かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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陽喰らいの儀㉓ 最後の死闘

 

 

 この世界における太陽、天に座する炎の塊は唯一神ゼウラディア()()()()である。

 

 唯一神、太陽神ゼウラディア。

 

 朝と共に昇り、天地にその眩き輝きを遍く全てに与える。温もり、生きる気力、身体を巡る英気、その全てを与え一日のヒトの営みを時に優しく、時に厳しく見守って居てくれる。そして一日の終わり、地平線の彼方へと身体を隠し、そして休まれる。

 夜の守りを精霊の輝き、星々に託し、そしてまた翌日に姿を現す。

 

 この世界の一日はこの繰り返しだ。昔から何一つ変わらない、当然の摂理だ。

 

 その摂理が、今破られようとしていた。

 

「……ぐっ」

「王!?」

 

 天賢王が王座の前でかがみ込む。胸を押さえ込むようにして苦しみ始めた。王の身体を治癒していた術者達は悲鳴を上げる。ここまで、プラウディアを支えるべく奮闘していた天賢王だったが、ここまで苦しんでいる姿を彼等は見たことが無かった。

 だが、それでも手は緩めず前に突き出されている。プラウディアを支えるその手は変わらず前を向いていた。だからこそ空に浮かぶ大迷宮はまだ落ちてきてはいない。

 

 だがこれは長くは保たない。その場に居る誰もが確信した。

 

「でもどうして……どうなさったのです……!?」

 

 従者の一人が叫ぶ。怪我の治癒は進めている。癒やす度に大きなダメージを負うためイタチごっこであったが、しかしまだ彼には余裕があるように思えた。今代の天賢王アルノルドは歴代でも最高の太陽神との親和性を繋ぐ者と呼ばれる程の力の持ち主だ。

 既に幾度となく【陽喰らい】を越えている。だからこそここまでの苦しむ様子は従者達にとっても初見であり、故に焦った。

 

 何より原因がつかめない。一体何故?

 

「あ――――ああ………!!!」

 

 すると、従者の一人が叫んだ。周りの者達はギョッとする。天賢王に仕える中でも最も年長者のファリーナだ。常に冷静沈着な彼女が悲鳴のような声を上げたのだ。驚きもするだろう。何があろうとも驚きもしない、そんな印象すらあった彼女が顔を真っ青にして悲鳴を上げている。しかも、今苦しんでいる天賢王から目を逸らして。

 

「どうなされたのです!?」

「ゼ、ゼウラディアが!!!」

 

 激しい動揺と共に彼女が指さす先には地平線の先、昇り始めていた陽光が見える。自分たちを常に見守る唯一の神。その姿がある――――筈だった。

 

「っひ」

 

 悲鳴が出た。唯一神、ゼウラディアの輝き、その端から得体の知れぬ真っ黒な”虚”が浸食し始めていたのだから。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 真なるバベル、作戦本部

 

「残存戦力は!!!」

 

 その異常事態にビクトールもまた気付いていた。ウルの通信は聞いていた。それでもそんな馬鹿な、という感情が頭を過らざるをえなかった。

 

 太陽神を塗り替える?出来るわけが無い!

 

 無根拠な確信。だが、神の膝元で生きるのを当然としていた全ての者達にとってそれは盲点が過ぎた。無意識のうちに、それは出来ないと決めつけていたのだ。だが、実際はこの様だ。

 ビクトールは歯を食いしばって現状を受け入れた。その上で、急がなければならない。

 

「結界の穴が塞がったことで魔物達の数は急速に減っています!!ですが、眷属竜を討てるほどの力を持てる者は…!!」

 

 根本的な問題として、あの眷属竜は容易くは無い。容易いのであれば、そもそも天陽結界に穴を空けようと試みた瞬間排除している。【塗り替える】一点と、自身を守る防御力だけに特化した竜。戦闘能力は皆無で、だがそれ故に厄介極まる嫌われもの。

 長い時間をかければ一体ずつ排除も出来る自信はビクトールにはある。だが今はその時間が最も足りない。必要になるのは、形振り構わない火力だった。

 

「イカザ殿は!?」

「左腕を失った状態で無理をしたらしく意識を失って治療を受けています!!」

「ブラックは!?」

「竜を殴り殺した後、何処かへ消えました!!」

「ああクソ!!」

 

 思わず腰に下げた剣に手が伸びる。

 自分が出た方が早い。そういう確信がある。だが、それはできない。指揮官は自分だ。それを放置して外に飛び出して、また別の問題が発生したとき応じられる者がいなくなればその時点で詰みだ。

 

「現在眷属竜の排除に向かっているスーア様の援助!残存する魔物達は防壁部隊のみで対処する!!苦しいだろうがそれ以上魔物の増援は無い!お前達だけで耐えきってくれ!!」

「応!!」

「それ以外は全て眷属竜に向かえ!!スーア様を中心にして戦い、援助を惜しむな!!どのような手段でも構わない!!竜を討て!!!」

 

 ビクトールは声を張り上げる。唯一神が失われる。その恐怖に足が竦んでいるヒマが全くないことだけが、彼にとっての幸いだった。声が震え、部下達の士気を下げるような真似をせずに済んだのだから。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 真なるバベルより更に上空。天陽結界のギリギリの外れにて。

 

「急ぎます」

「うおおお…!?」

 

 スーアの力によって、ウル達、更に彼の周りにいた生き残った戦士達を運んでいた。風の精霊の力による飛翔であるのは間違いなかったが、速度が凄まじい。にもかかわらず風を切るような感覚が全くない。身体は自由に動かせるが、まさに運ばれているような状態だ。

