かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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いつもの事

 

 一ヶ月程前

 夜の闇の中、竜吞ウーガ、ウルの自宅屋上にて。

 

「――――無理だな」

 

 魔王ブラックは、ウルとの対話で投げられた質問「ウーガの保持の可不可」について、アッサリとNOと答えた。言うまでも無くそれはショッキングな解答であるはずなのだが、ウルはそれほど動揺はしなかった。溜息をつき、頭を掻いて、頷いた。

 

「やっぱり無理か」

 

 ウルは驚きも、動揺もしなかった。ただ、納得した。

 ブラックが信用できるかという話でもあるが、嘘は無いだろうとすんなり思えた。ウーガの一件で、この男が適当にだまくらかす理由がそもそも無い。

 

「お前だって分かっちゃいるだろうさ。此処は単純に金になる、だけじゃねえ。自由に、好きなところに、莫大な金を産み出せるスポットを作り出す特異点だ。やりようによっては、俺が裁判で提示した金貨だってあっという間にたまるだろうさ」

 

 裁判でブラックが提示したウーガの売買提案は、それ自体が裁判を動かすためのてこ入れだったが、しかしその金額自体は適当を言っていた訳ではない。あの程度の額は、取り返すことが出来る可能性を、ウーガは有しているのだとブラックは言う。

 

「そして、そんな場所を、権力者達が見逃すはずが無いわなあ?」

 

 今この世界で、権力を、資金を有している者達。王が管理する箱庭の中で、その富を独占して、管理する者達。商人や神官、あるいは冒険者達の中にもそう言った者達は存在している。

 

「この世界、今の仕組みで勝ち組になってる連中にとっちゃ、ここは素晴らしい宝の山であり、一方で脅威だ。自分達が享受している既得権益を、一瞬で踏み潰しかねないからだ」 

 

 ウーガが巨大な影響力を有しているという事は、即ち既存の環境を"吹き飛ばす”力を持っていると言うことだ。当然、元々の環境であぐらをかいていた連中にとってすれば、それは脅威と言えるだろう。

 

「だがな、そう言う連中は、()()()()()()()()()()()()に慣れている」

 

 手すりに寄っかかりながら、ブラックは語る。まるでそういったものを見てきたかのように彼は語っていた。無論、少し前までこの世界の底辺を這いつくばっていたウルには知りようのない世界だ。

 しかし、ブラックの語る言葉には、嫌なくらいの説得力があった。

 

「見定めて、転がして、手元に入るならそれで良し、取り込んで我がものだ。そうでないなら踏み潰す」

 

 足下をうろついていた羽虫を、ブラックは踏み潰す。ぐしゃりとした嫌な音が、静かな夜に響き渡った。

 

「突出した個人が、閃きで生みだした単発の流れなんてのは、すぐに蚕食されるものさ。蓄積された歴史から生まれるドロドロの腐敗には勝てやしない」

 

 ヒトの社会で生きる以上、突出した個は、積み重なった歴史と、その中にいる多数には打ち勝つことは出来ない。どれだけその個人が輝けるものを有していようと、幾千のヒトの中では光も埋もれてしまうからだ。

 

「……まあ、理解したよ」

「だから、ウル坊。もしも、本当に此処を護りたかったら、なあ」

 

 ブラックは一歩前に出た。真っ黒な、獣のような大男が、ウルを見下ろして、

 

()()()()()

 

 そう言って、歯を剥き出しにして、笑った。

 

「全部、全部、ぜぇぇんぶ、喰って、喰って、食い潰しちまえよ。そうする以外ない」

 

 魔王は指をウルの額に刺して、グリグリとねじ込む。鬱陶しいと指を払うが、額の痛みがいつまでも消えなかった。

 

「自分たちは安全で、安心で、あらゆる富を自由に出来ると勘違いしちまった、可哀想な老害達、既得権益を貪る連中を、阿鼻叫喚に突き落としてみろ」

「……なんだそりゃ、お前もって事かよ」

()()()()()()()()?」

 

 そうしたら、

 

「ぜえええったい、たーーーーあああのしいぞお?」

 

 ゲラゲラゲラゲラと魔王は嗤う。

 妖しき魔王の誘いと嘲りは、何時までもウルの耳に残り続けた。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 【罪焼きの焦牢】の夜が来る。

