かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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賞金首:宝石人形の傾向と対策③

 

 ウルは未だ、シズクという少女の事情についてまるで触れてはいなかった。

 

 別にウルが他人に興味が無いのかといえばそんなことは無い。むしろ相手の話は積極的に聞き手に回る性質だ。ヒトの話を聞くのは好きな方だ。

 

 だが一方で、放浪の民として生きてきたウルにとって、他人の事情というヤツは安易に踏み込むべからず、という意識があった。加えて、そもそも現状。彼女との関係が長続きするものなのか分からず、踏みこみ難かった。迷宮潜りと訓練の日々があまりに忙しく、腰を据えて話し合う機会がまるで無かったのもあった。

 

 結果、2週間以上彼女と背中を預け合っていたのに、肝心の彼女の事情をウルは知らぬままでいた。が、流石にそろそろ聞いておくべきか、と、ウルが思い始めていた。

 

 安易に踏みこむべからず、とはいえ、意思疎通、相互理解をないがしろにすべきかといえば当然そうではない。誰だって事情というのはある。ムチャをする人間ほどその事情というのは重く、大きく、そのヒトの行動を縛りつけてくる。ウルがそうであるように、シズクもそうなのだろう。

 そして、デカくて重い事情というヤツは、時として思ってもみないトラブルを招くことがある。相互理解を怠ると、全く予期しないタイミングでこれが炸裂するのだ。

 

「そんなわけで、できれば事情を聴いておきたいのだが、よいだろうか」

 

 危険な地雷は事前に撤去しておくに限る。ウルはそう思い質問を投げた。

 が、

 

「ダメです」

「ダメか」

 

 訓練所内の“宿泊塔”の中で、腹をくくったウルの質問は、無駄に終わった。

 即答で拒絶したシズクは、沈痛な面持ちで首を横に振る。

 

「私が宝石人形を倒す決意をした理由はあります。それは切実です。ですが軽々しく口にできるものではないのです。本当に申し訳ございません」

「いや、いい。そう答えるかもしれないとも思ってはいた」

 

 ウルはウルで彼女の拒絶を素直に受け入れた。

 彼女の事情がいかなるものであるのかは分からないが、それがウルか、ウル以上の理由であるのなら、なるほど軽々しく口にしたくはないだろうというのは分かっていた。ウルだって、精霊憑きとなったアカネの事情は気安くは口にしたことが無いのだ。シズクとて、秘匿にしたい事の一つや二つ、あるだろう。

 

「ですが、ウル様。一つだけ保証します」

 

 そう言って彼女は寝間着姿のまま、ウルの手をそっと握りしめる。湯屋で汚れを流した彼女からは風呂場の華の香りが漂ってくる。勘違いされるような所行を相手を選ばずにするなと言いたくなった。

 

「私は何が何でも、宝石人形を打ち倒したいのです。その魔力を獲得し強くなりたい。そこに嘘偽りはありません」

「……そこは疑ったつもりはない。それくらいは一緒に戦ってて分かる」

 

 彼女の懸命さ、必死さはウルが一番分かっているつもりだ。その場しのぎで、他者を偽ろうとする者の戦い方はすぐに分かる。彼女にそれは感じなかった。

 ウルは彼女の手を解いて、頭を掻いた。

 こうまで真っ向から拒否されるとなると、やはり彼女の抱える事情というのは結構な深刻度のものであるというのは間違いなかった。出来れば知っておきたかったが、しかし踏みこまれることを良しとしない相手の懐を探って、コンビを解消されても困る。彼女と組んだのはそもそもが偶然に依る所も大きいのだ。そう何度もその偶然は起こらないだろう。

 

 保留する他ない、か。

 

 消極的な判断にならざるを得なかったが、それ以上の大問題が差し迫っている状況で、いらん問題を増やすわけにはいかなかった。

 残り十日前後、宝石人形の討伐祭、それまでにあの巨大なる魔物を倒す手段を得なければならない。

 

「……んで、シズクはその宝石人形を倒す手段、思いついたか?」

「ウル様にはありますか?手だて」

「あればきいていないなあ……」

 

 元から既に厄介な問題ではあった。まともに戦っても傷一つ付けられなかったような相手なのだ。ごくごく真っ当に研鑽を積み武器を更新し挑んでも、果たして期限までに倒せるかは分からないような相手。

 そして今回更に厄介な問題が追加された。討伐祭による競争率の激増。

 

 つまり、宝石人形を撃破する手段を獲得し、かつ、ライバル達を出し抜かなければ、ウル達は宝石人形を倒す事叶わない。

 

「ほんっと……どうするかな……」

 

 困難に困難が重なった状況である。宝石人形の打倒すら困難であるというのに、そこにライバルの存在が追加されたこの状況は、ウルからすれば泣きっ面に蜂である。

 

 ウルは自分たちの実力を理解している。

 

 自分たちは所詮は“新人”だ。シズクが天才的な魔術師の卵であろうとも、まだ二人は冒険者として活動を始めてまだ2週間経った程度。どれだけの才能があろうとも、どれだけ死に物狂いの訓練に勤しもうと、2週間ではたかがしれている。現在この大罪都市グリードにはびこる山ほどの冒険者達の中では最下層だろう。

 たとえ、それが銅の指輪を未だ取れずくすぶっているような連中と比較しても、ウル達が上回れる所は多くはないだろう。ウルはそれを分かっていた。

 討伐祭当日は、そんな連中がウルのライバルだ。

 周りは自分たちより上の冒険者達ばかり。これで気が滅入らずしてなんだというのか。

 

「ですが、考えようにもよるかもしれません」

「というと?」

「他の人も宝石人形を狙うということは、他の人の力を借りられるかもしれません」

「一行を増やすとか?」

「それ以外でも」

 

