かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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揺れる牢獄と王様③

 

 

 地下牢での内乱は収まりを見せたが、以降もウルは根回しを続けた。

 地下牢の中で出来た知人達に声をかけ、様子を確認し、時に誘導を行う。地下牢は【黒炎砂漠】を攻略する上では不可欠の拠点だ。この場所が少しでもぐらつけば砂漠の攻略が大幅に遠のくことをウルは理解していた。

 全てが終わった頃には夜もふけていた。ウルは自室の魔法薬製造所へと足を運び、その途中で不意に足を止めた。

 

 魔灯で照らされた廊下の先に、黒い女がいた。

 

「上手くいったかしら?」

「自分の仕事を放棄して、なにがしたいんだアンタは」

 

 影から姿を現した【焦烏】のクウに問いかける。暴動の時、看守でありながら積極性に欠けていた彼女の態度を問いただすと、彼女は小さく薄らと微笑みを浮かべた。

 

「感謝して欲しいわね。ダヴィネと貴方たちの結びつきを強くしたのよ?」

「【焦烏】はダヴィネから距離を取ると?」

「少しはね。その分貴方達をダヴィネは戦力として頼るでしょう?」

 

 そうすれば、ダヴィネは【黒炎払い】を重用せざるを得なくなる。【黒剣】がウル達を疎ましく思おうとも、ダヴィネを誘導してウル達を排除する、といった手が使いづらくなる。

 なるほど、確かにこれはウル達からすれば望ましい展開ではあった。しかし、ウルの表情はあまり冴えない。

 

「あら、ご不満?」

「この流れを起こすために、わざわざ暴動を引き起こすような女だからな」

 

 そう言うと、クウはニッコリと微笑みを浮かべた。シズクがエシェルに指導していたような、表情を誤魔化すときのツラ構えである。ウルは自分の指摘が当たったことを知った。

 

「よく分かったわね」

「悪口を言われたという双方の言動が噛み合わなかった。嘘を言った様子もない。誰かの介入だとしたら思い当たるのはアンタだけだ」

 

 ウルがそう言うと、クウはクスクスと笑う。今度は誤魔化すような笑いではなく、本当に面白いものをみたような零れるような笑いだった。

 

「ほんっと、冒険者らしからぬわね。スパイとかの方が向いてるのでなくって?」

「冗談だろ」

「まあでも、ほら、ちゃんと効果的だったでしょう?」

 

 確かに効果的だった。【黒剣騎士団】が今後ウル達の邪魔をしてくる危険性を大幅に削ることには成立した。勿論彼等はウル達囚人を管理する側である以上、強攻策を取られれば油断は出来ないが、ダヴィネを半ば味方に引きずり込んでいるのは大きい。

 だが、クウは本来であれば【黒剣騎士団】サイドであるはずなのだ。にもかかわらず彼女がこうしてコチラの味方をしてくれると言うことは――

 

「……つまり、あんた、本当に【黒炎砂漠】の攻略を目指してんだな」

「言わなかったかしら?」

 

 確かに言っていた。

 彼女自身から放たれる毒気が強すぎて信じることは全く出来なかったが。

 

「だったら、俺が騎士団長に連れて行かれるのも止めて欲しかったがな」

「後からバレて詰めで台無しにされるより、早い方が良いでしょ?」

「じゃあ騎士団長を誘導したのもアンタって事か」

 

 全くもって油断ならない女だった。味方ではあるが、何もかもを彼女の前で明かすのは愚策だろう。ウルは止めていた足を動かして、自室へと向かった。

 

「もうお帰り?」

「影から見てたなら知ってるだろう。今日はもう疲れ果ててんだよ」

 

 ウルはそう言うと、クウの身体は再び影の中に溶けて消えた。まるで最初から何処にもいなかったかのように。その代わり、彼女の声だけがあたりに反響するようにしてウルの耳に届いた。

 

「暴動誘発の件、ダヴィネには黙っていてね。共犯者さん?」

「……問いたださなきゃ良かった」

 

 己の迂闊さに舌打ちするが、その時にはクウの声も気配も完全に消えて無くなっていた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 

 

 

 

 自室に戻ると、アナスタシアはゆったりとした動作で出迎えた。

 黒剣騎士団に連れて行かれて、戻ってきたときは酷く取り乱していたが、今は問題ないらしい。黒睡帯で隠れた顔の隙間から、小さな微笑みを見せていた。

 

「ウル、くん。お帰り、なさい」

「うん、戻った」

 

 挨拶をして、ウルは少し脱力する。同時に自分の疲れを自覚した。疲労感が両肩にずっしりとのしかかるのを感じた。そのままベッドに倒れ込むと、暫く黙った。アナスタシアは黙ってその疲労からくる沈黙を受け入れた。

 暫くして、ウルはゆるゆると口を開いた。

 

「疲れた」

「平気、ですか?」

「大丈夫ではないが、仕方ない」

 

 ぼやきながらも、今日あったことを振り返る。今日は黒炎砂漠の探索に向かわなかったはずなのに、やけに疲れた。

 

「……分かっていたつもりだったが、ダヴィネはリーダー気質じゃないな」

「そう、ですか?」

「天才的な一芸でごり押ししてただけで、そもそも本人がそれを望んでいない」

 

 自分がやりたいことだけをやりたい、やりたくないことには関わりたくない。そういう感情を隠そうともしないという時点で彼はリーダーに向いていない。

 そんな彼がこうなったのは、偏に彼が鍛治屋ないし発明家として天才的だったが故だろう。それが生み出す莫大な利益が彼を一強にした。彼自身も抗えない流れのままに。

 しかし、現状はそれが難しくなった。

 