 陽は沈んでいるかは分からないが、魔灯の燃料を節約するためか、夜は一気に灯りが落ちる。真っ暗な空間で窓も無い為に、夜の地下牢は本当に真っ暗だった。通路を見れば、いくつか灯りが漏れているところがあるので、ひょっとしたら魔灯を個人で保有する者も居るのかも知れないが、現状のウルには知りようが無かった。

 

「…………ふう」

 

 ウルはその闇の中で、静かに足を組んで、瞑想する。

 鍛錬の一種だった。身体の悪い気を魔力ごと吐き出して、身体の調子を整える。体内の魔力を循環し、整える。ディズに教わった”眠り”の派生技だった。

 大きく息を吸って、吐く。魔力を循環させる。現在のウルの身体は、陽喰らいの儀の戦いを経て得た膨大な量の魔力を全く消化しきれずにいる。絶えず痛みが体を襲っている状態だった。少しでも魔力の循環を高めて、体を落ち着かせる必要があった。

 次第に汗が流れ始める。不要物が体を出て行くのを肌で感じ取り、ウルは目を開いた。そして、自分の身体にへばりついたペラペラの囚人服を見て、ため息をついた。

 

「……服とかどうすんだろここ」

 

 全裸でやれば良かった、と思いながら汗でぐしゃぐしゃになった囚人服を脱ぐ。流石に着替えも何も供給されない、と言うことはないと信じたいが、とりあえず明日朝には乾くことを祈った。

 

 素っ裸になった間抜けな姿で、ウルは頭を掻く。

 そして大きく溜息をついて、寝転がった。そして瞑目し、いろいろなことを思い返し、そして思った。

 

「……………アイツら、俺のことなんだと思ってんだ!マジで!」

 

 ウルは自分の汗だくになった囚人服を勢いよく投げ捨てた。いい音がした。

 誰も彼も、何故かウルのことをとてつもないゲテモノか何かだと思っている。尋常で無いパワーを持っていて、その力であらゆる困難を解決できるスーパーマンかなにかだと勘違いしている節がある。それくらいの重すぎる期待がかけられている気がしてならない。

 

「ラース攻略?出来るわけねーだろ……?!正気かアイツら!!」

 

 間違いなく、ウルは凡人だ。誰であろう、自分自身がそれを確信している。ここまでこれたのは幸運だっただけ、と卑下するつもりはないが(運という点に関して言えばむしろとてつもなく悪い気がしなくもないのだが)、それでもやはりそこまで自分が大層な物にはどうしたって思えない。

 ウルの自己認識は未だ、その日の飯代に四苦八苦していたものとそう変わり無いのだ。

 だから、滅茶苦茶な期待をされても、困る。困るのだが――――

 

「…………」

 

 チラリ、とウルは周囲を見渡す。

 ジメジメとした、薄暗い牢獄。ベッドもやはりかび臭い。鉄格子こそ無い。先に入れられた牢屋よりは自由が効きそうな場所であるが、言うまでも無くウーガの自宅と比べれば雲泥の差だ。

 何より、此処には仲間達の姿が無い。命を預け合い、協力し合った、クセが強すぎるが、それでも命を預けるに足りると信じられる連中が、一人も居ない。

 

 ――――待っています。

 

 このままでも良いのか?

 

 無論良くない。

 例え、牢獄にいる間に仲間たちに見捨てられることになろうとも、この場所に居続ける事を妥協する理由にはならない。

 

 ならばどうするか?

 

 抗おう。何時ものように。

 

「……ま、良いさ。久々の身軽な身だ。()()()()()()()()()()()()

 

 責任から解き放たれ、軽くなった肩をグルグルと回しながら、ウルは身体を伸ばした。気楽だ、と思ってはいけないかも知れないが、幾らか自由に振る舞っても、バチは当たるまい。

 

「ボンクラなりに抗ってやるよ……だが、期待するなよ」

 

 こうして、ウルは何時ものように、理不尽に抗うことを決めた。

 

 故に、

 

 この焦牢も、ウルを此処に突き落とした悪党達も、誰も彼も回避不能の嵐に飲み込まれ、吹っ飛ばされる運命が確定したのだが――――無論、この時のウルには知る由も無かった。

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