かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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狂人二人は地獄で笑う

 

 

 

 【赤鬼】の面々は驚愕していた。

 

 宝石人形とネズミ、この二つを封じ込めた小部屋への通路を進む最中、背後から何人もの冒険者たちが此方に向かってきているのが見えたからだ。最初はレゴ達かと思った。次にあの女、シズクが追ってきたのかと思った。だが、そうではない。それどころではない。

 

「いたぞ!!【赤鬼】の連中だ!!」

「追え!!!ぶっころせ!!!」

「殺しちゃまずいだろ!あいつらが持ってるもん全部奪え!!」

 

「あいつら何してやがんだ?!!」

 

 リーダーのオーロックは悲鳴のような罵倒の声を上げた。あいつら、とはもちろん足止めにと残していったレゴ達だ。だがそもそもレゴ達に指示したのは、シズク達の足止めのみだ。あんな大勢の冒険者たちの足止めをしろなんて、勿論彼らは指示していない。止められないのは当然だった。

 

 いや、そもそもだ。なんだってこんなにも冒険者たちが溢れかえっているのか?

 

 宝石人形の弱点、ネズミの件は殆どの人間には知られていなかったはずだ。で、なければ早々に、宝石人形に賞金がついた時点で即倒されていてもおかしくはない。では情報が知れ渡った?どこから?誰から―――

 

「あ、……あの女!!」

 

 思い当たるとしたら、あの銀の女しかない。

 だが、何故?何のために?ライバルが増えるだけ損なのに?

 まさか完全に宝石人形の事は完全に諦めた?!だが、参加しているのはオーロックも確認している。まさかその参加自体がフェイクだった?!

 

「おい!こっちの小部屋宝石人形がいるぞ!!ここだ!!」

「探せ!!何かがあるはずだ!!」

「おいやべえぞ!衝突起こり掛かってる!!てめえら出ていけよ!!」

 

「チィっ!!!」

 

 今は考えている暇はない。既に別ルートから小部屋に先回りしている連中まで出てきている。最悪、ネズミを確保しなければ危険だ。情報料が無駄になる。

 オーロックは宝石人形の小部屋へと足を急がせた。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 その様子を、荒れ狂う冒険者たちの陰に隠れたウルとシズクがじっと眺めていた。

 

 

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 話は、シズクがウルに自らの所業を告白した一夜に戻る。

 

「バレていたのです」

 

 シズクは、静かにその事実を告げた。

 

「なに?」

「宝石人形の弱点を知ってると思しき人たちは、既にいたのです。情報の精度は私達ほどではないですが、私が【赤鬼】の方にバラすまでもなく、広まっていました」

 

 ウルは、しばし硬直し、それからゆっくり与えられた情報を飲み込んだ。

 マギカとの交渉で得られた情報は、宝石人形を倒す上で値千金とも言えるものだった。ソレは間違いない。そしてウルはその情報を得るため、グレンのツテを使い、ディズに頼み込んでアカネの力を借りてようやく手に入れた。故にその情報は絶対的で、唯一無二のものであると確信していた。

 ()()()()()()()()()()

 だが、マギカも言っていたではないか。

 

 ―――少し考えればわかる

 

 マギカは確かに人形に対しては膨大な知識を持つ女だ。しかし、彼女が立てた推論は、決して、特別な知識が必用なものではなかった。ある程度の人形の習性を知っていれば、たどり着ける推論だ。

 

 ―――あの女は優秀だが悪辣だぞ

 

 グレンの言葉が今更に頭の中でよみがえった。

 

「さらに言えば、“何かに気づいた奴がいる”と目をつけている人たちは更に顕著に存在しました。私たちの事も、気づいている人らは【赤鬼】の方々だけではなかったです」

 

 情報そのものを手に入れられずとも、それを所持するヒトの目当てはつけられる。

 討伐祭は日程も時刻も定められ、一斉にスタートを切る大会だ。情報を持っている者を目印に追跡し、おこぼれを得ようとする輩は絶対に出てくるだろう。

 

「連日迷宮に潜って宝石人形周囲を探索していましたから、悪い意味で私たちは目立ちすぎました」

 

