かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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野郎どもの酒池肉林②

 

 穿孔王国スロウスの支配者、黄金級の冒険者、大罪竜スロウスの征服者、王

 

 あらゆる異名で呼ばれ、畏怖され、名無し達からは英雄と目されている男、ブラック。

 彼にまつわる謎は多い。経歴も殆どが不明。わかっているのは恐るべき実力者であり、同時に恐ろしく狡猾な男であると言うことくらいだ。

 

 そんな、秘密のベールに包まれた彼の実態が一つ、今宵明らかになった。

 

「てかなああああんで女の子いねえんだ?ラビちゃんはどうしたんだよジャイン!」

「アンタがウチに来た時点で避難させたが」

「俺ぁあの子がエッチな格好でほろ酔いになるのを生きがいに此処に来たってのに…!!」

「俺の判断が正しかったと確信がもてたわ」

「よしわあった!シズクちゃんだ!ウル!シズクちゃんをよべえい!!」

「今の話の流れで呼ぶと思うのか……?」

 

 ブラック、この男は、酒癖が酷い

 

『カカカカカ!酒池肉林!!いいのう!叶えてやれよウルよ!』

「言っとくけど今この部屋を最も汚してるのお前だからなロック」

「む!汚いな!良し!【勇者】んとこのメイドちゃん!ジェナちゃんを呼べッ!!」

「【浄化】」

 

 ウルは魔石が吸収しきれず零れた酒に手早く浄化魔術をかけた。

 

「アアアアアアアアア!!浄化魔術止めろ!お前折角の口実を!」

「俺のマイホームを口実っつったか」

『カカカカカカカ!!』

 

 骨が笑っている。この骨は酒に強いはずなので、このテンションの高さは明らかに悪乗りである。砕いてしまいたい。

 

「で、エクス、お前は……………いや、いい」

「待って欲しいウル。突っ込んで欲しい」

「他人の価値観や趣味はコチラに害及ぼさない限り文句は言わん主義だ」

「僕の趣味ではないよ!?」

「そう!!!俺だ!!!!」

「帰れや」

 

 エクスはふりっふりのドレスを着ている。顔が良いので無駄に似合うが、幼馴染みの立場でその姿を見てもお労しい気持ちにしかならない。無理矢理着せられたのだろうが、こんなドレスを一体どこから持ってきたのか。

 

「スーサンのお嬢ちゃんが売ってくれた」

「幾らだよこれ」

「金貨五枚」

「これ金貨五枚するんですか!?こわっ!!」

「お前この飲み会中にソレ脱いだら次は金貨10枚のドレス送りつけるからな」

「…………」

 

 最悪の脅迫にエクスタインは屈して席についた。顔が死んでる。

 

「おし、じゃあ新たな客も来たわけだし改めて乾杯するか!」

「俺の幼馴染みがお通夜みたいな空気になってるけどまあいいか。タダ酒乾杯」

 

 ウルは地獄のような空気になった友人を無視して酒を呷った。果実酒だ。柑橘系特有の酸味がありのどごしが爽やかで、しかもよく冷えている。

 

「美味いな。飲みやすい」

「プラウディアの新作だってよ」

 

 爽やかな味わいを少しずつ堪能するが、周囲のペースはかなり早い。特にブラックたちは飲み会の梯子をしていたらしいのに全くペースが緩まない。此処の連中は大概酒豪であるらしかった。

 

「甘い菓子にも合いそうだ」

「ああ、美味そうだ……こんな地獄の状況じゃなきゃもっとゆっくり楽しめるんだが」

「そんあこというなよお、ジジイいじけちゃうゾ」

「死んでくれ」

「ひでえな!!」

 

 出会って初日の頃はジャインはまだ少しブラックに対して警戒と敬意のようなものは在ったのだが、それは秒で消し飛んだらしい。応対の仕方が出会った頃のウルよりも増して塩だ。ウルも似たようなものだが。警戒は必要だが、この男に敬意を払ってもなんの役にも立たない。

 

『で、ウル。お前さんはなーにもってきたんじゃ。ツマミ』

「良い肉のオイル漬け。炙ろう。」

『ワシ食えん!』

「使ったオイルに魔石突っ込んだら旨み染みこんでるかもしれんぞ」

 

 ウルは適当な事をいったが、ロックは肉を取り出すといそいそと自分の魔石をオイル漬けの瓶に放り込み始める。肉も臓器も無くなったのにこの骨が一番グルメである気がしてくるのはどういうことだろうか。

 

