かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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【最悪の遺物】戦

 

 

 【焦牢・地下牢】

 

「北部通路から鬼が溢れてきているぞ!!塞げえ!!」

 

 地下牢の状況は悪化の一途を辿っていた。

 黒炎の影響範囲は地上から地下へと時間をかけて伝達する。焼き払われた地上の大火災によって、地下牢で活動できる範囲は瞬く間に狭まっていた。既に地下牢の内部にまで黒炎は灯り始めていた。地下探鉱に全員が逃げ出す以外なかった。

 地上の救助も当てには出来ず、逃げる出口も少ない。それでも、地下牢にいるよりはマシだと外に飛び出した囚人は何人かいたが、彼らの半数は身体を焼かれ、呪われ、泣きながら戻ってきた。どこもかしこも黒炎と鬼まみれで、逃げられる場所など何処にも無かった。

 

 つまり、耐えるしかない。【黒炎払い】が【残火】を消し去るのを。

 

「もう無理だ!無理だよ畜生!!」

 

 しかし、それを耐えるだけの意思も、戦力も、地下牢には殆ど残されていなかった

 所詮、各都市から爪弾きにされた犯罪者達の集まりだ。【黒炎払い】が戦力をかき集めるための三日の間、意思が統一されていたのはアナスタシアのカリスマで強引にまとめ上げていたにすぎない。それだって、そう長くは保たなかっただろう。まして彼女を欠いた地下牢など、即座に崩れるのはわかりきっていた。

 食料だって残り僅かだ。地下探鉱はそもそも居住スペースとしても不向きだ。囚人達の士気は著しく落ち続けた。

 

「畜生!こんなことならアイツらに食料なんて融通しなきゃよかった!」

「うるせえ、済んだ事ギャーギャー喚くんじゃねえよ。手ぇ動かせよ」

「何必死こいてんだよ!俺たちゃもう終わりだ!!」

 

 やけっぱちになって騒ぎ出す者の割合も増え続けた。だが、彼らがどれだけ絶望を喚いても、逃げ道がないのは事実だった。その絶望が彼らの混乱を更に増長させた。

 

「可能な限り南へと拡張を続けろ。この先なら黒炎は少ない」

「わぁったフライタン!!」

 

 唯一、地下牢の中で混乱が少ないのは、指導者の健在な【探鉱隊】だ。フライタンの指揮の下、彼らは地下探鉱を掘り進め、少しでも拡張を続けて時間稼ぎに従事している。

 しかし、この統率は決して素晴らしいものでは無いことをフライタンは知っている。彼らはフライタンを、かつて彼らが捕まったきっかけとなった違法鉱山の頃から彼らを率いていたフライタン一族の血筋に対して盲信しているからに過ぎない。

 

 リーダーが言うのだから間違いは無いだろう。という盲従が昔から彼らにはあった。

 

 勿論、現状を考えればその盲従はプラスに働いている。それがなくては、【探鉱隊】までも混乱をきたして、地下牢はそうそうに全滅していたのは間違いない。

 だけどそれも限界だと言うことをフライタンは理解していた。誰に盲従するでもなく自身で判断する彼にはハッキリと限界が見えていた。もうすぐ、終わりは来る。心身の限界点はもう間もなくだ。そうすれば地下牢は終わりだ。

 

 元々、無茶な作戦だったのだ。本当は不死鳥に焼き尽くされた時、その末路は決定していたと言える。【黒炎払い】達を万全の状態で送り出せただけでも上々だ。これ以上はもう無理だ。

 

 だから地下探鉱の奧、臨時で用意されたダヴィネの部屋へと一人顔を出した。

 

「ダヴィネ」

「邪魔するんじゃねえ」

 

 ダヴィネは一人、鎚を振るっていた。

 地下工房で持ち寄った様々な道具類を持ち込んで。窯代わりの魔導窯を強引に作り出し、それでも鎚を振るい続ける。現在少数でもまだ、黒炎の浸食に抵抗し続ける囚人達のために彼はほぼほぼ休むことなく鎚を振るい続けていた。