 そして困ったことに、今回のケースに関してはおこぼれは非常に狙いやすい。ネズミを殺せば即、宝石人形が倒れるわけではない。あくまでも機能を停止するだけだ。宝石人形を封じてる部屋にウル達が突入し、ネズミを殺し、その後動かなくなった宝石人形を破壊するまではどうしてもタイムラグがある。

 ネズミと人形の破壊は誰にも邪魔されず速やかに行うのが大前提。おこぼれを狙う冒険者が周囲にいる状況では困難を極める。

 

 要は、ウルが選ぼうとしていた作戦は上手くいかない可能性が極めて高い。

 

「賞金を付けた神殿とか……冒険者ギルドも気づいていた?」

「可能性はありますね。ですが、祭りとなった方が彼らは得する事が多いでしょう」

「成程……成程な」

 

 徐々に、ウルも現状が飲み込めてきた。彼女の意図するところを。

 マギカから仕入れた情報、それ自体は間違いなく貴重だ。しかし、それを自分たちが有効に利用する事が困難であるなら、一刻も早く、その情報は売り払わなければならない。その情報が腐る前に。

 

「故に早々に売り払いました。ネズミという弱点の確保もプラスで金貨1枚分の価値にはなりました。意図を悟られないように、これ以上欲張ることはできませんでしたが」

 

 都合よく、此方にめどをつけて、私を強請ろうとしようとした人たちがいましたから。

 と、シズクは微笑む。シズクは金貨を懐から取り出し、ウルへと差し出した。金貨1枚、銀貨30枚分の価値のある、一月、ウル達が必死に迷宮に通い稼ぎ貯めた額以上の金額。

 

「これを使い、装備を一気に整えます」

「……倒す準備を?」

「はい。“暴走状態の宝石人形を打倒する準備を”」

 

 

 

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 そこから先は、作戦の調整だった。

 

 ウルとシズクは話し合い、残り少ない時間で装備品を調整し、同時に【宝石人形の弱点】という情報を“撒いた”。金はとらず、情報も大部分は伏せ、グリード内の彼方此方の酒場の盛り上がっている場所で、小さな噂話程度で拡散させたのだ。

 

 結果は、ウル達が想像した以上に、一瞬にして宝石人形の情報は拡散した。

 

 正直言えば、このやり口は問題になりかねないという予感はひしひしとしている。情報という無形のものを商売として取り扱う上でのタブーを破っている気がしてならない。【討伐祭】という、情報を掴んでも活用できる期日が決まってる特殊状況下においてのみ可能な外法。

 

 だが、今はそれは置いておこう。後の事は後で考えよう。

 

 結果として、今、この状況を生み出せた。

 

「うおおお!!その籠をよこせえ!!」

「うるせえてめえら!!どけ!!」

 

 混沌だ。宝石人形の弱点、ネズミの確保を巡って大乱闘が発生している。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』

 

 そしてそこに宝石人形が乱入する。最早誰もかれもが逃げ惑い、同時に【赤鬼】たちが確保したのであろう、籠に入ったネズミを探して大暴れだ。しかしネズミは殺せない。殺した瞬間、宝石人形の周囲を取り囲む連中が宝石人形を攻撃し、手柄を奪われるからだ。

 

 混沌とした膠着状態である。誰もが大暴れしながらも、()()()()()()()()()()()()()

 

「ウル様」

「うん」

 

 そして、この状況をこそ、ウル達は望んだ。宝石人形を討たねばならない状況で、しかし誰もが宝石人形には攻撃ができないこの状況。誰も彼も、明確な弱点が目の前にぶらついているのに、宝石人形を直接攻撃しようとは思わない。

 

「行くぞ【竜牙槍】」

 

 ウルは背中に背負っていた“モノ”を取り出した。

 

 古布から取り出されたそれは、一本の槍のように見える代物。だが実態は槍ではない。槍の用途にも使えるが、その実態は【兵器】に近い。金貨一枚、マギカと交渉し獲得したそれは、彼女が研究していた新型武装。個人が携帯できる超火力の大砲。

 

「咢開放」

 

 ウルは竜牙槍を前へと構え、柄に用意されていた可動部分を握り、弓の矢をつがえるようにして引く。大剣にも似た大槍の両端が、まるで獣の顎のごとく、大きく開かれた。

 

「魔道核起動」

 