 楽ではある。だが、楽しい空の旅を満喫している場合では無い。運ばれている中で身体を自由に出来るのなら出来ることはある。

 怪我と体力の回復のために魔法薬を幾つも飲み干す。ついでに特製の”お茶”も一気に飲み干した。

 

「ぐっ……うぇぇまっず……ぉぉぉおぉお後に引くぅ…!!」

『そんなに?そんなにマズいんカ?』

「飲んでみるか?」

『嫌じゃ』

 

 ザイン製のお茶は身震いするほど不味いが気を失っているヒマは無い。手持ちの回復薬類は全部飲みきる。

 

「ウル様、手は大丈夫ですか?」

 

 シズクはウルの左手に触れる。籠手の下のウルの左手は、酷く熱を持っていた。あの極限状況で酷使しすぎた結果だ。多分籠手の下は酷いことになっている。まだ異形化してしまった右手の方が見た目としてはマシな具合である――――一一見すれば。

 どっちにしろ、決して大丈夫だとは言い難い。が、今その事を考えている暇は無かった。一先ず戦えるかどうかという一点だけを考える。

 

「まあ、剣を握ってすっぽ抜けたりはしない、と思う……」

『剣無くしたら弁償して貰うからの、カカカ』

「うっせえ」

『で、ワシはお前の手伝いしつつ動く方が良いカの?』

 

 ロックは依然としてウルの鎧のような姿を維持している。ウルは頷いた。

 

「頼む。バラけるよりは良いだろう」

「私は補助を行いつつ、竜を止めます。問題はどの竜を狙うかですが……」

「私が狙う竜を全員攻撃しなさい」

 

 するとそこにスーアが口を挟む。

 言うまでも無く、スーアはこの集団の最大戦力ではある、そして恐らく最も竜を素早く討てる可能性があるのはスーアのみだ。そして今この場の戦力は少ない。ウル達を含めて十数人ほど。あの黒竜のスーア救出作戦に参加し、そして無事だったメンバーがそのまま流用されている状態だ。

 少数の戦力を更に分けるなど愚行だ。戦力集中というスーアの案は正しい……が、

 

「我々も貴方と同じ竜を狙うと?」

「乱造された”雑種”と違って、【大罪竜】直下の【眷族】はとても固いのです」

 

 ウル達と同じくスーアに運ばれているベグードが確認をする。そしてスーアの解答にしばし悩むように顔を伏せた。ベグードの考えている事はウルにも分かった。故にウルも確認する。

 

「一緒に戦ったら俺たち邪魔になりません?」

 

 あの強大なる黒竜すらも一刀両断し、魔物達も範囲攻撃でまとめて破壊するスーアの力の巻き添えになる懸念があるのだ。正直ウルは、スーアの本気の攻撃を連係して上手く躱す自信は無い。多分、ベグードだってそれは同じだろう。対策があるなら聞いておきたい。

 するとスーアは眷族竜達の方角を見据えたまま、こくりと頷いた。

 

「邪魔しないでください」

「そりゃそうだけども……!」

「邪魔をするのですか?」

「したくなくてもしちゃうっつー話ですが。俺等弱いんで貴方の攻撃に巻き込まれたら死にます。勘弁してください」

 

 かなり投げやりな応対をするウルをベグードが凄い表情で見ている。ウルは無視した。スーアの事を舐め腐っているわけではない。救出時に最大レベルの暴言を吐き散らしたので開き直ってるだけである。

 この程度でぶち切れられるのならどのみちウルはこの戦いが終わったら殺される。

 

 ともあれ、言葉を選ばず大分直接的な警告を告げたウルによって理解が出来たのか、スーアは首をかるく揺らすと、もう一度頷いた。

 

「気をつけます」

「ありがとうございます」

 

 気をつけると言うことは、気をつけるという事だろう!

 正直不安だが、これ以上念を押しても意味があるとも思えない。その言葉を言ってくれただけ満足しよう。

 

「さて……」

 

 そして自分の指輪の通信魔術を起動させる。ウーガへの連絡だ。しばらくの間全く連絡が付かず、そしてウル達も滅茶苦茶な状況で連絡を取るヒマなんて無かった。恐らく今このタイミングが最後の機会だろう。ウルは指輪の先、ウーガへと声を飛ばした。

 

「リーネ、エシェル、聞こえるか」

 

 正直期待半分だった。結構な間通信魔術を続けていたが、ここまで全く反応が無かったからだ。最悪の可能性も頭を過っていた。が、

 

《……!!…――――………ウル?》

「リーネか?やっと通じた……!」

 

 ウルは溜息をついた。一番の懸念、ウーガ側の仲間達の全滅という事態の可能性が消えた。最も世界が滅びそうな訳だが、兎に角今は安心した。

 

「そっちは無事か!?死にそうな奴いないか!?そんでウーガを使えるか?!!」

《…………そうね。一つ一つ行くわ》

 

 通信魔術の向こう側で大きく溜息が聞こえる。そして彼女の言うとおり、ゆっくりと、一つ一つ言葉にしていった。

 

《こっちは無事。死にそうなヒトも今は居ない。少し時間もかかるけどウーガも使える、と思う。ただし――》

「間もなく到着します。総員、戦闘用意」

 

 スーアが指示を出す。周りの戦士達も準備を始める。その準備の最中もリーネの声が聞こえてきた。 

 

《竜より不味いのが、ソッチに飛んでいったわ》

「…………ちょっと待てなんていった!?」

「接敵します。戦闘開始」

 

 ウルが聞き直すその前に、戦いが始まった。

 

 

 

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