かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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竜吞ウーガの死闘④ 竜殺し

 

『Z…………………』

 

 大罪迷宮プラウディアが生み出した怪物、混成竜はウーガの上空で浮遊していた。

 竜をベースとして、様々な大罪竜の特性を強引に”貼り付けた”眷属竜に、真っ当な意思は存在しない。魔物が通常の生物たちと違い、歪な形になるのは当然であるが、大抵の魔物は大なり小なり生物の形を模倣する。

 だが、この眷属竜は違う。元より目的のためだけに作り出された混成の竜。しかもそのベースは竜の中でも最も歪な【怠惰】だ。

 

 怠惰の竜は、生物というよりも植物か、もしくは菌類に近い。

 

 と、語ったのは唯一、竜という存在に対して制限のない研究の許された【天魔のグレーレ】だった。彼がどのような研究の果てにその結論に至ったのかは不明だが、その彼の指摘の通り、スロウスの竜に生物的な活動能力は殆ど無い。

 

 身動きもせずジッとして、ガスを拡散し周囲の生物を眠らせ、殺し、腐らせる。

 腐敗した生き物を不死者にして、腐敗のエリアを拡大する。

 故に怠惰種は攻撃性は最も低く、しかし最も危険な竜であると目されている。

 

『…………Z……』

 

 さて、そんな怠惰の竜の特性を大きく引き継いでいたためか、この混成竜に自分の意思という者は殆ど無い。そもそも周辺を腐敗させているという自覚すらない。ただそこに存在しているだけである。

 純正の怠惰種であれば、それでもまだ、幾らかの意思は見せる所だがそれすらない。それは歪なる”混成竜”の弱点だった。目的の事以外、あまり頭が働かない。動かす理由を見つけることが出来ない。

 

『……Z……………』

 

 だから、眼前に迫る消去魔術の水が自分に襲いかかることにすら、無関心だった。 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 司令塔 屋上

 

「レイラインか!!!凄まじいな!!隊長は全く節穴だった!!」

 

 エクスタインは、塔を取り巻いていた消去魔術の力が混成竜を巻き取るのを目撃し、感嘆の声を上げた。あらゆる魔力に関わる力を打ち消す消去の力は惰眠の力のみならず、その飛翔能力すら奪っていった。

 

『 Z 』

 

 竜が墜ちる。間もなくして衝撃音と、膨大な粉塵がウーガを包んだ。陽喰らいの為にウーガの中心に用意された広場の何処かに落下しているようだった。

 

「下に居るなら攻撃は出来る!」

「だが、どう近付く?空からの魔眼の力は消えたが、霧が残ってるぞ」

 

 隣でジャインが飛び込んできた鳥形の魔物を叩き斬りながら指摘する。確かに、目をこらすとウーガ全体に薄らとした煙のようなものが未だに充満している。吸った者に眠りと、その果てに死を与え、最後には不死の尖兵に変えてしまう邪悪な眠りの霧だ。

 例え魔眼に晒される事が無くなったとしても、この霧の中に飛び込めば同じ事だ。

 

「レイラインに全部消し去って貰う?」

「それが出来りゃやってんだろ?そもそも今のだって無茶っぽかったしな。見ろ」

 

 ジャインが指さす先は塔の上空だ。先ほどまで水のような形を取った消去魔術が完全にすっぽりと塔を包んでいた。だが、今見ると明らかにその水量が少ない。巨体のジャインの少し上辺りを覆うばかりだ。

 

「消去魔術の”総量”は決まってんだろ。無茶は出来ねえってこった」

 

 恐らくだが、塔を守る分を減らして眷属竜の飛翔を封じる分に使用しているのだ。だがそれも何時まで持つかもわからない。そもそも消去魔術の陣の中心は【司令塔】だ。陣の外から外れるだけでも相当だろう。

 

「なるほど……、やっぱり本体をなんとかするしかないか。それと空気の換気も」

「それなら手はあります」

 

 と、そこにカルカラが会話に参加した。

 彼女は何故か背後でジタバタとするグルフィンの頭を引っ掴んで引っ張っている。明らかに彼女の体格と比べればグルフィンの方が大柄なのだが、抵抗できずに引っ張られている光景が少々シュールだった。

 そのグルフィンはというとなにやら大声で叫んでいた。

 

「ぬおおおお!!水が!!奇跡の水が減っとるぞ!!?」

「やかましいです」

 

 グルフィン、彼も司令塔の屋上に居たためか、眷属竜がもたらした”眠気”の脅威に一度は晒されたのだろう。だがそれにしても彼の怯えようは少々異常だった。

 

「だって知っておるぞ!!【怠惰】の眠りに襲われれば、死ぬまで眠り続けて茸が脳に生えて死んで骨になって一生生き続けるのだろう!?」

「ああ、半端な知識が仇に……」

「第三位《グラン》の家に居た所為か無駄に耳年増で面倒くさいですね」

 

