かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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竜吞ウーガの死闘⑥

 

 

「ジャインさん!!」

 

 近くの上階で待機していたラビィンと、【白の蟒蛇】の魔術師達は、自分達のリーダーが転がり落ちるように倒れ込んでくるのを目撃した。

 ラビィンは駆け寄り、そして彼の脚を貫く気色の悪い触手を目撃した。

 

「なんすかこの――!」

「素手で触るな!!!」

 

 引き抜こうとするラビィンをジャインが制止する。彼は顔を真っ青にしながらも険しい表情で自分の脚で蠢くそれを睨み付けた。

 

『……Z』

「まだ、生きている」

「――――なるほど?」

 

 それを聞いたラビィンの動きは速かった。ナイフを抜くと、剥き出しになった触手の先端にナイフを叩きつけ、そのまま捻るようにしてジャインの脚から触手を引き抜いた。

 

「っがあああ!!?」

「回復魔術!!!」

 

 ラビィンの指示で即座に魔術師達が動く。ナイフで貫かれても尚蠢き、更にその状態のままラビィンに襲いかかろうとしている触手を睨み付けた。

 

「きもちわりぃんすよ」

 

 そのままナイフを投擲した。地面に突き立ったナイフから、触手は更に蠢いて、形を成す。蜥蜴の様な姿。宙を舞う白い翼。なによりもその頭に付いているのは巨大な魔眼――

 

「させねえっすよ」

『Z』 

 

 その魔眼が見開くよりも早く、ラビィンは別のナイフを取り出し、投げつけ、眼球に叩き込んだ。同時に魔術師達は炎の魔術で焼き払う。そこまでやってようやく触手は焼け、そして動かなくなり、塵と成って消えた。

 その始末を見て、ジャインは溜息をついた。

 

「無茶苦茶しやがる……」

「助かったっしょ?」

「ありがとよ、クソッタレ」

 

 ジャインは治癒された片足で跳躍し、僅かに顔を顰める。単純な傷であれば治癒の魔術は元通りにするが、傷が複雑なほどに完全な回復は難しい。【白の蟒蛇】の魔術師達は一流であり、勿論、治癒の魔術も高度な技術を修めている。

 それでも治りきらなかったのは、あの黒の触手が、ジャインの脚をズタズタに破壊したからだ。放置していれば、それこそ脚そのものを抉り、破壊していただろう。強引にでも引き抜いたラビィンの判断は正しかった。

 

「で、結局なんなんすかあれ」

「地面から生えてきた。多分怠惰の竜の”根”だ」

 

 ラビィン含めた【白の蟒蛇】のメンバーは目を見開く。ジャインの言っている言葉の意味を全員が理解したのだ。

 

「あのクソ竜、落ちた後動かなかったんじゃねえ。地面からウーガに根を張りやがった」

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 エンヴィー騎士団、エクスタインは通信魔術からのその報告を聞き、顔を顰めた。

 

「……厄介だねそれは」

「隊長!!」

 

 部下の一人が悲鳴を上げる。エクスタインもその理由は分かった。地面からずるずると、黒い触手の様な根っこが蠢きながらせり上がってきているのだ。

 

「総員、すぐに上に上がって――」

 

 エクスはその光景に冷や汗を掻きながらも、しかしまだ冷静ではあった。”竜の根”の動きは遅かった。のろのろと、じわじわとせり上がっているに過ぎない。近寄ればどうなるか分からないが、距離さえ置けば何とかなる。

 と、そうエクスタインは考えた。それが悠長な発想であったとすぐに気付く。

 

『…………z』

 

 根が、蠢く、そしてそれが丸く固まった。

 それを見た瞬間、エクスタインは背筋が凍ったのを感じた。この後なにが起こるのか即座に理解できたからだ。

 

「急げ!!!!」

 

 エクスタインは叫ぶ。同時に丸く固まった根が縦に割れる。中からは巨大な眼球が現れた。魔力の光に輝く、魔眼の光だ。その目が、大量に並んでいた。

 

「【雷!】」

 

 魔眼の輝くと同時に、エクスタインは雷を放った。幾つかの魔眼が焼き切れる。だが、全てではない。魔眼の輝きが極まると同時、エクスタインの周辺が歪み、そして熱と共に膨張する。

