かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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彼女の理由

 

 21日目

 

 最悪の目覚め、というものをウルはその日経験した。

 頭部に痛みを抱え、頭は魔術の影響かグルグルと回り吐き気がする。

 

 だが、怪我の痛みも気分の悪さもどうでもよかった。

 

 気を失う前の事はハッキリと覚えている。ネズミは奪われた。最大にして最後の好機は仲間に裏切られ、ライバルに奪い取られた。その現実がウルを打ちのめしていた。

 

 失敗した。

 

 シズクが裏切った。

 何故あんなことをしたのか?という疑問をウルが抱くこと自体、彼女の事を理解できていない証拠だった。彼女は自らの素性を決して明かさず、ウルはそれを承知した。リスクを飲み込んで、彼女に背中を預け、その背中を刺された。今回はそれだけのことだった。

 

 終わった。これでもう、アカネは救えない。

 

 疑念と後悔で頭がどうにかなりそうだった。とても前を向く気にはなれない。そうしようにも、そのための手段のすべてはもう、失われて―――

 

「おう、こっち無視すんなや、人が看病してやってんのに」

「…………グレンか」

 

 そこで、真横のベッドで暇そうに本を読んでいるグレンの声で、自分が訓練所の医務室にいる事に気が付いた。

 

「……討伐祭は」

「お前は丸一日寝てたから4日後」

 

 少なくとも、討伐祭まで寝過ごすなんていう間抜けはせずに済んだらしい。最も、だからどうしたといわざるを得ないのが現状だが。

 

「……シズクは」

 

 口にして、バカな質問をしたと苦い顔になった。いるわけがない。いるわけが――

 

「ああ、アイツなら講義室にいるぞ。守護精霊に祈りを捧げたいとかで」

「そうか…………………ん?」

 

 ウルは流そうとして、聞き直した。

 

「今なんて?」

「いや、だから講義室にいるっつってんだよ。シズク」

「今?」

「今」

「…………」

「…………」

「え?なんで?」

「ボケてんのかテメー」

 

 ウルはグレンに一発殴られた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 講義室。 

 

 普段は意識していない、というかグレンからいつ拳がとんでくるかわかったものではないので目に映ることすらないのだが、部屋に入って正面の教壇、その上部に一つ意匠が刻まれている。偉大にして絶対なる神ゼウラディア、そしてその眷属たちを記す“精霊の紋章”。この世界ではどこにでも存在する代物だ。

 

「……」

 

 その紋章を前に、シズクは熱心に祈りを捧げていた。

 両の手を合わせ、深く頭を下げ、強く、深く、祈りつづけている。【神殿】の中でだって、彼女ほど熱心に精霊たちに祈る人々はいないだろう。

 

 しばしの間、ウルは邪魔をせぬようその場でじっとしていた。彼女が手を合わせるのをやめたのを見計らい、部屋に入っていった。

 

「そうも熱心に祈るなら、せめて“神殿”の前にでも行けばいいのに」

 

 後ろからウルが声をかけると、シズクは特に驚いた様子もなくゆっくりと顔を上げ、ほんわかと微笑みをみせた。

 

「いいえ、私にはここで十分です」

「そうなのか」

「ええ、そうです」

 

 のんびりとしたシズクの言葉にウルもつられてのんびりと返した。近くの椅子に座ると、シズクは静かにウルの傍へと座りなおした。そしてしばし沈黙したのち、先に口を開いたのはシズクの方だった。

 

「私は、とある【邪霊】を信奉する集団の巫女です」

「邪霊?」

「精霊の一種です。かつて、唯一神ゼウラディアに、“人の営みには不要”とされてしまった忌むべき存在をそう呼称します」

 

 シズクは淡々と告げた。

 ウルには邪霊をどうこう言われてもピンとは来ない。彼女の言う通り、邪霊などという存在そのものを今初めて知ったのだ。彼女が何ゆえにその使命を背負うに至ったか、そこまでは分からない。だが、

 

「それが、シズクの冒険者になって、竜を討たんとする目的か」

「はい。私の目的はその邪霊の復権です。巫女である私が、世の敵対者である竜を討ち、我らの邪霊が過ちでないことをイスラリア大陸全土に示さなければならなかった」

 

 彼女の瞳は微塵も揺らぐ様子はなかった。不安も、恐れも、そしてその逆に使命感に燃える誇りも、情熱も、彼女の瞳には映らない。ただ、すべきことを成さんとする意思だけがあった。

 

「今まで語らずにいて、申し訳ありませんでした。邪霊という存在自体、あまり知られるわけにはいかなかったのです」

 

 シズクはそう言って深く頭を下げた。

 

「何故、今それを?」

「これ以上ウル様に自分の事情を秘めておくのは出来ないと思いました。貴方からの信頼を完全に失ってしまう。なので()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああなった以上は?」

「ああなった以上は」

 

 そう、本題だ。宝石人形の急所、最も重要な根幹の情報漏えい、それを意図的に行なったシズクの意図。明確な裏切りと、にも拘らず、今なおウルの目の前に姿を現している理由。

 

「説明する気があるのなら教えてほしい。何の意図でああなって、今も俺の前にいる?」

「ええ、それは―――」

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 シズクの説明は決して長いものではなかった。口にしてしまえば極めて単純で、明快だった。そしてそれ故に、

 

「……」

 

 ウルは、若干顔を青くさせ、絶句していた。

 

「――――以上です」

「……シズク」

「はい」

「ヤバいのでは」

「はい」

 

 シズクが何をしたのか。何ゆえにネズミの情報をあの赤鬼の連中に漏らしたのか、その全てを聞いたウルは押し黙る。ひとまず彼女が何をしたかったのかはわかった。理解もできた。

 そして分かった。彼女の取った行動はとても“危ない”。いくつものリスクを抱え込み、しかも結果に結びつくかも怪しい。ただ、しかし、ハッキリしているのは。

 

「私たちが宝石人形を討つ、その成功率を上げる選択肢としては、これしかないかと」

 

 ハッキリとしたのは、彼女が依然として、ウルと共に宝石人形を討つ気であるという事だ。彼女は徹頭徹尾、その点においてはブレてなどいなかった。ウルの状況はいまだ、“詰み”ではない。

 

「……だが、そんなことを勝手に……」

 

 が、しかし、だからといって、ああよかった、と話を済ませるわけにはいかなかった。彼女の行動と決断は完全にウルの意思を無視しきっていた。独断も甚だしい。一行を組んだ以上、それがいかにウルの利益になるものであったとしても、決して許される事ではなかった。

 シズクはウルの少し躊躇うようなその指摘に「勿論」と頷いた。

 

「その点は理解しております。私は償いをしなければなりません。なので」

「なので?」

「どうぞ」

 

 シズクは自らの両腕を広げた。ウルは理解できずに問い返した。

 

「どうぞ?」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ウルは絶句した。

 

 

 

 


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