 それよりも、とカルカラはジャインとエクスタインに向きなおる。 

 

「この脂肪の塊は引き続き司令塔の護衛をさせます。それよりも、ウーガの換気なら動かせる人材がいます」

 

 そう言って彼女が後ろから連れてきたのはまだあどけなさの残る幼い少女だった。背丈も低い栗毛の子供。年は10才ほどだろうか。エクスタインは彼女の姿に見覚えがあった。

 

「確か、【風の精霊】の使い手の……」

 

 そう、神官見習いの中での有望株、四元の一つ【風の精霊】の加護を授かった恐るべき少女だ。風の精霊になじみ深いエクスタインは彼女のことを良く覚えていた。

 

「彼女ならば、眠りの霧の中を自在に移動できるはず」

「成るほど……魔眼の脅威さえ無くなれば、風の力で霧はなんとかできるか……だが」

 

 エクスタインは少し躊躇う。何せ相手は幼い少女だ。確かに精霊の力は年齢など関係なく強大な力を与えてくれるが、しかし操る本人が幼いことには変わりない。

 

「だいじょうぶです。やれます」

「彼女を気遣って塔に残そうとも、竜を放置すれば塔丸ごと全滅です」

「……ごもっとも」

 

 反論の余地は無かった。今は動かせる全ての人員を結集しなければならない事態だ。少女の表情は恐怖を押し殺し、やるべき事を見据える目をしている。彼女の方がよほど腹が据わっているらしい。

 

「了解。では塔を護衛できる戦力を最低限残し、竜討伐に向かうとしようか」

 

 エクスタインも腹を決めた。

 

「彼女を中心に一行を組み、あの眷属竜の処理を願いたい。せめて腹にくっついてる魔眼は破壊しなければなりません」

「対竜用の”用意”は全て使うぞ。【勇者】が融通してくれた奴は全部出す。後先は後で考えろ」

 

 全員が慌ただしく動き始める。エクスタインも部下達に指示を出す。慌ただしく動き始める中、ふと、エクスタインは確認しなければならないことを聞きそびれていたことに気付いた。

 

「そういえば、ずっと聞きそびれていたのだけど、彼女の名前は?」

「”ありません”」

「は?」

 

 エクスタインは思わず耳を疑う。だが、カルカラの表情は冗談を言うような顔ではなかった。何処か不愉快げな怒りを滲ませた表情だ。

 

「ありません。恐らく彼女を放逐した家の意向でしょうね。家名を晒さぬように【名無しの呪い】がかけられています」

「……」

「明確な呼び名も封じられます。彼女を固有名詞で呼ぶことは出来ないのです」

 

 エクスタインは一瞬言葉を失う。だがそれは無い話ではなかった。不義の子、望まれぬ子、あるいは神官達からでた犯罪者。彼らを家から追い出す時の多くは彼らの存在を家名から除籍する。別の家名をつける場合もあるが、ソレすらも封じる場合も存在する。

 だが、わざわざ呪術を施すのは相当だった。

 

「グラドルにおける風の精霊の加護を授かりやすい家系、なんてところまで絞れれば何処の誰の所業か、なんて推測はたちますがね。今はどうでも良いことですが」

「…………だね」

 

 確かに、今は重要ではない。胸糞の悪い話だが、まずはこの場で死なないことを考えなければならない。少女が死ぬことで喜ぶ連中の思惑通りになることなど、ソレこそ避けなければならないからだ。

 

「でも、それだとどうするかな。咄嗟になんて呼べば良いか……」

 

 現実的な問題として、少女を呼称するものが全くないというのはそれはそれで困る。特に、これから先、恐るべき鉄火場に首を突っ込むことになるのだ。咄嗟に呼びかける名前がない事で起こるラグは、致命傷になりかねない。

 

「そんなもの、”風の娘”で良いだろう!風の娘で!」

 

 そこに、今だ逃げ出さないようにカルカラに引っ掴まれているグルフィンが口を挟んだ。カルカラは冷たい目で彼を睨み付ける。

 

「また適当に……」

「何を言うか!偉大なる風の精霊の子という事だぞ!成人にも成っていない幼子を放り捨てるような連中の子、というよりもよっぽど良い呼び方だろうが!」

「――――…………ふむ」

 

 思いのほか、真っ当な答えが返ってきて、カルカラは珍しいものをみたといった表情で少し黙った。風の少女はグルフィンの言葉にクスクスと小さく笑う。

 

「ありがとうございます。グルフィン様。わたし、それでいいです」

 

 かくして、”風の少女”と共にウーガの面々は竜殺しに向かうこととなった。

 

 それがどれほど困難な闘いかという事を、真の意味で理解出来ている者はまだいなかった。

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