かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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かつてと今の主従関係

 

 【竜吞ウーガ】

 

 ウルの自宅にて

 

「…………」

 

 【歩ム者】のメンバーが何度も揃って食事を取っていた机の上で、今は一人、エシェルは座り込んでいた。寂しくなったその場所の、名残を求めて、今も度々エシェルは時間があれば、ウルの家を訪ねていた。

 勿論、ウルがこの家を利用していた時間はそれほど多くは無かった。それでも、あの心を許せるヒト達が、ずっと自分の周りにいてくれるあの時間は、エシェルにとってはあまりにも眩くて尊かった。

 

 あの時間をもう一度、取り戻す。

 

 その思いで彼女は今も闘っている。だが、それでも心が苦しくなるときはある。そういうときは、ウルの家に潜り込む。

 

 例えば、自分を見捨てたカーラーレイ一族の生き残りからの手紙を読まなくてはならない今のようなタイミングでも、彼女はそうした。

 

「…………」

 

 カルカラや、リーネから代わりに読んでおくと言われたが、ソレは拒否した。

 

 内容は、一言で言えば、カーラーレイ一族の生き残りからの助けの要請だった。

 

 現在カーラーレイ一族は、ラクレツィア率いる現政権によって追いやられ、窮地にある。長きにわたってグラドルの繁栄に貢献してきたカーラーレイ一族に対して非道な仕打ちである。という旨の長々とした不満。

 そして、それ故に一族の生き残りであるエシェルが自分たちを助けるべきだという上から目線の命令。自分たちをウーガに住まわせろ。それどころか、自分たちこそがウーガを支配してしかるべきだ。今すぐ今ウーガに住んでいる不敬な名無しどもを追い出せという陳情が、長々と綴られていた。

 

「………ふぅー……」

 

 エシェルは、一切表情を動かさぬまま、淡々と読み進めた。

 そして最後の最後まで、一つたりとも有益な情報がなく、そしてエシェル個人に対する記述が一文たりとも無いことを確認すると、その手紙を折りたたんだ。折りたたんで折りたたんで、丸めて、そのまま放り捨てた。

 

「【発火】」

 

 鏡に取り込んだ魔眼によって、手紙を焼き払い跡形も無く消し去った。

 自分が暴走時に取り込んだ竜の魔眼は、平常時は魔力の消耗があまりに激しく、威力も安定せず、戦闘でマトモに使えるものではない。だが、手紙一つを跡形も無く消し去る事くらいは出来た。

 体力や魔力の消耗だとか、危険性だとかを気にする精神的な余裕はエシェルには残っていなかった。

 

「次からは、読まずに燃やそう……」

 

 苦々しい声で、エシェルは呟き、机に倒れ伏した。

 カーラーレイ一族が今回のウルを巡る騒動に加担したのは知っている。ウーガに干渉した連中は「表向きは」このウーガ争奪戦の勝者に与した筈だ。にもかかわらず、カーラーレイの生き残りがこんな手紙を送ってきた理由は、容易に想像が付く。

 

 カーラーレイの生き残りは、利用されるだけされて、捨てられたのだ。

 

 それはそうだろう。と、エシェルは思う。

 

 当主も次期当主もその周囲も誰も彼も、自業自得で死に絶えた一族の、その末端の連中を、多少手伝ったからと言って優遇してやる理由が全く思いつかない。ウーガに対して卑劣な真似をしてきた連中が、死にかけた小悪党に、温情を与える可能性なんてあるわけがない。

 

 そして見捨てられて、どうしようもなくなって、とうとう自分達が唾をはきかけたエシェル達に助けを求めたのだ――――恥知らずにも限度という物がある。

 

 無論、こんな要請に耳を傾ける気なんて欠片もない。

 

 だけど、こんな醜態を自分の血縁関係者が晒していると思うと、臓腑が冷えて、痛くなって、気分がどこまでも落ち込んだ。それでもこんなものを、リーネやカルカラに晒すよりはまだマシだった。 

 

「………私の目の届かないところで、聞こえないところで、勝手に滅んでくれ」

 

 心の底からそう願った。そして恐らく遠からずそうなるだろう。カルカラもラクレツィアもそれは断言していた。最早、カーラーレイ一族に残された道は滅亡以外ない。

 エシェルは顔を上げた。

 今日の仕事は大体終わっている。どうせこの手紙を読んだ後は仕事をする気力が残らないと分かっていたから、全部先に済ませた。後は自由時間だ。

 

「……ウルの家、片付けよう……いつでも帰ってこれるように」

 

 無論、今日明日、いきなり彼が戻ってくる訳もないが、ヒトの手の入らなくなった家はすぐに駄目になると聞いたことがある。天祈のスーアが、ウーガ再建時何かしらの祝福をかけていたから、そう簡単に駄目になるとは思わないが、それでも多分、気が紛れる。

