かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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魔女窯の魔女

 

 【罪焼きの焦牢・地下牢】における権力構造は実にシンプルだ。

 

 【鍛冶王ダヴィネ】という天才が全てを牛耳っている。気が向きさえすれば望む物を望むままに生み出し、地下牢の内と外に恐るべき影響力を持つ。【黒剣】は彼を失うことを強く恐れるが故に、彼が外に出る事を徹底的に阻止しようとするが、結果として【黒剣】は彼の言いなりだ。

 

 紛れもない【焦牢】の王である。

 彼がトップで、彼に従わない者はいない。居てもすぐにいなくなる。そう言う場所だ。

 

 しかし彼の”下”は単純かというと、少々複雑だ。

 トップがダヴィネである以上、地下牢で力を持つ者は彼に近しい者達と言うことになる。ダヴィネに気に入られる者こそが力を集め、「コイン」を得る。それができたグループはおよそ3つ。

 

 ダヴィネの焦牢の治安そのものと、通貨であるコインを管理する【焦烏】

 ダヴィネの生み出す”作品”に彼の望む【付与】を与える、【魔女釜】

 ダヴィネが”作品”を作り出す上で必要となる素材を集める【探鉱隊】 

 

 そしてそれらの下に、黒炎に呪われるリスクが最も高い【黒炎払い】がある

 

 地下牢の環境を理解した囚人達は自然と、この四つのグループのいずれかに所属する。

 当然、囚人達は上位のいずれか3つのグループに所属することを望むが、多くの技能を求められる上位の3グループは弾かれることが多い。と、なると最も忌み嫌われる【黒炎払い】になるか、あるいはその3グループのいずれかに媚びへつらって、使いぱしりになることでなんとか逃れようとするかのいずれかとなる。

 

 【焦牢】の地下囚人、ペリィは後者だった。

 

 彼が媚びて使いぱしりになっている相手は、【魔女釜】のいけ好かないリーダーだった。魔女という呼称が相応しい女だ。性格も最悪で、此処に放り込まれた理由も自分と敵対した魔術ギルドに禁術を使い、一般都市民をも巻き込む惨事を引き起こしたからだ。全くもって、ろくでもない。(勿論、ペリィだって此処に来た理由はろくでもないが、それは今は良いだろう)

 

 さて、彼をこき使う魔女の今回の命令はこうだ。

 

 ――若い子供、きっと頑丈だろう?使いたいからウチに連れておいで。

 

 何に使う気か、なんてことは考えたくもない。

 技術も何も無いのに【魔女釜】に招かれて、疑問にも思わずほいほいと彼女の元へとやってきた間抜けが、翌日悲惨な姿になって黒炎に放り投げられるといった事があったとまことしやかに囁かれているがそれは本当だ。ペリィがそう誘導したからだ。

 

 兎に角、仕事だ。あの魔女から役立たずと見なされれば、今度ひどい目に遭うのは自分だ。それか、【黒炎払い】に回されるか。どっちにしろ最悪だった。

 

「適当に言いくるめりゃ良いさ……何時ものことだ」

 

 【罪焼きの焦牢】は外の情報が殆ど入ってこない。

 滅んだラース領に隣接している為に他の領と物理的に距離がある。契約した通商人と月に二回ほど取引を行うが、情報の鮮度は当然悪い。つまりウルという新人の情報をペリィは勿論、持ち合わせていなかった。

 

 結果、彼はウルという子供を侮った。

 冒険者をしていたらしいが、子供は子供だと。

 

 その判断が愚かしいかと言えばそうではない。子供の冒険者は珍しくは無いが、強い子供の冒険者なんて殆どいない。その子供が此処に流れ込んでくるのは珍しいが、頻度が低いというだけでいないわけではない。

 神官達の不義の子が適当な罪を擦られて送られることもあるのだ。多少の物珍しさくらいで彼等は騒いだりしない。

 竜牙槍と、黒睡帯を持っていたのは気になったが、まあ、此処に入れられる前に噂を聞いてこれくらいの準備をしてくる奴はいるだろう。実際、看守達に賄賂を送り、ガチガチに装備固めてこの地下牢にやって来たバカもいたものだ(早々に黒炎に焼かれて死んだが)

 

 兎に角、相手は子供だ。無知で愚かで、丁度思い上がりが激しい年頃の子供。

 