 そしてそのまま、ぐいとウルは柄をひねった。大顎の奥に仕込まれていたモノ、魔道核が怪しげな輝きを放ち、そして充填されていた魔力を開放し始める。バチバチと、明らかに通常の魔道核とはケタが違う、凄まじい轟音が響き始めた。その時点で宝石人形から逃げ回っていた何人かの冒険者が思わず視線を向けた。

 魔道核の鳴動が最大に達した時、ウルは叫んだ。

 

「警告する!伏せた方がいいぞ、全員!」

 

 最初、その声に驚き、言っている言葉の意味を理解せず疑問符を頭に浮かべていた冒険者たちは、しかしウルの両手で握った武装から放たれる、明らかにヤバい破壊の光を目撃し、光から逃れるようにして宝石人形との間を空けた。

 

「【咆哮!!!】」

 

 咆哮、同時に充填された魔道核の光が、一挙に前方へ、宝石人形へと解き放たれた。光は莫大な熱と共に周囲を焼き払いながら真っ直ぐに宝石人形へと突き進み、一瞬にしてその体を飲み込んだ。

 

「うおああああああ?!!!」

「なんだあ?!!あっち!!」

 

 灼熱の光線が頭上を掠め、冒険者たちは悲鳴を上げる。見るも無残な乱闘から阿鼻叫喚の地獄絵図へと景観が一変した。が、それを生み出したウルはといえば、その光景を見る余裕など全くない。

 

「……っぐ……」

 

 灼熱の砲撃を最も間近で受けているのだ。両手で握りしめた【竜牙槍】が震える。全力で押さえないと両手から弾け飛んで暴れかねなかった。両足を踏ん張り支え、歯を食いしばる。迸る閃光が頬を焼く。それでも狙いは宝石人形、その頭からズラさない。

 

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO…!!!

 

 唸り声、宝石人形が動き出した。真っ直ぐこちらに向かって。ネズミを守護するという使命とは別の自己保存本能、敵として此方を認識し、攻撃を仕掛けてきている。だが、いまだ頭は破壊できていない。

 

「一番脆い場所で…これか…!!」

「【氷よ唄え、貫け】」

 

 巨大な手が迫る。避ける余裕はない。距離を置いた背後からシズクの詠唱が響く。頭上に巨大な氷の矢が生み出される。宝石人形の手が迫るその直前、巨大な刃は完成に至った。

 

「【氷刺】」

『O』

 

 巨大な氷柱はミシリ、と、ヒビだらけになった宝石人形の頭部を、刺し貫いた。

 

「あ……」

「おお……」

 

『oooooOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO……』

 

 それは、声だった。洞窟の中を風が抜けるような、宝石人形の独特の奇妙な駆動音。だが、そう聞こえていたのも最初だけだ。何かが擦れ軋むような音が耳を劈く。ガクガクとその巨大な身体を震わせ、轟音を立て、宝石人形は地面へと倒れこんだ。

 

「たお……した?」

 

 冒険者の誰かが言った。確かにそう見えた。誰が見たところで、莫大な破壊の光と追撃の魔術が宝石人形を破壊した、ように見える。先ほどの混乱から一転して静寂があたりを包んだ。

 

「……キキッ」

 

 静寂を破ったのは、先ほどまで冒険者たち一同が死に物狂いで奪い合ったネズミの鳴き声だった。宝石人形の急所、宝石人形に設定されている“使命”、ネズミの鳴き声―――

 

「―――生きてる、だって?」

 

 その事実に声を上げたのは、ギルド【赤鬼】のリーダー、オーロックだった。生きてる。守護対象、宝石人形の目的そのもの。それが生きてる。

 

 【魔道核を破壊されぬまま頭部が破損された場合、宝石人形は“暴走”する】

 

 彼の頭の中にある知識が警告を発する。そして、その通りの事象が目の前で起こりつつあった。

 

『O……OO』

 

 最初は石がヒビ割れるような小さな音だった。だが、それが徐々に連続して続くと、気のせいではないと誰もが理解した。巨大な何かがきしむ音、擦れ、何かが砕けつづける音。それらはすべて倒れ伏した宝石人形から聞こえてきた。

 