 

 カルカラには為政者のすることではないと怒られるかも知れないけれど……

 

 そう思いながらも、物置から箒を取り出して、エシェルは外に出た。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 主(と、エシェルは認識している)であるウルを失ったウーガは、それでも今は平和な日々が続いていた。

 勿論、やらなければならない事は大きく増えた。それでも、あれだけの事件が起きてなお、誰かが追い出されたりだとか、見知らぬ住民達が大挙して押し寄せたりだとか、そういった異変が起こらないのは、エシェル達の努力と、シズクの暗躍のたまものと言えるだろう。

 

 今日も今日とて名無し達はウーガの管理や、ウーガからとれる副産物の採取で忙しくしている。街道では、カルカラに背後から罵声を浴びせられて、グルフィン達神官見習いが汗水を垂らしながら走っている。最近グルフィンがほんのり痩せてきたのは気のせいではないだろう。

 

 そんなわけで、外では見慣れた光景が広がっていたが、ウルの家の中庭に、見慣れない巨体が存在していた。

 

「……何してるんだ、ジャイン」

「女王か」

 

 中庭に、何故かジャインがいた。

 訝しみながら様子をうかがうと、ウルの家の中庭に作られた小さな菜園の雑草を抜いているらしかった。本当に何をしているのだろうこの男。

 

「折角作った菜園が放置されるのももったいないから世話をしている」

「……そういえば、ウルを熱心に誘ってたな」

「無理強いはしてねえよ」

 

 本当か?と疑わしくなったが、突っ込むほどの話でもなかったので、それ以上は掘り下げなかった。一先ず黙って箒を持って、周囲を掃いていく。その間ジャインも黙々と菜園の世話をし続けた。沈黙が続く。微妙に気まずい時間が流れた。

 

「え、ええ、と、本日はお日柄も良く……?」

 

 とうとう耐えきれずに、エシェルが口を開くと、ジャインが呆れた顔になった。

 

「話題がねえからって、その出だしはどうよ女王……」

「うっさい!女王呼ばわりする割に敬意ってものが本当にないな!?」

 

 自分でもコレはないな。と思ってたので恥ずかしくなってエシェルは箒を激しく振った。

 

()()()()()()()。それともやっぱり前言撤回するか?」

「……いい。そんなの、何の意味も無い」

 

 エシェルがウーガの管理者、女王になると決まったとき、ジャインと白の蟒蛇はエシェルに対して改めて忠誠を誓おうとした。契約上、立場上必要な礼儀だからだ、と。

 

 しかしそれをエシェルは拒否した。

 

 ちゃんと心から敬意を払おうと思える為政者になれるまでは、今まで通りで良いと、エシェル自身が言ったのだ。

 勿論、そういう風に強いること自体、ワガママでしかないのは分かっている。が、それでもウーガの騒動でジャイン達に呆れられるほどの醜態をさらしたのに、ウル達に助けられたからまた外面だけ服従を強いるというのは、何か違う気がしたのだ。

 

「だからお前には、あの戦いで助けられたっていうデカすぎる借りがあるっつってんだろ」

「だって、私、あの時のこと最初の方しか覚えてないし……」

「本当に面倒くせえ性格してんなオイ……」

 

 ジャインは呆れた顔で肩を竦めた。敬意を払うと言っているジャインと、首を横に振るエシェル。奇妙な関係だった。

 

「難儀なこったな。偉ぶって中身の伴わない神官なんて山ほどいるのに」

「悪いか」

「バカで向上心もないトップよりは良いさ」

 

 そういって、また暫く沈黙が続いた。ただ、先程のひたすらに気まずい空気よりは、幾らかマシになった。既に彼には醜態をこれでもかと山ほど晒していて、今更気負う意味が全くないことに気がついたのだ。

 

「……身体は、大丈夫なのか?」

 

 エシェルはジャインの足を見る。

 【陽喰らいの儀】の時、竜に貫かれた彼の脚の傷の根は思ったよりも深かった。意識を取り戻し、立ち上がれるようになってからも、彼は何度も熱を出して苦しんだ。完全に回復したのはつい最近である。

 

「まあ、なんとかな。まだ、少し違和感あるが」

「……竜の傷って怖いな」

「全くだ。叶うなら、もう荒事はご免願いたいね」

 

 ウーガにいる限り、無理かもだがな。と彼は苦笑した。

 確かに、ウーガは最早、イスラリア大陸の混乱の中心といっても過言ではない。否応なく、今後もウーガには様々なトラブルが巻き起こるだろう。

 というよりも、現在進行形でそういった荒事は起こっている。エシェルもリーネも、そして勿論、ウーガの警護を担っている【白の蟒蛇】もそのトラブルに日々対処しているような状態だ。

