かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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黒炎砂漠第八層 黒炎蜥蜴戦②

 

「レイ、お前は後方の術者等を率いて後方支援に注力しろ」

「了解」

 

 レイとボルドーもまたウル達の後に続いて砂塵の橋を渡りきっていた。ボルドーはウル達と共に蜥蜴を直接狙い、同時に動きを抑制することに努める。対してレイと3人程の魔術師部隊は黒炎蜥蜴から少し距離を取った。

 だが、黒炎蜥蜴が橋の向かい側で陣どっていた広間はそれほど広くない。蜥蜴が吐息を吐き出せば、瞬く間に広間は黒炎に埋まってしまうだろう。距離を取ることにどれほどの意味があるか、分からなかった。

 

「ボルドー隊長達に当てないように注意。威力は気にしなくて言い。蜥蜴の注意が少しでも散漫するように」

「了解」

「【黒炎の壁】が近いが視線はやるな。黒睡帯越しでも下手すれば飲まれるわ」

 

 必要なだけの指示を言い放ち、レイは即座に矢を放つ。竜殺しの矢はまだ使わない。数が貴重だ。通常の矢では【黒炎蜥蜴】の表皮すらも貫けないが、レイは正確な射撃で眼球等を狙い撃つ。

 

「暴れてるわね」

 

 蜥蜴の姿は惨いことになっている。顔面や首に幾つもの穴が空いてそこから血の様に黒い炎が噴き出している。ウルとガザの大盾による打撃と刺突が有効に作用している。

 

『AAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 だが、それでもまだ死なない。まだ生きている。蜥蜴の身体の黒炎は、ただ侵入者を待ち続けていた時よりも遙かに激しく燃えさかっている。

 

「凍結付与」

「了解!」

 

 指示を出し、矢に魔術を付与してもらい、放つ。蜥蜴の両足を硬め、動きを阻害する。ウル達への被害を僅かでも減らすことを心がけた。

 

「レイ!行けるぞ!!」

「あの糞爬虫類!!ボコボコだ!!」

 

 早くも術者達が盛り上がる。確かに順調だ――――今のところは。

 想定外の事態は起こっていない。が、簡単な相手でないことは此処に居る全員が知っている。術者達のそれは恐怖を和らげる為の空元気に近いだろう。

 だからレイも、軽く諫める為に彼等へと振り向き、

 

「警戒を――――」

『 A A』

 

 そして、その術者の背後から、黒炎鬼が迫っていることに気がついた。

 

「――――ふ!」

「うおお!?」

 

 レイの判断は恐ろしく早かった。番え、放とうとした矢を術者達の背後に速射した。魔術師達はぎょっとなって屈み込んで、そして彼女の意図と、自分達の状況を理解して顔色を変えた。

 

『AAAAAAAAAAAA………』

「どこから来たコイツラ……!?」

 

 気がつけば、術者の背後から複数の【黒炎鬼】達が出現していた。形はヒト型。動きは緩慢であるが、その一体一体が呪いの炎を纏い厄介である事には変わりない。

 だが、術者達の言うとおり、疑念が残る。レイ達が陣どったのは奈落の際だ。滑り落ちないように多少距離は取ったが、後ろから回ってこようにも、背後には奈落しか――

 

「まさか……」

 

 レイは視線を自分たちが背を向けていた奈落へと向ける。底も見えない砂漠に生まれた奈落、その崖縁から、黒い炎が燃えさかる腕が伸びて、新たな黒炎鬼が”這い上がって”くるのをレイは目撃した。

 

「隊長!!奈落から鬼達が昇ってくる!!」

 

 レイは叫んだ。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「“手下ども”は見当たらなかったから、少しは期待していたのだがな」

 

 ボルドーは舌打ちした。

 複数の敵との混戦は黒炎鬼との戦いで避けなければならない状況の一つだ。黒炎に触れるだけでこちらには致命的なダメージと成りうる。一体に集中することが難しい乱戦で痛い目を見ると言うことは10年前、人形と土竜蛇の混戦で思い知らされている。

 

 だから、【黒炎蜥蜴】のみの状況という物には期待していたし、もしもそうでなかった場合の準備も決して欠かすことはしていない。

 

「レイ!!鬼達をウル達の元へと寄せるな!!俺は雑魚の処理を優先する!」

「了解」

「頼んだ隊長!」

 

 指示を出し、ボルドーは急ぎ、這い寄ってくる黒炎鬼達の前へと移動した。まだぱっと見で数は少ない。だが、砂で出来た崖下から迫ってくる気配は明らかに多い。

 ヒト型は獣型と違って動きは緩慢だ。しかしその器用な手足を使って何処まで追ってくる。そこが厄介だと理解はしていたつもりだったが、まさかこんな奈落の底から迫ってくるというのは流石に予想外だった。

