かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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誰でもできる!!会議の腐らせ方のススメ 中 著:シズク

 

 今回の一件をしかけてきた連中の干渉をいかに回避するか?

 

 ウルというリーダーを失い、更にその事で多くの批難を浴びることになった【歩ム者】にとって、ウーガを狙う勢力からの干渉を回避するというのは困難を極めた。言うまでも無くグラドルは弱っており、そして【歩ム者】もまた立場を失いつつあったからだ。

 七天の勇者、ディズに頼むのも難しかった。彼女は超法的な権限を有してはいるが、立場がある。その彼女がウーガの一件で干渉をしすぎれば、むしろより厄介な状態に拗れていくのは目に見えていた。精々情報提供が関の山だろう。

 

 やはり、どうしても難しい、どうしたものかとエシェル達がうんうんと頭を悩ませていたとき、シズクがアッサリと提案した。

 

 ――――では逆に、干渉を増やしましょうか。

 

 結果、こうなった。

 

 シズクはグラドルのラクレツィアと何事か言葉を交わし、少しの間ウーガを離れた。そして数日も経たぬうちに一気にグラドルへの干渉が激増した。彼らは口を揃えて、ウーガへの正当な管理の権利を叫び、グラドル側もそれに対して応じた。

 

 ()()()()()()()()()

 

 無論、運命の神殿や中央工房からの批判も上がったが、干渉を断つというのならば、彼らからの干渉も断たねばならず、結果、苦渋の黙認を強いられた。

 

 そして、物の見事にウーガへの干渉は()()した。

 干渉の遮断では無く停滞である。何一つとして話は進まなくなった。

 たった一つの物事を決めるために、三つも四つも新たなる議論が発生する。

 

 ――――皆様の意見が可能な限り平等になるよう、規則を設けましょう。

 

 そうなるようにシズクがルールをつくった。

 美しい笑顔で、誰しもが暖かな気持ちになるような優しい言葉で、参加者が真面目に議論を進めようとすればするほど精神が踏みにじられ、崩壊を引き起こす拷問器具のような会議のルールを生みだした。

 

 ――――絶対に私はあの会議に参加しません。時間に対する冒涜です。

 

 やり口のあまりの性質の悪さに、ラクレツィアは通信魔道具越しにそう宣言した。彼女もシズクに協力したはずなのだが、明らかにドン引きしていた。意気揚々と会議に参加しにきた運命の神殿の連中や中央工房の連中が土気色の顔でゾンビのように会議室から這い出てくるようになって、エシェル達もその言葉の意味と、シズクの邪悪なやり口を理解した。引いた。

 

「いやあ、本気で議論に参加していたらと思うと寒気がしますなあ、はっはっは」

「イヤイヤ全く。しかし、仕掛ける側としてやるとなると、中々これが面白い」

「相手がいけ好かねえ奴らだと余計にな!」

 

 そしてそんな地獄を中心となって創り出したのが、陽喰らいの戦士達である。

 彼らは世界存亡の戦いに挑むことを王から許された一流の戦士達である。それはつまるところ、各ギルド、各騎士団、各神殿においての一定以上の影響力を有していることを示している。

 陽喰らいの儀を経て、彼らと得たコネクションを、シズクは思う存分有効利用していた。この繋がりが表向きには一切秘匿になっているが故に「裏で結託している」と誰にも悟られないのも強烈なメリットとなっていた。

 

 長きにわたって神殿に勤めてきた神官と、幾つもの迷宮を踏破してきたたたき上げの冒険者、全く別々の立場にいて、しかも交友関係など皆無であったはずなのに、強い友情で結ばれていて、結託しているなどと、誰にも分からないだろう。

 

 ただ、問題は。

 

「……その、本当に良いのかな……こんな事に協力させて」

 

 会議が終わった後、ゴミが散らばった会議室を片付けながら、エシェルはこわごわと呟いた。彼女の視線の先には老いた神官が一人居るが、彼の官位は第二位(レーネ)である。既に神殿での政治活動は引退しているものの、それでも強い影響力を持っている男だ。しかも、密かに【陽喰らいの儀】で命を賭して闘っている生粋の戦士でもある。

