かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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二人の誓い

 

 

 ―――様、どうぞ、こちらにいらっしゃいませ

 

 優しく、そして懐かしいその声に、シズクはそれが夢であると早々に悟った。

 幼い頃の夢だった。自分の身体は小さい。細くて、そして弱々しい。そこに白くて眩くて暖かな腕がこちらに伸びて、自分をゆっくりと抱きしめる。

 肌に触れる温もりがたまらなく心地よくて、シズクはその抱擁を黙って受け止めた。

 

 白い部屋、白い服、白い女、白い男達、白い子供達

 

 昔の思い出は白ばかりだ。色彩がまるでない。温かみをまるで感じない無機質な記憶。その中で唯一温もりを覚えるのは友と、彼女のことだけだ。

 

 ――今日は唄にしましょうか。ええ、皆さまの好きな唄ですよ。

 

 白い世界に唄が響く。彼女の唄は決して美しいものではなかったが、優しかった。シズクは彼女の唄が好きだった。彼女の腕の中で、彼女の唄を聞くのが何よりも好きだった。

 

 一生こうしていたい。

 

 幼い自分は、毎日そんなことを願っていた。 

 浅はかな願いだった。

 己の役割も知らず、彼女の役割も知らず、安穏を享受する幼い子供だ。

 それがどれほどの高望みであったかを、知りもしなかったのだ。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 大罪都市グラドル 宿屋 【酒友の憩い場】にて

 

「…………ああ、」

 

 シズクは身体を起こして目を覚ました。

 目を覚ますと同時に、息が詰まるほどの痛みが押し寄せてきたが、どこからやって来た痛みなのか分からなかった。夢の事だと思うが、どのような夢を見ていたのか、思い出すことは出来なかった。

 その内に自然と痛みは消えた。

 そういうこともあるだろうと、シズクはベッドから身体を這い出すと服を着替え始めた。

 

『カカカ、起きたカの。主よ』

「あら」

 

 と、何時から居たのだろう。部屋の隅、骸骨の戦士姿のロックが声をかけてきた。

 傍から見ると、着替え中の女性の寝室に入り込む魔物の絵図だったが、慣れたものだ。シズクは彼に笑いかける。しばらくは斥候用に小型の身体で動いて貰っていたから、大きな身体の彼は久しぶりだ。

 

「ロック様。私、どれほど寝ていましたか?」

『30分ほどカの』

「十分ですね」

 

 【瞑想】による深眠は彼女の活動時間を大幅に伸ばしている。日中は休み無く働き、そして夜は僅かな睡眠の後、魔術師としての鍛錬と術の開発に費やしていた。

 

『とはいえ、これ。何度もやって身体悪くならんのカの?』

「ディズ様からは、最低でも3日に1回は普通に寝ないといけないと言われていますね」

『今日で何回連続じゃ?』

「10日」

 

 すると、ロックが不意に彼女へと近付くと、一瞬で抱きかかえ、ぽーんと彼女の身体をベッドへと放り投げてしまった。

 

『寝よ』

「ダメですか?」

『ダメじゃのう。リーネから無茶をしたら寝させろと言われとる』

「ですが」

『身体の疲れを引きずって非効率な鍛錬をおこなって、身体壊したら目もあてられんわい。一歩進んで五歩下がりたいんカの?』

 

 実に、ぐうの音も出ない正論だった。シズクは少し口を開いて、そのまま閉じて、そのまま布団に潜り込んだ。

 

「休みますね」

『それがよかろう』

 

 シズクは身体の力を抜く。身体の魔力を普段の深眠よりも更にゆっくりと循環させる。睡眠の圧縮は出来ないが、質の良い睡眠にはなる。間もなくして心地の良い睡魔が徐々に身体を包み込み始める。良い眠りの兆候だった。

 間もなく、今度は夢も見ないような深い眠りに就くだろうとシズクは自覚した。だから、その前に、

 

「ロック様、すみません。最近は貴方にも無理ばかりさせています」

『カカ!どうした主よ!らしからぬ事をいうではないカ!』

 

 カタカタカタとロックは笑う。実に彼らしい反応にシズクは小さく笑った。

 

「【貴方の望む主となる】。そういう契約を貴方としましたが、最近は貴方にスパイの真似事ばかりさせて、少し不安になりました」

『なるほどの。こりゃ確かに疲れたまっとるわい。だが安心しろよ主』

 

 ロックは笑い、シズクを覗き込む。人体の頭蓋骨は一見してとても恐ろしげであったが、一方で奇妙な愛嬌があった。骨に宿る彼自身の魂の人柄から発せられる愛嬌だった。

 

『ワシは今人生をさいっこうに楽しんでおるからの?』

「そうですか?」

『そうじゃとも、カッカカ!!たまらんわい!お主が与えてくれたこの第二の人生のなんと飽きのない事よ!』

 

