かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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少年が寝ている間に何が起きたか

 

 黒炎蜥蜴との戦いでガザは焦牢に帰還後、3日ほど眠り続け、ウルに至っては5日ほど懇々と眠り続けたらしい。そしてその間に、様々な事が起こった。

 

 切っ掛けとなったのは、8層目の番兵が撃破され、黒炎の壁が消え去ったことにある。

 

 この半年の間に立て続けに番兵を撃破してきた【黒炎払い】にとって、8層目の番兵はそれほど特別な相手、というわけではなかった。勿論地形の困難さ含めて非常に厄介な敵ではあったが、この番兵を倒したことで何かが得られると見込んでいたわけでは無かったのだ。

 

 自分たちが思ったよりもずっと黒炎砂漠を攻略していたことに気付いていなかった。

 

 絶え間なく続く黒い炎と、変貌する地形が距離感を失わせていたのだ。だが、8層目の黒い炎が消えて無くなったとき、不意に彼らの前に広がった光景は予想しないものだった。

 

「…………これは」

 

 ウルとガザの治療を指示していたボルドーは、番兵の撃破と共に消滅していく黒炎の壁と、その先に見え始めた景観に呆然と呟いた。彼以外の黒炎払いの面々も同じようにその光景を見つめ続けた。

 炎が消える。そしてその先から見え始めたのは崩れ去った防壁だった。それは大きく、その先の大地を覆い隠すようにして存在していた。恐らくはかつてはもっと完璧に、その内側を守るために存在していたのだろう。今は見る影も無い。

 だが巨大な防壁が姿を現したと言うことは、その先には都市が存在している。

 

 そして、崩れた防壁の先に見えたのは、やはり廃墟であったが、他の砂漠で見られたようなかろうじて形が確認できるようなものではない。それどころか大部分がまだ形を残していたのだ。

 それは美しい都市だったのであろうことが容易に想像が付いた。それを目撃した者は此処が【黒炎砂漠】であることを一瞬忘れるほどだ。

 

「…………此処って、【灰都】なんじゃないのか?」

 

 誰かが言った。

 小さなざわめきは大きくなる。まさか、という否定の声もちらほらと聞こえてくるが、しかし目の前に広がる都市の光景に徐々にそういった声はしぼんでいった。

 大罪都市ラース。かつてのプラウディアに次ぐ大国。大罪竜の氾濫によって滅び去り、そして現在旧ラース領の土地の全体を今なお焼く黒い炎の核があるとされる場所。

 

 つまり、ゴールだ。

 【黒炎払い】がずっと目指していた場所だ。

 【灰都ラース】 失われた大罪都市

 

 防壁ならばまだその端に手が届いたくらいだろうか。しかし端であったとしてもゴールはゴールだ。

 ボルドー達【黒炎払い】達は10年間の雌伏の時を経て、とうとうその長い戦いの終わりに手をかけようとしていた事にこの時始めて気がついたのだ。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 無論、そのままラースへと足を踏み入れることは出来なかった。

 

 ほんの入り口辺りで様子をみるくらいはしたものの、ボルドー達は黒炎蜥蜴との戦いで疲弊しすぎていた。

 戦いそのものに参加していなかった戦士も残っている為、余力はまだいくらか残っているが、その体力は【焦牢】へ帰還するために必要な余力だ。

 魔力で強化された脚力でもって最短距離で突き進んでもなお丸一日の時間を必要とする。その間も当然、黒炎鬼との戦いも発生する。帰ることも出来なくなるような事故は絶対に避けなければならない。ボルドーは逸る【黒炎払い】の仲間達を強く説得し、なんとか帰還した。

 ウルとガザが動けない状態で彼らを運びながら帰路につく道程はやはり困難が多く、ボルドーの判断は正しかったと言えた。

 

 そうして【焦牢】に戻ってきたわけなのだが、ボルドー達の勝利と、そしてその先にあった廃墟と化した大罪都市ラースの噂は瞬く間に地下牢内に伝播した。

 

「どのような混乱が起こるかもわからない。むやみに言いふらしたりするな」

 

 とは、ボルドーも指示は出していたが、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、そもそも探索の結果は必ずダヴィネに報告するのが義務だったため、秘密にするのは不可能だった。

 結果、地下牢はお祭り騒ぎになった。

 

「ラース!?ラースまで来たってのか!?」

「え?じゃあそこで”黒炎の原因”って奴を潰せば俺等ここからでられんの?」

「原因がある“かもしれない”ってだけだろ。そんな上手いこといくかよ」

 

 様々な憶測が飛び交い、状況は混乱していた。ケンカにまで発展した場合もあり慌ただしかった。ダヴィネがケンカを引き起こした連中を根こそぎに懲罰房に叩き込むよう指示したことでなんとか収まりを見せたものの、浮き足だった状態は続いた。

 

「さっさとなんとかしろ!!!」

 

 という、実に雑なダヴィネの指示を受け、ボルドー達【黒炎払い】はラースの調査遠征に向かわざるを得なかった。

 

 ボルドーは部下達と共に黒炎払いの本拠地で遠征の準備を進めた。地下牢に戻って間もなくのとんぼ返りであり、普段であれば疲労の顔も見せるものなのだろうが、彼らの士気は高かった。浮かれていると言っても良い。

