かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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陽喰らいの儀㉘ 残り1体

 

「ふ、ぅ………」

 

 地獄の子守を乗り越え、ウルは精神的な疲労感で一気に脱力した。が、それ以上に疲労困憊になっているのはシズクの方だった。意識を失ったエシェルが落下してしまわないように彼女の身体を抱き留めながらも、ふらついていて危うい。慌ててウルはシズクごとエシェルを抱えた。

 

「おいシズク」

「本当に、来てくれて、ありがとうございます……エシェル様は、どうですか?」

 

 様子を見る余裕も無いのだろう。ウルは彼女に代わりエシェルの表情を覗き込む、が

 

「……むにゃ……えへへは…………」

「めっちゃ寝てる。顔色良。なんか笑ってる」

 

 めっちゃ幸せそうだった。この死地でここまで幸せそうに眠れる者は中々いないだろう。ちょっと腹が立ったので頬をかるく摘まんでおいた。

 

「…………()()()()、ですね」

 

 シズクはウルの報告を聞いて、静かに驚愕していた。確かにウルが見たのは彼女の力の一端でしかなかったが、それでもあれだけのちからを振り回しながらも当人はケロっとしてるのは凄まじい。

 

「出来れば、目を覚ました彼女の状態を確認したいです、が……」

《ウル!!聞こえるか!!そっちでなにが起きた!!?》

 

 指輪からの通信魔術が飛んでくる。ビクトールの声だ。脇道にそれたが、現在ウルが向かわなければならないのは此処ではなく、絶賛世界を滅ぼそうとしている眷属竜の討伐だ。

 そして、今、刻一刻と空が暗くなっていく。太陽の光が、あの悍ましい虚に吞まれているのだ。現在進行形で。

 

「……その暇は無いわな」

『おーおー、凄いぞ、向こうの空』

 

 離れた場所で爆発と戦闘音が響く。スーア達が戦闘を続けているのだ。エシェルのことは何とかなったとしても、未だこの世界は滅亡の危機を脱していない。シズクもそれは分かっているのだろう。汗を拭うと、ウルが支えていたエシェルの身体をシズクが抱え直した。

 

「ウル様、エシェル様は私が。」

「シズクは……もう無理か」

「はい。すみません」

 

 シズクが此処で離脱するのは惜しすぎるが、彼女が正直にそう宣告するということは、本当に体力・魔力が尽きたと言うことだ。その状態であの修羅場に首を突っ込んでも足手まといになるか、死ぬだけだ。

 無論、ウルも殆どガス欠寸前だ。寸前だが、まだ少しだけ余力がある。ついで言えば、本部に飛ばされたときに持ってこれた”土産”もある。せめてそれらを使い切ってから離脱するべきだ。

 

「おし、そんじゃあ行く――――…………」

『ん?どしたんじゃ?』

 

 ウルは振り返り、凄まじい光と激しい爆発の起こっている修羅場に向かおうとして、一瞬その動きを止めた、大きく深呼吸をして、そして1度シズクへと振り返って、叫んだ。

 

「――――俺、滅茶苦茶がんばってねえ!!?」

 

 思わず叫んだ。

 

「それはそうです」

『そればっかりは皆認めると思うぞ』

「え、何?!この上まだ世界終焉の修羅場に突っ込むの!!?俺クソ雑魚なのに!!?」

「はい」

『そうなるのう』

「我に返りそう!!!」

 

 エシェルとの修羅場と、そこからの解放で冷静になってしまった。そして冷静に考えるとどう考えても実力が全く足りないウルが突っ込んで良い戦場で無いことに気がついてしまった。

 間違いなく正確で正しい判断だが、今必要なのは正しさではない。頭がおかしくなる必要があった。

 

『落ち着いて落ち着くなウル。早う正気失え』

「酒が欲しい!!」

「ウル様」

 

 それをシズクも理解したのだろう。ウルの傍によると、自分のローブをぐいっとはだけて、そのままウルの頭に片手で触れて――――そのまま一気に自分の谷間にウルの頭部を突っ込んだ。

