだと信じたい。
まあいい、兎に角仕事を済まそう。と、ジャインは部下達に指示を出した。
「最近、ウーガで面白いものが取れてな。売り物になるのか、商人ギルドとして名うてのアンタに確認してほしい」
「なんだいそりゃ?」
「【ウーガの甲羅】」
部下数人に運ばせたのは、巨大な鉄板のようにも見える、ウーガの甲羅の一部だった。
ウーガは使い魔であり、かなり特殊であるが、生き物だ。
「…………軽いね」
「だが、頑丈だ。加工には少しコツがいるが、職人なら容易い」
「どの程度出る」
「数日に1度自然に剥がれ落ちる。この一枚も加工して切り取った一部だ。本来はこの五倍はある。」
「頑強さは?」
「魔銀には流石に劣るが、魔猪並にはある。何より軽さと薄さが段違いだ。」
スーサンはしばし沈黙し、何かしらの計算を終えたのか、あくどく笑った。
「とっても素敵な、金の匂いがするね。いけるよコイツは。もっと寄越しな。どれだけ加工できるかウチのもんに確認させるよ」
「チェックはともかく、グラドルがOKを出す前に売るなよ……?」
「わかってるってーの。ああ、でも、必死にウーガを嗅ぎまわってる連中に匂わす程度は許してくれんだろ?」
「アンタほんと性質悪いな……」
そんなこんなで交渉を進め、調査用とは別に、【ウーガの甲羅】をごっそりとスーサンは引き取り、その分の対価と、幾らかの”オマケ”を融通する形で、何度目かとなる【暁の大鷲】との交渉は終わった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その夜。
「良い酒が手に入ったっつってお隣さんに呼ばれたんだが……」
その日、ウルは中々に忙しい一日だった。
先日の魔物の襲来で、ウーガの住宅区画がダメージを受けたためだ。当然、様々な箇所で破損が発生し、その修繕に駆り出されていた。勿論、現在のウーガに住民は少ないため、破壊された場所には現在利用していない区画も多くあったが、直さないわけにはいかなかった。
これまでは、ほぼ成り行き上ウーガの管理を行っていたが、【天魔裁判】にて、本格的に【歩ム者】が、ウーガの管理運用を託される可能性が浮上した。
結局それはエンヴィーにウーガが奪われないための提案だったが、もし本当に実現した場合に備え、今からでもその能力はしっかりと磨き、示さなければ、いざというときやはり出来ませんでした、では話にならなかった。
故に今日も彼は忙しくウーガ全体を見回り、破損箇所を確認し、修繕の指示と人材の派遣などを行っていった。近いうちに、命令系統の整理もしなければならないとウルは慣れない作業で頭を回す事に疲労しながら帰宅した。
すると、その帰宅の様子を見ていたのか、家の中でぶっ倒れていると、来訪のベルと共にジャインがやってきた。
「丁度、暁の大鷲から美味い酒を融通して貰ったんだが、飲みにくるか」
「あんたの方から飲みの誘いとは珍しいな」
「要らねえなら別に構わねえがな。ツマミは持参しろ」
「…………」
タダで良い酒にありつけると聞いて、そこに魅力を感じない、と言うわけでは無く、結局彼の誘いを受けることにした。
【暁の大鷲】から少し上等なつまみとして、黒角豚のオイル漬けなんてのも買っていたのを思い出したので、それを土産として、扉を叩いた。
そしてそこでは
『カカカカ!お!ウルじゃ!ウルもきおったぞ!!カッカカカ!!』
骨が酒浸しの魔石をジョッキごと飲み干し、骨身の身体を通過した酒が地面を濡らし
「やあウル。助かったよ来てくれて。本当に助かった…!!」
エクスタインが何故か女装した状態でコチラに助けを求め、
「なんでまた男なんだよジャイーイン!!女の子連れてこいよおおおお!!!」
ブラックが叫んでいた。
「………ロックとエクスは良いがなんでブラック誘ったよジャイン」
「誘ってない。所用済ませて家に帰ったらこいつらがいた」
「不法侵入じゃねえか」
ウーガに騎士団がいないのが悔やまれる。ラクレツィアに相談しようとウルは思った。
「事の経緯を説明するとだ!俺が人の家でタダ酒を梯子していた!」
『で、途中でワシと合流しての』
「僕が誘拐されました」
「そしてジャインの家で美味い酒の匂いを嗅ぎつけて、飲み会を開催したわけだ!!」
なるほど、と、ウルは納得し、相づちを打った。そしてそのまま静かに踵を返した。
「じゃ、お邪魔しました」
「そう言わずにゆっくりしていけ。」
「結構です。お邪魔しました」
「そう言うな。隣人同士今日は友好を深めようじゃねえか」
「距離感って大事だと思います。お邪魔しました」
「…………」
「…………」
「いいから来いやオラアア!!!」
「誘拐だあああ!!!助けてえええええええ!!!」
ウルは誘拐された。
地獄の飲み会が始まった。