かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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竜吞ウーガの死闘⑩ 決意すらも無為とする悪意

 

 時は少し遡り、ウーガ司令塔屋上

 

「ジャ、ジャイン!!!」

 

 白王陣の発射から暫く、魔力補充のために動けずにいたエシェルはその状況を確認し、悲鳴をあげた。ジャインが竜の大樹まで迫り、その核と思しきものをズタズタに引き裂いていたのを見て、やった、と歓声を上げた矢先の出来事だった。

 

「リ、リーネ!!ジャインが!!」

「待って!!まだ動けない!!」

 

 咄嗟にリーネに助けを求める。彼女も状況を理解しているのか顔を強く顰めている。だが、動けない。この戦場において恐らく最も大きな戦力は彼女だが、万能というわけではない。先ほど強力な攻撃をしかけたばかりで、即座に魔力は回復は出来ない。白の蟒蛇の魔術師達と共に必死に塔全体の魔力の補充に努めているが、まだ時間が掛かる。

 

『GAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 そもそも、今も尚大量の魔物達にウーガは襲われているのだ。その対処だけでも手一杯だった。ジャインを離れた司令塔から即座に助けに向かえるだけの戦力は、今此処には存在していなかった。

 

「ど、どうしたら……!!カルカラ!カルカラ!!」

 

 通信魔具で呼びかけるが、通じない。混沌としており、マトモに情報も入ってこない。だが、明らかに事態が悪化していることだけは彼女にもわかっていた。

 そしてジャインが死ねばもっと不味くなる事も分かっていた。ウーガの主な戦闘員は【白の蟒蛇】だ。そのギルド長であるジャインが損なわれれば、戦線は恐らく崩壊する。

 だが、そんな彼を助けられる戦力はいない。そして自分にはなにも出来ない。何も――

 

 ――その娘、大いなる厄災と成る可能性を秘めている。

 

 その時、不意に頭を過ったのは【天魔のグレーレ】の言葉だ。

 彼は言っていた。自分のことを指して、いずれは恐ろしいバケモノになると。手に負えない災厄に成り果てると。だがそれは裏を返せば、それだけの力が自分にはあると言うことではないのだろうか?

 

 エシェルは混乱を止め、自分が今握っている”黒の本”を見つめた。

 

 邪霊の事が書かれた禁書。邪霊が引き起こした様々な災厄を記し、同時にその力を利用しようと目論んだ邪教徒が記した書。保管されていた場所も妖しければその中身も筆者も何から何までものの見事な【禁書】であるそれを、まずはカルカラが毒見として目を通した。

 結果、彼女は少し驚いた。本には悪しき企みも記されていたが、精霊に対する向き合い方、その力を振るうときの心構え等々、全てが真っ当だったからだ。

 

 ――もしかしたら、下手な神官達の教えよりも真っ当かも知れません。

 ――カルカラよりも?

 ――私と比較すると断然に教え方は上手いですね。

 

 そして、短期間であるが、彼女は”黒の本”から戦い方を習得した。以前よりも増して、鏡の精霊の加護を扱えるようになっている自信がある。カルカラの前では、自重したが、もっと沢山のことが出来るという確信があった。

 

 だが怖かった。

 

 混乱しているわけでもない。思い上がってるわけでもなければ、窮地に視野が狭くなったわけでもない。純然たる事実として、自分以外にこの状況を打破出来る者がいないのが、恐ろしかった。

 だがもう時間はない。もうすぐジャインが死ぬ。

 

「……………リーネ、お願い。白王陣、急いでね」

「わかって……エシェル?エシェル!?!」

 

 リーネがそれに気づき止めるヒマはなかった。彼女は、自身が生み出した巨大な鏡の中に跳び込む。鏡は彼女を跳ね返さず”飲み込み”そしてそのまま姿を消した。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ジャインが竜の魔眼によりトドメを刺されるその直前。

 魔眼とジャインの間、その頭上から突如として出現した鏡を誰も認知しなかった。まして、その鏡の中からエシェルが這い出てくるなどと、誰も思いもしなかっただろう。

 

「【ミラルフィーネ!!!】」

 

 鏡から零れる様に落下したエシェルは、再び鏡の精霊の名を叫ぶ。焼き焦げていたジャインと、自身の周りに鏡が生まれる。あらゆる力を跳ね返す精霊の鏡は、魔眼から放たれた爆撃すらも、その当人に跳ね返した。

 

『Z     Z  Z    』

 

 巨大な眼球が炎に晒され、ひしゃげる。水ぶくれのように膨れ上がり、弾けた。エシェルの数倍ものある眼球がどんどん破砕していく。

 エシェルはやった、とそう思った。魔眼が自滅したのだと。

 

『       Z    』

 

 だが、それだけで竜が討てるなら、ジャインも苦労はしていなかった。

 

「………え?!」

 

 エシェルは目をひん剥いた。崩れて、崩壊しそうになった魔眼が再び形を整え始める。その全身を起き上がらせ、元の形に戻ろうとしているのだ。再生している。

 

「ず、ずるいわよ!!なによそれ!!」

 

 エシェルは叫んだ。子供のケンカのような抗議だった。当然竜の魔眼がそんな抗議を聞くわけもない。更に足下から何から、いつの間に黒い根に全方位が囲まれている。そしてそれらから魔眼が出現した。

 

「ひっ!わっ!【結界!!】」

 

