かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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討伐祭

 

 

 

 討伐祭、当日。

 

 晴天となったその日、迷宮都市グリードは普段よりも増して活気に満ち満ちていた。元より常に、多くの人やモノが行き交う街ではあるのだが、今日のそれは普段にも増していた。

 理由はただ一つ。賞金首である宝石人形の討伐祭にある。

 

 宝石人形は中階層から上層へと上がってきた結果発生した、イレギュラーな賞金首。宝石人形は中層では決して珍しい魔物ではない。十級以下の魔物を撃破した際に手に入る素材も、有用性こそあれど希少というほどでもない。

 上層で駆け出しの冒険者、魔石を集める白亜の冒険者たちにとっての障害になるという理由で発生した賞金首だ。竜や邪眼蛇(メドゥーサ)、混沌獣(マンティコア)など凶悪極まる怪物達とは比べるべくもない相手。

 

 だが、そんな相手であっても、まだ素人に毛が生えたばかりの新人達が必死に戦う姿はまた、それはそれで娯楽たり得る、と考える者が多いのは、大罪迷宮都市であるからだろうか。祭りを楽しむ者達は誰しもが浮かれながら、白亜の冒険者達の人生を賭けた戦いを肴に酒を飲み、笑っていた。

 

「完全に見世物だな。俺等」

「屋台もたくさん出ていますね……」

 

 訓練所前、グラウンドにて、

 

 柵の外から見える活気あふれる街並みをウルとシズクは眺めていた。町の住民たちはえらく楽しげである。それを苦々しく思うのは、自分もまた、彼らの肴となる一人だからだろうか。

 しかし、こうしてお祭り騒ぎをしてくれるような都市民達がいるおかげで、今回のような好機が巡ってくるのだと思うと、複雑な気分だった。

 

 ともあれ、こんな悩みは後から幾らでも出来る事だ。

 ウルは目の前の問題に意識を切り替えた。

 

「装備の準備、出来たかシズク」

「ええ。ウル様もお似合いでございますよ」

 

 ウルの問いに、シズクは頷く。ウルもまた、準備を整えていた。

 

 ウルの姿はいつもの迷宮探索の武装と大きくは変わらず、しかし細部に念入りな準備が施されていた。普段から装備していた鎧はいつもの通りだったが、丁寧に磨かれ、もろくなった部分は新調され補強されていた。左腕に装着された【白亜の盾】は既に購入してからしばしたち、腕にも馴染み深いものとなっている。前評の通り、特殊な魔術効果もなにももたらしてはくれないが、純粋に頑強だ。腕に装着する細工も単純で、それ故に壊れにくい。

 そして身体は、前回購入を見送った【白亜の鎧】を身につけている。安く、正直言って見た目は不格好なモノではあるが、性能は確かだった。

 首には【対衝のアミュレット】が二重にかけられている。名称の通り、強い衝撃を防ぐ効果の魔術がかけられたアミュレットだ。効果は一度きり。使い捨てで銀貨一枚と相当に高価ではある。現在のウル達の収入を考えればかなり厳しいものだが、それを二つ、ウルは躊躇わず装着していた。

 

 シズクもまた装備は新調されていた。

 

 後衛であり、金銭的な厳しさからもそれほど装備の新調は行なってこなかった彼女だが、今回ばかりはがらりとその姿を変えている。訓練所から借り続けていた古びた杖は、都市外で出没する【喰樹木】を素材とした【緑木の杖】に変わっている。衣服も、殆ど都市民の娘の私服と変わりないような様から、杖と同じ【喰樹木】の葉と枝で編んだ【若葉の魔道着】を身に纏い、一新している。ついでに耐衝のアミュレットは彼女も一つ。

 

 そして、回復薬(ポーション)を5本、魔封玉を5個

 

 合計銀貨14枚と銅貨25、現時点でウル達が稼いだ金額のすべてを費やし、ここまでの装備を整えた。残金銅貨1枚とギリギリのギリギリだ。

 一通り自分らの装備を見直した後、ウルは一言もらした。

 

「金かかったな……」

「今日にいたるまでのすべてを費やしましたね……」

 

 すなわち、もはや後には引けないという事だ。

 

「おーおー、えらくガンぎまった装備だな。渡した金全部使ったか」

 

