かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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迷いとネズミ、ところにより背後からの打撃

 

 冒険者ギルド本部の中には食事処、というよりも酒場が存在していた。

 

 ギルド本部に勤めるギルド員の食堂であり、また、迷宮から戻った冒険者たちにとっての憩いの場の一つでもあった。

 酒場は元々、その都市の住民たちにとって重要な場所だった。単に食事や酒を楽しむための場所、自然と人が集まるが故に一種の集会場として機能し、最も情報が集まる場所でもある。だからこそ多様な情報を必要とする“何でも屋”の側面もある冒険者は、酒場には必ず顔を出す。

 結果、酒場は冒険者が集う場として定着した。冒険者ギルド内にそれが生まれるまでに。

 

「お代わり。あとつまみもくれ。燻製肉一つ」

「グレンさん、仕事なんじゃないんすか?クビっすか」

「きゅーけいちゅーだよ。はよはよ」

 

 その中に一人、カウンターでダラダラと酒を飲み酔っぱらうグレンの姿があった。無精ひげを生やした親父が昼間から飲んだくれる光景にはダメさしか感じないが、その彼の背中を見る冒険者たちの視線は畏怖がこもっていた。

 グリードの冒険者の多くは、グレンに指導を受けた者たちであった。中には銀級、つまり一流の冒険者もいるが、その視線に込められた恐怖の念は新人達と変わりなかった。

 

 故に彼は邪魔者もなく、昼間からのんだくれているのだが、そこに来客がやってきた。

 

「……で、お前は何をしているグレン」

「あん?ジーロウ、何してんだお前。ヒマなん?」

「少なくとも昼間から酒を飲み酔っぱらうお前よりは仕事に追われている」

 

 呆れたように声をかけたのはこの冒険者ギルドグリード支部のトップ、ジーロウだった。彼に対してもグレンの態度は変わらず、なれなれしく無遠慮であったが、ジーロウも彼の態度を気にする様子は無かった。彼の態度にも慣れた様子だった。

 

「訓練所は」

「今は訓練生全員迷宮に突っ込んでるよ。昼までにゃもどんだろ」

「あいも変わらずお前は指導方法が雑だ」

「所詮冒険者だろ?雑な扱いにゃなれないとなっていう俺の気遣いだよ気遣い」

 

 やれやれ、とジーロウはため息をつきながら、彼の隣に座る。昼食代わりに一品注文した。グレンは隣に座る彼を気にするそぶりも見せず麦酒をちびちびと飲み進める。

 

「3週間ほど前、お前の所に送った二人はどうなった。あの少年少女は」

「今は宝石人形挑戦中」

「それは……また無茶な話だな。勝機は?」

「あるにはあるが、どうなるかは知らん」

「お前の“カン”でもわからんか」

「俺の“直感”は未来予知じゃねーよ」

 

 迷宮に潜り、幾多の魔力を獲得した者は、時として超常的な能力を身につけることがある。魔眼等、五感が更に強化されたり、あるいは直感や霊感のような第六感に目覚めたりとだ。

 グレンは黄金に至った冒険者であり、その直感は時として恐るべき精度で未来を予測する……と、皆はもてはやしていた、が、グレンからすればそれはそれは買いかぶりすぎというものだ。

 

「うすぼんやりとしかわからんし、具体性もないものを口に出せるか」

「相変わらず妙なとこで真面目だなお前は。なら、純粋に教官として、お前の見込みとしてはどうなのだ。彼らは」

 

 問われ、グレンは酒を一息あおると、息を吐(つ)き、

 

「無理、だな」

 

 そう言い切った。ジーロウはその答えにわずかに眉を顰める。

 

「理由は?」

「女は良い。だが男はビビっちまってる。踏ん切りがついてない」

 

 グレンの燻製肉を突きながら、言葉を続ける。

 

「自分の命を、狂気の淵に投げ込む踏ん切りが、ついてない。今一歩足りてねえ。あれじゃダメだな」

 

 ただ、生きていく上では全く不要な決断力だ。冒険者としてすらも必要であるとは言い難い。リスクを前にして踏み止まる勇気をこそ、本来冒険者は必要とする。だが、黄金級なる荒唐無稽な所を目指すウルに必要なのは、勇気ではない。命を投げ出してもなお何も得られないかもしれないという恐怖を吞み、身を投げ出す狂気こそが必要だった。

 

 黄金級、人外の領域に踏み込むというのなら、不可欠な狂気。それが彼にはない。

 