 あの防壁の先に何があるのか。もし黒炎の元凶があったとして、それを破壊できればラースは救われ、そして自分たちは刑務を終えて地下牢から脱出できるのか。

 そう言った期待が目に見えて分かる。彼らの手綱を締めるのは苦労しそうだとボルドーは溜息をついた。

 

「隊長」

 

 そんなとき、彼と同じく準備を進めていたレイが話しかけてきた。

 

「ガザもウルもまだ動けません。ガザは一応目を覚ましましたが…」

「やむを得まい。あくまでも調査だ。この地下牢の浮かれ具合は幾らか正確な情報を持ち込まなければ収まらん」

 

 勿論万全を期すなら、ウル達が回復するのを出来れば待ちたかった。特にウルは、彼自身が隠していた異形の右腕が何故に黒炎の呪いに焼かれずに無事なままでいられたのか、聞いておきたかった。

 が、ガザは兎も角ウルが何時起きるのかは正直読めない。藪医者曰く怪我も治癒され、病気の様子もないからその内起きるだろう、と笑っていたが全く当てにならない。そして彼の目覚めを待って何日も黒炎払い達が地下牢でダラダラと過ごしていたら、恐らく辛抱のない囚人達が独断で黒炎砂漠へと突入しかねない。

 勿論、何の備えも訓練も知識もない彼らが、【黒炎払い】達が苦労してたどり着いた砂漠の奥地のラースまでたどり着けるわけも無いが、途中の中継地点など、自分たちが苦労して用意したルートを無断で荒らされるのは最悪だ。

 

「最低限、なにがいるのか、どうなっているのか。核がありそうなのか。そこらへんの情報を集めれば幾らか落ち着くだろう」

「……隊長」

「なんだ」

「砂漠を焼く黒炎の元凶……あそこにあると思いますか」

 

 レイは問う。ボルドーが振り返ると、レイの表情はやや歪だった。不安なような、期待に浮かれているような、あるいはその期待を諦めようとしているような、そんな表情だ。いつも沈着冷静な彼女であるが、とてもではないが冷静ではいられないらしい。

 それはボルドーも同じだ。正直今の自分がどのような心中にあり、どのようなことを思っているのか自分自身でも分からなくなっている。リーダーとしての責務が彼に冷静な判断を下し続けているが、それがなくなれば彼女と似たような顔つきになっていただろう。

 だから今もリーダーとして、部下の不安を和らげるために言葉を作った。

 

「それを調べるのだ。だが、もし無かったとしてもやることは変わらん。黒炎砂漠の隅々まで、探し尽くすだけのことだ。」

「ほう、流石は“元”衛星都市セイン天陽騎士団の隊長だな。」

 

 そこに不意に、全く別の声が飛んできた。

 

「……ビーカンか」

「囚人如きが呼び捨てるなよ、ボルドー。懲罰房に突っ込まれたいか?」

「俺は犯罪者になった覚えはないがな」

 

 黒剣騎士団の騎士団長ビーカンが姿を現した。

 ハッキリ言ってかなりの異様な光景である。そもそもこの騎士団長という肩書きすら名ばかりで、しょっちゅう焦牢の外で遊び倒しているような男だ。そんな男が、ましてや”黒炎の呪いが移る”という根も葉もない噂で隔離されたこの地下牢に足を踏みこむなど異常事態と言って良い。

 しかも、部下の黒剣騎士達をぞろぞろと引き連れている。黒炎払いの部下達はぎょっとして警戒するが、しかし彼らは一応看守に当たる者達だ。形骸化し、日常においては姿すら現さない連中だろうと、滅多なことはできない。

 

「それで、一体何のようだ?客としてきたなら茶でも振る舞ってやろうか」

「冗談ではない。こんな所の物など誰が口にするか汚らわしい」

 

 どうやら、地下牢への偏見を改めたりだとか、そういった事はないらしかった。となると尚のこと、良い予感はしない。ボルドーはビーカンの昔を知っている。彼は昔、衛星都市セインの騎士団に所属していた。昔から怠惰な割に自分を賢しいと考え、そして不正をやらかしてこんな場所に飛ばされた男だ。

 そんな彼がわざわざこんな場所まで降りてきた。絶対に碌な事は言わないだろう。

 

「………あの小僧はいるか?」

 

 ビーカンはキョロキョロと周囲を見渡す。小僧。ということはウルだろう。尋問の時、一悶着あったと言うことは聞いてはいるが、ビクビクと怯えるようにウルを探すビーカンの様子は少し滑稽だった。

 

「医務室で寝ている。それがなにか?」

 

 それを聞いた瞬間、ビーカンは安堵の溜息をついた。どうせウルが倒れた事を聞いた上で此処に足を踏み入れただろうに、随分なビビりようだ。ウルは一体何をしたのだろう。

 

「大罪都市ラースへとたどり着いたらしいな。ええ?」

「それがどうした」

「私がそれを手伝ってやろうというのだ」

 

 ビーカンのたるんだ頬が揺れ、浅ましく口は歪んだ。

 やはり、碌な事を言わない。ボルドーは言葉にせずにそう嘆いた。

 

 

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