 エシェルは悲鳴を上げ、鏡を生み出した。ジャインと自分を守るようにその全方位に鏡が生まれる。あらゆる攻撃の反射を行う盾だ。下手な結界よりも当然凄まじく強力だ。

 

「……ふっ……ふっ……!」

 

 当然、使用者は相応に消耗する。最初、塔の護りに自分の力を使うことを提案し、カルカラとリーネの二人から即座に却下された理由はこれだ。エシェルの額から汗が噴き出す。

 

「……バカ、てめ、なんで出るんだ、お前が」

 

 背後から、酷い顔をしたジャインが抗議の声をあげる。彼の指摘は正しい。エシェルはウーガの女王で、司令塔が前に出るなんて最悪なのはわかってる。

 だが、それでも、エシェルも少しばかりは抗議したい気にもなった。

 

「お互い様でしょ!!貴方が死んだって大変なことになるのよ!!?」

「お前が死んだら、本当に、終わりなんだよ」

「制御印ならもう複製してグラドルに預けてるわよ!」

「そういう、問題、じゃ……クソ……」

 

 口喧嘩を続ける気力ももう無かったのだろう。ジャインはがくりと気を失った。エシェルは急ぎ、丸焦げになっていた顔と血塗れになっている脚に備えていた高回復薬をかける。これで、多分一命は取り留めた、と思う。だがまだ油断はできなかった。

 

「早く、転移の鏡で、脱出、を……」

 

 くらりと、頭が揺れる。もう鏡の盾の結界の維持に疲れ始めたのだろうか?と、思った。自分の許容を越える力を使いすぎるなと何度も注意されていた。

 だが、気付く。違う。コレは違う。これは、眠気だ!

 

「っは!!?」

『   z   』

 

 気がつけば、鏡の盾の隙間から黒い根が湧き出、そこから魔眼が形成されていた。鏡の盾は完全な密閉ではない。その隙間をこじ開けるように、押し入ってきている!

 

「んん!!!」

『 z  』

 

 力を込め、鏡の隙間を埋める。這い出ていた黒い根は圧力に負け、引きちぎれる。ぼとぼとと千切れた黒い根と魔眼は落下し、しかし、それでもまだ尚蠢いている。ぐにゃぐにゃと形を変えて、更に変化しようとしていた。

 

「【銃!!】」

 

 人差し指を向け、力を込める。指先から鏡の破片が射出され、魔物達を刺し貫く。

 

『   z 』

 

 鏡の精霊の力の使い方としてはあまり賢く無いが、使い勝手は良かった。魔導銃を扱い続けていたお陰だろうか。一度打ち込んでも死なない魔眼達に何度も鏡を打ち込み、完全に動けなくする。

 

『     z    』

「なんでこんな、しつこいの……!」

 

 だが、窮地は続く。強引に鏡は閉じたが、また入り込もうとしている。エシェルが鏡を操り力を込め続けないと割って入ってくる。【転移の鏡】はまだエシェルは集中しないと使えない。このままは身動きが取れない。

 

「ジャイン!ジャイン!お願い!!起きて転移の巻物を使って!!」

 

 ジャインなら転移の巻物を持っている、と、信じて叫ぶ。だが、ジャインは目を覚まさない。身動き一つしなかった。死んでしまったのか?とゾッとするが、それを確かめようにも、少しだって身体を動かせそうになかった。

 

「う、うう………!」

 

 早くも勝手に動いたことを後悔しそうになって、涙が零れ出た。だが込めた力は決して崩さぬよう努めた。なんとか状況を打開しなければならないのは分かっている。だが、どうすれば良いかが分からなかった。

 根本的な経験不足が響いていた。窮地の際の瞬発力はまだ培われていなかった。

 

 外から幾度となく爆発音が響く。鏡は衝撃の全てを反射し、ダメージを無効化するが、衝撃音まではかき消すことはない。鏡の中にいるエシェル達を殺そうという圧倒的な悪意と敵意がエシェルの心をガリガリと削った。

 

「ひ、ひい……カルカラ、カルカラ……ウル……!!」

[なんだ 呼んだか?]

 

 不意に、顔を上げる。ウルが居た。

 灰色髪の只人の少年。少し目つきが悪い小柄の彼が、エシェルに向かって笑い、手を差し伸べている。

 

[ほら、早く逃げるぞ]

「……ああ…………ああ……」

 

 エシェルは泣きそうになりながら手を伸ばす。彼女の心は安堵感に包まれていた。

 否、”強制的に包まされていた”

 

『   z 』 

 

 彼女が必死に倒そうとしていたい竜の根の断片はまだ生きていた。

 身体中を鏡に貫かれ、ズタズタに切り裂かれて尚、半分残った魔眼をぎょろりとエシェルへと向けている。それは”幻覚”の魔眼、対象の望むもの、望む形を相手に見せて、惑わせる悪辣な魔眼によってエシェルは正気を失っていた。

 今尚、プラウディアで戦っているウルが此処に居るはずがない。彼女だってそんなことは当然理解できている。だが、思考にもやがかかり何も考えられない。

 塞いでいた鏡が開かれる。ウルと思った何かを迎え入れる為に。

 

『      Z      』

 

 そして出現した魔眼は、自失状態のエシェルを酷く嘲るようにその目を歪めながら、魔眼を閃かせた。

 





明日の投稿は18時に2話投稿いたします。よろしくお願いします
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