 騙すのは容易い。彼は元は詐欺師だ。相手をだまくらかすことには慣れている。

 まずは適当なバカどもをけしかける。

 良い感じに傷ついたところで助けてやる。さも、地下牢のイロハを知ってる頼りがいのある男として彼に助言をくれてやる。そして最後に口利きと言って魔女の下に自分から向かうように仕向ければ良い。騙されたと知る頃には、自分から魔女の【契約】を結んで何処にも逃げられなくなった哀れな実験体の完成だ。

 

 何時もの彼の手口だ。だから楽勝だと、彼はそう思っていた。

 

「…………何、やってんだぁ?」

 

 その日の朝食時、早速チンピラ達をけしかけたペリィは、先輩面で自分がけしかけた喧嘩を仲裁しに向かおうとした。が、残念ながらそれは不発に終わった。

 

「……………ごげえ」

「……いでえ、いでえ」

「なん…なにしやがるこのガ――ごべん!?」

 

 子供の前に、3人のチンピラ達が沈んでいたからだ。

 不意打ちに囲んでタコ殴りにしろと指示を出したはずだ。彼等は冒険者まがいで、それなりに腕は立つ。幾ら子供も冒険者をやっていたからといっても、数の暴力を前にすれば大抵は負けるものだ。

 

 だが結果を見ると、そうはならなかった。子供はでかい槍を背負っているが、それを使ってる様子もない。素手の喧嘩で彼らは負けたのだ。

 

「何って、喧嘩だ。こういう場所だし、珍しくもないだろう?」

「あ、ああ、そ、そう……」

 

 ウルという子供は、コチラを睨み付けるような目つきで問うてきて、少しビビったペリィは思わず頷こうとした。が、気を取り直す。予定は変わったがやることは変わってない。先輩面でアドバイスをするのだ!

 

「いや、気をつけた方が良い。この牢獄にゃ【焦烏】っつー治安維持の監視役がいる。そいつらに目を付けられたら大変だぜぇ?」

「なるほど、気をつけよう。アドバイス助かる」

「なあに、気にすることはないさぁ。新人が来たから困ってると思ってな」

「へえ、親切なことだな」

 

 和やかに会話が続く。表面上は。

 ペリィはずっと嫌な予感がしていた。詐欺師をしていたから、相手がコチラをどう思っているかはなんとなく察せるのだ。相手が緊張していたらすぐ分かる。その緊張を上手いこと解きほぐしてやると、容易く相手はコチラの手の平で転がる。

 ではこのウルという子供はどうかというと、確かに緊張している。だが、恐れから生まれる緊張とそれは違った。肌を切り刻んで引き裂くような緊張感は敵を見たときに向けるものだった。

 

 だがけしかけたチンピラたちは既に再起不能だ。

 ならば、この場に居る彼の敵とは――

 

「ところで、聞いて良いか?」

「あ、ああ、どうし――」

「この場所、動線から完全に外れた場所なんだが、アンタどうやって俺たちの事に気付いたんだ?」

 

 ウルと、倒れ込んだチンピラ達のいる場所は、地下牢の道の曲がり角にあるどん詰まりだ。本来は集会場に続く道が崩落でふさがっている。行き止まりなのだ。

 勿論、此処を通りかかった理由は、彼を貶める為だ。それを口にするわけには行かず、

 

「それは――――」

 

 ペリィは答えに屈し、直後、目の前のウルが黒睡帯で覆われている拳を強く強く握りしめるのを見て慌てて言葉を捻り出した。

 

「そこに転がってるバカどもが仕事場にいつまで経ってもきやがらねえから!!探してたんだぁ!!!」

 

 魔女の使いぱしりになっている彼等だが、普段、命令されていないときは仕事が無い訳じゃ無い。雑用はある。嘘は言っていない。

 

「ああ、なんだ。そうだったのか」

 

 パッと、ウルは拳を解いて、申し訳なさそうな顔で頭を掻いた。ペリィは冷や汗を背中にかきながらなんとか笑みを返した。が、それ以上はペリィは言葉を続けられなかった。ウルは用が済んだと言うように去って行く。その去り際に小さく呟いた。

 

「アンタがけしかけたのかと思ったよ」

 

