かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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閑話 装備について

 

 

 

 

 悪名高き大罪迷宮、グリードへの入口の広場の、そのすぐ東には武具防具その他もろもろを取り扱う鍛冶職人街がある。

 通常、武器防具を取り扱う職人たちはまず自分の作ったものを商人に卸し、そこから市場に流通する。が、此処、大罪迷宮グリードでは事情が異なる。

 

 武器防具の材料の流通が直結し、更に冒険者がたくさん集まるがゆえに武器防具の需要も存在する。つまりこの都市での武具の流れはこの都市だけで完結している。故に商人に卸すという過程を跨ぐ必要がなく、故に職人たちはそのまま商売権を都市から獲得している場合が多い。(勿論、他都市に渡る商人たちには卸もする)

 

 故に、この職人街には多くの冒険者たちが行き交う。自分たちが仕事で使う商売道具の宝庫である。しかも流通に人を跨がない分、此処の武具の価格は他都市と比べても比較的安い事もあり、他都市からわざわざ見に来るものまでいるほどだ。

 

 さてごくごく最近冒険者になった不運の少年、ウルもまた例外なく此処に足を運ぶ。

 

「……おーいボウズ、数打ちの武器の山相手ににらめっこはやめーや」

 

 小柄の髭もじゃ、筋骨隆々のドワーフ、このあたりの鍛冶師らの仲でも年長でありリーダーをしている彼は、物欲しそうににらめっこを続けるウルに声をかけた。ウルは気難しそうな顔で彼に向き直り、

 

「いい加減、装備を新調したくてな」

「予算は」

「銅貨5枚くらいで買える便利な防具くれ」

「かえんなボウズ。冒険者を夢見るバカなガキでも銀貨握りしめるわ」

 

 比較的安い、と言っても、勿論それはあくまで比較的であって、実用に足る武器防具であれば当然相応の値段はするのだ。数打ちの安物ならばお手軽ではあるが、それなら恐らくは訓練所に余っている“中古品”を使っていた方がまだマシだろう。

 

「兜に銀貨20枚とか、これで3月は暮らしてけるだろ……」

「安い方だぞそいつらはまだ。何せ迷宮都市だ。需要は掃いて捨てるほどある」

「……買う手数多か。まあ、職人よか冒険者の方がなるのは楽だわな」

 

 迷宮に潜り魔物を殺しさえすれば金を稼げる危険だが安易な冒険者と、ギルドに入り、師に弟子入りし、何年もの修行を経てようやく一人前になれる職人とでは、どちらの数が多くなるかは考えずとも分かる。

 

「迷宮潜りの数が多い分、どうしても割高になるわけだ」

「職人だって冒険者達に死んでもらっては困るだろうに。安くならないのか」

 

 髭もじゃドワーフはフンスと鼻息で髭をゆらし、自分の背丈ほどもある巨大なハンマーを仰々しくゴンと叩いた。

 

「こちとらお前らの命を預かるモノを作る職人よ。であればこっちも命と誇りつぎ込むつもりで武具を作る。で、ある以上安売りなんてできるかよ」

「ふむ」

 

 ウルは背後を振り向いた。

 

「まあ、素敵な短剣でございますねえ。貴方がお作りしたのですか?」

「まあな!どーだいお嬢さん!今ならこの短剣銀貨1枚にまけとくよ!!」

「ありがとうございます。でも申し訳ありません。今は手持ちが少なくて」

「あるとき払いでも構わないさ!この俺の武器は麗しい君にこそよく似合う…!!」

 

 後ろで若き職人とシズクが交渉をしている。交渉というか、露骨にデレッデレにとろけきった顔の男がシズクに貢いでいた。ウルはもう一度前を向くと、ドワーフは遠い目になっていた。

 

「……職人って女っ気がねえんだよ。特に人間(ヒューマ)は火石で肌焼けるしよお」

 

