かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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王様と焦烏の狐②

 

 

 灰都ラース

 失われた精霊都市。全てが黒炎にまみれ焼き尽くされた都市を当時の七天達は駆け抜けて、命を賭して黒竜を封じた。が、その”残火”は残った。今なお焼き払われた都市を黒い炎は焼き続けている。

 竜そのものは封じられたにも関わらずだ。

 その理由は、地表に未だ核が残っているからだ。と、()()()()()()

 

「言われている?」

「分からないの。誰にも。当時の七天はもうボロボロで、封印だけで手一杯。封印後、黒炎は消えるって言われてたけど、消えなかった。でももう、それ以上ラースをどうにかする戦力は残っていなかった」

 

 結果、ラース領から黒炎が広がらない限り、罪人達を使う以外は静観するに留まった。

 七天が回復した現代でもそれは変わらない。黒炎がラース領に留まる分には何の問題もない。あえてやぶ蛇な真似をして七天を損なうリスクの方が高いという判断となった。

 

 だから核のようなものがある、という推定になる。

 黒剣の間ではそれは【憤怒の残火】と呼んでいる。

 

「それを払えたらきっとラースは元に戻る。それをずっと待ってる。だからダヴィネには期待しているの」

「期待?」

「貴方も言っていたけど、彼、天才なの。多分後にも先にも出ないくらいの天才。【竜殺し】を生み出したのも彼。」

 

 【竜殺し】はウルも覚えている。

 どんな攻撃でも無意味に思えるくらいに無茶苦茶な強さだった竜に対して、間違いなく一定の効果を発揮した武器だった。秀逸だったのは、それを誰が使おうとも、あの中で最も戦闘能力で劣っていたウルであっても、一定の効果が認められたことだ。

 勿論それでも、効果があるに留まって、それだけではどうにもならなかったが、しかし「竜相手でも確実な効果が見込める武器」というのがあるかないかでは全く話が違う。

 それを作ったのがダヴィネなら、間接的にウルは彼に救われているという事になる。

 

「ダヴィネが台頭してから、黒炎払いの効率も跳ね上がった。信じられないかも知れないけど、今一番、期待が持てるの」

「だからアンタ、【探鉱隊】からダヴィネを引き剥がしたのか?」

「あそこは彼の才能を伸ばすのに向いていなかったから」

 

 しれっと彼女は言う。フライタンが【焦烏】に対して忌々しげな反応を見せていた理由が分かった。あれほど身内を大事に思っている男にとって【焦烏】は、というよりもこの女は身内との中を引き裂いた犯人だ。

 

「……だが、ダヴィネ一人に期待するのは重すぎないか?」

「でも、ボウヤも来たでしょう?」 

 

 クウがウルを見る。ウルは眉をひそめた。

 

「俺は凡人だぞ?」

「さすがにそれはないんじゃないかしら?【巨人殺しのウル】」

「なんだそりゃ」

「今のボウヤの呼び名。”格上殺しのウル”とかも言われてるわね。最も、今は悪評が広がってるけど。都市を滅ぼそうとした犯罪者だって」

「ああ、既成事実にしようとしてるのか」

 

 ウルは納得した。

 現在ウルが此処に捕らえられている理由は容疑に過ぎない。かなり乱暴なやり口でもあった。当然、冒険者ギルドなどは抗議するだろう。また、ウル自身が英雄視されつつあった事も考えると世間の声を黙らせる必要がある。事前、そういった悪評を広く流すのは、ウルを貶めた連中の立場を考えると必須だ。

 ウルはげんなりとした気分になる。残された仲間達はさぞ苦労していることだろうと。

 

「言っておくが、仲間と機会に恵まれただけで、俺の実力はたいしたこと無いぞ」

「そうはみえないけれど」

「そりゃとんだ節穴だ」

「それに、実力よりも重要なものを貴方は持ってる」

 

 そう言って、クウはウルの胸を指さした。

 

「貴方には意思がある。此処を出てやろうという強い”決断力”がある」

「少なからず、誰だって持ってるだろ」

「此処に居るヒト達は持ってないわ。失ってしまったの」

 

クウは笑う。彼女の目には薄らとした諦観があった。

 

「【魔女釜】もそう。【探鉱隊】も、勿論私達【焦烏】もそう。ダヴィネもそうよ。そもそも此処に来る人達は、殆どが、最初此処に来るときから諦めてるのよ」

 

 でも、貴方は違う。とクウはウルへとゆっくりと手を伸ばす。

 

「ボウヤは諦めていない。外の仲間達に期待する訳でもない。自分で現状をどうにかしてやろうと藻掻いている。そういうことが出来る意思を持てるヒト、稀少よ。外でも此処でも」

「やる気でどうにかなるなら苦労はないんじゃ無いか?」

「でも、ボウヤはやる気でしょう?期待しているのよ。とっても」

 

 クウはウルの頬を撫でて、そのまま喉に這わせ、囚人服に手をかけようとしたところで、ウルはそれをそっと払った。クウは傷ついた、というように悲しそうな顔をした。

 

「いけず」

「あんたの望みは分かったよ。目的が一致している間は互いに協力出来そうでありがたいね」

 

 ウルは立ち上がった。片手には余った料理が詰め合わせでまとめられている。それを見てクウはくすくすと笑った。

 

「聖女ちゃんにお土産?ああいう子の方が好みなんだ」

「アンタよりは毒気がなさそうだからな」

「あら、それはどうかしら」

 

 そう言うクウの目からは、隠しきれない悪意が溢れていた。

 

「あの子、連れてきた部下達をたっくさん殺しちゃった、悪女よ?」

 

 

 

