かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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終戦

 

 大罪都市プラウディア 真なるバベル正門前にて

 

「おお!見ろ!!!」

 

 太陽が陰りゆく異常事態。不安に駆られ、真なるバベルへと駆けつけた都市民の内の誰かが声を上げる。彼が指さす先に、昇りつつあった太陽の姿があった。その太陽の端から徐々に侵食していた黒い虚が、見る間に晴れていくのを彼等は目撃した。

 それが何事であるのかを彼等が知る由は無い。

 だが、恐るべき災厄がたった今、消え去ったことだけは誰の目にも明らかだった。

 

《民達よ》

 

 そして天から声が降り注ぐ。それが太陽神の使い、天賢王のものであることはその場にいる全員が理解した。都市民達は跪き祈りを捧げる。

 

《畏れることは無い。たった今、我が僕たる七天と、勇敢なる戦士達の奮闘によって闇は払われた》

 

 脳に響くような王の言葉に、都市民達は感嘆と安堵の声を漏らす。先ほどまでの混乱が一気に拭い去られていった。直接、陰が拭われていく所を目撃したこと以上に、それが王の言葉である事が彼等の不安を払っていた。

 天賢王は彼等にとって太陽神の化身そのものでもある。彼の言葉は神の言葉である。それを疑うこと自体が不敬であり、訝しがるという発想すら彼等には浮かばない。

 

《日々の勤めに戻り、安寧を喜ぶといい。それこそが我らの望みである》

 

 天賢王のお告げが終わった。

 跪いた都市民達は立ち上がり、しかし祈りを捧げ続ける。神殿であるバベルに、七天に、そして誰であろう天賢王に感謝の祈りを捧げた。

 我らが神、我らが王に永久の繁栄あれ、と。

 

「なんとか終わったか……」

「ええ、あの子は無事でしょうか?」

「煮ても焼いてもそう容易くは死ぬものか。あのバカ娘が」

 

 そしてその騒動の様子を見に来ていたディズの義理の両親達。ゴーファ・フェネクスとソーニャ・フェネクスの二人も安堵の溜息をついた。

 二人は、既にディズからなにが起こるのかは大雑把に聞いている。心配しなくてもいいという事も何度も聞かされている。が、それで安心できるような親などいない。朝起きて、この騒動を聞いたときは嫌な汗が出たものだった。

 

「では、あの子が帰ったらお祝いをしないといけませんね」

「この間、里帰りの祝いをしたばかりではないか」

「あら、お祝いなんて何回やっても楽しいじゃないですか。今度はあの子の友達もみいんな招いてみましょう?」

「全く……」

 

 そう言いながらも、ゴーファは彼女の言葉を否定することしなかった。

 

「……………」

 

 そして、その二人とは離れた場所にて、黒衣の老人、孤児院の主であるザインもまた、王の言葉を聞いていた。彼は普段とまるで変わること無く誰と言葉を交わすでも無く、間もなくしてバベルから背を向ける。

 神官達の何人かがザインの姿に気がついた様子だったが、彼等に応じることもしなかった。ただポツリと

 

「幾らかはマシになったか」

 

 と呟いた。

 勿論、その言葉の意味するところと、誰に向けられた物だったのかを理解できる者はいなかった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 真なるバベル、空中庭園。

 空を見上げると、あれほどまでに差し迫っていた【大罪迷宮プラウディア】は再び浮上していく。恐るべき、迷宮そのものをつかった特攻が阻止されたのだ。天賢王も既に奮闘を止め、怪我の治癒のためにバベルへと戻った。

 戦いは終結した。都市民達を安堵させるための王の言葉で、戦士達の全てにもそれが伝わっていた。

 

「怪我人の治療を急げ!!神薬の使用も許可する!!名無し、神官問わずだ!!!」

 

 だが、【陽喰らいの儀】の阻止が完了したとしても、騎士団長ビクトールの仕事は終わらない。戦いが終わったからといって、怪我人もなにもかもが消え去ってくれるわけではない。平和を取り戻した後、被害者の数を増やすなどあってはならない話だ。

 だからビクトールは忙しい。が、

 

「……………ふぅぅうう………」

 

 合間に、ゆっくりと溜息をついて安堵するくらいの猶予は許されていた。

 