 

「……感心してる場合では無いな」

 

 ボルドーは握りしめた竜殺しを構える。

 

『AAAAAA』

 

 単なるヒト型の黒炎鬼ならば、勿論ボルドーは単独でも殺しきれる。

 だが、完全に殺しきれなければ場合によっては活性化が起こる。そうすれば此処に残った黒炎鬼達全員が強化される。そうすれば目も当てられない。下手すれば、あの【黒炎蜥蜴】すらも強化される可能性があるのだ。そうすれば全滅必須だ。

 ではどうするか?ボルドーが考えた手は単純だった。

 

「もう一度はじめから登り直すが良い……!!」

 

 ボルドーは渾身の力を込め、足下の砂海を穂先で叩きつけ、そして叫んだ。

 

「【爆流!!!】」

 

 万力を込めたボルドーの一撃は足下の地面を大量にすくい上げ、波のように砂を巻き起こし、迫る黒炎鬼をまとめて飲み込んだ。

 

『AAAAAAAAAA………!!』

 

 ヒト型の鬼達の動きは活性状態で無ければ緩慢だ。爆発した砂の流れに巻き込まれ、次々と押し返され、そしてそのまま自分たちがいままで昇ってきた奈落の底へと落ちていった。落下で死にさえしなければ活性化も起こらないだろう。死んでいない以上再び昇ってくる可能性はあるが、時間稼ぎにはなる。

 

 だが、所詮は時間稼ぎだ。こうしている間にも別の黒炎鬼達は昇ってきている。それらの対処を全てボルドーやレイ達で行うのは不可能に近い。

 

「ウル!!ガザ!!急げ!!」

 

 短期決戦しかない。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

「分かってる、が……!」

 

 黒炎蜥蜴のわめき声を聞きながら、ウルは歯を食いしばっていた。【竜殺し】で蜥蜴の足を貫き地面と縫い合わせ、血飛沫を浴びながらウルは必死だった。気を抜けば力に振り回されて、そのまま奈落に落下しかねない。

 

『AAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 【黒炎蜥蜴】の武器はそれほど多く無い、呪いの炎の吐息には溜めに時間がかかる。砂塵の大橋を飲み干す程の黒炎は十二分に溜める事が出来なければ使えない。

 

 だから残るコイツの武器は数メートル以上はある巨体から繰り出される鞭のようにしなってすっ飛んでくる黒炎を纏った尻尾“だけ”だ。

 

「十分脅威じゃクソが!!!」

 

 誰に向けるでも無くウルは叫んだ。

 レイ達からの支援も減っている。奈落から沸いて出た黒炎鬼達の数が増えているのだろう。時間が経つごとにジリ貧になっているのは間違いなかった。

 

「でぇえええりゃああ!!!!」

『AAAAAA!!?』

 

 暴れる黒炎蜥蜴の横っ面に、大盾を握ったガザの一撃が直撃する。繰り返し距離を取り、全力で叩きつけられるガザの一撃は黒炎蜥蜴の身体を都度揺らし、そのたび黒炎蜥蜴の動きは止まる。

 

「はっはー!!!いいなあ大盾!!気に入った!!!!」

 

 ガザが吼えた。どうも即席で作った武器だったが、彼との相性は良かったらしい。頼もしいことだった。このまま蜥蜴の息の根も止めて欲しい。だが、まだ黒炎蜥蜴は死ぬ様子は見えない。

 

『AAAAAAAAAA!!!!』

「うお!?」

 

 体中を穴だらけにして、血を吹き出しながら、大蜥蜴は身体の向きを変える。足下のウルを無視して、向いた先はガザの方角だ。黒炎蜥蜴もまた、先程から助走をつけては凄まじい体当たりを繰り替えすガザにターゲットが移ったらしい。

 黒炎蜥蜴の尾が、自身を焼く炎のように揺らめき、しなる。

 ウルは脅威を感じ、叫んだ。

 

「来るぞ!!」

「任せ――――――!!?」

 

 瞬間、空気が弾けたような音がした。ウルは息を飲む。

 先程とは、尻尾の速度の次元が違う。強化されたウルの身体能力、動体視力でも全く追い切れない速度だった。ガザが握っていた大盾ごと、その尻尾に吹っ飛ばされたのを見た。

 

「ガザ!!!」

 

 ウルは叫ぶ。ガザの身体は容赦なく転がる。

 そのまま”黒炎の壁”へとすっ飛んでいって、そのまま丸焼きになって死ぬパターンは方角的に避けられた。が、もう一つの最悪のパターン、奈落の崖底へと彼の身体は文字どおり飛んでいった。何処かに身体を引っかける暇すら無く、ガザは奈落へと放り出され――