「そう、指導はしてやらないのか」

「“イカれちまえ”ってか?ムリだな。こればっかりは教えてどうにかなるもんじゃない」

 

 グレンは肉にかじりつき、そして吐き捨てるように言った。そこにはうんざりとした嫌悪の感情があった。深く、強く込められた。

 

「自分と同じ思いをさせるのは御免か?」

「そーだよ。たのしかないぜ?黄金級への道は。あんたにゃ分からんだろうがな」

「痛いところを突く」

 

 熟練の冒険者として駆け抜け、今でもグリードの冒険者たちの長を務め多くの尊敬を受けるジーロウですら、銀級止まりだ。勿論冒険者としてのジーロウの旅路が生温かったわけではない。偉大なる功績と認めたから、彼は銀級になっている。

 それでも尚届かない高みこそが黄金級である。そこにたどり着く苦悩は、ジーロウにも想像つかなかった。

 

「だが望む者を止める事は出来まい。無理だと告げても止まらなかったのだろう」

「そりゃそーだが、ここまでくるとあとはもう当人次第だからなあ……期待できるとすればあの女だが」

「期待?あのシズクという少女にか?何を期待すると?」

「そりゃーおめー決まってるだろう」

 

 グレンには意地の悪そうに顔を笑みに変えた。

 

「ビビって崖っぷちで踏みとどまる憐れなヘタレを地獄に突き落としてくれる事をだよ」

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 20日目

 一方で、ウル達は現在

 

《ウル様、宝石人形発見しました》

《了解》

 

 宝石人形の後を追い、件のネズミの探索を開始して、数日が経過していた。

 先の話し合い、判明した宝石人形の急所についての方針は、結局真っ二つのまま、話し合いで決着がつくことはなかった。しかし議論を重ねていく時間もない。結果として二人が選んだのは折衷案、ひとまずあのネズミと思しき存在を確保してから判断するという事になった。

 

 もっとも、簡単に確保、とはいかない。

 

 マギカの情報は正しく、宝石人形は常にネズミを追いかけ、そして守ろうとしている。いくら宝石人形の動きが鈍かろうとも、やはりあの巨体が常にそばにいるネズミを探すというのは中々難易度が高い。

 

 そもそも確保した後、どうするかという問題もある。

 

 ――持って帰ってペットにして討伐祭まで飼いましょうか?

 ――それで宝石人形が迷宮の外に出たら大惨事だな……

 

 グレンも言っていたが、ワザと魔物を迷宮の外に連れ出すのはルール違反どころか犯罪である。指輪獲得どころか捕まる可能性が高い。それはできない。つまりネズミは迷宮にとどめなくてはならない。

 つまり確保するにしても、迷宮の中で行わなければならない。

 

 これらの条件を踏まえてウル達が考案した策は迷宮の地形を利用した誘導であった。宝石人形は当然ながら封じる事は出来ない、が、ネズミならば、迷宮の地形を利用し動きを止めることはかなうはずだ。

 例えば出口が一つの袋小路に追い詰めて、出入り口をネズミが出入りできないように仕掛けを用意するか、見張りを用意するかするだけで、封じ込めは完成する。

 

 現在ウル達が行なっているのはそのための準備である。

 

「今日で3日目か……」

 

 時間は深夜。この時間帯の選択の理由は、他の冒険者たちの目から逃れるためだった。宝石人形の弱点は、気が付きさえすれば多くの冒険者も真似るであろうこの策を広めるわけにはいかなかったが故の苦肉の選択だった。

 しかしそれも三日も続けば疲労はたまる。時間がないために通常の訓練も併用して行なっている(それでも事情を知っているグレンはある程度加減こそしてくれているものの)正直言ってきつかった。

 

 今ウル達が行なっているのは、宝石人形を追いつめるに望ましい場所に誘導するというもの。最も、近づきすぎれば襲われるという状況で、不用意な誘導は危険すぎた。

 

 結果、選んだ手段は“待ち”となる。

 

 多くの狩りの基本ともいえる手段、此方の望んだ場所に望んだ魔物が来るまでただずっと待つこと。しかし、他に選択肢がなかったとはいえこれがなかなかに精神に来た。討伐祭の期限も迫っていることがなお、ウルの焦りを更に煽る。

 

 だが、それ以上に、ここにきてなお、選択を迷ってる自分自身にウルは焦れていた。

 

 ネズミを確保してから、と、選択を先延ばしした。しかし、その確保にも時間はかかり、決断は更に先延ばしになっていた。これは良くない。決断は早いほど良いのだ。単純に準備はしっかりと出来るし、それ以上に精神的に腹が据わる。宙ぶらりんのまま、命は賭けられない。

 そして今のウルは宙ぶらりんだ。

 

「……クソ」

 

 こういう時、自分が凡人だと思い知らされる。決めるのが遅い。判断が鈍い。これが大きな差になると知りながら、足を踏み出せていない。

 ネズミ、宝石人形の弱点を見つけてから決める?本当に?