 その姿をグレンは半ばあきれ、半ば面白そうに評した。ウル達の装備から、おおよそどれだけの金を費やしたのか理解したらしい。

 

「グレン。まだ残りの金があるなら出してくれ、消耗品に回す」

「ねーよ。おめーらから預かった金は銅貨一枚も残ってねえ。スッカラカンだ」

「酒代につかっちゃいまいな」

「他人の血汗滲んだ金を勝手に酒に変えるシュミはねーよ」

 

 グレンはつまらなそうに否定する。

 実際ウル達の資金は完全に底をついた。底をつくまで今回の作戦に費やしきっている。これで“作戦”が上手くいかなければ、ほぼ無一文だ。迷宮に潜り魔石を得ればまた生活も成り立つが、“作戦”が無傷で済めばの話。大怪我を負えば治療費すら払えない。都市の滞在費も払えず、都市の外で無残な最期を迎えるだろう。

 にも拘らずウル達は躊躇いなく金を消費した。

 

 命を賭すギャンブルに身を投げ出す覚悟を決めている。

 

「……ギリギリで腹が据わったって事かね」

「ん?」

「何でもねえよ。それより背中のソレかよ?例のブツは」

 

 ああ、とウルが背中に背負うのは、何時も使用している鉄の槍ではない。

 白く大きな布に覆われた長物であり、一見して何なのかは不明だ。隠してあるのは、これが作戦の要であるからである。万一にでも情報を伏せるために古布で隠されている。

 これにてシズクの“作戦”は完了した。正直、作戦、というも怪しいギャンブルだが、少なくとも現状ウルたちが取れる唯一の策。失敗すれば全てが終わりだ。

 

「大変だねー」

《ねー》

「呑気してないでくれないか、事の元凶その1と2」

 

 そんなウル達の様子を見学するのは、ゴルディンフェネクスのディズ、そしてウルの妹であるアカネの姿だ。アカネは蛇の姿でシズクの肩にぶらさがり、ディズは呑気そうな顔でウル達の姿を眺めている。

 

「何しに来たんだ」

「茶化しに」

「帰ってくれ」

 

 アカネはともかくディズに心底帰ってほしい。こちとら命をかけたギャンブルに今から飛び込もうというのに。

 

「君に無理難題ふっかけた張本人としては、最初で最後かもしれない勇姿を見守ってあげたいという乙女心を分ってほしいものだね」

「乙女要素皆無だが。悪徳借金取り要素しか感じない」

「実際そうだしね……っと、貴方とは初めましてかな?シズクさん」

「いえ、一度“都市の外”で会ったことが。会話はありませんでしたが」

 

 ディズとシズクは顔を見合わせて、そして互いに握手を交わした。

 

「初めまして。シズクと申します。ウル様と一行(パーティ)を組ませていただいています」

「初めまして。ディズだ。ウルの妹を買い取った人間だ。黄金不死鳥というギルドに所属している。よろしくね」

 

 二人は顔を見合わせてニッコリと微笑みあう。正直性格はあまりかみ合うところの見えない二人だったが、意外と、というべきか二人は朗らかな雰囲気で笑いあっていた。

 

「ウルがお世話になっているそうだね。これからもどうかよろしく頼むよ。先があれば」

「頑張らせていただきます。ディズ様もアカネ様の事をよろしくお願いしますね」

《よろしくなーねーたん》

 

 アカネも交じり、3人は楽しそうであった。これから宝石人形と殺し合いに行くと言ったらウソに思えるだろう。本当にウソならばどれだけよかったか。だが、残念なことにそうではない。

 

「さて、楽しい会話もこの辺に。ウル、頑張りなよ?君にアカネの命運がかかっている」

「言われるまでもない」

「いや、多分わかってない。だから警告をしよう」

 

 ディズは、そう言って。アカネとシズクから少し距離を離すようにウルに近づき、そして小さくウルにだけ聞こえる声で語り掛けてきた。寒気を感じるくらい冷たい声音で。

 

「もし、君が今回失敗した場合、アカネの処遇を保留してあげていた理由はきれいさっぱりなくなる。その結果彼女に待ち受けているものは決して生易しいものではない」

「……」

「精霊憑きは未知だが、それを調査する心得のある技術は保有している。その価値を失わせず“分解”することくらい訳はない。そしてそれを止める気は私にはない。今度は、どれだけ君が懇願しようともだ」