「状況変化に対応できなくなってる……まあ、俺らの所為なんだが」

「悪いことでは、無いはず、です」

「……そうかな」

 

 ウルは身体を回転させて、天井を見上げる。形骸化しているとはいえ、囚人を閉じ込めるための地下牢。見栄えなど良いはずもないが、地面を掘り返して作られた牢獄の天井は味気なかった。

 

「今はまだ誰も死んでないが、多分遠からずそうはいかなくなる。俺が、死に追いやる」

 

 ウルが来るまでの地下牢は停滞していた。毎日同じ事をひたすらに繰り返していた。それは緩慢な死と言えるだろうが、安定していたとも言える。

 ウルは、それを別に悪だなんて思わない。死ぬのは怖い。リスクを負って無茶をしても、その責任は誰も被ってはくれないのだ。先延ばしがしたい。

 だから、そんな地下牢の日々を破壊したのは決して正義なんかではない。何の大義もそこにはない。全てはウルの勝手の為だ。

 自分の目的のためだけに、続く毎日を破壊したのだ。

 

「この先、俺の勝手でヒトが死ぬ」

「………それは」

 

 アナスタシアは言葉を探す。だけど、

 

「そうかも、しれません。でも」

「でも?」

「貴方の勝手に、乗っかるのは、そのヒトの、勝手です」

「……まあ、な」

 

 他人の行動に命を預けたなら、その責任は他人に命を預けた当人の物だ。当たり前の話である。だからといって、状況を煽ったウルの責任が軽くなるわけではないのだが、少し気持ちは軽くなった。

 

「私も、自分の勝手で、貴方を、手伝ってる。だから、気にしないで」

 

 そう言って、アナスタシアはウルの右手に触れてそっとしなだれかかる。彼女は触れる事と触れられる事を好んだ。呪いの身が他人に拒絶されて久しく、故にこそ人肌が恋しいのだろう。ウルはそのまま彼女の頭に腕を回して、そっと抱きしめて目を瞑った。疲労が心地よい眠りを誘った。

 

 本格的にまどろむ前に、ウルは自分の”勝手”を想った。

 そしてそれに振り回した妹と、その彼女を攫ったディズを想った。

 

 無茶はしていないだろうか。いや、してはいるだろう。なにせ勇者のお供だ。ハチャメチャな旅路について回るだけでも一苦労だろう。しかし言葉遣いが舌足らずなだけで、十分に彼女は大人だ。ウルなどよりもよっぽど、気が回る。寂しがり屋なのは玉に瑕だが、ディズと仲良くやっている事を願う。

 ディズはディズできっと自分の身体を痛め付けてまで、平穏を守っているのだろう。ある意味、アカネ以上に危うい少女だ。同郷と聞いて驚きはしたが、彼女とも奇妙な付き合いになった。沢山頼って、迷惑もかけた気がする。彼女との関係は一言では言い表せない程複雑だが、故に深い縁で結ばれているのをウルは感じている。

 今も外で戦っているであろう二人の無事を祈る。

 

 次に、仲間達の事を想う。シズク、ロック、リーネ、エシェルを想う。

 

 既に彼等と別れて半年だ。妹は兎も角、仲間達との付き合いは短い。下手しなくてもこの地下牢で過ごした日々の方が長くなってしまった。にもかかわらず、彼等の事を明瞭に思い返すことが出来るのは、仲間達との日々があまりにも濃厚すぎたが故だろうか。

 

 思い返すと、本当にバラバラな仲間達だったと思う。

 

 出自も目的もなにもかもバラバラだった。何故に空中分解せずにひとまとまりになれたのか正直不思議でならない。全員勝手で、本当に自分の目的のことしか考えていなかった。なのに、それが一方向に向かっていたのだ。

 

 あまりにも大変だったが、心地の良い時間だったと思う。

 

 そしてそれが損なわれて、奪われた。取り戻したいとウルは今も願っているが、それは難しいかも知れない。実は外では、仲間達はとっくにウルに見切りを付けているのかもしれない。あるいは、何かの事故で、死んでしまっているかも知れない。

 

 ここから得られる情報は少ない。悪いことを想像すればいくらでも思いつく。

 

 しかし、それでもここから出ようという気持ちはなくならない。自分の勝手の為に、地下牢全体を巻き込んで荒らすことに一切の躊躇が生まれない。振り返って改めても、何も変わらない。

 何処までも自分は我の塊だ。地下牢に落ちても何も変わらない。

 きっと死ぬまでそうなのだろう。どうにもならない。ならば、

 

「……やるか」

 

 恐怖も、未来への躊躇いも、罪の意識も、全て吞んで前へと進もう。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 【黒炎砂漠】 第八層 

 

『AAAAAAA……』

 

 左右が奈落となる細い砂の橋、その奧に【黒炎蜥蜴】は鎮座する。

 生物のように餌を食う必要も無い。眠ることも無い。呪わしい暗黒の炎が身体を焼き続ける限り、その命は尽きることはない。【黒炎蜥蜴】はちろちろと舌を伸ばしながら、ただただ前を睨み付ける。侵入者がやって来たその時に、その全てを焼き払うために。

 

 その橋の向こう側に、ウル達【黒炎払い】は構えていた。

 

「行くぞ」

 

 隊長であるボルドーの号令に、ウル含めた戦士達は頷く。

 

 第八層目の【番兵・黒炎蜥蜴】との戦いが始まった。

 

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