 形が変わる。頭部を失ったヒトガタが、そもそもの形を変質させる。両手は歪な足に、頭部を失った首は変形し、洞穴の様な口に変わり、歪み、そして嗤う。違うものになっていく。“全く違うバケモノ”に変わっていく。

 

『OOO……OOOOAAAAAAAAAAGAAGAGAA』

 

 先ほどまでピクリともしなかった。宝石人形が、動く。四本脚となり、超重量の身体を難なく支える。肉体は更に一回り巨大化し、人に似せた頭が喪われた代わりに、人とは似つかない歪で巨大な角の生えた獣の頭部が生まれていた。

 

 宝石人形“だったもの”が立ち上がり、そして咆哮した。

 

 

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!』

 

 

 

 暴走状態となった宝石人形が、冒険者たちの眼前に姿を現した。

 

 一時的な静寂を引き裂く咆哮に冒険者一同は身をすくませ、しかしそれでもいまだ現状が理解しきれていないのか殆どの者が足を止めていた。呆然と、まるで見学でもするように目の前の“異様”を眺めつづけていた。が、

 

「……に、げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 誰がそれを叫んだのか、あるいは全員か。その悲鳴をきっかけとして堰を切るように冒険者たちは一斉にその部屋から逃げ出した。

 

「逃げろ逃げろ!!逃げろ!!」

「どう考えてもやばいぞありゃ!!?」」

「ふざけんなどけ!!!」

 

「悲鳴ばっかだな。討伐祭」

 

 その地獄絵図を作りした当の本人、ウルだけはどこか呑気にその光景を眺めていた。あるいはあきらめたような動作で竜牙槍の状態を元の槍に戻す。

 冒険者達が続々逃げていってくれるのはありがたかった。この後に及んで尚、宝石人形討伐を諦めないバカは自分たちしかおらず、ライバルがいないということなのだから。

 尤も、「暴走状態の人形は非常に危険であり、決して相手にしてはならない」と噂を広げるついでに脅しかけていたのはウル達だったのだが――

 

「てめえこのガキぃ!!」

 

 そんな風に思っていると、罵声と共に肩を赤鬼のオーロックにつかまれた。ウルは驚きもせず振り返る。彼は怒っていた。激怒である。赤鬼の名にふさわしく顔面を真っ赤に染めていた。

 

「どうした。赤鬼殿、逃げないのか」

「てめえなにしたのかわかっててやったのか…!!こんなもんいったいどうする気で!!」

「ウル様!!」

 

 そこに、シズクが近寄ってくる。彼女の声にオーロックは憤怒の形相で、何か罵倒を浴びせようと口を大きく開いた。が、

 

「良かった!!上手くいきましたね!!!」

 

 満面にして絶世の笑顔で歓喜する彼女に、絶句した。

 

 オーロックはおろか、その場でまだ逃げようとどたばたとしていた冒険者たち全員が、彼女の澄んだ声を聴き、そして言葉を失った。彼女は頬を赤く染め興奮し、花のように綻ばせていた。心の底から喜んでいた。この死屍累々の地獄絵図と、バケモノを誕生させた結果を。

 その背後で暴走した宝石人形にぶっ飛ばされた冒険者達の血しぶきが飛び散っていた。阿鼻叫喚を背に歓喜を振りまく銀の美少女の姿はあまりにも邪悪だったが、絵にはなった。

 

「ああ……そうだな」

 

 ウルは震えだしそうな足に力を籠める。鳴りそうになる歯を食いしばり、そして笑みに形をゆがめ、彼女に同意する。彼女はイカれている。それは違いない。そしてそんな彼女の狂気に乗っかると、既に決めたのだ。故に、

 

 普通を辞める時が来た。

 

 “たが”を外す時が来た。

 

 狂気に身を置く時が来た。

 

 さあ、笑え、狂え、構えろ。眼前の地獄に向かって突撃しろ。全ては“己”のためにある。己が為に命を使う、繕いようもない自己満足のために、地獄の底に飛び降りろ。

 ウルは笑った。大声で。狂った策略が見事に的中した事実を哄笑し、叫んだ。

 

「ああ、最高だ!完璧だ!!さあ後は勝つだけだ!!!!」

「はい!!!」

 

 かくして狂人二人は地獄で笑う。

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!』

 

 

 ―――宝石人形戦 開始―――

 

 




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