「……」

「覚悟して、挑むといい。成功を祈っているよ。本当に、ね」

 

 それだけ言って、彼女は近づけていた顔を離す。その時にはいつもの笑顔だった。

 彼女の宣告は、ウルが僅かにでも無意識に期待していた、最後の逃げ道をキッチリと踏みつぶしていった。退路はない。今自分が立っている場所は正真正銘のがけっぷちであるという事を。

 だが、それはもはやわかっていたことではある。ウルは冷静だった。

 

《にーたん》

「アカネ、大丈夫だ。待っていろ」

 

 アカネの頭を撫でる。心地よさげにするアカネを愛しく思いながらも、そのままウルは自分の両手を見つめた。ひと月前と比べれば、ボロボロで傷まみれだが、何度も皮がむけ強くなった。勿論両手だけじゃない。

 シズクを見る。初めて出会ってからまだ短い。だが、血よりも濃い契約を彼女とは結んだ。背中を預けることに、もはや躊躇いも恐れもしない。

 

 努力は重ねた。たった一月、されど死に物狂いの一か月だ。

 

 自分よりも才能のある者はごまんといるだろう。努力をしてきた者も。だが、このひと月に限るなら、自分よりも必死となった者はそうはいないはずだ。

 

「さて、と」

 

 不安を飲み干し、ウル達は今日の戦いの舞台へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 大罪迷宮グリード、入口

 日々、常に賑わいを見せる、グリードにて最も金と人が行きかうこの場所、しかし今日この日、この場所は静寂に包まれていた。しかし人がいないわけではない。普段よりも少ないが。いつもは迷宮への行き来で人は流れるようだが、この日は違う。その光景を言葉にするなら、冒険者たちが“つまっていた”。数にすれば数十人の冒険者たち。彼らが各々の武器を携え、言葉も交わさず、その場に立ち並んでいた。

 全身をくまなく鎧に包んだ者や、あるいはその逆にみすぼらしい、農民と変わらないような姿の者まで。しかしその瞳だけはやけにギラギラと鈍く輝いていた。顔を動かさず左右に眼球を蠢かせ、周りの人間を警戒する。互いに互いを出し抜かんとする濁った感情が行き交っていた。

 

 異様な光景だ。大規模な魔物の討伐作戦であっても、あるいは都市間同士の“いさかい”の時でも、こうはなるまい。“討伐祭”という、特殊な催しにしか見られない特殊な光景だった。

 

「よくぞ集まったな! 冒険者ども!!」

 

 そこへ声が響く。よく響く太い男の声だ。

 広間に備え付けられている壇上に上がったのは、頭を丸めた筋骨隆々の厳めしい男。軽装で武器もなく、修行へと赴く武闘家のような恰好ではあるが、その右手の指にのみ輝くような装飾の施された銀色の指輪があった。

 銀の指輪、即ち一流の冒険者の証、名は“鉄砕のコーダル”で通っている。人格共に優れ、冒険者たちにも慕われている彼が本日の祭の司会進行者だ。

 

「これより宝石人形の討伐祭が開催される。足並みだけを揃えての賞金首の奪い合いだ!共闘は自由だがあくまで各自の判断に任せられる。賞金は最初にそれを撃破したものが総取りだ!冒険者としての規則を守る限り、手段は問わん!」

 

 乱暴な、ルールとすら言えないようなルールではあるが、しかし銀指輪の冒険者がそれを宣告するとそれだけで真実味が増す。それほどまでにこの世界における“指輪”の持つ力と信頼は絶大だ。コーダルの背後に並び立つ、彼と同じくして銀の冒険者たちがさらにその言葉への信頼を厚くさせる。

 

「そして喜ぶがいい諸君!討伐祭に合わせ、太っ腹な我らが冒険者ギルドが賞金を金貨五枚上乗せしてくれた!勝てば金貨15枚だ!!」

 

 その言葉にどよめきが走る。淀んだ熱気がさらに強くなり、士気は跳ね上がった。同時に参加者同士に向けられる殺意も同等以上に跳ね上がった。

 