 世界終焉の貴重な十秒間、絶世の美少女の胸の谷間に頭を突っ込む銅級冒険者という訳の分からない状況がそこにあった。が、必要な行程でもあった。

 キッチリ10秒、そうしたあと、シズクはぱっと手を離して、ウルの顔を見た。

 

「正気、失えましたか?」

 

 顔を上げたウルは溜息を吐いた。そのまま空いた左手で自分の側頭部を思いっきりぶん殴った。震えはなんとか収まった。故に、

 

「バッチリだよ畜生が!!行くぞ人骨ジジイ!!!!!」

『カカカカカ!!!!征くぞ大馬鹿モノ!!!』

 

 ウルと骨は一気に世界終焉の修羅場にすっ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。エシェル様」

 

 そして残されたシズクは、抱きしめたエシェルが落下しないように支える。心地よさそうに眠る彼女の背中をゆっくりと撫でながら、誰にも聞こえないように、小さく囁いた。

 

「ウル様を、あげるわけにはいかないのです。今はまだ」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 

 竜の悲鳴、その叫び声と共に、竜の白い翼が引き千切られるのをスーアは目撃した。

 自分以外の力で、大罪竜直下の眷族竜の身体を一部とは言え破壊した事実に少し驚く。同時に決定的な好機だった。竜は損なった翼の分を形にするために、強引に円を形成しようとしているが、明らかに歪だった。

 速度も遅い。窓の展開速度もグッと下がった。此処で勝負を決めるほか無い。

 

「私の代わり、お願いします」

「承りました、天祈よ」

 

 風の精霊の神官がスーアに応じ、そしてスーアの代わりに周りの戦士達に飛翔の力を授ける。スーアのそれと比べて力は落ちるが、必要な事だった。スーアは自身の力に集中しなければならない。

 

「竜の特性に、これ以上付き合うつもりはありません」

 

 残る3体の眷族竜を食い合わせず、まとめて殺す為だ。

 

「【無限相克】」

 

 スーアは両の手で弧を造り、精霊達の力を凝縮する。

 重ね合わせ、相性の良い力同士を合わせ、食い合わせ続ける。力の循環を一カ所に起こし、増幅し続ける。あらゆる精霊の力を同時に、そして完璧に操るスーアにのみ出来る芸当だった。

 多様な光が幾つも重なり、回転する。凝縮し、強い強い光にする。

 

「時間がかかります。戦士達よ。私を守りなさい」

「了解!!!」

 

 そしてスーアを守るべく、戦士達は彼女の周りを飛び回る。

 とはいえ、戦士達に出来ることはあまりにも少ない。此処に来るまでの間でも精根尽きるほどに戦い続けていたのだ。既に立っているのもやっとの状態だろう。その上相手は眷族が呼び出す大量の竜達。彼等にはどうこうすることは出来ない。

 

「魔術師部隊は結界を張れ!!!戦士達は少しでも【咆吼】の軌道を逸らせ!守るんだ!!」

 

 つまり防衛戦だ。

 奇しくも、【真なるバベル】における基本戦術と同じ事をする羽目になる訳だが、状況は違う。強固な盾をもつ防壁部隊はいない。戦士達の体力ももう無い。魔術師達の魔力も尽きかけていて、敵の攻撃は大量の竜の【咆吼】である。

 

「ぎゃあああああ!!!?」

 

 当然、保たない。

 この防衛は僅かな間しか続かない。一分も保たないだろう。だがその時間を稼ぐために戦士達は決死の覚悟で動いていた。それこそ命をかなぐり捨てる勢いである。

 

「【――――】」

 

 彼等の意思を無駄にしないため、スーアは一人集中を続ける。力の相克はひたすらに加速し続ける。光は激しさを増す。だがまだ足りない。

 眷族竜達を一撃で、一網打尽にしなければならない。まだ、まだ、まだ――

 

「【固ちゃ、くうううう……!!!】」

 

 結界が砕かれる。頭だけで無く、上半身まで這い出始めた竜がスーアを狙うのを、戦士の一人が止める。だが、細剣は砕け、腕を牙で貫かれた。そしてそのまま竜が口を大きく開く。焼き付ける炎が凝縮する。戦士と、その先のスーアを丸ごとに焼き払おうとしているのだ。