 そうか、とウルは頷いた。そして、

 

「まけてください」

「やだよ」

「売り飛ばされた不憫な妹を買い戻すためにはどうしても金が」

「この前お前の妹金髪のねーちゃんと楽しそうに散歩してたぞ」

「お兄ちゃんは悲しい」

「これやるから他所で嘆いてくれねえかな。ボウズ」

 

 使い古されたブラシを放り投げられて、ウルは追い出された。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 訓練所宿舎、の外庭、井戸の前にて

 

「……防具が欲しい」

「欲しいでありますねえ」

 

 現状宿舎を利用しているのはウル達だけであり、井戸も貸し切り状態である。ウルとシズクは自由に井戸の水を使って、自分らの装備の点検を進めていた。自分の命を預ける武器防具の整備も仕事の内。というグレンの指示に従い、整備は毎日必ず行うようにしている、の、だが、その肝心の装備は頼もしいとは言いがたい状態だった。

 

―Name:ウル―

[>冒険者見習い♂

―階級―

[>なし

―武装―

[>【鉄の槍[F]】【木製の盾[F]】【革の鎧[F]】【革の具足[F]】

―職―

【戦士】

―保有物資―

[>なし

―備考―

[>妹買い戻し金額、金貨1000枚貯金中

 

 

―Name:シズク―

[>冒険者見習い♀

―階級―

[>なし

―武装―

[>【魔術の杖[F]】【ローブ[F]】【守りの首飾り[F]】

―職―

【勇者】

―保有物資―

[>なし

―備考―

[>なし

 

 初期装備としては充実している方である。

 が、これらはすべて中古品だ。決して品質が優れているわけでもない。すぐに壊れるようなものではないものの、やはり命を預けるには不安と不満がある。

 また、数度の魔物との戦闘を経て、自分に必要なものが徐々にわかってきた。

 

「俺は出来れば全身鎧がいい」

「重量の心配はありませんが、動きにくくはありませんか?」

「俺はどうやら俊敏には動けないらしい」

 

 模擬戦、迷宮探索時、それらにおいてウルは被弾率が高かった。シズクよりもずっと。

 

 もちろん彼女が魔術を主として戦っている分被弾率は下がるが、それを差し引いてもウルが怪我を負う回数は多い。生傷が絶えない。シズクが治癒術を覚えてくれていなければ回復薬(ポーション)(銅貨5枚)をかなり浪費していただろうから、シズク様様だ。

 

 が、流石に何度もシズク頼みでは辛い。彼女は攻撃にも魔術を割いてもらいたいのだ。そうでなければ収入も増えない。何よりウル自身、痛いのは嫌だ。本当に嫌だ。今すぐ冒険者なんてやめたい。だがそうはいかないから装備を充実させる。そのためには金がかかる。

 

「収入を増やすために武器防具に浪費するとか本当にバカじゃないのか冒険者」

「でも、命にはかえられませんねえ」

 

 ごもっともである。

 故にウルは鎧を、特に全身を守ってくれるような鎧を所望している。半端なものではなく、魔物の牙や爪も弾くような魔鉱鎧などがベストだ。予算を考慮しなければ。

 

「私は魔術用の補助具が欲しいでありますねえ。魔術の回数を増やさねば」

 

 ローブを洗濯し、乾かす間に半ば下着姿になったシズクは、今は自らの杖を丁寧に磨いている。その豊かな肉体のラインがハッキリと見えて目に毒なのでウルは気をそらすようにして会話を続けた。

 

「今は魔術は何回使えるんだったか、シズクは」

「3回でございますね。種類は4つ」

「素晴らしい才能だとは思うんだがな」

 

 たいてい魔術師になりたての者は1回、多くて2回しか使えないらしい。種類も最初は一つだけだ。4種も使える時点でズバ抜けている。それも攻撃、防御、補助、回復とまんべんなくだ。

 