「っつーかロックのつまみこそ俺達は食えないだろうが」

『なーにいっとるか!ワシはちゃーんと気遣ってるぞ!ほれこれ!』

 

 と、彼が取り出したのはウルと同じ瓶詰めの代物だった。見れば、オイルでは無く、綺麗な淡い紫色の粒と、乾燥した果実が詰め込まれている。なんというか、不良骨爺にしては随分としゃれた代物だった。

 

『紫砂糖ドライフルーツ漬けじゃと。紫砂糖は、北の大渓谷の付近で採れるらしいノ』

「生産都市じゃなくて都市外で採れる品だな。名無しの間じゃ、時々採っては都市の中で売りさばく奴らもいる」

『なんぞ舐めると、上等な花の香りがするんじゃと』

 

 尚、大渓谷の途中には、氾濫を起こした迷宮が幾つもあり、五ツ目熊が周囲をうろつく危険地帯であり、採取は非常に困難な稀少品である。おそらくこの菓子も結構高額であるはずだ。この手の消耗品の無駄遣いにロックは躊躇が無い。

 

「しかしまあ、魔石しか食えないのになんでこんな代物を?」

『うむ、甘味が味わってみたくなったので魔石をこんなかに突っ込んでみた』

「異物混入だ!」

 

 ウルが瓶を漁ると確かに魔石が出てきた。ロックはそれを摘まみ、口に放り込むとケラケラと笑う。

 

「……どうよ」

『甘い!!!』

「嘘ぉ……」

 

 エクスは信じられないといった顔をした。ウルもそう思いたいが、この骨、酒に魔石を漬けて骨身に酒精を取り込む裏技を覚えて以降、様々なもので試して遊んでいる。失敗したときは失敗したときで楽しそうに報告するので、嘘は言っていないだろう。

 

「……で、これフルーツ食って腹壊さねえだろうな……」

 

 魔石が魔物の心臓ともいえる臓器である事を考えると、この砂糖瓶はドライフルーツおよび臓器の砂糖漬けになるわけだが、何故に飲み会でそんな魔女の薬瓶じみた代物がお出しにならなければならないのか。

 が、警戒している間にブラックが摘まんで口に放りこみ、酒を呷った。

 

「若い奴は軟弱だねえ。ちゃんと食えるぞ。強い酒に合いそうだ!」

「あんたの食えるは当てにならん。エンヴィー騎士団。お前はまともなの持ってきたのか」

 

 ジャインの問いに対し、エクスタインは手荷物からそっと手土産を差し出した。

 

「大した物ではないですけれど、都市エンヴィーがあるギンガン山脈の麓、生産都市から採れた黒烏賊の干物です」

「そういや、大渓谷の近くだなその辺り」

 

 イスラリア大陸の北西がエンヴィーの領域であるが、大陸外の海岸部、そしてその先、”海が落ちる【大渓谷】”もその範囲の中にある。都市エンヴィーは山岳部であるが、海産物もよく食べられる。

 ウルがちぢれた干物を一つ口にくわえると、強い歯ごたえと旨みと香りが返ってきた。

 

「懐かしい、エンヴィーにいた頃よく食べた」

「空腹誤魔化すには丁度良いってよく食べてたねウル」

「んーん美味い!米酒が欲しいな!」

「あんたずっと飲んでるなブラック」

「うるせージャイン。お前も家主なら客人をお持てなしするんだよ」

「招いた覚えがねえ……」

 

 そう言いながらもジャインはキッチンへと入り、そしてすぐに戻ってきた。皿に積まれたそれはウルにとって見覚えのある、真っ赤な果実だった。

 

「おら食え」

「……皿の上に大量のトルメトの実がアホみてえに積まれてるが、これは……?」

「ウチで採れた野菜」

「マジでそのまんまのもんがでたな!?」

 

 ブラックがぎょっとなったが、隣のウルにはなじみ深いものではあった。時々手伝いをさせられて、そのお裾分けで貰っている。食べてみると甘く、わりと瑞々しい。旅が多かったウルにとっては鮮野菜はあまり口にする機会は少なかったので嫌いではなかった。

 

「塩ちょっと振ったら酒にも合うだろ」

『のージャインよージュースにしとくれや』

「自分でやれ骨爺」

 

 ブラックなどは一個丸々掴むと、ヘタを取ってそのまま口に放り込んだ。

 

「まーほひゃいほひゃはあい」

「もっと味わって食えや。ってか食ってばかりでないでアンタも出せや」

「ほへ」

 

 と、トルメトを咀嚼しながら、ブラックは何か大きめの瓶を取り出しておいた。なんというか、独特の匂いと、ツンとした刺激があった。

 