 むう、と、シズクの指摘を考える。

 

 確かに、これまではあの厄介で戦うだけ面倒な宝石人形を進んで倒そうとする輩は非常に少なかった(ウルが宝石人形の調査にとりかかってから同業者に遭遇したのは赤鬼くらいだ)だが、今後はそれ以外の連中も宝石人形を狙うだろう。彼らはライバルだが、彼らとて宝石人形が厄介な敵なのには変わりないのだ。人手不足に悩み、あるいは共闘を願う者もいるかもしれない。

 あるいは、こうして攻略法を見いだせずに居る者達に“商売”を持ちかけてくるような連中もいるかもしれない。宝石人形を倒す手段を、出し抜く手段を求めてやまない冒険者達に売りつける商人達が現れるかもしれない。

 

「……祭りが必ずしもマイナスに向くわけではないか」

 

 もとより、短い期限までの間に宝石人形を正面から倒すのは不可能に近かったウル達だ。ならばこの状況の変化をプラスとも見れる。いや、見なければならない。それくらいの思考の切り替えはウル達には必要なことだった。

 問題は

 

「誰から、何を支払い、何を得るか」

 

 コネ 対価 報酬

 宝石人形を取り巻くヒトの数を利用するのはいいとして、そもそも信頼できる取引相手との繋がりをウル達は築けていない。そして支払うべき価値のある金銭ないしソレに相当する物も持ってはいない。で、あれば宝石人形に有効な手立てを手に入れる事も勿論出来ない。

 

 宝石人形に関わるヒトが増えたとして、ソレを利用する手立てがウル達には一つもない。

 

「一つ一ついくか。まず、一番重要なところ。俺達は何が欲しいか、だ」

「宝石人形を倒す手立てですね」

「そうだな。で、それはなにか」

「私たちは宝石人形を“私たちが”倒すことで指輪と魔力を得ることを目的としています。一行を増やす、つまり“助っ人”は望ましくありません」

「そうだな」

 

 ウル達の現在の目的を考えると、宝石人形はウル達自身が倒さなければ何の意味もない。ただ宝石人形を倒せば良いというわけではない。

 故に望むのは、例えばウル達自身の戦力を底上げするもの。装備を更新するための資金、あるいは宝石人形を撃破するための強い助言などだ。

 

「次は何を支払うか、でしょうか?」

「正直コレは相手にもよる所なので保留。価値観はヒトによってバラバラだ」

 

 ある人にとって何より大切に思えることが他の人にとってはゴミのように感じる、なんてことはよくある話だ。両隣の都市国同士で全くバラバラの価値観を持ったヒト同士が戦争を起こす寸前までいった、なんて話はウルも放浪の最中に見たことがある。故に保留。

 なるほど、とシズクは頷く。そして、

 

「では、最後、コネですね」

「……これが一番難しいんだよな」

 

 コネ、コネクション、ヒトとの繋がり、縁。

 ウルにとって極めて難関に思える。何せ彼は今まで深い関係性を誰かと築けたためしがない。築く前に、ウルは別の場所に流れていってしまっていたからだ。名無し故に。

 

「ウル様、ツテに心あたりはないですか?」

「根無し草の名無しに期待するなそんなの……シズクは」

「この地では酒場の皆様くらいでしょうか。ウル様と大差ありません」

「だわな……俺等の行動殆ど同じなんだから」

 

 男達に誘われるままデートにいく彼女ならば、とも思ったがそこはあまり変わらんらしい。

 “欲深き者の隠れ家”には有能な冒険者達もいるが、基本的に彼らは良き隣人であって仲間ではない。ウル達はかわいがってもらっているが、しかし贔屓してくる事はないだろう。そこら辺の線引きはキッチリとしている。正当な取引でなければならない。

 だが、そもそも彼らは冒険者だ。知識や経験もウル達よりは上の者が多いだろうが、彼らの資本は基本的にその鍛えた身体。ウル達の望む形での助けは得られるか怪しい。

 

「都合良く宝石人形に詳しい冒険者とかいなかったか」

「もしそんな方が居れば冒険者でなく魔道技師になっているのではないでしょうか」

「そらそうか」

 

 うーむ、とウルとシズクは二人で唸った。この都市に来て間もない、という現実が思った以上に足を引っ張っている。対して他のライバル達の多くはグリードに居ついて長いはずだ。世界最大規模の大罪迷宮。名無しでも滞在費を超える儲けを得ることは容易なこの場所に居着く冒険者達は多い。

 で、あればコネの一つや二つ持っているだろう。ウル達と違って。

 

 ウル達が持っている特別なコネなんて一つも――

 

「……いや、一つ、あるか」

 

 ウルはせまくるしいベッドに寝転びながら、思いついたというように手をポンと叩いた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 17日目

 

「というわけで力になってくれそうな人を教えてください」

「ためらいなく俺に聞きに行く図太さは嫌いじゃねえよ」

 

 グレンは頭を真っ直ぐに下げるウルを呆れたように評した。

 

「だがお前、仮にも俺は冒険者ギルド所属の教官だぞ。一応お前らを見定める側なんだが?」

「教官は生徒を導くのが仕事だろう」

「生徒はお前等だけじゃないし」

「私たちだけですよ。今朝、昨日入った新入りの方が逃げ出しました」

 

 根性なしめ、と、追い出した張本人のグレンが舌打ちをした。ウルは

 

「だが、宝石人形攻略に役立つアテなんてのはな……」

「ないのか」

「……ないではない」

 

 なんというか、グレンは有能な男だった。

 

「覚悟しとけ、役に立つかわからん上、ろくでなしだぞ」

 

 グレンがそれを言うのは相当だな。とウルは口に出さずに思った。

 




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