かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

310 / 729
リスタート③

 

 【黒炎砂漠・第四層】 攻略再開12日目

 

 【地下牢・魔女釜の本拠地】

 

「消去魔術の巻物(スクロール)をつくってほしぃ?」

 

 【魔女釜】のリーダー、グラージャはウルを睨む。ウルはだされたお茶を啜りながら頷いた。

 

「出来れば複数用意して欲しい」

「簡単に抜かすんじゃないよ全く。」

「難しいのか」

 

 グラージャは深々と溜息を吐き出す。刻まれた皺の奥から覗く目は、あからさまに目の前の客のことを小馬鹿にしていた。

 

「【消去】っていうのがどれほど高等な術か理解してないね?」

「高度なのか?」

「そりゃそうさ。あらゆる術を打ち消す効果を持つ“術”だよ?全く同じ魔術効果がぶつかり合ってかき消えるってのとはワケが違う!!」

 

 制御は繊細、一歩間違えれば自分自身の効果をかき消して、そのまま崩壊してしまう可能性がかなり高い、とても高度な魔術であるとグラージャは語る。

 ウルはなるほどと頷きつつ、その【消去魔術】をも操る技術を持っている外の仲間達に今更ながら感心した。しかし今は目の前に集中する。

 

「……つまり、難しいと?」

「出来るさね!私達をなんだと思ってんだい!?」

「出来るのかよ」

「地下牢じゃあ私達くらいだろうねえ、出来るのは!」

 

 じゃあ今の説明は何の時間だったんだ、とウルは思っていると、グラージャはニヤリと笑った。そして指でわっかを作る。

 

「そんな、大変な苦労を私らにさせようってんだ。安くないって話さ!」

「……なるほど」

 

 要は値段交渉の前振りだったようだ。彼女は骨の様な指先を蠢かせながら笑う。

 

「【消去の巻物】作ってやろうじゃあないか!だがコイン十や二十では効かないよ!一つに付き数百枚は覚悟してもらおうじゃあないか」

「随分と高いな」

「安いくらいさ!!外だって消去魔術の巻物なんて貴重品さ!!それが此処のオモチャみたいなコインで買えるんだよ!?ヒャッヒャッヒャ!」

 

 グラージャは笑った。確かに魔術の巻物はその内容によっては金貨数枚は簡単にとんでしまうようなものもある。使い捨てであっても使用者の素養やタイミングを問わずに発動できる魔術というのはそれだけ利便性が高いのだ。

 恐らく彼女は大分ふっかけている。しかし、消去魔術が高度で、そして彼女たちしか作れないのも嘘じゃないだろう。だからこそ彼女はこんなにも強気なのだ。そう考えると断るのは難しい、が、

 

「もう少し安くして欲しいな。グラージャ」

「へえ?」

 

 素直に頷くわけにも行かない。

 地下牢におけるウルの稼ぎは多い。魔法薬製造施設で様々な薬を卸し、それ以外でも様々なものを造り、加工し、情報を交換してコインをかき集め蓄えている。最近では【黒炎払い】の仕事でもコインは得られている。

 しかしそれらのコインは全て、「ラース解放」という目標のためにある。その全てを一気に消費するわけにも行かない。安く済ませられる所はそうしなければならない。

 

「安くして欲しいっていうなら、それに見合うだけのメリットがあるんだろうねえ?」

 

 その為に、まずは目の前の恐ろしい老婆を説き伏せなければならなかった。

 

「……俺は消去魔術で【番兵】の攻略を目指している」

「噂には聞いていたけど、本気で「ラース解放」を目指してるって?正気じゃあないね」

「そしてこれは、あんたらにも利がある話の筈だ」

「はあ?」

 

 グラージャは目を見開いた。

 痩けた顔の中で目立って大きく見えた眼球が更に大きく見えた。

 

「まさかラース解放されたら私らも助かるからとか、そんな馬鹿なことを抜かすんじゃないだろうねえ?夢物語よりも底の浅い妄想を交渉に使うんじゃあないよ!」

 

 グラージャは叫ぶ。ボサボサの白髪が生き物のように蠢いて見えるのは気のせいだろうか。そのまま目の前の相手を食い殺すバケモノにも見えた。ウルは怖気づかぬよう息を吐きだした。

 

「ごもっともだが、もう少し現実味のある話なんだ、これは」

「はあ?」

「ラース解放の為障壁になるのは【番兵】の存在だ。彼等が旧ラースへの道を阻んで邪魔をする」

「知ってるさそんなことは。運命の聖女ご一行が無残に返り討ちにあったからねえ」

 

 アナスタシアがウルと共に居ることを知ってるだろうに、彼女は挑発的に言う。ウルは気にせず会話を続けた。

 

「だが【番兵】が引き起こす問題はそれだけじゃない。アイツらが生み出す【黒炎の壁】はラース領全体を区切って、狭くしている。その弊害がある」

「……ほぉ?」

「あんたも知ってるだろう。()()()()()()()

 

 グラージャに問う。彼女は先程までの剣幕などどこへやら、楽しそうに笑った。

 

「ああ、そうだねえ。【黒炎】はこのラース領を大幅に区切っている。だから、【探鉱隊】の地下鉱山の場所も制限を受けている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()る」

