かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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相違

 

 

 人々に恵みと命を与え、同時に奪いもする太陽が今日もまた沈んでいく。ゆっくりと静かな闇が世界を包みこむ。だが、この大迷宮時代において、ヒトは闇に抗う手段を手に入れていた。ヒトから住まえる土地を奪い去った迷宮から採れる魔石というエネルギーの結晶が、皮肉にもヒトの生活を豊かにしていた。

 大陸でも随一の魔石発掘量を誇る大罪迷宮グリードは今宵もまた、煌煌とした魔石の輝きで闇を裂き、活気溢れた街並みを照らしていた。

 

「おらあ!さっさと走れ!!魔力を体になじませろお!!」

 

 それ故に、夜になっても訓練所にはグレンの罵声が響き渡っていた。

 近所迷惑にならんのだろうかとウルは思った。

 

「おらあ!なにしんでやがるクソ犬とっとと走れエ!!」

「ギャアン!!」

 

 倒れていた獣人の背中をグレンが蹴り飛ばしている。彼は何日で辞めるんだろうなあ、という他人事のような感想が頭に浮かんだ。すると、グレンもコチラに気がついたのだろう。

 

「おう帰ったか……っつーか何それ」

「アンタの紹介してくれた女のテンションがヤバくて」

《……あのねーたん、こあい》

 

 ウルは自分の頭にスライム状になってしがみついているアカネの頭を撫でる。グレンもアカネ、ウルの妹であり精霊憑きの事情は聴いているから、金紅の奇妙なる少女の姿にも特に驚きもしなかった。重要なのは、

 

「んで?得るものはあったのか、あの女から」

 

 問いかける。と、若干疲れた顔をしたウルとシズクはコクリと頷いてみせた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

《…………すぴー》

「……寝るのか、この生物」

「かわいらしいですね?」

 

 ふにゃふにゃと猫の姿で眠りにつくアカネをしげしげとグレンは眺める。マギカの仕事に付き合うのはアカネにもこたえたらしい。綺麗な水を一杯飲み干すとすぐに眠気に襲われてしまった。今はシズクのヒザの上を寝床にして気持ちよさそうにしている。

 彼女の睡眠を邪魔しないように、ウルはマギカとの交渉の内容をグレンに説明した。全てを聞き終えたグレンは、ふむ、としばし沈黙し、

 

「なーるほどね。微妙なラインだな」

 

 マギカから得た情報をそう評した。

 

「微妙」

「実際、マギカの言う通りで、ネズミ退治で指輪が手に入れられるかどうかは正直分からん。少なくとも通常の賞金首撃破と比べりゃ評価は落ちる、かもしれん」

「かも」

「今回お前らが狙うのは、正規の指輪の獲得ルートとは別の裏道だ。そうなると、否応なく条件があいまいになる」

 

 宝石人形の急所であるネズミの発見を行い、それを突くことができたという調査・判断力が評価されるかどうかである。それを重視されるかどうかはグレンにもわからない。

 

「じゃあ聞くが、グレンがもし査定する立場になったとき俺達に指輪をくれるか?」

「やらん」

「むごい」

「正直に言わなきゃ意味がないだろ。精々ラッキーな奴らだなー程度だわ俺なら」

 

 実際、グレンがマギカというコネを持っており、更に彼女がたまたま武器の作成を行なっており、そして更にアカネがその問題を解消できるだけの能力をたまたま持っていたから、情報を提供してもらえた。

 まさにラッキーである。幸運という以外ない。これが冒険者の実力かと言われれば、大体の者は首を傾げるだろう。

 

「そりゃお前らがそのまま宝石人形に突っ込んでも死ぬだけだが……」

「ネズミを殺しただけでは、指輪を獲得できるかどうかは怪しい処なのですね?」

 

 シズクの確認に、グレンは頷く。

 

「ついで言うと停止状態の宝石人形の撃破は、魔力の獲得は少量になる。停止状態の人形は魔物ではなくただの物体のようになり、魔力は霧散するからだ。シズクが望む肉体の強化にも繋がらん」

「……ウル様」

 

 グレンの言葉を聞き終えたシズクは、ウルへと向き直った。

 

「私は反対です。このやり方で宝石人形を打倒すべきではありません」

 

 それは、グレンが可能性として示しつつも直接的に言う事を憚った言葉だった。ウル達にとって千載一遇の好機を、ドブに捨てる選択でもある。マギカが示した方法は、宝石人形の打倒は容易であっても、ウル達の、少なくともシズクの目的を達する事は叶わない。で、ある以上は、それがいかに素晴らしい解決案であっても、切り捨てなければならない。

 だが、そうなると別の問題が発生する。

 

「……それならどうやって宝石人形を討つ」

「暴走状態での撃破を狙います」

 

 ウルの問いにシズクは即答した。そして更にグレンへと質問を投げかける。

 

「グレン様。我々が宝石人形が暴走状態になった際、撃破できる可能性はありますか」

「暴走状態の進行度、道具装備の充実度、そしてその場の戦術にもよる。不可能とは言わない。だが厳しいぞ」

「機能停止で人形を討った場合指輪が得られる可能性と、暴走状態の人形を討てる可能性どちらが上ですが」

「後者が上だ。ただしあくまで俺の主観だ。運も絡む」

 

 グレンの言葉を耳で聞きながらも、彼女はウルを見つめる。睨んでるといってもいい。そう感じるのはウルが彼女に気圧されているからだろうか。

 

「ウル様。可能性の高い方を選ぶべきです」

「ローリスクハイリターンと、ハイリスクハイリターンだぞ」

「いいえ間違っています。リスクはほぼ同等です。マギカ様の案の方が上回るくらいです」

「死ぬリスクを背負うか、背負わないかだぞ?逆じゃないのか」

「この場合のリスクとは、目的を達せられるか、そうでないかです。“生死は関係ありません”」

 

 シズクは断言した。ウルは反論しようとして、再び言葉を失った。

 言いたいことは山ほどある。シズクの意見はあまりにも極端だ。生死が同じなど、あるわけがない。彼女は彼女の目的のために正しい判断を見失い、そしてそれをウルにまで強いようとしている。そう言える。

 だがそれならなぜそうと言えないのか。口に出して言い返さないのか。

 

 何故ならウルは不可能を成そうとしているからだ。シズクの目的は知らない。だが、少なくともウルは妹を取り戻すために不可能ともいえる困難を成そうとしているからだ。

 

 だというのに、常識の範疇から物を言って何になるというのか。

 

 ウルがこれから飛び込まんとする世界においては、ウルの正論は間違いで、シズクの極論は正しいのだ。ウルにはそれはわかった。だが、わかっていて、それを容易く受け入れられるかは別の話だった。

 

 死ぬのと、死なないのとが、同じ?そんなわけがない。

 

 放浪の旅の中、多くの死を見てきた。実の両親の死すら見届けた。

 神官達や都市民は、死ねば唯一の神、太陽神ゼウラディアに迎えられるのだという。だが名無しは神殿での葬式も許されない。死体は都市の外で捨てられて、血肉は大地に、魔力は風に乗って世界を巡り、最後には無に還る。

 

 残るものは何もないのだ。故に、死は恐ろしい。

 

 これまでウルが歩んできた人生で培ってきた価値観が、至極当然とも言える命惜しさが、ウルの足を縮こませた。喉を震わせ声を奪った。シズクの言葉に頷く事が、ウルには出来なかった。

 

「――――」

 

 シズクは、そんなウルの様子を侮蔑するでもなく悲しむでもなく、ただじっと、眺め続けていた。

 

 

 


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