 その声音の冷たさに、ペリィは身震いした。振り返ると彼はいなくなっていた。

 やって来たのは、少なくとも、”ただのガキ”ではないとペリィは学んだ。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 新人、ウルがやって来てから数日が経過した。

 

 ペリィの状況は思わしくない。

 初日、ペリィの指示でウルを襲撃し、返り討ちにあった連中が腸を煮えさせて、その日のうちにウルに再襲撃を仕掛けた。そしてそれも失敗した。

 結果、チンピラどもの心が折れた。ウルに関わりたくないと泣き言を抜かした。

 

「あのイカレ野郎とは二度と関わらねえ!!絶対にだ!!!」

 

 誰もが一目で竦むような強面のチンピラリーダーが泣きっ面でそう喚いてペリィの指示を拒否したことで、動かせる兵隊がいなくなった。ペリィと彼等の間に主従関係は無い。ペリィは頭が回るから彼等を指示する側に回っていただけで、真っ向から拒否されればそれを咎めることはできない。

 だが、そうなるとペリィには手が無い。

 彼は困っていた。詐欺師としての経験など無くたって分かる。ウルというガキは完全にこちらを敵と見なしている。自分は詐欺を働いたが、天才的な詐術の持ち主ではない。出会い頭にコチラの正体を見抜くような警戒心の高い相手をだまくらかすスキルはない。

 

 しかしこのままでは魔女の矛先が此方に向かう。性悪の魔女が「ガキの代わりをしろ」と言ってきたら自分は破滅だ――

 

「なあ」

「んな!?」

 

 食堂の隅でずっと頭を抱えて悩んでいたペリィは、声をかけられてびくりと身体を起こした。そして顔を上げた先にウルが居たことで更に驚く。

 ウルは、隣りに【廃聖女】を連れて、夕食を貪りながらコチラを見ていた。ペリィは困惑し、恐怖する。チンピラ達が何か漏らして、コチラにも報復に来たのではないかと疑った。

 

「なあ、あんたって【魔女釜】の連中に仕えてるんだったな?」

 

 息がひゅっと漏れた。バレている。彼はそのまま逃げようと腰を浮かせたが、その前にウルは言葉を続けた。

 

「アンタが望むなら、魔女のところに顔を出して()()()()いい」

 

 だが、続けて出た言葉にペリィは身体の動きを止める。困惑していた。言葉の意味が理解できずに、分かりやすく怪しげな表情をウルに向けてしまった。詐欺師と名乗るには実に滑稽な姿だっただろう。コチラの感情が相手にモロバレだった。

 

「ど、どういうつもりだぁ……」

「言葉のままだが?あんた魔女とやらの指示で俺を連れてくるように言われたんだろ?そうして”やっても”良い」

「……………なにが望みだよぉ」

「ヒマなとき力仕事手伝ってくれよ。安心しろ。大した作業じゃないから」

「…………」

 

 ペリィは黙る。それぐらいならいいか、と思ってしまった。だが、本当に良いのか?という疑問も沸く。目の前の甘い餌に安易に飛びつくのは自分がいままで騙してきた相手と同じ反応だ。このウルという子供の事を未だ計りかねているというのに――

 

「嫌なら良いが。俺としても危険な奴と関わるリスク、背負いたいわけでも無し」

「っ待ってくれぇ!!」

 

 席を立とうとしたウルをペリィは呼び止める。

 

 結果、彼はウルの条件を吞んだ。一日の作業の中で、彼の指示したとおりに荷物を運ぶ作業が追加された。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 地下牢【魔女釜】

 魔女、グラージャにとって、新人の来訪は最初、全くと言って良いほど気にかけてなかった。新人を寄越しに来いと下っ端に指示を出したのも、気紛れだ。人体実験の相手を彼女は事欠いた事なんてないし、そもそも人体実験なんてものを必要とする研究なぞ、彼女はしていない。

 相手を脅すとき、あるいは愚かしくもダヴィネや自分に反抗的な相手に対する拷問目的の人体実験なら何度もしたことがある。

 

 だから、その新人が自分からこちらに来たときは少し驚いた。

 

 魔女の噂は一日でもこの地下牢に居ればすぐに耳に入っただろう。なのに全く恐れ知らずに真っ直ぐに尋ねてきたのだ。うっかり良い様に使われたチンピラへの仕置きを忘れてしまう程度には、グラージャは目の前の子供に興味がそそられた。