「戦え!勝ち取れ!勝利せよ!!!勇猛なる者にこそ全能の神ゼウラディアの加護がある!」

 

 ゼウラディアの教えに基づく祝詞、繁栄を司る神の言葉は、冒険者たちにとってこの上ない着火剤となった。溜まりに溜まった冒険者たちのギラギラとした熱意は爆発し、歓声となって広間を包み込んだ。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 熱狂を背に、熱弁をふるったコーダルは壇上から降りて一息ついた。背後の活気は上々だ。正直言えば、こういう“火付け役”というのは別に得意というわけではないのだが、自分の言葉で熱狂を巻き起こすというのは中々悪くはない。

 

「お疲れさんですコーダルさん!大成功ですね!!」

 

 同じギルドの後輩が嬉しそうにはしゃいでいる。名はアレイと言ったか。素直で可愛げのある子だったが、此処は「自分こそが!」と名乗ってくれた方がコーダルとしては喜ばしかった。

 ここの所の新人は、素直だが冒険心に欠ける。冒険者たるもの命を賭してこそ、というのが彼の心情、それ故の先ほどの激励であったのだが、当の身内にそれが伝わらないというのは中々難しいものだ。

 

 などと、時流と自身の考えの相違を感じる年寄りのような悩みを抱えていると、目の前の後輩の顔が唐突に顰め面にかわった。

 なんだどうしたと思って振り返れば、そこには知った顔が一人。

 

「冒険者もどきのクズどもを死地に追いやる仕事は大変だな、コーダル」

 

 グレン。古い友人。悪名高いグリードの訓練所の長にして唯一の指導者、そして冒険者界隈の中でも“嫌われ者”。理由は3つ。冒険者“もどき”達が最初に叩き込まれる訓練所にて、彼の指導があまりにも“出鱈目”であるという点、こんな風に冒険者のくせに冒険者に対して四方八方皮肉をぶちまける点、にも拘らずとびぬけた実力者で黄金級という英雄の称号をもっている点。以上の三つ。

 もっとも、コーダルはこの男の事は別に嫌ってるわけではなかった。

 

「ほう珍しいなサボリ魔!いつもこういう祭りごとは面倒くさがってこなかっただろうに。討伐祭は特にな」

「自分の教え子がくたばる処なんぞ好き好んでみるような悪趣味な人間に見えるか?」

「らしいことをいうな?不良教師め!」

 

 不良教師、と呼ばれてもグレンは特に気にした様子はない。そうだと思ってるからだ。

 もっとも、そういったコーダルは逆に、そうは思ってないのだが。少なくともこの男の教育は、過剰ではあるが、的を外しているわけではない。実際彼が教えを三日ほど続けた者は、それだけで生存率が高くなる。三日と彼の訓練を受け続けられるものは一度に半分もいるかいないかといったところだが、それでも大きな成果だ。

 

 夢を見た冒険者の心を折る仕事、などとグレンは自嘲するが、コーダルはそれも立派だと思う。死んで、唯一神の許に旅立てば、夢をまた見ることすら叶わないのだから。

 

「それで、あんたはいったい何をしに来たんだ此処に」

「なんだよアレイ。俺が何をしようと勝手だろ。それともまた泣きべそかいてケツに蹴り入れられたいか?」

 

 尻を守るようにして顔を真っ赤ににらむアレイを、グレンはケラケラと笑った。

 このように、教え子の名前はキッチリ憶えていたりと、妙に律儀な処はある。要はひねくれ者なのだ。この男は。

 

「で?そんなお前が珍しくここに来た理由はなんだ?」

「悪趣味な真似しに来たんだよ」

「悪趣……なんだ、教え子を見に来たのか?本当に珍しいこともあるものだな」

 

 コーダルは振り返り、今係の者たちにぞろぞろと誘導されていく冒険者たちを眺める。

 

「貴様基本、卒業した者は放置だろう?何か思い入れでもあるのか?」

「卒業してないから見に来たんだよ」

「してない……いやちょっと待て、その教え子、お前のところにきて何日目だ?」

「3週間と少し」

 

 その回答に対して、若干の空白が生まれた。最初に動き出したのは、アレイだった。

 

「冒険者始めて一月も経ってないやつが賞金首に挑んでるのか?!」

「そうだよ。ちなみに15くらいのガキ二人な」

「何を考えてるんだ!!というか止めろよ!!」

 