 

「さあああせるかあああ!!!!!!」

 

 戦士は叫び、砕けた剣を竜の眼部に突き立てる。しかしそれでも咆吼は止まらない。スーアは動かなかった。間近に迫って尚、集中は途切れなかった。まだ、まだ、まだ

 

 そして、竜の咆吼が間もなく吐き出され――――

 

「穿てぇ!!!」

『GYAAAAAAAAA!???』

 

 その直前に、竜の頭部に真っ黒の呪いの槍、【竜殺し】が突き立った。

 ウルがいた。同時に彼の外部装甲となっていたロックの身体の一部が解ける。その中にはありったけの【竜殺し】が詰め込まれていた。

 

「ウル!!」

「全部使ってやらぁ!!ロック!!!」

『【骨芯変化・餓者六腕!!!】』

 

 抱えた竜殺しの全てを空中に放り投げたウルは、そのままロックに合図を送る。同時に再び鎧の形状が変化し、ウルの背中に無数の骨の腕が出現し、落ちてくる竜殺しを次々に引っ掴んだ。ウル自身もまた、その両腕で竜殺しを引っ掴む。

 

「【魔よ来たれ!!かの者に力を!!!】」

「【戦の精霊(カラストラル)!!!!】」

 

 そのウルの行動の意図を察したのか、周囲の術者と神官がウルに一斉にバフを与える。過ぎた強化(エンチャント)の幾つかは与えられたと同時にウルの器から溢れ、効果が消滅していくが、ほんの一瞬の強化であってもウルは構わなかった。

 どっちみち、この攻撃がウルの最後の全力だ。

 

「『だらぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!」』

 

 竜をも殺す凶悪なる槍が次々に放られる。スーアを狙った竜達に、槍は次々と突き刺さり、その力で竜の肉体を()()()()()()いった。穿った傍から次に落ちてくる竜殺しを引っ掴み、再び投擲する。自らを竜殺しの砲台と化した。

 

『GAAAAAAA!!!!!!』

 

 無論、そのような暴力装置を竜達が許すわけも無い。既にこの空間に無数に出現していた巨大なる【窓】から身体を突き出した竜達は一斉に、ウルへと殺意を向けた。あらゆる悪意に満ちた力が混ぜ合わさった竜達の敵意と殺意が、一斉にウルに飛んでいく。

 

「――――――」

 

 だが、ウルはその場から逃げはしなかった。逃げるだけの力なんてもう残っていない。この場に駆けつけた時点でそうなのだ。そうなることが分かっていたから身体が畏れ、その為に正気をすり潰して此処まで来た。

 避けられない、迫る死を正面から見るのはあまりにも恐ろしい。手足が竦みそうになる。降り落ちる竜殺しを零してまわぬよう、必死だった。

 

 それでも手は決して止めない。

 竜達が、ウルを殺そうとすると言うことは、時間を稼げていると言うことなのだから。

 そして、ウルと、戦士達のその決死の貢献は今果たされる

 

「【無克・極環】」

 

 スーアの力は完成に至った。

 

『GYAHA――――――――――――』

 

 光が溢れる。その場にいる誰もが一瞬で何も見えなくなるような真っ白な光。しかし目が焼けるような感覚も無ければ、衝撃も無かった。温もりに包まれるような感覚だった。

 音も無い。あれほどけたたましかった竜達のうめき声も全く無くなった。そして

 

「おお……!!」

 

 白い光が徐々に収まり、戦士達は目を見開いた。

 あれほどまでにいた竜達の姿は既に無い。そして肝心の眷属竜はと言うと

 

『               』

 

 灰となって崩れるように、ボロボロと崩れ去っていく。三体の眷属竜達が互い、それらの死体を食い合おうとする様子もない。

 これは、つまり、

 

「勝ったぞ!!?」

 

 信じがたい、と言う感情も交じりながらも歓声が沸く。確かに周囲からこれ以上の竜が沸いて出る様子もない。虚の動きも完全に停止した。勝利したと、そう確信して間違いなかった。

 