 

「副長!!!」

「ッチィ!!!」

 

 エクスタインは跳躍すると同時に周辺が爆発した。焼き焦げた身体を押さえ込みながらエクスタインは上階へと急いだ。

 

「副長!!ご無事ですか!!」

 

 上で待っていた部下達も、エクスタインほどではないが彼方此方焼けていた。避難の指示が少し遅かった、と悔いながらも無事だ、と、そう返そうとして自分の舌が上手く回らない事に気付く。

 

「【惰眠】の魔眼まであったのか、最悪だな……」

 

 眠気を拭うように首を振り、エクスタインは上階へと駆けていく。途中、扉があれば即座に閉めて足止めになるかと試してみたが、やはりどうにもならないらしい。あらゆる場所から根は這い出てエクスタインを追いかけている。粘魔を相手にしているようなものだった。エクスタインは諦めて上へと駆け上がる。

 そうして駆け抜けていく最中、チラリと外の景観が見えた。

 

「っ」

 

 それを見たエクスタインの喉から、おかしな悲鳴が漏れた。

 

『Z』

 

 外の景色は中々に地獄だった。

 混成竜を中心に、あの黒い根が蠢き始めている。晴天時は太陽の光を燦々と受け輝く心地の良い広間であった場所は、闇夜の中蠢く暗黒の塊となっていた。蠢く闇、黒い根の間、テラテラと魔灯の輝きを反射するのは、恐らくは魔眼だ。

 

「積極的じゃないって……これが……!?」

 

 勇者の説明を思い返し、エクスタインは顔を引きつらせる。彼女の話では竜の中では殺意が一番マシという評が怠惰の竜であった筈だ。勿論あれが純正の怠惰の竜とは違うのは分かるが、それにしたってあんまりだ。

 あるいはアレでもまだマシな類いと、そういうことなのだろうか?

 

 どっちにしろ、最早手に負えるものではない。

 

「……潮時、か」

 

 エクスタインは鎧に付いているエンヴィー騎士団の紋章を小さく掻く。別に、その紋章そのものに深い思い入れがあるわけではないが、その紋章をつけるだけの立場を今の自分は背負っている。そしてその責務を果たす場所は此処ではなかった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 竜吞ウーガ、混成竜落下地点から南東部 高見台

 

「カ、カルカラ様!!」

「落ち着きなさい」

 

 ”風の少女”が慌てるように悲鳴をあげるのを、カルカラが落ち着かせた。

 彼女の緊張は分かる。戦場からやや離れた場所にいる二人には、戦場の状況がよく見えていた。混成竜を中心として黒い根が蠢き、それが拡張し続けているのが見える。

 根、と呼称したが、植物の木の根のような生命力は全く感じない。その闇色が示すように虚ろな虚無がただ蠢いているように思える。

 そんな不吉極まる代物が、竜を中心にせり上がってきている。むしろ風の少女の反応は随分とマシな方だ。グルフィンなどがこれを見たら気を失っていたかも知れない。

 

「貴方は場の空気を浄化することだけに集中してください。それ以外の事は考えないで」

「で、でも」

「貴方は今、高度な作業をぶっつけ本番で行っています。半端な集中力でやれば破綻する」

「…………はい」

 

 少女はカルカラの言葉に納得したのか、静かに両の手を前方に再び広げ、目を閉じる。途端、彼女を中心にウーガの大気に蔓延する黒い霧が消えていく。

 凄まじい。と、カルカラは言葉にせず感嘆する。

 彼女が風の精霊の加護を授かったのは本当につい先日の事だ。精霊の加護の力は強い。鍛錬無しに圧倒的な力を振るえる。だが、その振るうための鍛錬は通常必要だ。どれだけ凄まじい道具を手にしたとしても、その扱い方を覚えなければ何も出来ないのは当然のことである。

 

 それを、彼女はたった数日の間にマスターしている。天稟がある。間違いなく。

 だが、そんな彼女の力があったところで、どうにもならないことはある。

 

「…………予想より、ずっと凶悪ですね……」

 