「やはりコンビは限界か……?」

「誰かをお誘いしますか?」

「……宝石人形を一緒に倒してくれる人いますか?って酒場に張り紙出すか」

「ダメっぽいです」

「だなあ」

 

 ウル達の活動は、グレンにせかされているというのもあるが、とにかく生き急いでいる。毎日毎日迷宮に潜ることも稀なのに、そのうえ宝石人形にまで特攻をかけようとしているのだ。

 一時的な共闘は可能でも、常時付き合ってくれる仲間、パーティというのは難しい。となればやはり装備を充実させるしかない。しかし金は心もとない。

 

 職人ドワーフには銅貨でせびったが、流石にそこまでカツカツであるわけではない。

 

 訓練所に暮らす二人は宿代はかからない。せまっ苦しい宿舎のベッドは悲惨だが慣れれば寝れないことはないし何より貸し切りだ。食事は朝だけの鬼のように硬いパンだがついてくる。そして毎日毎日訓練のために迷宮に通うのだ。獲得した金額の半分はグレンに納めているが、それでも金はたまっていった。

 現在ウル達が今後の食事代などを考慮した生活費を抜いた自由にできる金は銀貨3枚。

 

 装備の一つくらいは新調できるとは思われる……が、たった一つ、となるとやはり心もとない。たった一品では選択肢がかなり狭まるし、その買い物が結果、失敗すれば悲惨だ。

 

「……となると、アレだな」

「アレ?」

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日、訓練所内、講義室

 

「防具を新調したいのでお金ください」

「ほらよ」

 

 朝一にグレンに小遣いをせびるウルに、グレンは銀貨5枚を放り投げてよこした。

 

「話が早いな恐ろしく。というかいいのかコレ」

「いいも何もお前らの金だよこれは。迷宮行くたびに徴収してたお前らの金」

 

 銀貨が額に直撃しさするウルに、グレンはつまらなそうに答えを明かした。

 

「そもそもウチは金なんて取らん。国とギルドの協力で成り立っている場所だぜ」

 

 代わりに食事は自己負担。武器も防具も中古品以外は自分で買うしかなく、そしてグレンの訓練(スパルタ)だ。利用者はこってり絞られ、すぐに逃げ出すので、このメリットの恩恵に与る者は少ない。

 

「ではなぜ今までは、お金の徴収を行っていたのです?」

「駆け出しは、“必要なもの”じゃなくて“欲しいもの”を買おうとするからな」

 

 存在を誇示するがごとく大剣、煌びやかな鎧、派手な盾に用途不明の魔法のアクセサリー。それらに実用性があるかどうかはさておき、それらをシロウトが扱いきれるかどうかはかなり怪しいものだ。

 だというのに、シロウトはそういうのを欲しがる。

 

「まー大抵は、商人どもにぼられて、扱いには困って、捨てられるか、そのまんま遺品になるのが殆どだ」

「もしや、此処でたまってる中古品ってのは、そういう事なのでありましょうか?」

「大部分が、とは言わんがな」

 

 故に、此処ではそういう無駄遣いを抑えるために最初は半分、料金として徴収するのだとか。必要最低限の装備を持たせ、そして何が必要なのか、自身で考え始めてからようやく預かっていた金を渡す。

 まさしく大人が子どもに施す“小遣い”だ。

 

「ま、そこに至るまでにやめる奴が殆どだが」

「役に立たん気づかいだな」

「根性なしが悪い。ちゃんと預かった金は投げてよこしてやったよ」

 

 ともあれ。資金は手に入れた。銀貨5枚。現在の所持金を加えて銀貨8枚。つまりウル達が10日間ほど必死に迷宮巡りをして集まる貯金がこの程度という事だ。通常の都市の市民の通常の労働の報酬と比べればたぶん多い。大体これならちゃんとした大人のひと月分の給与だ。

 が、命を賭しての金額と考えれば高いのかそれとも安いのか。

 