 

「なにやってるの!!」

 

 レイが叫ぶと同時に矢を射出した。矢は、落下する寸前のガザの身体を掠めるように飛び、同時に尾尻についた輝く光の線がガザに巻き付いてそれを捕らえた。尾尻に付与された【捕縛】の魔術がガザの身体を捕らえたのだ。

 奈落の間近で戦う以上、落下の危険性は常に考慮されていた。その為の準備もしていた。だが、しかし、

 

「っぐう!!?」

 

 崖下へと落ちるガザの落下エネルギーを支える捕縛の術で繋がった術者は、杖にかかる重量に呻く。光の線で繋がった触媒である魔術の杖が激しく軋む。もう少しでへし折れていたのかも知れなかった。

 ガザは奈落の底へと落ちる途中でつり下がった。てこの原理で勢いよく砂塵の崖に身体をぶつけたのを術者は感じ取ったことだろう。だが、迷宮化した影響で奇妙な形で砂は固まっているが砂は砂だ。身体の何処かが折れても、死ぬほどの衝撃は無い筈だった。

 それよりも、問題になるのは。

 

「ガザ!!不味いぞ!!さっさと起きろ!!隊長!!」

「俺が守る!!お前は支えておけ!!」

 

 術者とボルドーの焦燥した声で叫ぶ。ウルにもその理由は分かる。

 崖下から鬼達は昇ってきている。現在進行形だ。つまり、今も無数の黒炎鬼達が崖にへばりついているのだ。そんな場所にガザが叩きつけられている。早く動かなければ死ぬ。

 しかし、術者の声にガザが応じない。返事も無い。先程の一撃だ。最悪死んでいる可能性もあった。だが、だからといって見殺しには出来ない。

 

 そして、その窮地に対して、黒炎蜥蜴が加減する事は無い。

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 血塗れの穴だらけとなった頭を動かして、黒炎蜥蜴は身体をレイ達の方角へと向ける。そして大きく口を開けた。その動作をウルは知っている。黒炎を溜め込み、撃ち出す準備をしている。

 

「クソ!!!」

 

 ウルは軋む身体を無視して起き上がり、【黒炎蜥蜴】の前へと駆ける。凄まじい熱を感じる。既に黒炎は黒炎蜥蜴の口の中で凝縮を続けていた。放たれれば、この一帯が呪いの火の海に変わるだろう力が集まっていた。

 

「……………!!」

 

 その呪いの圧に、ウルは一瞬躊躇を覚えそうになった。触れるだけで、命に関わるような呪いの塊だ。その前に身体を突っ込んだらどうなるか?そんな保身が脳裏を過った。

 

「なぁめんな!!!!」

 

 だが、それを飲み込むように歯を食いしばる。ウルは知っている。経験している。切迫した修羅場において、保身から来る躊躇は、致命的な隙に繋がると何度となく理解している。その経験が躊躇おうとしていたウルの足を突き動かした。

 

「そんなに呪いが好きなら……!」

 

 竜殺しを右手で握る。既に大罪竜に呪われたその腕で【竜殺し】を握り、黒炎渦巻く蜥蜴の大口へと振りかぶり、

 

「しゃぶってろ!!!」

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!?』

 

 叩き込んだ。

 ウルは右腕が口内に溜め込まれた呪いの炎で焼かれるのを感じた。火で焼かれる感触よりも尚悍ましい呪いの蝕むような感覚はウルを震えさせたが、しかし槍を手放すことだけはしなかった。

 口の中に【竜殺し】を叩き込まれ、身もだえる黒炎蜥蜴は、しかしまだ死んでいない。まだ六つの手足をばたつかせ、抵抗しようとしている。

 

 殺す

 

 ウルは決意と共に左手で竜牙槍を強く握る。竜殺しを突き刺したままに、竜牙槍を振りかぶって、黒炎蜥蜴の脳天へと一気に叩き込んだ。

 

『A   GA A!  ?!!!』

 

 珍妙な断末魔が黒炎蜥蜴の喉から聞こえてくるのをウルは耳にしながら、ぐらりと身体を揺らした。右腕に激痛が走る。それ以外でも全身が痛かった。力が抜け、意識を保つこともままならない。

 ガザがどうなったか。他の鬼達の対処は可能か。様々な懸念が一瞬頭に浮かび上がるがすぐに溶けて消えて行く。ウルは足下の砂の海で頭から倒れ込んで、そして意識を失った。

 

 

 

『良い  ように  使って    くれるな?   ウ ル』

 

 

 

 最後に一瞬、最悪に耳障りな声を聞いた気がした。

 

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