かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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人形遣いとの邂逅

 

 

 大罪都市グリード領、強欲都市と名高きこの都市を中心とした一帯の特徴として、大罪都市グリードのみならず多種多様な規模の迷宮が乱立する事にある。

 今回ウル達が足を踏み入れた迷宮もそんな乱立した迷宮の一つ。グリードの結界から外に出て、おおよそ半刻ほど歩いた先にある廃墟。迷宮大乱立時代以前に存在したらしい都市の残骸の中にひっそりと存在する地下へと続く階段。

 

「グリードよりもなんだか規模が小さいでありますね」

「十三級、俺達白亜の冒険者でも行ける最小規模の迷宮“だった”らしいからな」

 

 だった。今現在この迷宮は既に攻略済みである。地下奥にある迷宮の【真核魔石】は破壊され、魔物を生み出すことはない場所。迷宮の支配から取り返した場所。

 それを、買い取った人物がいるという。

 

――立地が微妙に悪くてな。んで、神殿が売りに出して、それをあの女が買い取った

 

 とはグレンの説明だ。迷宮を破壊し、それを買った者がいる。グレンの知り合いである“人形技師(ゴーレム使い)の住処”

 

「迷宮の核がない以上、魔物は存在しないはずだし、緊張することもないだろう」

「そうでありますねえ」

 

 なんならこの都市に来るまでの間の道のり、結界の守りのない人類生存圏外の移動の方がよっぽど危険だったかもしれない。と、ウルはこの時はたかをくくっていた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 “元”小級地下迷宮、第一層=最終層

 

「……」

「……」

 

『『『OOOOOOOOOOOOOOO……』』』

 

 グリードのような迷路の細い通路、そこに何故か、すでに崩壊しているはずの迷宮に人形がひしめき合っていた。一見するだけで4-5体の土人形(クレイゴーレム)が迷宮跡地を徘徊している。

 

「……いえ、ウル様。ひょっとしたらこれは此処の主人の所持してる人形では?」

「ああ、なるほど。つまり警備などのために用意された魔物であると」

 

 人形は迷宮で生み出される特殊なもの以外は、人が人のために生み出す魔物だ。魔物を排除したり、田畑を耕したり。魔物であるには変わりないため、都市の中では使えないが、此処は都市ではない。

 住処としてるのが人形技師であるとなるとその可能性は高い。

 

「なら、別に襲われる可能性は『OOOOOOOOO!!!!』あるらしい」

 

 人形がこちらを発見した瞬間、凄まじい雄たけびと共に無造作にこちらに向かって突撃をしてきた。ひょっとしたら歓迎のポーズかもしれないと現実逃避気味に思ったが、右こぶしを振り上げているのでたぶんそれはないだろう。

 

「ウル様!」

 

 シズクの呼びかけと共に、ウルは大槍を取り出した。攻略済みの迷宮といえど、外部の魔物が流れてくる可能性は十分あると戦闘準備を欠かさなかったのが功を奏したらしい。

 

 人形は3体、内1体が突出して前に出ている。大きさは巨大だが2メートル程度。リーチは槍を持つウルにある。

 

「ふっ!」

『OOOO!!!』

 

 足を踏み込み、息を吐き出す。そして槍をしならせ横に薙ぐ。土くれのこぶしよりも先に達した大槍が、人形の足を引き裂いた。脆い。という感想が出るのは宝石人形を相手にしたからか。人形の中では小柄なこの人形の群れは、その体を構成する土もそれほど密ではないらしい。

 

「【氷よ唄え、穿て】」

 

 氷刺(アイスニードル)が人形の足を貫く。火球よりも物理的なダメージが幾分こちらの方がよく攻撃が通った。通った、という事にシズクもまたわずかに驚きの顔を見せる。土人形とはこんなにも脆いのか、と思ったがそもそも宝石人形が硬すぎるのだ。

 

 土人形はサイズも様々だが、人型サイズは魔物の階位の中でも最下位の13位だ。ウル達のような初心者の冒険者でも対処は可能。なにせ単調だ。此方を攻撃するときはまっすぐ突っ込んでそのまま拳を振り下ろす。それだけを繰り返す。

 魔物のような生き物でもない。人の形をして、人の姿をまねるようにできているために、戦い方も原始的な人の戦いをまねる。故に、ひどく読みやすくよけやすい。

 

 ともあれ、現状、ウル達にはそれほど脅威にはならなかった。宝石人形との練習にもならないな、とウルが判断する程度には、対処可能だった。

 

『OOOO……』

 

 人形は砕け、うごめいている。人形の急所は二か所。頭と心臓。

 

 頭の中に刻まれた魔術刻印、すなわち命令系統を破壊すれば役割を忘れ暴走する。

 心臓部の魔道核を破壊すれば機能を停止する。

 

 人形の中で最も質量が少ない、つまり脆い手足を破壊し動きを止めた。それ故に人形らは頭の術式も破壊されてはおらず、また、魔道核も運よく破壊されずに残っているらしい。徐々にではあるが人形たちはうごめき、そして再生を始めている。