「……これは?」

「スロウス名物、糠漬け」

「えっらい渋い名産が来たな……っつーか匂いは兎も角こいつは……」

「ルガラの実、美味いぞ~?」

 

 ウルとジャインは顔を顰め、エクスとロックはピンと来ていない顔をした。それを見て、ブラックがエクスに向かってそれを放る。

 

「ほれ食え!」

「どうも?」

「ちょっとまてエクス――」

 

 エクスがそれを口にした瞬間、顔色を真っ赤にしてキッチンに走った。

 ルガラの実は強烈な辛味を伴う刺激物である。

 

「普通、辛味抑えたものを入れるもんだろ……」

「なんでだ?美味いぞ!」

 

 ブラックはバリバリとそれを口にして笑った。

 ウルはエクスの口内の平穏を祈った。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 杯は何度も空き、肴は消費され、飲み会は進む。

 元々かなり酔いにくいウルにとって、飲み会はそれほど特別ハメを外すような場ではなく、むしろハメを外しすぎた連中の世話が必要な為、面倒に思うことも多かった。 

 が、流石にこの面子だと、興味深い話がぽろぽろと零れ、飽きることは無かった

 

「なるほど【エンヴィー】は変わらずか」

「まあねえ。土地柄もあって人の出入りもあまりないから」

「てめえらが乗ってきた飛行要塞はなんのためにあんだよ」

「基本、グレーレ様の許可無く、好きには使えないんですよアレは」

 

 今はエクスからエンヴィーの様子を聴いているが、聞く限り、何年も前にウルが滞在していた頃と大差は無いらしい。閉鎖的な魔導機械の大国。西の端にあり、国同士の交流は少なく、変化も無い。

 

「ま、結局は【七天】のグレーレの為の国だろあそこは、あいつの都合のために回る国があいつの都合ナシに変わるわけがねぇーさ」

 

 不敬ともとれるブラックの発言にエクスは若干居心地悪そうにする。一応この世界で最も天賢王に近い七天に対するブラックの乱暴極まる言葉遣いにまだ慣れていないらしい。

 対して、そのことを全く気にしていない様子のロックははて?と首を傾けた。

 

『神殿の王サマ、シンラはなにしとんじゃい』

「神殿はグレーレが嫌いだが、エンヴィー神殿にグレーレをどうこう言える権力はなーい」

 

 ブラックはゲラゲラ笑いながら断言した。エクスは気まずそうだ。

 

『ほーん。そんな影響力があるのカの?』

「そりゃ勿論、あの国が持つ技術も、作るモノも、採掘するモノも、何もかもグレーレが関わっている。神殿は精霊の力を扱えるが、その精霊の力を効率化する都市基盤をつくり更新するのもグレーレだ!文句言えると思うか?」

『無理じゃな!』

 

 無論、その技術力は他の都市にも影響している。現存する全ての都市がグレーレの技術の恩恵を賜っていると言っても過言ではないが、特にグレーレの出身地はその影響力が一入らしい。

 

「しかもその影響を数百年受け続けたんだから支配系統はもーガッチガチよおー。長命種を政治に関わらせると碌な事にならんね!」

「それを年齢不詳のアンタが言うか……」

 

 ジャインはまるで他人事のように寿命格差の政治問題を語るブラックを呆れた顔で眺める。見た目だけならやはりブラックは若々しい。ヘタするとジャインよりも若く見える。だが最低でもこの男は100を越えている可能性がある。

 

「ブラックさんっておいくつなんです…?」

「25才!!」

「オッサンの過剰な見栄ってきっついな」

「やめろぉー!繊細な心を虐めんな!!」

 

 言動はちっともそんな風に見えるような男ではないが。

 

「これが名無しの大英雄か……」

 

 ウルも、ブラックの情報は断片的には知っているし、彼がウーガを訪ねると聞いてから彼の情報は幾らか仕入れた。あらゆる困難を率先して切り開き、様々な偉業を成し遂げた不屈の大英雄。その彼の情報と、実際の彼があまりに一致しない。残念極まる。

 そんなウルの内心を読んだのか、ブラックは顔を上げだらしなく笑った。

 

「黄金級の英雄がこんなんで残念かい?黄金目指してるって聞いたぜ?ウル坊」

「別に、他にも黄金級は知ってるが立派でも何でも無かった」

「あー、グレンのヤツか。お前のスタートはグリードだったもんな」

 

