かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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討伐祭②

 

 

 迷宮の広間から、数十の冒険者たちは四方八方へと散らばった。

 

 迷宮では人の数が多くなればなるほど迷宮の抵抗、魔物の出没は激しくなる。パーティ同士がかち合った場合、速やかに距離を置くのが、少なくともこの大罪迷宮グリードにおいては常識だった。

 尤も今回の場合は、他のライバルを出し抜くために分かれたという方が正しいのだが。横並びに一斉に走り出して、ライバルを出し抜けるわけがないのだ。

 

 しかし、そうやってバラバラに分かれたとしても、魔物が出てこないわけがない。いつも以上に溢れかえった探索者たちに活性化した迷宮は対抗し、そして侵入者を攻撃すべく魔物を生み出す。

 

『GIIIIII!!!』

 

 幸先よく飛び出していった冒険者たちの前に現れる小鬼、大蜥蜴。魔霊。二首大蛇、上層といえどそれぞれ決して油断できるような魔物達ではない。

 

 が、今の活気あふれる冒険者たちにすれば、彼らは邪魔者であり、眼中にはなかった。

 

「うおらあ!!邪魔だあ!!てめえらに用はねえんだよ!!」

「宝石人形はどこだごらあ!!」

『GYAAA?!』

 

 討伐祭の参加者一同、全力で魔物達を蹴散らしていた。彼らは活気と熱気に溢れ、それが勢いとなり普段とはまた別の力を引き出していた。もっともそれらは祭りに浮かされた熱のようなもの。普段以上の力を使えば当然、怪我の元となる。

 

『GAAAAAAA!!』

「ぎゃあああ!!腕!腕が!!!」

「畜生!死ね!しねえ!!」

 

 大怪我、死人が増えるのもこの討伐祭だ。

 

「怪我した者、リタイア希望者は此方に来るように!」

「安全に迷宮の外へと運びます!」

 

 故に、遠方から彼らを見守る支援者たちに意味がある。参加者たちよりも数段上の実力の彼らは、的確にけがをした冒険者たちをさばいていた。彼らの多くは指輪持ちであり、銀級の者もちらほらと存在する。

 銀級の実力者。彼らの中には、宝石人形を撃破する実力を持つ者もいる。が、討伐祭は基本、低い階級の者たちの祭りであり、彼らは参加を自粛している。ひな鳥たちの巣の中で、とびぬけた実力者が出張って、得られるのは名声ではなく白い目であり、賞金にしても信頼を損なった対価とするなら銀級にとっては安すぎるのだから。

 

 銀級にとってみれば、下手に参加するよりも支援者として、冒険者ギルドへの信頼を稼いだ方が得るものも大きいというわけだ。最も、普段の銀級の稼ぎを思えば、善意によるところが大きいのだが。

 

「う、うおお!離せ!俺はまだ戦えるうう!!」

「ハイになってるだけであんた腕ちぎれかけてんだから無理に決まってるでしょーが寝てろ!」

 

 起き上がろうとした怪我人を思い切り殴りとばしたターナという【治癒魔術師】もその一人。

 彼女の所属するパーティの中層への長期探索がちょうど終わり、長期の休暇で暇を持て余していたときに冒険者ギルドから声がかかったのだ。直接の参加はないが、以前一度支援者として参加したこともあり、彼女は了承した。

 

「怪我人の数、多いですなあ」

 

 彼女と同じく支援を行なっている治療魔術師がボヤく。尤もその男は彼女のような銀級はおろか指輪持ちでもない。小遣い稼ぎの支援者だ。今はターナの指揮の下働いているが、討伐祭は初めてだったのだろう。けが人の多さにうんざりしている様子だった。

 

「宝石人形との接敵が始まったらこんなもんじゃないよ。今捌ける所は済ませましょ」

 

 彼女の忠告に、男はうへーと顔をゆがませた。

 

「どっかすげー天才がぽかーんってやっつけちまっちゃくれませんかね、宝石人形」

「そういう期待はするもんじゃないよ」

 

 なにせ、と、彼女は以前経験した討伐祭を振り返る。そう何度も起こるようなイベントではないが、それ故に数少ない好機に対して誰もかれも必死になる。そして、それ故に、

 

「こういう熱に浮かされた連中はともかく、冷静な奴らがまともじゃない手段を選ぶのも、討伐祭って場所なんだから」

 

 要は、何が起こるか、わかったものではないのだ。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 さて場所は少し変わり、多くの冒険者たちが宝石人形を探して四方八方迷宮内を駆け回っているその最中、宝石人形の位置を把握している【赤鬼(レッドオーガ)】の5人組は、彼らの喧騒から離れるようにして急ぎ、目的の場所に向かっていた。

 当然魔物は道中に現れる、他の者たち同様消耗もするが、しかし対処は冷静であり、落ち着きもあった。

 当然だ。彼らは宝石人形がどこにいるのかわかっているのだから。不要な戦闘をする必要がない、目的地に向かって一直線にいけるだけでも消耗の度合いが違う。

 

「ハハ!他の連中は無駄に右往左往してるんだろうな!!」

「勝利の女神様様だぜ!いや悪魔かな!!」

 

 シズク、という名の少女がもたらした情報、宝石人形の弱点は彼らにとってまさに棚から牡丹餅のような情報だった。宝石人形、賞金首に関しては彼らとて狙いはしていた。弱点を探るべく情報収集に奔走もした、が、中々発見は出来なかった。