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 【運命の聖女アナスタシア】

 

 彼女がそう呼ばれていたのは10年ほど前までの事。

 

 天陽結界に覆われたプラウディア領に存在する一都市、【衛星都市セイン】の最下位(ヌウ)の家の娘として生まれた只人の少女であり、それ自体なんら特別なものでもない、筈だった。

 

 だが力を授かることそれ自体が困難である【運命の精霊・フォーチュン】の寵愛者となった時、その運命は変容した。

 

 運命を司り、運勢を観る深翠の魔眼。【運命の聖眼】の力は、商家でもあった彼女の家に大いなる富と幸福を与えた。そして過ぎたその幸運が目にとまり、神殿に祭り上げられることとなった。

 

 唯一神ゼウラディアの寵愛を受けし者、【聖女】として。

 

 運命の力は、あまりにも強かった。

 使い方を誤らなければ、周囲を莫大な富と幸福に導くことを容易とする。その力が目覚めた時、必ずそこには莫大な金と信仰が集まる。だからこそ多くの神官はその力を求め、しかし得られなかった。

 その寵愛者である。いち早く気付いた神官達は、彼女を囲い込んだ。

 

 物心ついた頃くらいの幼い年で彼女は両親から引き離され、そして聖女としての人生を定められた。家族や友人達との交流よりも先に、彼女は運命の精霊の神官としての力の扱い方を覚えさせられた。

 聖女としての振る舞いを指導され、誤りがあれば強くそれを窘められた。教養を身につけ、伝説上の聖女に決して見劣りしないよう完璧な姿を求められ続けた。

 

 彼女はそれに応じ、努力を続け、まさしく完璧なる聖女となった。

 

 その力故に、目立たぬようにと表向きには伏せられたが、多くの迷える者達を、彼女は救い続けた。その力を行使し、誤った道を止めさせて、正しき選択を教え続けた。

 

 その時にはすっかり彼女は、自身が選ばれし聖女であるという確信を持っていた。

 

 運命の精霊に選ばれた事実、周囲の信仰と賛美、そして自ら培い続けた努力。

 確信を得ない方が間違いだろう。彼女は心身共に聖女だった。自らの力で多くの者達を救い、助け、そして導くのだと信じて疑わなかった。

 

 それが傲慢な思い上がりだったと知るまでは。

 

 

 

 

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 アナスタシアは祈りを捧げていた。

 身体の痛みが少し減り、ウルの手伝いを終えた後、彼女は残った僅かな時間を全て祈りに捧げていた。それは彼女が物心ついてからずっと続けてきた習慣で、一日たりとも欠かしたことは無い。呪いで身体を壊して以降も、それだけは欠かさなかった。

 それどころか以前よりも増して、彼女の祈りは苛烈となった。

 

「彼等に安寧を……どうか、僅かでも救いを………慈悲を……」

 

 深く、強く、乞い続ける。鬼気迫る表情だった。未だ、呪いに蝕まれた身体の痛みは残る。そうしているだけでも辛いだろうに、彼女は構わずそれを続けた。

 

 ――――お前の所為だ!!!

 

 そう言って黒い炎に飲まれた仲間達が今も彼女の目には焼き付いていた。

 

「戻った」

 

 すると不意に、部屋にウルが戻ってきた。アナスタシアは急ぎ身体を起こす。地面にへばりつくようにして祈る姿を彼に見せたくはなかった。彼は心配するだろうから。

 

「ああ、お帰り、なさい」

「起きてたのか。丁度いいや」

 

 そういって机にことんと何かを置く。何だろうと見てみると、牢獄ではあまり見ないような料理が詰め込まれていた。フォークまで並んでいる。

 

「貰ってきた。俺はもう腹一杯だから食ってくれ」

「でも、私は」

「食い切れないなら良いよ。適当に処理しておくから」

 

 元々、あまり食が太い方ではない。牢獄内の通常の食事はそれほど多くないが彼女には十分だ。その夕食を済ませているから既にほどほどに膨れていた。

 だが、彼の好意を無下にするのもなんだったので、少しずつ口にする。やはりというべきか、味自体はこの地下牢にしては手が込んでいて、美味しかった。

 

「ありがとう、ございます」

「別に良い。こっちは謝らないといけない事もあるからな」

「あや、まる?」

「あんたの過去の話を聞いた。」

 

 ぴたりと、アナスタシアは食べるのを止める。

 ぐっと、今口に入れたものが戻りそうになった。内容にかかわらず、昔の話を想起した瞬間、身体は条件反射でこうなる。少し震えるようにウルを見ると、彼は少し申し訳なさそうに彼女に近付いた。

 

「別の日にすりゃよかった。すまん」

「いえ……へいき、です」

 

 そう言ってアナスタシアはウルへと目線を向ける。

 少し、恐れるように尋ねた。

 

「軽蔑、しますか」

「別に。薄らと事情は伝え聞いていたしな」

 

 アナスタシアの事は地下牢では有名だ。閉鎖的であり、ヒトの変化も殆ど無いこの場所で彼女の事情を知る者は多い。今回のような機会が無くても何れ彼が自分のことを知ることになるのは当然だった。

 それでもこんなにもショックを受けるのは、知って欲しくないと願う自分の浅ましさ故だろうか。

 

 だが、結局は彼にバレた。ならば言わなければならない事がある。

 

「私の力、もう、使えません。私の目は、もう見えない」

「それも聞いた」

 

 ウルは、アナスタシアの覆い隠された目にそっと触れ、痛ましそうに顔を顰めた。アナスタシアの左目にはかつて【運命の聖眼】があった。

 

 今は無い。彼女が自分で、抉って潰したから。

 

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