 ちなみに、イスラリア大陸の貨幣は大同盟成立時に生み出された硬貨であり、価値は銅貨<銀貨<金貨として上がり30枚ごとが上の貨幣と等価となる。極めて単純に考えれば、今のままでは100年たっても借金返済には遠く及ばないという事になる。

 

 しかもこれはあくまでウルとシズク、2人の報酬だ。つまり8枚ではなく一人頭4銀貨、借金返済はさらに遠のく。

 

「……いかん、やめよう」

 

 絶望的に気が遠くなりそうだったので頭を振るう。

 目の前のことを考えよう。銀貨8枚。これで必要な装備をそろえる必要がある。ウルの鎧、そしてシズクの魔具だ。

 

「“必要なものを買え”。自分のパーティを考えろ。ほら行け」

 

 これも訓練だ。と、グレンは告げ、ウル達を訓練所から蹴りだした。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 必要なものを買え。

 

 というまるで幼い子供に親が言うような忠告。ウル達はまだ年齢的には子供だが、流石にもうはじめてのおつかいなんて年でもなく、親にそんな忠告を受けなければならないなんてことはない。

 ない、のだが、しかしこの忠告を守るのはひどく困難だと思い知ることになる。と、いうのも、

 

「……さて、シズク、俺達に必要なものはなんだろう」

「いっぱいいっぱいたくさんたくさんでありますねえ」

 

 必要なものが多すぎる。

 前述のとおりウルには防具が、シズクには魔術を補助する魔道具が必要だ。が、しかし当然、ウル達に必要なのはそれだけじゃない。

 武器が欲しい、防具が欲しい、魔道具、回復薬、上層の中でも危険な毒を保有する大毒蜘蛛への保険の解毒薬、日用品の消耗品衣類などなど、必要なものは山積みだ。勿論優先事項というものはある。何かで代用できる場合も。

 だがそうやって数を排除したうえでも、まだまだウル達には必要なものが山のようにあるのだ。

 

「それでもやはり、二人で戦うのが基本となると防具は欲しいでありますね」

「どちらかが欠けるだけでアウトだものな」

「でも武器も欲しいですねー……私の杖、取っ手がささくれはじめて」

「槍ぶん回してると軋んだ音が何度も。戦ってる最中にばらけやしないか」

「おや、ウル様、あそこで紅火晶をふんだんに使った炎槍(ファイアランス)の実演が」

「金貨数十枚とかアホみたいな金額がとんでるんだが」

「大セール、銀貨20枚相当の蒼銀鎧が今なら銅貨8枚に」

「あれ、メッキが少しはげてるんだが」

 

 職人通りをアテもなくさまようのは目に毒だった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ギルド、というのは平たく言えば、同じ生業をした者同士が、互いの権利と安全を守るための“労働組合”である。冒険者ギルドはその筆頭(ただし冒険者の数の増大に伴い、更にそのうちで“小ギルド”が発生しているが)大小様々な種類の様々な目的思想をもったギルドが存在する。 

 当然、鍛冶師達が集うギルドも存在する。技術を教えあい、互いに切磋琢磨する。目的思想方向性、あるいは人種、様々な形で彼らは分かれ、集い、そして手を組んだ。

 

 そして、ウル達がよく足を運ぶ職人ギルドも存在する。

 

 【黄金鎚(ゴールドハンマー)】という実にシンプルな名のそのギルド。掲げる目標、ギルド理念もそれと同じくらいシンプルだ。掲げているその名前の通り、即ち、迷宮黄金期にその腕で成り上がろうとした野心家鍛冶師の集団だ。

 欲望と死が氾濫する今の迷宮時代と、そのシンプルであけっぴろな理念は合致したのだろう。黄金鎚は急速な勢いで拡大を続けた。下手な矜持を持たず、培われた技術を目的に志願する鍛冶師も増え、今や一大ギルドの一つになっている。当然、グリードの職人通りの一角もまた、彼らは根城にしている。