 

 だから、彼の望みと、今の場所は遠いように思える。

 

「……良いのか。此処はまた暫くは荒事ばっかりだぞ」

「かまわねえよ」

 

 ジャインは即答した。意外に思えたが、ジャインはそのまま続ける。

 

「俺たちの、【白の蟒蛇】の望みは()()だ。だけどそれは、物理的に安全だったら得られるものじゃねえって気がついた」

「……うん」

 

 なんとなく、ジャインが言ってることは分かった。

 

 エシェルにも、これまで安心できる場所というものはなかった。実家のカーラーレイ家は論外だ。天陽騎士の宿舎では、暴力を振るってくる身内こそいなかったが、それでも、全く自分の居場所だとは思えなかった。彼女は酷く浮いていたし、誰からも相手にされなかった。カーラーレイの血を目当てに、勘違いしてすり寄ってくる従者もいたが、エシェルが殆ど勘当されているも同然と知ると、時間の無駄だったと去っていった。

 

 だからウーガは、彼女にとって初めて“安心”できる場所だった。

 

 世界が滅ぶような戦いに巻き込まれて、今も幾つもの火種を抱えた修羅場の最前線のような場所でも、それでも安心できるのは此処しかない。此処だけが、彼女を受け入れてくれた。だから、“安心”は此処にある。

 ジャインとは、経緯も事情も違う。だけど多分考えは同じだと、そう思った。

 

「それを理解してねえから、中途半端に腹がくくれなかった。だから逃げられずに、死にかけた」

「覚悟が決まらなかったから、逃げられなかった?」

「“もし、ここから逃げることになったとしても必ず取り返す”。そういう覚悟が出来なかった。もう2度と同じ事はしねえ」

 

 菜園を弄りながらもそう言うジャインの横顔には強い決意があった。戦士としての腹のくくり方を、どこまで参考にしたら良いのかはわからなかったが、それでも見習うべき所は見習おうとエシェルはそう思った。

 

「ま、その為にも結局、ウルを取り戻さなきゃならんわけだが……とっかかりは?」

「シズクがほんとーに滅茶苦茶動いてる。ウルを牢獄から連れ出すのは、まだ難しい」

 

 シズクから進捗情報はちょくちょく手紙で送られてきているが、やはりまだまだ、根回しは必要なようだ。

 極端な話、ウルを牢獄から無理矢理連れ出す。という手法をとるなら、出来ないわけではない。恐らくシズクの今の影響力と合わせれば、それもできる筈だ。だが、その選択をとると、かなりの被害が出る上、後が全く続かない。牢獄から出られただけで、ウルの名誉が回復するか怪しいし、当然冒険者としての復帰は困難だ。彼の望みである、妹を買い戻すという目的にも大きく制限が掛かるだろう。ラクレツィアも、【歩ム者】をウーガに居させることはできなくなるだろう。

 

 それでは意味が無い。牢獄にウルが入れられている状況と変化しない。むしろ後退だ。

 完全な勝利を目指さなければならない。欲張りでもなんでもなく、それができなければならないのがこの戦いなのだ。

 

「……エクスタインの奴と接触できれば、もう少し情報も集まるかもしれないんだが……」

「ああ、実行犯な。そうは見えなかったがねえ……」

 

 【焦牢】のウルと接触したシズク経由で、エクスタインが実行犯であるという事実は皆、知っている。それが当人の望みであったかは兎も角として、事実ではある。

 ウルに対しての異様な執着があった、という話も聞いている。どうせなら直接接触し情報を得られれば、と思ったが、彼とは接触できていない。

 

「エンヴィー騎士団遊撃部隊自体が、とんと音沙汰無くなったしな」

「何処で何してるんだろう、あの男……」

 

 流れではあったが一緒に迷宮を冒険したこともあったエクスタインの柔和な笑みを思い出しながら、エシェルは推定敵に思いを巡らせた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 エンヴィー領【生産都市ワイアイ】

 

 生産都市、人類生存圏に住まう全ての人類の食料を一手に担う専用都市。【太陽の結界】により守られた土地は限られる。その限られた土地で領内の人類の存続に足るだけの食料を生み出し続けるため、【生産都市】には技術の粋が寄せられる。

 

 四元の精霊を操れる神官達、進歩しつづける魔術、多様な魔導機。

 

 その全てでもって食料を安定化させる。【生産都市】は人類の叡智の最先端となると共に、限られた人材しか立ち入ることすら許されない聖域ともなっている。

 それ故に、立ち入った話をするにはうってつけの場所でもあった。

 

 その場所にて。

 

「仕事が遅い。一体何をしているんだ?エクス」

「申し訳ありません。ヘイルダーさん」

 

 エクスタインは中央工房、経営部門長ヘイルダー・グラッチャに頭を下げていた。

 

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