 名実ともに偉大なるヒトである。

 そして彼と談笑する者達も、立場身分違えど、同じようなものだ。そんな彼らに対して恃む事なのか?というエシェルの疑問ももっともといえばもっともだった。

 

「いやいやいや、心配することはないぞ?」

 

 だが、そんなエシェルの不安を和らげるように、当の老いた神官は優しげな眼でエシェルに話しかけた。彼女の呟きが聞こえていたらしい。

 

「で、ですが……」

「……シズクが無茶を言ったのでは無いですか?」

 

 口ごもるエシェルに代わり、カルカラが尋ねる。

 シズクについては、カルカラも苦い思い出がある。自業自得である事は重々承知しているが、それでも今もカルカラはシズクが苦手だ。ある意味エシェル以上に、シズクへの懸念はある。

 だが、神官は「いやいやいや」と首を横に振った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「感謝、ですか……?」

 

 あまりの予想外の言葉に、目を丸くさせると、彼の周囲の戦士達も同意した。

 

「うむうむ。感謝だとも。なあ?」

「ああ、そーだな。感謝だよ。感謝している」

「そうですなあ」

 

 彼らは次々と頷く。だが、しかしカルカラは奇妙なものを感じていた。

 顔には笑みを浮かべ、朗らかに笑い合いながらも、見ていてまるで暖かな気持ちにはならなかった。むしろ何か、冷たいものが流れ込んでくる。照明は十分なはずなのに、会議室が妙に薄暗く感じる。同じくソレを感じ取ったのか、エシェルがそっとカルカラの腕をつかんだ。隣のリーネもまた、自然と圧されるように一歩後ろに下がった。

 

「いやあ、全く、シズク嬢のお陰だ。彼女のお陰で――――」

 

 カルカラは理解した。コレは――――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 殺意だ。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 一ヶ月ほど前のこと。

 

「して、我々を呼びつけた理由は何かな?シズク嬢」

 

 大罪都市プラウディアの一角。経年による劣化のため取り壊しが決まり、住民達の立ち退きが決まった建造物の一角にて、とある集まりが行われていた。

 

 【素晴らしき葡萄酒を楽しむ紳士淑女等の集い】

 

 という、名目でシズクによって集められた彼らは、しかし、とてもではないがそんな雰囲気では無かった。年齢、性別、身分、全くもってバラバラな彼らではあるが、しかし唯一「極めて優秀な戦士達」であるという共通点だけがあった。

 無論、それはそうだろう。彼らは表沙汰にはしていないが、今回の【陽喰らい】で闘って、生き残った紛れもない一流の戦士達だ。とてもではないが、ちょっとした葡萄酒を楽しんであつまるサークルのような面子ではない。

 

「皆様、よくぞお集まりいただきました。感謝いたします」

 

 そしてその彼らを集めたシズクに対して、向けられる視線は決して穏やかでは無かった。むしろ懐疑の様なものまで混じっている。

 そもそも、陽喰らいが終わった後、その参加者を別の案件で一カ所に集めるという行い自体が、あまり良きものでは無い、折角必死に隠した隠蔽が暴かれる可能性があるからだ。それだけでも、彼女に対する印象を悪くしている者はこの中にもいる。

 

「まず先に言っておくかのう。シズク嬢。ワシらはお主に協力すること自体はやぶさかでは無い。が、ウル少年を自分の権限を逸脱して助け出すことはできん」

 

 真っ先にそう口にしたのは老いた神官の男だった。彼は鋭い眼光をシズクに向ける。

 

「あの少年、ウルが卑劣な真似で捕まったのは承知しておる。しかしウーガの一件はあくまでも表の騒動。裏の縁で繋がる我々がおおっぴらに介入しすぎるのは好ましくない」

 

 その神官の言葉に同意するように、集まった戦士達は頷いた。

 