 

「倒しますか?」

「此処の主のものかもしれないし、やめておこう」

 

 ひょっとしたら単なる警備のための人形かもしれない。勝手に家に押し入りそれを破壊したとなれば、悪いのはこちらだ。これから交渉する相手に悪印象を持たれたくない。

 

「シズク、人形が復活する前にその辺を――」

 

 故早々に此処を住処とする変人、もとい目的の人物を探すために、早々と捜索を開始しようとした矢先、動く気配を感じた。迷宮に潜りつづけた賜物か、何かの動き、気配には敏感になっていた。その違和感のままに視線を向けると、

 

「人形……?」

「……あれは」

 

 人形が3体並んでいた。先ほどと同じ小型。人と同じ規模のサイズ。それ故に一瞬ウルは肩の力をわずかに抜こうとして、そして彼らが持つ奇妙な物体に疑問が浮かんだ。

 筒状、太く長い。人形が両手で抱えるように持ったそれは、なんだか火薬を込め放つ火砲に似ていた。が、それにしては小さい。

 その筒がなにやら光を放ち始めた。バチバチと言っている。振動もしている。動きが激しいのかそれを持つ人形の手があちこち崩れている。

 

 あ、これはやばい。とウルとシズクは同時に気づいた。

 

「伏せるぞ!」

「伏せてっ」

 

 同時に叫んで、そして同時に即座に体を伏せた。

 続けて爆裂音、近くに雷が落ちたかのような凄まじい音が連続して起こる。耳を塞ぎたかったが武器を手放すわけにはいかず歯を食いしばる。

 

「―――ー!?―――!!」

「――――っ!!」

 

 なにが起きている?!と叫んだが、轟音にかき消される。隣でシズクも何かを叫んでいるようだがまるで聞こえない。ウルは声を上げることをあきらめ、前衛としてシズクに覆いかぶさり盾を構え閃光から身を隠した。

 轟音と破壊は十数秒間、強くなったり弱くなったりしながら断続的に続き、そしてそれ以降急速にしぼんでいった。ウル達が顔を上げると、目の前の光景は一変していた。

 

『OOO……』

 

 小筒を抱えた土人形が、ボロボロになっていた。あの光を放った小筒の影響、縦横無尽にあたりにばらまかれたあの光の渦は、それをもって発射した当人すらも焼きこがし破壊までしたのだ。

 無論その周囲もただではすまず、あの破壊の光が乱舞したのか、彼方此方の壁が崩れているのが見て取れる。この迷宮は死んでいるから回復もしないだろう。落雷でも起きたような焦げ跡が至る所に見受けられた。

 

「ウル様、お怪我は?」

「……へーきだ。そちらも無事か」

 

 盾として掲げた白亜の盾には小さな無数の焦げ跡があったが、ウル達自身は無事だった。購入したばかりの盾だったが、その役目はキチンと果たしたらしい。その色はやはりどこか小汚い印象を受けるが、今は誇らしくも見えた。

 

「しかし何だったんだアレは……何を考えて此処の主はあんなもんを」

「――ウル様」

「どうした」

 

 自分を呼びかけるシズクの声が、どこか緊張をはらんでいた。

 なんだ、と再び槍と盾を構えるウルに、シズクがすっと視線を前に送る。先ほど見た、ボロボロになって崩れていく人形たちだ。見てる間もなく、ひとり、またひとりと形が崩れ崩壊する。どうやら心臓である魔道核をもあの光の渦で破損したらしい。

、だが、3体のうち、1体だけ、地面に崩れ落ちずに立ち続けていた。足も破壊されているせいでバランス悪くグラグラと揺れながら――ー

 

「壊れどころが悪い、いや良かったの―――」

 

 ウルはもう一度改めて人形を見る。何の変哲もない人形。先ほどの小筒の攻撃によってからのあちこちを欠損し焼き焦げた人形、右手や足首、そして

 

「……頭」

 

 ぐらぐらふらふらと、それでも立ち尽くす人形には、頭がなかった。砕け散った残骸が肩の上にのるだけで、跡形もない。人形の弱点の一つ。自身の役割が刻まれた術式の存在する頭が、消えてなくなっていた。つまり、

 

「暴――」

 

 それを理解した時には、事は始まった。

 

『O、O……GI,GIGIGギギギギいいギギギギギギアッガアアガッガガガガガ!!!!』

 

 喪われた頭の代わり、肩の部分がぱっかりと割れ、そこから奇妙な音が、うめき声が響き渡る。もはや生物のそれとは思えない軋んだ音の連続。崩れ落ちるように前のめりになった人形が、その両手を地面につき、次の瞬間、でたらめに手足を動かし、獣のように此方へと突撃した。

 

「なん……!」

「【風よ唄え、我ら―――

 

 あまりに性急な動きに意表を突かれたウルと違い、シズクは素早く呪文を詠唱していた。判断はウルよりもずっと早い。が、

 