 もしも見つけてなお、迷うようならばその時は――

 

《ウル様、宝石人形が予定ポイントに近づいています》

《――――わかった》

 

 などと、悩んでいるタイミングをまるで見計らうように、好機は訪れた。

 

 魔術、風音によって遠距離から伝わったシズクの指示に従い、ウルは宝石人形の進行方向上で待ち構える。片手に備えるのは武器、ではない。閃光の魔術が込められた【魔蓄玉】だ。

 使用すれば音と光が放たれる。だが威力は低い。子供の玩具レベルに抑えられたものだ。そもそも耳も眼もない宝石人形には全く意味のない代物だ。が、しかし、彼が守っていると思しきネズミに対してはそうではない。はずだ。

 

「これで、そのネズミまで人形だったなんて話になると笑えないが……さて」

 

 宝石人形の地響きが近ずいてくる。ウルは宝石人形には見つからぬように、曲がり角の陰からそっと、魔蓄玉を放り投げた。てんてんと、地面を転がった魔蓄玉は、次の瞬間、破裂音と共に、光を巻き散らした。

 

『OOOOOOOOO……』

 

 宝石人形は、この光と音には反応を示さなかった。当然だ。宝石人形には目も耳もない。あるのは空洞だけだ。しかし、あの人形が守るネズミは違うはずだ。と、なると

 

『……OOOO』

 

 宝石人形はしばらくすると、ぐるりと方向を変えて、逆向きへと歩き出した。一見すればただ単にうろうろとアテもなく徘徊を続けているようにしか見えない。が、そうではない。光と音、衝撃に驚き逃げていったネズミを、宝石人形が追いかけているのだ。

 

「よし《シズク、そっちへ行った》

《分かりました》

 

 シズクに連絡し、ウルも再び魔蓄玉をもう一つ取り出す。現状、ウルとシズクは宝石人形を挟むようにしている。一つの通路の間に宝石人形がいる。そしてその通路には横道が一つ、存在していた。

 

「さて、もういっちょ」

「【光よ唄え、闇を裂け】」

 

 その両端から光を放ち、追い詰めれば、当然逃れる先は一か所しかない、筈だ。魔物の習性も宝石人形の習性も何度も調べなおしたが、ただのネズミの習性なんて流石にウルにも分からない。そもそも直接ネズミの姿を確認すらしていないのだ。

 

「行け……」

 

 行ってくれ、と懇願する。

 両端からの光に、宝石人形は立ち止まる。宝石人形が此方に襲い掛かってくる危険性を考え距離をとるので、ネズミの様子など確認できないので、宝石人形の挙動が目印だ。

 

『……OOOO』

 

 数秒、数十秒、宝石人形はその場で立ち往生を続ける。ウルが失敗したか?と魔蓄玉を新たに取り出そうとした時、宝石人形は動き出した。ウルの方でも、シズクの方でもない、残されたもう一本の道へ。

 

「……成功だ」

 

 心臓が高鳴るのを抑えるようにして、ウルはつぶやく。宝石人形が向かった先、行き止まりの大部屋への誘導が完了したのだった。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……これ、効果あると思うか?」

「商人様は、家の中のネズミには効果てきめんだとか」

「迷宮だとどうかなあ……」

 

 ウルとシズクは宝石人形が入り込んだ迷宮の大部屋、入口は一つだけのどん詰まりのその場所唯一の出入り口である通路に、ネズミ避けの仕掛けを設置していた。大広間の商人が売っていた怪しげなネズミ避けの芳香、らしい。

 果たして屋内用のそれがこの迷宮でどれほどの効果を発揮するのかまではわからない。が、少なくとも宝石人形、そしてネズミはあの大部屋から出てきてはいない。

 

 すでに大部屋に誘導してから一時間経過している。その間宝石人形は部屋の中を徘徊することはしても、部屋の外へと出ようとはしない。恐らくはネズミが外に出ない、または出られないためだ。

 

 直接の確保は難しい。常に宝石人形の妨害が入るからだ。しかしこの方法ならば、少なくとも封じ込めはこれで成功した、と言っていいだろう。

 