「お疲れ様です、騎士団長」

「ああ……」

 

 部下から差し出された水を飲み干して、彼はもう一度溜息をつく。事が済んだと理解できた瞬間、体中に凄まじい疲れが押し寄せてきていた。どうも気付かない間に長時間力を込め続けていたらしい。椅子に腰掛けてぐったりと身体を預けた。

 

「今回は……今までで一番疲れた……!」

 

 ビクトールは疲労の滲みきった声で言い放った。

 陽喰らいは毎回予想も付かないような展開や敵の出現が起こるのは珍しくは無い。そんなふうに知ったようなことを思っていたが、甘かったらしい。今回のてんやわんやっぷりはとびっきりだ。部下も深々と頷いた。

 

「イレギュラーが多かったですね……」

「敵にも、味方にもな……」

 

 期待の新人、というには些か以上に不安が残る”彼等”が参加してきたときは、それでも制御できるとは思っていた。使えるならそれで良し、使えないなら後方支援に回し無難に過ごして貰おうと思っていたのだ。

 ところが予想外の働きと、予想以上の突拍子のない行動で、思いっきり振り回されてしまった。二倍疲れた。

 

「結果として、被害は少なく済みそうなのは幸いだがな……全く」

「勲章ものですかね?」

「絶賛して褒め称えたい気持ちと、怒鳴りつけたい気持ちとで半々だよ、私は……」

「できれば褒めてやって欲しい。お叱りは私が受けよう」

 

 と、会話の最中に冒険者ギルドのギルド長、イカザが姿を現した。鎧は外され、治療を受けている最中なのだろう。幾重にも治癒符が巻かれた左腕が痛々しい。

 ビクトールは立ち上がり。席へと促した。

 

「無理をなされるなイカザ殿。まだ全く癒えてはいないだろうに」

「癒者らの献身で回復したよ。最後まで戦いに出れなくて済まなかった」

「単騎で竜を1体と半分を焼き切った貴方の活躍無ければもっと死んでいた。感謝こそすれど批難する程恥知らずでは無いよ私は………左腕の方は?」

 

 イカザが軽く肩を動かす。ピクリとも動いてはいない様子だ。

 

「親切な誰かが私の腕は拾ってくれたらしく、なんとかくっつくようだが、元のように自由に動かせるかは分からない」

「そう、か……」

 

 利き手ではないだけ幸運だと言えるかもしれない。だが、それでも片手の自由を失ってこれ以上苛烈な戦場の最前線に出られるか、と言えばビクトールは苦い顔をせざるを得なかった。

 戦士達の損失、大量に消費した消耗品、対竜兵器、どれもバカには出来ないが、今回最も大きな痛手は彼女の負傷だろうと確信した。次回以降、場合によっては彼女無しで戦う必要が出てくるのだから。

 そんなビクトールの不安を読んだのか、イカザは肩を竦めた。

 

「そんなわかりやすく心配しないでくれ」

「む」

 

 ビクトールは口を手で覆う。無礼で未練がましい自分の反応を恥じた。

 

「なに、まだ潔く引き下がるつもりは無い。必要であれば無理をする。だが」

「だが?」

「心配することでも無いとは思っている。思ったよりも若い芽は育っている」

 

 彼女の言葉の意味を理解出来ないわけでは無い。

 今回の戦い、最終局面で奮闘したのはイカザではない。彼女を師として仰いだベグードのような若い戦士であり、そして”例の彼等”でもある。

 勿論、実力はまだまだ足らずなのだろうが、しかし、この先が楽しみなのも確かだった。

 

「貴方の”娘”も」

 

 そう言ってイカザは笑う。

 ビクトールは娘という言葉を聞いた瞬間びくんと身体を震わせた。

 

「あの子に関しては、既に全く私の手には負えないのでな……誰に似たのだか」

「若い頃の貴方の面影は確かにあるな」

「勘弁してほしい……」

 

 【天剣のユーリ】を娘に持つビクトールは戦いが終わった時よりもグッタリとした顔で手を振った。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 竜吞ウーガ、司令室

 

「エシェル様は無事なのですか?本当に?怪我も無い?……そう、そう、わかりました」

 

 シズクから届いた通信魔術を聞き終えたカルカラは深い深い安堵の息を漏らし、地面にへたり込み胸をなで下ろした。

 