 ボリボリと自分の持ち込んだ漬物をくらいながらブラックはグレンの名を口にする。あの不良教官まで彼は顔見知りで有るらしい。どれだけ言動がいい加減でも、やはりその顔の広さは異様だった。

 今回の面子は全員個性的ではあるものの、やはり一番正体不明で興味深いのはこのブラックである。ウルは杯に残った酒を飲み干すと、試しに尋ねてみる。

 

「アンタはなんで黄金級になったんだ?」

「あ?流れ」

 

 流れで冒険者になった、という者は割と多い。が、流れで黄金級になったとぬかすのはこの男くらいだろう。

 

「……巫山戯てんのか?」

「俺は、本当に好きに生きていただけさ。やりたいことやって、気にくわないヤツを潰して、可愛い女の子はいただく。そうやってたら偶然、人類の益になっただけだ」

「存在が巫山戯てんだな……」

 

 そう結論せざるを得ない。

 刹那的な快楽主義者。ブラックからの手紙と彼の情報から推測したシズクのブラック観が的中していたという事だろう。分かっていたが、ウルが黄金級になるための参考にはなりそうに無かった。

 

「ま、俺みたいな化石のジジイの話なんて良いじゃねえか。それより今を時めく新進気鋭のヒーローの話を聞きたいねえ!」

『言われてるぞウル!カカカ!』

 

 ブラックがコチラにボールをパスして、ロックが煽った。ウルは顔を顰めて首を振った。

 

「俺の話なんてしたって面白くもなんともねえだろ」

「面白いかどうかは兎も角相当イカれた話にはなるだろうがよ。」

「断片的に君の経歴聞いてもなんでそうなったのかよく分からないんだけど?」

 

 ジャインとエクスに突っ込まれ、ウルは少し沈黙し、額を掻いた。

 

「……謙遜してるわけじゃ無いんだが、ここの所の人生の濃度が濃すぎて、自己認識と結果の乖離が激しすぎるんだよ」

『色々あったからのう』

 

 今のウルの自身に対する認識は、未だ、グリードでグレンに追いかけ回され、迷宮を走り回った頃とそれほど変わっていない。自信を付けても、それを上回る脅威や悪意に晒されて、へし折られてばかりだ。

 

「実際、俺の周りの方がよっぽど異常な奴らばかりだがな。魔術の天才、不死の戦士、白王陣の使い手、ウーガの支配者」

 

 此処までの旅路の中で起こった問題と、その解決はウル自身の力ではなく、仲間達の力があってなんとか乗り越えてきた事ばかりだ。

 ウル自身の実力をウルは正しく認識している。その戦闘力も、才能も、凡庸の域を全く超えていない。ディズの教えと自身の勤勉さのお陰で鍛錬だけは人一倍だが、それも努力家、くらいのものだろう。

 なにより努力は自分だけの特権では無い。

 

「俺は運と機会に恵まれただけの平凡な男だよ。俺以外の仲間の話の方がよほど聞き応えがあるだろうさ」

 

 ウルがそう断じると、エクスが苦笑いをして、ロックがゲラゲラと笑い、ジャインが度し難い者を見る顔でウルを睨んできたのが解せなかった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 それからも宴会は続いた。

 最終的に用意した酒をすっかり飲み干して、おつまみもすっかりと食い尽くして、いい加減に喋る内容も前後不覚な状態になりつつあった辺りで、お開きとなった。

 全員しっかりと酒を飲んだため、ロックなど鎧をスッカリ忘れて骨身のまま外をほっぽり歩こうとしたり、エクスが女装姿のままエンヴィー騎士団の駐屯地に戻ろうとしたので色々と始末が大変だった。

 

「……流石に眠いな」

 

 酔いにくいが酔わないわけではなく、そもそも今日は日中の仕事で疲弊していた。しかも今はお腹も膨れている。ベッドに潜り込めば即座に意識が途切れるだろうという予感があった。

 寝る前の身支度を手早く済ませ、水をがぶのみして、とっとと寝よう。

 と、ウルは自宅の扉を開けた。

 

「よお、お帰り。ダーリン。」

 

 そこに、何故か先に帰宅したはずのブラックが待機していた。

 

「……なんの用件で?」

「二・次・会」

 

 帰れや。

 と、言いたかったが、先ほどまでぐでんぐでんだった筈のブラックがすっかり素面に戻っていた。言葉だけは冗談めいていたが、その目にはなんら胡乱な所はなく、拒否を許さないという圧力が込められていた。

 

「早く寝てえ……」

 

 その願望は残念ながらもう少し先延ばしになるという確信めいた予感に頭痛がした。

 

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