 カルカラは風の少女に聞こえないように、小さく呟く。

 竜の侵食は収まらない。動きが遅いのは救いだが、あの侵食が進めば、少し離れたこの高見台にまで狙いが行くだろう。果ては司令塔まで来るのも時間の問題だ。まだ、幾つかの竜対策は残っている。だが、通じるかは分からない。

 もう時間が無いことをカルカラは直感していた。もし撤退を考慮するなら今が最後の機会だ。これ以上、この竜相手にまごついていれば脱出の機会を完全に失う。

 

 此処での判断は生死を分ける。そう考えていると首からかけた通信魔具から声が響く。

 

《聞こえていますか。カルカラ殿。こちらエンヴィー騎士団》

「何ですか」

《撤退を進言します。拒否された場合、エンヴィー騎士団は作戦から離脱します》

 

 来たか、とカルカラは驚きもせず納得した。

 事前、決めていた話ではある。彼らの協力はあくまで本来のエンヴィー騎士団遊撃部隊の業務である「危険な魔導具であるウーガの監査」で、今彼らが協力して戦っているのはその監査の為である。監査が困難であり、また、自分たちに危険が及ぶと判断すれば撤退することは決めていた。

 

 故に、その言葉にカルカラは驚きも怒りもしなかった。

 いや、彼らの立場でなくてもその判断は正しい。自分たちも退くべき――

 

《てめえらはそうしろ。こっちは勝手にやる》

 

 だが、その後に続いてきた通信に、カルカラは少し驚く。声の主は【白の蟒蛇】のジャインだ。

 

「まだ、やると?」

《融通して貰った【竜殺し】はまだ使い切っちゃいねえだろ》

 

 ジャインの声は冷静に聞こえた。決して正気でなくなった訳ではないのだろう。だが、カルカラにはその反応はあまりにも意外だった。

 

「むしろ、貴方が真っ先に撤退を進言すると思いましたが」

 

 【ウーガ騒乱】の際、ジャインは真っ先に一抜けした。そしてウーガ内で安定した魔物の狩りを行うことに終始し、ウルが彼を巻き込むまで一切リスクを背負おうとはしなかったのだ。ハッキリ言って予想外だ。

 

《まだ勝機が見えるってだけだ。それに》

「それに?」

《腰引けてるだけじゃどうにもならん”勝負時”ってもんはあるんだよ》

 

 その言葉の意味するところを、カルカラは理解できた。

 彼は彼で自分なりの状況判断からそう言ったのだろうが、カルカラはカルカラで今この時が”勝負時”であると強く思っていたからだ。

 エンヴィー騎士団と違って、自分たちに退路は残っていない。脱出した場合、ウーガという存在そのものを捨てることになる。今回【陽喰らいの儀】に参加したのはグラドルも納得の上であるとは言え、ソレそのものを損失した場合、責任を自分たちが逃れるなどという都合の良い展開は起こらないだろう。

 ここで逃げれば命は助かるかも知れない。だが、それは命だけだ。最低保障になる。

 

 エシェルの幸せを望む場所からは、かけ離れた所に流れてしまう。

 

「では、【白の蟒蛇】を援助します。良いですね?」

 

 まだ、死地に留まる。その事を風の少女にそれを尋ねると、彼女は真っ直ぐに頷いた。

 

「大丈夫です。分かってます」

 

 分かってる。その言葉に含まれた意思をカルカラは感じ取った。彼女は年齢に見合わず非常に聡い子だ。いかにして此処に流れ着いたのか、そして此処を失えばどうなるかしっかりと理解できているのだ。

 

《……エンヴィー騎士団は少し離れた場所で待機します。脱出が必要な際は援助しますので連絡をください》

「ウーガを出なくても良いのですか?」

《仕事と割り切って、すぐ皆さんを見捨てるほど、私も部下達も薄情ではありませんよ。短い間ですが、敵と言って良い我々に良くして貰った恩もありますからね》

 

 では、と通信は切れる。

 カルカラはふう、と溜息をつく。状況は非常に悪いが、最悪ではない。全てを諦めるにはまだまだ早い。それに本心を言えば、諦めて逃げて惰性に生きるのはもうまっぴらご免なのだ。

 故に、これからすべきことをハッキリと宣言する。

 

「では、竜を討ちましょう」

 

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