()()()()が表沙汰になる可能性は避けたいの。分かるでしょ?」

「出来る範囲での支援なら、惜しむつもりは無い。だが、節度は護らねばならない」

「今回も被害ゼロとは言えない。多くが死に、繋げて、今がある」

「ウルがあんなひでえとこにおしこめられてんのは、胸糞わっるいけど、俺たちがそう思ってること自体、表に出来ねえ。あの戦いはそういう戦いだ」

 

 彼らの価値観、思想、立場はそれぞれ異なる。

 しかし、【陽喰らいの儀】を経験した戦士達は一つだけ共通した価値観が芽生える。

 

 あの戦いを、地獄を、決して無駄にしてはならない。

 

 そんな強い強い信念が生まれるのだ。それほどまでにあの戦いは地獄で、その地獄の最前線で世界を護るために戦い抜き、散っていった盟友達の犠牲を無駄にすることだけは、出来ない。

 

 それは共通の価値観で、信念だった。

 

 現在、シズクに対して警戒している者が多いのも、それが理由だ。

 いかに、不運で不幸で最悪だったとしても、もしも彼女が、あの戦いで得た縁を自分たちのためだけに利用するというのなら、それは受け入れることできない。どれだけ、彼ら個々人が、ウルに対して感謝していようともだ。

 下手な繋がりが露出して「何かあるのでは?」なんて風に思われるだけでも、彼らは嫌なのだ。実際にはバレるリスクが殆ど無かったとしても、心情的に耐えられない。

 

「勿論、承知しております。私も、あの戦いで散っていった方々の思いを踏みにじるような所業は、したくはありません」

 

 そして、彼らの心中を、シズクは理解していた。彼らから向けられる警戒を、微笑みで受け流しながら、言葉を続ける。

 

「そうか、それなら――――」

「そして、むしろだからこそ、皆様に伝えねばならないことがあるのです」

「……それは?」

 

 続きを促され、シズクは続ける。美しい鈴の音のような声で、その場に揃った全ての戦士達の耳に響くような声で、語り始めた。

 

()()()()()()()

「速い?」

「ウル様を貶めた連中の動きが、あまりにも速すぎたのです」

 

 ウルが黒剣騎士団に捕縛されたのは、【陽喰らいの儀】からたったの一週間の出来事である。ソレは確かに、彼女の言うとおり、あまりにも速すぎた。シズクであっても咄嗟に応じることが出来ないほどの電光石火だった。

 これをしかけたエクスタインがあまりにも手回しが上手すぎた、といえばそうなのかもしれないが、しかしそれだけでは説明が付かない。

 

「冒険者ギルドがウル様の銀級昇格を決定するよりも、更に速く、彼らは動いていた」

「……つまり?」

「どう考えても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 無論、エクスタインが関わっている以上、彼が有する情報が敵側に齎されたのは当然の事で、自然の流れに思える。そしてその情報を、恐らく彼らはかなり詳細に聞き出したのだろう。ウルが銀級に昇格することが確定したと、確信できるまで。

 ソレは分かる――――が、

 

「それがどうし――――」

 

 そう言おうとして、神官が眉をひそめた。

 

「――――………」

「……………」

 

 彼だけで無く、その場にいる全員が、沈黙した。同時に、空気が冷えた。彼らの意思を、感情を反映するように、部屋の薄暗さが一層に強くなる。

 

「ウル様を貶めた者達は」

 

 シズクは、その空気の中で語り続ける。

 

「自分たちが、無数の、気高き戦士達の屍の上に今の平穏があることを知りながら」

 

 やはり、どこまでも響く鈴の音で、彼らの心を揺らし、

 

「死んでいった戦士達が命を賭けて背中を押し、地獄を戦い抜いたウル様を貶めたのです」

 

 陽喰らいを生き延びた戦士達の、決して触れてはならぬ逆鱗をくすぐった。

 

「放置して良いと、思いますか?このような、邪悪の所業を」

 

 シズクは微笑みを浮かべた。

 殺意満ちる空間の中であって尚、彼女は美しかった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ばぎん、という何かが砕け散る音がウーガの会議室で響いた。