『GIィ――』

 

 肩から割れた口、瞳もない大きな口の、最早ヒトを模したものとはとても言い難いバケモノとなったソレは真っ直ぐにこちらに突っ込んでくる。一直線に、シズクの魔術が間に合わないほどに速く。

 

「っ…!」

 

 ―――詠唱中、魔術師は無防備だ。故に、前衛が体を張って死ね。

 

 という、グレンに叩き込まれた教えが、ウルの硬直していた身体を強引に前に進ませた。飛び込んでくる人形を迎撃するなんて器用な真似はウルにはできない。故に、僅かに軌道を修正し、まさにシズクへと突撃しようとした人形との間に、ただ割って入り、

 

「があっ!?」

『GIGIGッガガ?!』

 

 正面から、衝突した。頭から花火が散った。盾を構えなければ吹っ飛ばされていただろう。

 

「【――と踊れ】!!】ウル様!」

「へ、-きだ」

 

 チカチカと瞬く星を振り払いながら、ウルは人形をにらむ。遅れてきた風の鎧を身にまとい、改めて暴走した人形に退治する。向こうとて、決して軽い衝撃ではなかったはず、なのだが、

 

『GIGGI、ギャ、ギャハ、GYAHAHAHAHAHAHAHAHAA!!!!!!!』

 

 地面に転がり、もとよりボロボロの身体を更に崩しながら、人形は笑っていた。

 その笑いは歪で、破綻したナニカを感じた。壊れている。そう、壊れているのだ。この人形は。暴走、という言葉をウルは軽んじていた。要は壊れた魔道機のように本来の稼働から外れ、異音を立って暴走し、ただただ自壊していくものだと。

 

 しかしそうではない。暴走とは、魔道生物としての理そのものからの逸脱であり、暴走なのだと、ウルは理解した。

 

『ギヒッヒヒヒ、GYAYAGAGAGGAGGAGAAGAGAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 理から外れた、人形だった“ナニカ”は、ぐねぐねと身体を揺らしながら、再び突っ込んでくる。ウルは風鎧の備わった右手を突っ込む。

 

『GIIIIIIII!!!

 

 いつの間にか人形の口には獣のような牙が伸びていた。土塊の牙は鋭く、しかし籠手と風の魔術で守られた腕は砕けない。

 

「砕け――」

 

 腕にかみついた人形をそのまま地面にたたき伏せようとした、が、次の瞬間には姿がない。気づけば右から衝撃が来る。体当たり、しかし目で追い切れていない。

 

「上!」

『GYAHA!!ギャハハハHAHAHAHAHAHAA!!!』

 

 爬虫類のごとく、天井に張り付いた人形が笑う、嗤ってる。身体のあちこちを自らの出鱈目な動きで自ら砕きながら、大きな口でわらっている。その狂気に気圧されそうになりながらも、歯を食いしばる。

 ただの人形ですら手こずっていては、目的など達成できるはずがないのだ。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「突―――」

 

 天井からとびかかる瞬間、ウルは右足で思い切り地面をけりつけ、そして一気に天井にへばりつく人形へと身体ごと突貫した。魔力により強化された肉体による全力の突撃(チャージ)は、引き絞られ放たれた矢のごとく、その一撃を叩き込む。

 

「――貫!!」

 

 砕け散る音が響いた。

 

『GA………a』

 

 天井ごと縫い貫かれた人形は、断末魔の悲鳴のように、最後の音を放ったのちに、その瞳の虚ろな光を消失させた。ウルは天井に突き刺さった槍を掴みぶら下がり、その重量で槍を引き抜くとそのまま地面に着地した。

 

「……ふう」

「ウル様、お怪我はありませんか?」

「いやあ、おつかれさーん」

 

 ウルを心配するシズクの声、そして“もう一人”、至極当然のようにそこにもう一人の女が立っていた。ウルは思わず目を見開くが、彼女は特に気にしたそぶりもなく、そのままふらふらと、先ほどウルが粉砕した人形の残骸をつついていた。

 

「やーっぱ竜砲の収束が足りないかー。これじゃ役にも立ちやしない。もうちょい魔道核の魔力解放を抑えないとダメかなー……?」

 

 異様な風体、というかどう考えても寝間着のような姿で素足のまま、ぺたぺたと迷宮の中をふらつく彼女は、人形と、彼らが持っていた筒を検分しながらブツブツと独り言をつぶやき続ける。

 奇異だったが、しかしウル達にそれを咎める資格はない。此処の主は彼女なのだから。

 

「……ウル様、ひょっとして彼女が?」

「……多分な」

 

 人形技師、変人、迷宮を住まいとする女。

 

 これに該当する人間が二人もいるとは到底思えない、という事は、彼女がそうなのだろう。グレンの紹介した人物、都市の外、攻略済みの迷宮の中に住まう変人。

 元銀級、人形師マギカ・グレイズ

 

 


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