 当然だ。賞金首の情報だ。勝利すれば莫大な賞金が手に入る。もし知っていたとしてもそうやすやすとは口を開くまい。“相応の金でも積まない限りは”。

 

 彼女、シズクとあの少年が“宝石人形の何か”を掴んでいると【赤鬼】が気づいたのはこの大会開催の直前だ。数日前から、深夜にグリードに出入りする彼らの存在に気づいた【赤鬼】は、シズクが一人になったところを見計らって彼女に詰問した。

 

 ―――私たちの運命がかかった情報です。易々と渡すわけにはいきません。

 

 複数人に囲まれて、()()()()()()()ではあったが、彼女は此方が脅しかけても一切口を割らなかった。脅しのため殴っても微塵も揺らがない。彼女が持ち掛けてきたのは交渉である。ただでは渡さないの一線は全く譲らなかった。

 彼女が要求したのは金貨1枚、赤鬼はその額を聞いた時、表面上は渋い顔をしたが内心ではほくそ笑んだ。金貨一枚は確かに高額だ、が、宝石人形、賞金首打倒のための情報と考えればその額はかなり安い。重要度にもよるが、本来なら賞金額の2割、下手すると3割以上を要求する事はままある

 

 その事実を、彼女は知らない。素人なのだ。

 

 暴力で口を強引に割らせることも出来たが、流石にそこまですればギルドに睨まれる。それならこのマヌケに端金を握らせた方が得だ。

 取引は成立した。彼らは金貨一枚で宝石人形の弱点、更にはその弱点そのものまで手に入れることができたのだ。実に安い買い物だった。

 

「おい、そろそろだ。お前らは待機だ」

 

 そういって、5人中2人、レゴとグロッグが通路に残る。残る理由はただ一つ。この情報を知っている他の人物に対する警戒。つまり彼女への警戒だ。

 

「わかっだ……でもあいつら、くんのが?」

「わざわざ念を押してきたんだぜ?あの女。必死によ」

 

 あくまで渡すのは情報とネズミのみ、討伐祭の撃破の権利までは譲る気はない。

 

 そう、念を押してきた。必死に泣きそうな顔で。彼らはそれをせせら笑いながらも了承したのだ。勿論、彼女達に宝石人形を討たせるつもりはさらさらない。故に見張りだ。

 もし、万が一彼女が此方に来たら足止めするように。

 

「とはいえ、真正面からくるかね?万が一まだ宝石人形狙ってても足止めされるってわかんだろ?」

「……いや゛」

 

 グロッグは気配を感じ、前を見据える。奇妙な光で照らされた通路から人影が近づいてくる。

 

「来たぞ」

「バカだねえ」

 

 レゴはヘラヘラと笑い、そして2人で並び武器を構えた。

 ここは迷宮の中である。迷宮内での冒険者同士の争いはご法度である。“基本は”。しかし今は討伐祭中、積極的な冒険者同士の争いが推奨されているのがこの祭り。殺しは流石に問題にはなるが、妨害程度は文句を言われることはまずない。

 

 まだ迷宮入りして一月足らずのど素人、囲んで威圧するだけで怯え竦んだあの態度、侮るには十分な要素が詰まっていた。

 

「お前ら止まれ。此処は通行止めだぞ」

「殴られたくなきゃ!消えろ゛!」

 

 武器を見せつけ、大声で警告する。あの時のシズクという少女と、更に彼女の相方であるウルという少年だ。なんとまあ、けんか別れもせずいまだコンビを続けているらしい。

 裏切られて男が少女を見捨てると思ったが、まあそれはどうでもいい。

 

 警戒すべきは、人数的にイーブンとなったことだ。その時点で【赤鬼】の二人は警戒を強めた。数の暴力で脅せると思っていたのだ。しかもその二人組が、此方の警告を完全に無視して、まったく怖れる様子もなく突っ込んでくるものだから、その警戒は加速した。

 

「通行止めっつってんだろ!!」

 

 レゴが手に持った大剣を鞘ごと振り回す。と、流石に2人とも足を止める。銀級にならずくすぶっている彼らとて、長年迷宮探索を続けてきた者たちだ。本気で戦えばどうなるか理解できないほど間抜けではないらしい。

 勢いに押されかけたが、相手が足を止めたことでグロッグも改めて警告する。

 

「いいが!これ以上近づいたら殺すぞ!!覚悟できてんのが!!」

「殺される覚悟はできていないなあ」

 

 と、そこで男の方が口を開いた。シズク同様怯えた様子はない。そして目が据わっていた。グロッグは警戒心を強めた。あまり頭が良くない彼だが、このガキのような眼をした奴は、あまりなめてかからない方が良いと知っている。

 

 覚悟が決まっている目だ。何をしてくるかわからない。

 

「あんたらの方が経験では勝る。やりあったらただじゃすまない。その間に宝石人形はあんたらの仲間が始末する」

「おうそうだぞ!だから―――」

「だが、」

 

 男は、ふっと、レゴ達二人から視線をそらし、言った。

 

「俺達だけに気を取られてていいのか?」

 

 次の瞬間、ウル達の背後から“無数の冒険者たち”が飛び出した。

 

 

 

 


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