 

「というわけでいいものくださいな」

「ウチのは全部良いものだよボウズ」

「そういうの良いから」

 

 ウルは此処の常連だ(買う事は滅多にないが)

 

 通う理由は単純だった。グレンに勧められ、酒場からもいい職人が集うと教えられ、更にグレンから何度も足を運び顔を覚えてもらい、さらに武器防具の勉強もしておけと命じられていたからだ。

 既に見知ったドワーフの爺さんに挨拶すると、彼はやれやれと重たい槌を下した。

 

「今回は金持ってきたんだろうな、ボーズ」

「銀貨8枚」

「もーちょい持ってこいってのったく……おーいおめーら!ちょっとこいや!」

 

 顔を覚えられ、交流をするというのは、こういう時に楽だった。ウルやシズクの込み入った事情も知ってか、こうして親切に気を回してくれるのだから。

 

 最も、なにもかも融通を図ってくれるわけではもちろんない。彼らも商売だ。

 

 特に【黄金鎚】は金にはうるさい。自身の商品に支払われた金額が、そのまま自身の価値であり、評価であると彼らは信じている。故に妥協はしない。商人に卸す時も、直接冒険者たちに売りつけるときも、自らが誇る商品を正当な価格でかってもらうまでが、彼らにとっての仕事なのだ。

 

「見よ、この翡翠の刃を!美しかろう!?無論見た目だけじゃない確かな切れ味!そして軽やかさ!風の魔名を宿した【風精剣】!お値段銀貨29枚!」

「いやいや!俺のこの兜を見ろ!地味と思うなかれ!その内側には呪彫士に依頼した守護術式の数々。魔物の牙はおろか呪文や毒!果ては虫刺されまで防ぐ!【救命兜】!お値段銀貨25枚!!」」

「おめえらわかっちゃいねえな!冒険者は足が命よ!ウエストリア大陸にしか生息していない王魔牛の皮を半年がかりでなめし、戦争蜂の針を使って縫って作られた【縦横無尽靴】!!お値段金貨2枚!」

 

「かっこいいなあ、お金があれば」

「素敵でございますねえ、お金があれば」

 

 さりとて此方の予算を計算してもらわねば困るだけなのだが。

 

「銀貨8枚の予算内で買える防具が欲しいのだが」

 

 次の瞬間しけてやがんなとギランギランした兜や剣やらを持ち出した職人たちは唾を吐き捨てた。こちとら客だぞ貴様らと言いたくなる。

 

「君らまだまだひよっこだろ?予算全部使い切っていいなら悪くない装備はあるよ?」

「出来れば彼女の魔道具の予算も残しておきたい」

「鎧はお金の出し惜しみをすると悪いものに当たるぞー」

 

 身体を覆い守る鎧は、当然必要になる材料の量も多くなる。用途や種類によって細かくは異なるものの、基本高くつく。鎧で安物になると商品の性能そのものを疑ってかかった方がいい。

 

「安かろう悪かろうってね。呪われてたり、素材だまくらかしてたり」

「材料足りなくて途中で他の金属混ぜたりな」

 

「悪い人もいるのでございますね」

 

 シズクが怖そうに身震いするように言う、と、途端若い男らが飛び出した。

 

「もちろん貴女にそんなことはしませんしさせませんよ!麗しの君!」

「おうとも!もしもだまくらかそうなんてふてい輩がいたら俺らに相談しな!」

「職人総出でその野郎をタコにしちゃるぞ!」

 

「鎧買うの俺なんだがなあ……」

 

 シズクに向けられているのは親身とはまた違う感じがするが、親切にしてくれるなら何でもよかった。

 

「で、だ、その予算で買うならコイツかな」

 