 確かに、血迷っているとしか言いようがない。賞金首に挑むなら最低でも1年は修練を積むのがコーダルのギルドの、否、おおよその冒険者の常識だ。莫大な報酬、だがそれ以上に割に合わないリスクが待ち受けているのが賞金首だ。

 正気の沙汰とはとても思えぬ。その指摘はもっともだった。だがグレンは悪びれる様子もなくニタリと笑った。

 

「血迷いもするさ。当然だ。何せ俺たちは“冒険者”だぜ?てめえの命賭けたギャンブルをせずに何が冒険だよ」

「いつの時代の話だそれは!名無しを迷宮に飛び込ませるための煽動文句か!」

 

 アレイは怒り狂うが、知ったことではないという風にグレンはそっぽをむいた。

 確かに昔はそういう時代もあった。迷宮が大地に溢れ、住まう土地が限られ、迷宮の脅威から都市を守るため、精霊と心交わせぬ者達、“名無し”を過剰にあおり立て、迷宮や、危険な人類生存圏外に突入させていたような時代が、無茶と無謀が溢れかえっていた時代があったのだ。

 

 コーダルもその時期を肯定する気にはならない。迷宮の脅威をいち早く抑えるためとは言え、あの時期はあまりにヒトの命が安すぎた。だが、あの時期、無謀な綱渡りを渡りきった英雄が幾人も生まれたのも事実ではあった。

 

「そんな絶滅危惧種がよりによってお前の弟子とはな。どんな奴よ?」

「冒険者嫌いと、乳のでかい聖女みたいな面した悪女」

「カカッ!また冒険者らしからぬ連中だなあ、おい!そいつらはやれんのかよ!」

「さあな、当人に聞け」

 

 グレンは知らん顔をしながら、挑戦者たちの後を追うようにのんびりと迷宮へと降りていった。危険な賞金首をゲームの景品のように扱う討伐祭だからこそ、死人を可能な限り出さぬよう、実力のある冒険者たちが万が一の際の救助を行うのも討伐祭のルールだ。

 支援者としてグレンは潜り込むらしい。つまりはそれだけこの男は入れ込んでいるのだ。

 

「こいつは期待できる祭りになりそうだ」

 

 “噂”を聞く限り今回の宝石人形の討伐は“つまらない結果”になりそうだとひそかにコーダルは予想していた。が、どうやら面白いものが見られそうだと彼は笑った。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 迷宮の地下広間

 

 迷宮の外に存在する大広間であふれ出た活気とは裏腹に、此処に移動した冒険者たちは静まり返っていた。黙りこくり、それぞれの武器を片手に握りながら、じっとその時を声も出さずに待っていた。

 熱気は放出されず冒険者たちの内側にこもり、瞳だけがこの薄闇の中でギラついていた。

 

 大広間の出入り口には支援者の冒険者が並び封鎖していた。彼らは参加を希望した冒険者たちが揃ったのを確認すると、内、一人が前へと進み出て口を開いた。

 

「では、これより宝石人形討伐祭を開催する!参加者同士の殺人の禁止をのぞいてルールは存在しない!いち早く宝石人形を討伐できた者が勝者となり賞金が支払われる!!」

 

 その宣誓に冒険者たちの緊張はピークに到達した。最早熱気というよりも殺気に近い。封鎖した冒険者たちを押しのけて飛び出さんとするような圧が充満していた。ヘタすると暴動にもなりかねないほどだった。

 

 その空気を支援者たちも感じ取ったのだろう。最初の短い説明を終えると、同じく封鎖していた支援者たちに合図を送り、そして向き直ると、

 

「では、討伐祭を開始する!!」

 

 そう言って、迷宮への入口を開放した。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 怒号が迷宮を埋め尽くし、そして出入り口に一斉に冒険者たちは流れ込んだ。

 先頭を行くのは上階層の支配者レッドオーガ、更に彼らに続いて続々と冒険者たちが流れ込み、複雑怪奇な迷宮の通路へと分かれていった。

 そして、その中にウル達もまた、いた。

 

「行くぞ。シズク」

「ええ。ウル様」

 

 こうして、多くの願いと欲望行き交う討伐祭が始まった。

 

 

 


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