「手こずった割に、呆気ないな」

「最も、封じ込め続けられるかどうか、まだわかりませんが」

「見張っておく必要もあるかもな……」

 

 そう口にしつつ、ウルは決断が目の前に迫ったのを感じた。

 即ち、この捕らえたネズミを利用すべきか、否か。その決断を。

 

「……二択だ。他者の判断に身をゆだねるか、自分で勝ち取るか」

 

 前者ならばほぼ運だ。全くと言っていいほど自分でどうこう出来る要素がないうえ、その道のプロたちが揃って「厳しい」と断言している。後者ならば運の要素はないが、現状の戦力では「無謀」という他表現のしようがない。此方もまた黄金級の実力者が「足りない」と言い切っている。

 

 なんという不自由な二択だろう。叶うならどちらも選びたくはなかった。

 

 だが、選ばなければならない。最早討伐祭は目前だ。猶予はとっくに底を尽きていた。二日後の討伐祭、準備を考えれば今ここで決めても遅いくらいだ。

 

「俺は……」

 

 躊躇う様にしながら、胃に痛みを覚えながら、その答えを腹底からウルは振り絞ろうとした。その答えが発せられる、その直前だった。

 

「ウル様」

 

 シズクが、それを遮る様に声を上げたのは

 

「……シズク?」

「ウル様、“選択肢は二つではありません”」

 

 その言葉の意味が理解できず、聞き直そうとシズクの方へと振り返った。

 そしてその時気が付いた。

 気配がする。自分たち以外の気配。それも魔物や、宝石人形の気配では“ない”。

 

 つまり―――

 

「おー、仕事ご苦労さん坊主ども。ありがとよ、俺たちのために」

 

 複数人の冒険者の気配。武装を固めた男達が、通路の出口を塞ぐようにして並んでいた。明確な、敵意と悪意をにじませた笑みを浮かべながら。

 ウルは全身からジワリと、嫌な汗が噴き出すのを感じた。

 

「……あんたらは」

「【赤鬼】ってーもんだ。まあ別に俺らの事なんてどうでもいいだろ?この状況なら。それとも察せねえほど鈍いのかお前?」

 

 髭を生やした禿げ頭。恐らくは彼らのリーダーと思しき男がウルに問いを投げかける。

 無論、ウルもわかっている。彼らが何をしに此処に来たのか。そもそも、今この状況、ネズミを捕らえたという事自体、誰にも知られてはならなかったのだ。それを、恐らくは知っている者たちが、ウル達の前にいる。しかも武装し、完全にこちらを包囲するようにして。

 

 考えるまでもない。ネズミの一件が彼らにバレ、そしてウル達がネズミを確保したタイミングで、それを強奪しようとしているのだ。

 

 最悪だ。

 

 紛れもなく、最悪の事態だった。相手は5人。武装も充実している。こちらは二人だ。それだけでも不利だ。いや、そもそもここを、この場所を知られただけで作戦は失敗に近かった。討伐祭当日に、彼らが先手を打ってネズミを殺し、宝石人形を破壊してしまえばおしまいだ。

 

 どうする。どうすればいい。ネズミを逃がして状況をリセットするか。だが、ここまで三日かかったのに、状況をリセットした後討伐祭に間に合う保証がない。彼らを此処で口封じするしかない?出来るのか?そんなことが

 

 ウルの頭で、危機感と焦燥感でぐるぐると思考は巡り、極端な選択すら視野に入ろうとしていた。しかしそんな混乱は、ふと過った一つの疑問にすべて消し飛んだ。

 

 まて、そもそもなぜ彼らはこのネズミの事を知っているのだ?

 

 その直後だった。“背後から”頭部に衝撃が走ったのは。

 

「がッ!?」

 

 なんだ?!否、誰だ!?

 

 耐え難い衝撃にウルはたまらず地面に倒れ伏しながら疑問に思った。それ自体が愚かな事でもあった。“誰”などと、頭部を守ったウルの兜の隙間を、丁寧に死角から殴れる人間はこの場には一人しかいない。

 

「シズ……!」

「これでよろしいでしょうか?」

「躊躇いなく一撃かよ。怖えー女だ」

 

 ウルの背後からシズクが前に進み出る。ウルを不意打ちで殴打した杖を握りしめて。その事実を、答えを飲み込む前に、ウルの意識は急激に暗くなっていった。打撃のせいではない、恐らくは魔術だ。それも、シズクによって仕掛けられた、魔術。

 

 混乱と疑問と共に、ウルの意識は闇に落ちた。

 

 




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