 と、若き職人の兄さんが取り出したのは乳白色、といった感じの色の上鎧。その造形に奇抜さはなく、実に実直でウルの身体と比べ僅かに大きめだがオーダーメイドでもない限り完全なサイズ一致は見れないだろうしこの程度なら妥協範囲だ。

 

「頑丈なのか」

「素材が。亜銀っつー、迷宮でとれる鉱物でな。見た目銀にそっくりなんだが、地上に持ち帰ると色が褪せちまう代物でな。見目も悪くて鑑賞に向かねえんだが、これが割と頑丈でよ」

 

 故にもっぱら防具の素材として重宝される。尤も、先の説明の通り、色あせた亜銀は乳白色、あるいは煤けた白色のような、あまり見目よろしくない色に変化するため冒険者からすらあまり好まれないことが多い。

 もっぱら「駆け出し御用達のビンボー装備」と揶揄される。この装備に頼らなくなれれば一人前だとうそぶく者もいる。

 

「僕から言わせりゃ、見た目に拘って死んじゃう冒険者のほうがよっぽどだと思うけどね。君はその口?」

「いいや、見た目は全く気にしない」

 

 そもそも人の目を気にするなら、冒険者にすらなりたくはない。とはさすがに口にはしなかった。まあ確かに色合いは世間一般の言う「カッコイイ」とは程遠いが、実用に足るのであれば全く気にしない。

 

「問題は価格だ」

「銀貨7」

「まけろ」

「絶対NO」

 

 即答であった。妥協の余地はないらしい。

 

「もし買うというなら、君の身体に合わせた調整はサービスしたげるよ。悪くないと思うんだけどね」

「んー……シズクの欲しい魔道具はおいくら?」

「銀貨1枚から3枚でありますね。質も枚数の差の通り」

 

 彼女が欲しいのは【魔蓄石】と呼ばれる魔石で作られた魔道具のネックレス。この魔石は通常の魔石のように魔力を吸収する。そしてそれだけではなく、その魔石を砕く必要もなく形を維持したまま、魔力を放出することもできる。要は魔力の保管庫だ。

 

 性能も単純、銀貨1枚で回復魔術1回分、2枚で2回分、3枚で3回分の魔術になる。

 

 彼女の魔術の回数は貴重だ。それはそのままウルの、PT全体の生存力にもつながるし、同時に火力にもなる。だがウルの防具が整えば、回復魔術の必要数そのものを減らすことにもつながる。さて、どうするか。

 

「なんでえ、防具が欲しいのか。ならこっちもいいぞう」

「おいこら商売の邪魔はやめてくれよ」

 

 若い職人の声を無視して、今度はガタイのいい中年の職人が顔を出した。

 

「盾か。これはまた汚いグレー色だことだ。これも亜銀製?」

「性能は確かだぜ。硬い。重い。頑丈。重量に関しちゃ冒険者は気にしねえだろ?」

 

 それはまだらの現在ウルが装着する盾と比べ大きく、しかし身体を覆うには足りない中型楕円型の盾。手で持つのでなく、腕に装着するような形で装備するものであるらしくそのためのベルトと取っ手がある。

 ベルトで絞めると割としっくりと来た。

 

「お前の話聞くに、盾は使わないってこたないだろ」

「ああ、使う使う」

 

 ウルの盾の使用頻度は高い。なにせ俊敏な回避運動は苦手なたちだ。必然体を前のめりにして攻撃をいなすくらいしかできず、そうなると盾は重要になる。小型の盾ではどうしても不安だったが、これくらいのサイズであれば、叩きつけるように前に突き出すにも便利だ。

 

「頑丈な、信頼感のある盾一つでずいぶん楽になると思うぜ?」

 

 それ以来、盾が壊れる可能性がちらつき、結果うまく盾を使えずに被弾率はあがってしまっていたが、盾が頑強になればその心配はなくなるかもしれない。

 

「ちなみにいくら?」

「銀貨5枚」

「まけろ」

「絶対NO」

 

 即答であった。妥協の余地はないらしい。

 