「……やっぱ知ってたか。【探鉱隊】は秘密にしてたんだがな」

「盗み聞きは【焦烏】どもだけの専売特許じゃあないのさあ」

 

 グラージャは笑う。

 【魔女釜】にだけは知られまいとしていたフライタンがこれを聞けば苦々しい顔になることだろう。ウルもこの情報を聞いたのはたまたまだ。紫水茸の酒を試飲してもらった土人の連中がうっかりと漏らしたのだ。

 

「地下は広いが、無制限じゃないし、無節操にも広げられない。この地下牢の周辺一帯の拡張性はもう無い」

「ざまあないねえ!ひゃひゃひゃ!!」

「だが、そうなるとアンタも困るだろ?」

 

 ピタリと、グラージャは笑うのを止めた。感情をかき消して、ウルを静かに睨む。ウルは彼女の顔色には反応せずに言葉を続けた。

 

「どれだけあんたらが内心で【探鉱隊】の土人達を敵対視しようとも、地下牢は閉鎖的で狭い。ある種の相互協力によって成立している。地下鉱山の資源がいきなり途絶えたら、待ってるのは破綻だ」

「鉱物は【黒剣騎士団】に用意して貰えばいいだろう?あいつらなんていらないさ!」

「ダヴィネが【黒剣騎士団】、つまり【焦烏】に更に依存する事になるな」

 

 魔女は黙った。不満な表情が見えて分かりやすい。

 

「楽しくないねえ、それは」

「そもそも滅んだラース領は他の都市からの物資の行き来が滅茶苦茶悪い。ダヴィネが必要な分を手に入れるのも難しい。だからこそ【探鉱隊】なんてものができたわけだろう」

 

 つまり、地下牢において地下鉱山は必須のものだ。その枯渇から来る悪影響は否応なく地下牢全体に波及する。険悪な関係である【魔女釜】も確実に他人事ではないだろう。

 間違いなく最も窮地になるのは【探鉱隊】だが、苦しむ彼等を指さして笑って自分達も巻き添えを喰らうのはあまりにも間抜けな話だ。

 

「アンタの言うことは正しいかもね?だがそれがアンタの無謀な挑戦とどう繋がる?」

「ああ、それが本題だ」

 

 ウルは頷く。

 

「ラース解放はまだ現実的じゃない。だが“番兵を一体撃退する”ならどうだ?」

「……【黒炎払い】どもをやる気にさせたのかい?」

「少しはな。まだ説得の途中だ」

 

 【番兵】を倒しさえすれば、少なくともその【番兵】が守っていた黒炎の壁が焼失する。炎の壁が消えれば、人類の生存圏が拡張する。当然それは地下も同じ事だろう。

 少なくとも当座の地下鉱山枯渇の危機は回避できる可能性がある。

 

「なら、すればいいじゃないか。私らには関係ないことだね」

 

 グラージャは、それに対して鼻で笑った。確かに言うとおり、【地下鉱山】の危機をウルが救ったところで、【魔女釜】の者達には全く関係が無い。勝手に窮地になり、そして勝手に救われるだけである。

 

「いや、関係がある」

 

 だが、ウルは首を横に振った。

 

「はあ?」

「【探鉱隊】がでかい顔してるのが気に入らないんだったな?」

「ああ……」

 

 最初、彼が此処を尋ねてきたときに言った話だ。あの時はグラージャがウルを煽る為にいった言葉だったが、別にそれは彼女の虚言というわけではない。事実、【探鉱隊】の土人は【魔女窯】の連中に対して敵対的だ。口憚らず悪口を言っているのをウルは何度も見てきた。

 

「この前なんて、道を歩いてただけで「魔術師が地下鉱山を穢してる!」なんて抜かして喚き散らしやがったからねえ!!ああ腹が立つ!!」

 

 グラージャは苛立つように叫ぶ。

 するとウルは頷いて、少し小さな声で囁いた。

 

「俺等がアンタらと協力して【番兵】を撃退したら、俺とアンタらは“探鉱隊を救ってやった”ことになるな」

 

 ウルの言った言葉の意味に、グラージャは最初訝しげにし、そして最後はニヤリと笑った。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 【黒炎払い ガザの秘密基地】

 

「……お前、どっから持ってきたんだこの巻物の山」

「粗悪品も多いが。だが消去魔術の巻物含めてそこそこ安く買えた」

「【魔女釜】から?良く買えたな。強請ったのか?」

「外の仲間の真似事だよ。慣れないことした……」

 

 大量に積まれた巻物の山を前にガザが戦く。【魔女釜】が寄越したそれらは、しかし半分くらいはあまり期待できる物では無い。本命は三本だけ購入できた消去魔術の巻物だ。

 消去魔術が極めて高度で、作成にも苦労するのは事実であるらしい。だからあくまでも三本のみを安く仕入れたくらいだ。番兵を上手く撃退出来た際に上手く喧伝するようという条件付きで。

 

「それで、挑むの?」

 

 同じく巻物を眺めたレイが尋ねる。だがウルは首を横に振った。

 

「絶対に、協力して貰わないといけない奴がいる」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。