 らしい姿だとフライタンは思った。傲慢な暴君は王さまとして君臨するために彼が無理矢理身につけた立ち振る舞いの一つだ。元々職人気質で、他がおろそかになってしまうほどに一点集中するのが彼の気質だった。その結果、探鉱での共同作業では失敗が多かった。

 

 やはり、彼にはこういうことが元々向いている。フライタンは改めて思った。だが、彼は彼で探鉱隊の部下達とは別の意味で周りに視線が向かっていない。それもわかっていた。

 

「失せろフライタン。俺は集中してんだ」

「聞け、ダヴィネ」

 

 ギロリと睨むダヴィネを無視してフライタンは言葉を続ける。

 

「お前、一人でここから逃げろ」

「……あ?」

 

 ダヴィネは強く顔を顰め、フライタンを睨んだ。フライタンは気にせず続ける。

 

「地上の外に【黒炎払い】が作った迷宮探索用の中継地点がある。そこへ逃げろ。お前一人分の食料なら数日分は残ってる」

 

 どさりと保存鞄をダヴィネの前に放るとダヴィネは目を見開く。

 

「……こんなもん、どこから」

「崩落が起こった際、凌ぐための備えだよ」

 

 それほど用心深いのは【探鉱隊】でも彼くらいだったが、この期に及んでは役に立った。だが、何人分も残っている訳ではない。地下牢の生き残った住民分など残るわけもない。だからフライタンはダヴィネにそれを渡した。

 

「それで凌いで、黒炎払いが解決するか、他の国が【焦牢】の異常の解決に来てくれるのを待て。そして後は自由に――――」

「勝手に決めんな」

 

 だが、フライタンが全てを言い切るよりもはやく、ダヴィネは彼の言葉を斬り捨てた。立ち上がり、フライタンの前に立つ彼の表情には明確な怒りが込められていた。

 

「ダヴィネ」

「てめえはずっと前からそうだ。勝手に決めやがって!俺のためみたいなツラしやがって!鬱陶しいんだよ!!!」

 

 ダヴィネはそう言って今しがた彼が完成させた”作品”を起こす。大砲のような砲口、唸りを上げる魔導核に先端に付いた禍々しい【竜牙槍】。しかしその全てが巨大で、規格外だった。

 

「俺はイヤだからな!!頭固くて鬱陶しいタコだろうがなんだろうが、てめえや、てめえの部下達が鬼になって呻いているのをみるのは!!」

 

 扉を叩き開き、ズンズンと先に進む。彼の視線の先には幾つものバリケードを突破し、こちらに近付こうとしている黒炎鬼達が見えた。彼らに向かってダヴィネは自らの竜牙槍を向け、そして叫ぶ。

 

「俺は俺がやりたいことをやってんだ!!勝手に決めつけて!哀れむんじゃねえ!!!」

 

 地下牢に【咆吼】が響き渡る。地下牢はギリギリで持ちこたえ続けていた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 

 

 

 

 

 【灰都ラース】 北東部 旧神殿跡地

 

「もう無理だ!畜生!!」

 

 一方で、灰都ラースの戦況も最悪極まっていた。

 【黒炎払い】は事前に、万が一の時の避難所を灰都ラースにも用意していた。灰都ラースは広く、建物も多かった。不死鳥が反応する【残火】から外れさえすれば都合の良い場所はいくらでもあったのだ。不死鳥との戦いで危機的状況になってバラバラになったとき、その場所に集まるよう打ち合わせしていた。

 その、避難所として決めていたラースの旧神殿で、【黒炎払い】は絶望に項垂れていた。

 

「畜生、畜生……なんだってんだありゃあ!反則だ!」

「声がでけえよ。アレに気付かれたら終わりだぞ…!?」

 

 彼らが話題にするのは勿論、例の【黒炎鬼】である。

 

「うう……」

「………炎……が…」

 