「…………良かった、本当に」

「ほんとーにね。私が死んじゃう前に見つかって良かったわよ」

 

 その隣でカルカラ以上にリーネはグッタリとした。

 暴走して今すぐに此処を飛び出そうとするカルカラを押さえ込む役割だったのが彼女であったのだが、何せカルカラは只人でリーネは小人である。押さえ込むというよりも、ほぼほぼ飛びついて身体全体で食い止めるような状態だったのでとても疲れた。

 

「とりあえず……何とかなったって事で良いのよね?」

「恐らくは」

 

 魔物の襲撃は収まった。

 ウーガの結界に食いついて破壊していた眷族竜の姿もいつの間にか消えていた。残存する魔物達の襲撃は現在、白の蟒蛇とエンヴィー騎士団が行っているが、特に問題があったという言葉は聞かない。

 ウーガの中心に侵食していた怠惰の混成竜の破壊痕は凄まじいが、表層部に留まっている。直すのには手間は掛かるだろうが、再起不能という訳ではない。

 

 怪我人はとても多い。ジャインだってえらい怪我だったので速やかに司令塔内で用意した救護室に運ばれていった。だが、敵の攻撃の規模を考えれば、奇跡的なまでの被害の少なさと言って良いだろう。

 

「ほんっと疲れた……」

「お疲れ様です」

 

 不意に水が差し出される。見ればエンヴィー騎士団のエクスタインがいた。ありがたく水を受け取り、一息つく。

 

「魔物の掃討は終わった?」

「つつがなく。統制も全く取れていなかったから上手くやれましたよ」

「部外者なのに後始末を任せて悪かったわね」

「部外者として楽をさせて貰いましたからね」

 

 エクスタインは申し訳なさそうに額を掻いた。

 どうやらド修羅場の最中、逃げる準備を進めていたのを気にしているらしい。とはいえリーネはそれを責める気にはならない。というか、彼等の立場で審査対象の案件に首を突っ込みすぎて全滅しましたなどという事が起これば間違いなく大問題になるだろう。

 竜の侵略が強まったとき逃げるとした彼等の判断は間違いなく正しい。今ウーガが無事なのは結果論でしかなかった。実際、無茶をしたジャインは今もベッドの上で意識は戻らずにいるのだから。

 

「申し訳なく思うなら、ウーガの管理能力の審査、ちゃんとして欲しいけど」

 

 そう言うと、エクスタインはにこりと笑みを浮かべて返事をしなかった。

 

「ちょっと」

「僕はただの下っ端、って事は理解して欲しいですね」

「…………そう」 

 

 つまり、まだまだなんの油断も出来ないと、そういうことらしい。 ”わかってはいたが”面倒な事だった。これほどの困難を乗り越えた後なのだから、少しばかり好転してもいいのに。とは思うのだが。

 

「僕で出来る範囲の便宜を図るつもりではありますよ。ですが、世の中の思惑というのは、思った以上に複雑で、面倒だ。事が大きくなるほどに複雑さは増します」

「ウーガの取り巻く状況を複雑化したヒトが言うと説得力が違うわね」

 

 直接的に皮肉るとエクスタインは小さく呻いて顔を伏せた。これくらいの攻撃は許してほしいものだ。折角の勝利に水を差されたのだから。

 そう、勝利したのだ。誰がどのような思惑を巡らせようとも、それだけは揺らがない。自分たちは生き残り、ウーガは健在だ。多大な戦果を挙げ貢献したのだ。此処で後々の不安に顔を曇らせるのはバカだろう。

 

「ま、いいでしょ。互い死ななかったのだから。ありがとうエクスタイン」

「そう言って貰えると助かりますがね。お疲れ様でしたリーネ様」

 

 リーネは司令室の前に出ると、ここまで協力してくれた【白の蟒蛇】やグラドルの魔術師達がリーネを見つめてくる。瞳に映る感情は感動だったり、感謝だったり、あるいは尊敬だったり様々だ。そしてリーネもまた、それらが入り交じった瞳で見つめ返す。

 激闘を乗り越えた仲間同士の信頼の絆が確かにそこにはあった。

 

「私達の勝ちよ!」

 

 リーネが鬨の声を上げると、魔術師達も呼応し、雄叫びを上げるのだった。

 

 

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