 

「さあ、飲みな。お茶だよ」

「いただきます」

 

 魔女が差し出す飲み物を、ウルという子供は躊躇なく一呑みした。普通、ビビリ散らして警戒するものだが、ひょっとしたら単なるバカなのかもしれないと思ったが、それはそれで面白かったのでグラージャはこの場で指摘するのは止めた。

 

「それで、何の用なんだい?」

「それはこっちのセリフなんだが?アンタが俺を呼んだとチンピラたちから聞いた」

「そうだったかね?ヒャヒャヒャ!!」

 

 グラージャは笑う。勿論覚えている。

 

「だが、用はあるんだろう?あのチンピラを使ってこっちに接触しに来たんだ」

「……まあな。【魔女釜】ってとこを見てみたいとは思っていた。話もしてみたかった」

 

 あっさりと、ウルは答える。観察をする限り、適当を言ってるようには見えない。バカ正直なだけか、それとも、それを心がけることが処世術なのか。グラージャは会話を続けた。

 

「それで?どう思ったね?」

「凄いと思った」

「馬鹿な感想だね」

「実際そう思ったからな」

 

 確かに、此処が巨大な牢獄の中の施設である、などと、知らない者が見れば思いもしないだろう。中央に存在する巨大釜、それを管理するための多様な魔導具類の数々。正確な【付与術】を刻印するための圧縮機。外の世界の錬金工房であってもここまでのものが揃っている場所は希も希だ。

 

「ダヴィネの仕事さ。あの男に気に入られればこうなる」

「羨ましいものだ」

「何ならアンタもうちで働くかい?」

「それはまだ遠慮しておく」

 

 ウルはこれまた正直に答えた。グラージャはまたヒャヒャヒャと笑う。変な子供だった。馬鹿正直な者は珍しくないが地下牢では珍しい。此処に流れ着いてしまった経緯が全くつかめない。

 

「ただ、疑問がある。俺はダヴィネに魔法薬の製造を頼まれた。此処じゃ作らないのか?」

「此処で魔法薬ぅ?バカ言うんじゃ無いよ。」

「バカな事なのか?」

「はぁーん?さてはあんた、魔術、魔法と名が付けば魔術師は何でも出来ると思ってる手合いかい?」

 

 するとウルは黙った。図星らしい。

 

「この場所は良くも悪くもダヴィネ専用の工房さ!その為だけに特化している!!魔草学!薬草学の入り込む余地はないよ!充満する魔力の圧が強すぎてすぐ変異しちまう!」

「なるほど……じゃあ、魔法薬を作る奴はいままでいなかったのか?」

「いたよ」

「いた」

 

 ウルは即座に理解したのか渋い顔になった。

 

「去年だったかに、うっかり採取中に【黒炎】に焼かれたらしいねえ。死体は見つからなかったから、今も外を燃えながらうろうろしてるんじゃないかね?」

「空いた椅子に上手く納まったって事か……」

「よかったねえ?まあアンタも同じように燃えちまうかもしれないけどねえ!ヒャヒャ!」

 

 魔草、野草の採取と魔法薬の生成というとまだ【黒炎払い】と比べればマシに思えるが、そもそもこのラースで外に出ること自体リスクなのだ。

 【焦烏】も【魔女釜】も【探鉱隊】も外には出ない。彼等の活動は地下で完結している。それこそが此処で生き残る術なのだから。

 

「……地上に出るリスク回避か」

「精々頑張るんだねえ。それで、あんたの見学会はこれで終わりかい?」

 

 グラージャは立ち上がって、じっとウルを見る。魔女の眼球は大きく、ウルの顔をすっかり映しだした。

 

「あんたが欲した情報はくれてやった。対価はいただきたいねえ」

「そっちの要件か。だが、言っておくが、あまり能はないぞ俺は」

「だが、冒険者もどきのチンピラどもを叩きのめす程度には能があるんだろ?」

「…………」

「なに、簡単さ。腕に覚えがあるんなら難しいことじゃない」

 

 反論はなかった。グラージャは笑い、そして言った。

 

「【探鉱隊】のリーダー、フライタンを殺してきちゃくれないかねえ?」

 

 ウルの目を覗き見る彼女の瞳は、酷く淀んでいた。

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