 エシェルはびくりと驚いて、音の方へと視線を向ける。老いた神官の手の中で、カルカラが新たに用意したカップが粉々に砕け散っていた。

 

「おお、すまんなあ。割ってしまった」

 

 湯気の立つ紅茶で手を濡らしながらも、神官の老人はにこやかに笑った。しかしエシェルは怖かった。しわくちゃの老人神官は笑ってる。声も穏やかだ。それなのに眼が一切笑っていない。彼の身体中から刃のような気配が迸っている。

 いや、彼だけではない。シズクが集めた陽喰らいの戦士達全員から、彼と同じものが迸っている。先程まで、なんとも和やかに談笑していたはずなのに。

 

 正直、滅茶苦茶怖かった。ちょっと泣いた。

 

「うむうむ、弁償代だ。取っておいておくれ」

 

 そういって神官はエシェルに向かって大きな布袋を差し出した。はてなんだろう?と覗いてみて、エシェルは顔を引きつらせた。

 

「こ、ここ、これ……」

 

 膨大な量の金貨が敷き詰められていた。誰がどう考えても神官の割ったカップ一つに必要な金額ではない。エシェルが思わず取りこぼして机に落ちるとドガシャンという重量感のある音がした。

 

「おお、少し多めにしておるが、うむ、気にすることは無いぞ?」

 

 そう言って彼はエシェルの肩を優しくぽんと叩き、まるで自分の孫に語りかけるような調子で、言った。

 

「お小遣いというやつじゃ。役立てておくれ?シズク嬢によろしくな?」

 

 お小遣いというにはあまりにも重々しいその袋を必死に掴みながら、エシェルは笑顔を浮かべようとしたが顔が引きつった。本当に超怖かった。

 

「さて、行くか、皆々」

 

 老人が立ちあがる。それに呼応して、他の戦士達もよっこらしょと腰を上げた。

 

「そうですな」

「さて行くかあ……――――――――殺す」

 

 誰かが言った。

 

「ああ、殺す」

「絶対に殺す」

 

 それに呼応するように、誰かが続いた。

 殺意が充満していく。全員笑っていた。歯を剥き出しにして、口を大きく開いて。最早戦場で、魔物達に向けられるものよりも遙かに濃密に満ちた殺意が会議室に溢れかえる。

 

「行かんぞ、諸君。先走っては」

 

 そんな中、一番穏やかな声の――――そして最も殺意の高い神官が――――手を上げて彼らに語りかける。神殿を訪ねた迷える子羊たちを導くような優しげな声で、

 

「一人二人殺して、逃げられては意味が無いではないか」

 

 火に油を注いだ。

 その言葉に全員が笑った。部屋が震える。エシェルはカルカラにしがみついた。リーネは顔を引きつらせて一歩後ろに引いた。

 

「ああ、そうでしたな。流石神官殿は博識だ」

「全くだ。頼もしいぜ」

「ウルの奴には悪いが、多少時間をかけてでも確実にいこう。一匹たりとも残してはならぬのだ。このような、恥知らずの汚物を」

「身内にいたとして、絶対に殺さねばならぬな」

「無論、無論。むしろ尚のこと許せぬよ。親だろうが子供だろうが殺してくれる」

 

「さあ征こう盟友らよ――――鏖殺だ」

 

 シズクの煽動により、紛れもない狂戦士(バーサーカー)となった戦士達は、禍々しい殺意を漲らせながら、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

「…………こっっっっっっっっっっっっっっっっわ」

「はやぐ帰ってぎでぐれ゛えええ、ウルぅぅぅぅ………!!!」

 

 残された部屋で、リーネはドン引きし、エシェルはガチ泣きした。

 

「……なんといいますか、同情はしますが、恨むならシズクを恨んでください」

 

 その光景を少し距離を置いて眺めていた【白海の細波】のベグードは、同情半分、呆れ半分の声色でエシェル達にそう告げた。

 

 

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