 とうの昔に滅んだ古びた砦で、正気を失った狂人に無理矢理異形の怪物として自由意志も封じられて、使い捨ての戦士として戦い続ける。

 何の面白みもない奴隷のような生活、と、当時は絶望していたものだった。

 ところが、彼女に拾われてからの人生はあまりにも激動だ。元の主に反旗を翻し、巨大な怪鳥と戦い、挙げ句自分自身を巨大な戦車に変化する。かと思えば巨大な飛竜と戦い、魔窟と化した都市に突入し、変貌した都市の王に突撃までかました。

 そして陽喰らいである。世界の頂点とも言える剣士との邂逅に、普段とは二回りも違う魔物達との激闘。竜の襲撃とその戦い。

 

 そしてその果てに仲間が捕まって、その救助に今奔走している。

 

『飽きなさすぎるわ!心配せずともお主は最高の主じゃよ!シズク』

「楽しんで貰えてなにより、と言いたいですが、落ち着きませんね私達」

『本当にの!ワシ的には全然アリじゃが!』

 

 ロックは快楽主義者だ。楽しければ良いという、適当な考えをしてる自覚がある。

 生前の記憶など全く思い出せないが、きっと生きていた頃もこんな風に、適当な性格だったのだろう。苦境も、慌ただしさも彼にとっては娯楽だ。必死になっている仲間達には悪いと思いつつも、こればかりは性分だから仕方が無い。

 とはいえ、だ。情を理解しないワケでは無い。ウルを助けたいというのも本心だし、その為に奔走し、少々疲労が溜まる自分の主を心配するのも本心だ。故に、

 

『じゃからの、()()()よ。お主に感謝しておるから一つだけ言っておいてやろう』

「なんでしょう」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()う』

「……」

『じゃから、安心して全力を振るうと良い。どれだけ悪たれと罵られようと気にするな』

 

 そう言うと、シズクは笑った。

 

「私にブレーキをかけたいのか、ブレーキを外したいのか、わかりませんね?」

『ウルには怒られそうじゃがの!カカカ!』

 

 だが、本心だ。

 ロックはシズクに感謝している。彼女が居なければこの第二の人生は無かった。今居る友人達とも出会えず、狂人にたたき起こされた疲労にウンザリしながら消えるだけだっただろう。

 だから、それを変えてくれた彼女の味方となることは、もうとっくの昔に決めている。使い魔とその主という契約とは関係なく、心から彼女の味方であり続けると。彼女がどのような善行をしようとも、悪党に落ちようとも、そうしようと彼は彼女と己自身に誓っていた。

 

『じゃから安心して眠っておくといいわ。なあに、その間に、すぺしゃるな情報をげっとしてきてやるからの、カカカ!』

 

 ロックは笑うと、シズクも笑った。だが何かを言う前に彼女の瞼はゆっくりと落ちる。やはり限界だったのだろう。間もなく寝息を立てて眠り始めた。

 ロックはその姿に満足し、立ち上がる。音を立てぬように窓を開ける。夜風が部屋に優しく入り込んだ。ロックはその先に手を伸ばす。するとカラカラと小さく音を立てて、彼の身体から小さな骨がこぼれ落ちていく。

 

『カカカカ』

 

 小さな骨は、形を変える。鳥や鼠の形を模した骨。魔物というにも微弱な、使い魔の模造品。しかしそれらを自在に操る程度には、彼の力は強くなっていた。

 

『夜を征けよ眷族ども。主の眠りを妨げる者どもの腹をかっさばいて探ってやれ』

 

 小さな骨の尖兵達は窓から外へと飛び出した。

 太陽神の沈んだ夜の世界は彼等の領分だ。咎めるものもいない都市の中を魑魅魍魎は誰にも気付かれず、縦横無尽に駆けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カカカカカ』

『あ、やっぱ骨の鳥は無理あったカの?』

 

 地面でパタパタとスカスカの翼を動かす眷族に、ロックは頭を掻いた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 このようにして、【歩ム者】は、ウルという主を失いながらも、静かに、しかし確実に状況を推し進めていた。

 

 その間、世間では、ウルという少年が数ヶ月の間に起こした様々な冒険と、最後に逮捕されたという情報は良い意味でも悪い意味でも大きく話題になったが、次第に別の話題に吞まれていって、ゆっくりと彼のことを世間は忘れていった。

 

 そして、ウルが都市襲撃容疑で捕縛されてから、およそ半年が経過した。

 

 

 

 

 

 

 【黒炎砂漠 第八層】

 

「…………さて」

 

 外の世界の様々な思惑、混乱を知る由もないウルは呪われた砂漠のただ中で佇んでいた。前を見据えるのは黒炎を纏った番兵だ。歪に歪んだ砂漠の迷宮の中央に蠢く番兵をウルはじっと観察する。

 

「……あれで4体目だっけ?」

「5体目だよバカ。黒炎に頭焼かれたかよ」

「まだ平気だよガザ。ボルドーは?」

「配置についてる」

「よし、行くか」

 

 かけ声と共に、ウルは獣人の友と共に番兵へと突撃した。

 

 ウルは【黒炎払い】と共に、【黒炎砂漠】を突き進んでいた。

 

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