 しかし銀貨5枚なら、銀貨3枚の【蓄魔のネックレス】を買う事ができる。総合的に見れば盾を買った方が得?しかし鎧が初期の目的だ。盾は一部しか守ってはくれず、鎧は全身を守る。その差は大きい。

 

「……そうだ、鎧と盾を買えばいいのでは?」

「ウル様ウル様、しっかり」

 

 シズクにゆさぶられ、ウルは正気に戻る。

 

「むう……難しいな」

 

 お金のやりくり、なんてのは生きてく上で当たり前のことだ。

 ウルの父親、あのろくでなしはそういう事をまるで考えもできなかった男であったために、“やりくり”の思考というのはとっくにウルの生活と思考に根付いている。自分の中で優先順位を決め、そして妥協する部分を選択する。

 

 が、直接的に命がかかった金のやりくりは経験がない。

 

 半端な妥協はそのまま死に直結するがゆえに、選択はどうしても慎重になってしまう。

 

「……ちなみに、シズクはどう思う?」

「鎧一つと銀貨1枚の魔蓄石一つ」

「その心は?」

「前線にウル様が出ているのですから、ウル様の身体が第一です」

 

 シズクはキラキラと微笑みを浮かべた。まぶしかった。

 まあ、考え方としては正しいし、別に間違っていない。そもそも選択肢は少ない。鎧と銀貨1枚分の魔蓄石か、盾と3枚魔蓄石か、程度である。あるいは市場を探せばまだ選択肢はふえるかもだが、信頼度的な意味でも、腕的な意味でも、黄金鎚以上の知り合いはウルにはないし、今から探すのは難しい。

 

 今回は見送る、ないし節約するという考え方もないではないが、装備の新調、投資は早い方が得が多いのは当然のこと。となると必然この二択。ウルとしても決めかねてるなら、彼女の意見を尊重するという考え方もある……が、

 

 パーティを考えろ

 

 グレンの言葉を頭の中で繰り返す。しかし今のウルとシズクのパーティに出来る事なんてたかが知れている。人類の英知たる武具のカバーなんて事は……

 

「んー?」

「んー?」

 

 ウルはシズクを見て首を傾げ、シズクもそれにつられた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 訓練所

 

「んで、結局どうしたんだ?」

「盾と魔蓄石のアクセサリー(銀貨3枚相当)を購入して銀貨8枚消費」

 

 ウルは腕に新たなる頑強な盾を装備し、シズクは首から淡いオレンジの色に輝く石をぶら下げ、ニコニこと笑っている。デザインがお気に入りらしい。

 

「かっこいいでありますね!」

「趣味が男の子だなあ……んで、当初の目的の鎧はどこ行ったんだ?」

「鎧はシズクに任す」

 

 ウルはシズクをちらりと見る。シズクはこくりと頷いて、手を合わせ集中し、魔術を詠唱した。新たなる魔術を。

 

「【風よ唄え、我らと踊れ 風鎧(ウィンドアーマー】」

 

 次の瞬間、ウルの中古の皮の鎧のその上から見えない、“風で出来た鎧”がまとわりついた。

 

「成程。新しい魔術を覚えたと」

「彼女には負担をかけたが、魔術は多様な対応力が力と前グレンが言っていた」

 

 維持は相応に長い風の鎧。必要な時は使い、必要でない場合は温存する、出し入れ自由な鎧。シズクに守りの魔術を覚えられるかと尋ねると、彼女は嬉しそうにハイと頷いて、そして本当に瞬く間にその日のうちに習得してみせたのだから、やはり彼女の才能はすさまじかった。

 

「元々、風の魔術も覚えがあったので、習得はしやすかったのです」

「成程。流石だ……それで、この買い物は正解か?」

「そりゃお前ら次第。ま、限られた資金で足が出ないなら上出来じゃね?」

 

 気のない答えだった。

 

 

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