「うおお!!!スーア様万歳!!万歳だ!!」

 

 スーアを褒め称える歓声で満ちる。あるいは力尽きてフラフラと地面に降りていく戦士達もいる。彼等を慌てて救助に向かう増援部隊の魔術師達なども見えるが、その場の全員が歓喜の声を上げた。

 勝利した。スーアが竜を殺したのだと。

 

 そのただ中で、スーアは一人、小さく呟く

 

「…………………()()()()()()()()()

 

 消えない。何故か、太陽を吞む黒い虚の存在が残り続ける。

 スーアは、静かに姿勢を正す。同時にそっと、周囲の戦士達に大地の守りの加護を与えた。そして”次の変化”を待った。

 

 そして、それは現れた。

 

「――――――――は?」

 

 不意に、黒く巨大な、あまりに巨大な【窓】が現れたのだ。

 

「な」

 

 同時に、その窓から白い翼が現れて、灰となって崩れて、消え去ろうとしていた眷族竜達の死骸を飲み込み、喰らったのだ。

 

「――――――」

 

 誰もが言葉を失う中、窓から姿を現す。

 先ほどまでの眷族竜達と比べて更に巨大なる竜。最早赤子の面影は無い。醜悪極まる歪な怪物、背中の白い翼は巨大で、何もかもを飲み込む程に大きく、多かった。13の白い羽がそれぞれ別の生き物の様に蠢いている。

 

「最初から、最後の1体は安全な場所に置いてあったのですね」

『GYAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!!』

 

 今までで、最も巨大で、強大な、正真正銘最後の眷属竜が姿を現した。

 太陽の光を吞む【虚】が一気に完成へと至る。殆ど真円に近くなったその闇を背に、強大なる翼の竜は更に力を増す。太陽の光から奪った魔力を、そのまま自らの力に変換しているのだ。

 最早、【守り】と【書き換え】にのみ特化した、などという慎ましさは皆無だろう。その翼に触れられるだけで消し飛んでしまうような、正真正銘のバケモノが降誕した。

 

「――――なんつーか、まあ、そりゃ、そうだよな」

 

 その光景を目の当たりにして、ウルは思わずポツリと呟いた。それを聞いた、ウルを護ろうと彼の周囲に結集した戦士達も同意するようにして頷いた。

 

「わざわざ、全てを我々の前に、晒す必要はない訳だ。我が竜でも、そうするわ」

「酷い、ペテンだ。どうせなら、最初から、そうやって、出てこい馬鹿野郎」

「仲間内の殺戮では、意味は無いのでしょうね。全く、興味深い」

「研究しますか?あの世で、ですが」

 

 ベグードが溜息をついてそう言うと、戦士達はケラケラと笑った。ウルも同じだ。

 別に、諦めているわけでも、心折れたわけでも無い。単純に、本当に、もう冗談を言う以外に、自分たちに出来ることが無い。

 彼等は一流の戦士で、だから悟った。もう本当に、コレはどうしようも無いのだと。そして自分たちの方はと言えば、抗おうにも、逃げだそうにも、もう本当に指一本動かない。根性論を振りかざそうにも、その根性を使って此処まで来たのだ。それも尽きたら、本当に後は笑う事しか出来ない。 

 

「よく頑張りました、戦士達よ」

 

 唯一、抵抗できるとしたらスーアのみだ。

 血にまみれ、ボロボロになった戦士達を、自分の背中に隠すように立つスーアを前に、ウルも、戦士達も、自然と両手を合わせて、祈りを捧げた。無論、捧げるだけの魔力すらも残っていない。だが、自然と彼等はそうした。それは自らの無事を祈ったのではない。

 

 あの尊き方が、どうか無事でありますようにと、戦士達はひたすらに祈った。

 

『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!』

 

 その祈りを、竜が嗤う。

 肥大化した手をスーアへと伸ばす。白い翼が世界を書き換える。そして――

 

 

「っせいやあああああああああああああああああああ!!!!!」

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!!』

 

 

 

 その背後から、【天拳のグロンゾン】は眷族竜を殴りつけた。

 

 眷族竜残り 1体 

 

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