 あの二体の【黒炎鬼】に追い回され、万全に近かった【黒炎払い】は半壊した。当然、抵抗はした。叶う限りの手を尽くして攻撃し、足止めしをしようとした。だが、何もかも通じなかった。全員尻尾を巻いて逃げ出す以外無かった。

 

 幸運にも、と言うべきか、この避難所までは未だ黒炎鬼は追っては来なかった。だが、いつまた襲撃してくるか、この場の誰も分からなかった。問題はまだある。

 

「隊長もやられちまった……ガザも、レイも……」

「まだ死んじゃいない……不吉なことを言うな」

「だがよお……」

 

 ボルドーは最初の奇襲でやられた。真っ先に指揮官を狙い撃たれたという最悪に続いて、古参でボルドーに替わって指揮が可能なガザとレイも、今は、攻撃を食らっている。とくにガザは酷かった。

 

「…………」

 

 真正面から胴を大きく切り裂かれたのだ。ウルが即座に回復薬を用いたが、それでも彼は目覚めない。レイはまだ意識はあるが、しかし彼女も顔色は最悪だ。

 

「私は、平気」

「だけど、無茶は……」

「気休めは、良い。ガザや、他の連中をお願い」

 

 治癒術を使おうとした魔術師を退ける。

 彼女の背中は【黒炎鬼】の奇妙な魔具によって幾つも刃物が突き立った。傷自体は癒えたが、タチの悪いことに黒炎が纏わり付いていたのか、呪いの範囲が大きく広がっていた。治癒術は通じない。長くは保たない。遠からず死ぬだろう。

 本当に最悪の状況だ。士気など保てるはずもなかった。

 

「……逃げよう。もう無理だ」

 

 誰かが提案する。当然と言えば当然の発想だった。しかし即座に首を横に振る者が出た。

 

「何処に逃げるってんだ。地下牢だってもう崩壊寸前だぞ」

「他の国が助けに来てくれるかもしれねえだろ!」

「此処に駆けつけるだけでも何日かかるんだか。それに、黒炎を警戒するなら俺ならまず近付かねえ。何のために【焦牢】が隔離されてると思ってる」

 

 既にこの話は何度となくしている。困難だと判断したからこそ、今彼らはこうして無理を押して全てに決着を付けるための賭に出たのだ。今更、帰るなど選択肢としては論外だ。そんなこと、この場にいる全員分かっているはずだった。

 

「だけど、だったら、もう……」

 

 それでも、縋らずにはいられないのは、それほど彼らが絶望してるからだ。

 指揮官が失われ、残された無事な戦闘員は黒炎払いが5名ほど。はぐれた魔女釜の魔術師が1人。それ以外は怪我人ばかりだ。万全の状態でもなんら抵抗することも出来ずに敗れたというのに、この戦力で一体何が出来るというのだろうか。

 

「……来るべきじゃなかった。こんな所」

「おい、よせ……」

「だってそうだろ!!これならまだ地下牢でずっと雑魚狩ってたときの方がマシだった!」

 

 黒炎の呪いに喰われ、右腕が真っ黒に染まった一人、戦士が叫ぶ。

 それは決して言ってはならない言葉だった。曲がりなりにも、彼らは今日まで自分たちの意思でここまでたどり着いた。犠牲も被害も出る可能性を理解しても尚、前に進み続けた。それを今更悔いるのは、此処までの努力の全てを否定するようなものだ。

 それでも言わずには居られない。彼は叫び、そして恨みがましい視線を全ての出発点である少年へと向けた。

 

「聞いてんのかよウル!!全部お前の所為だ!!」

 

 自然と、意識ある者全員の視線がウルへと向かった。彼に対して憎悪や怒りを向ける者もいた。それが八つ当たりと知っていてもぶつけようのない感情を処理できずにいる者が多すぎた。

 そうでないものでも、答えを求めるように縋る者も多かった。この、どうにもならない現状で、答えを求めて、ウルへと縋るような目を向けた。

 

 幾多に渦巻く感情を向けられたウルは、不意に顔を上げ、答えた。

 

「……ん?ああ。すまん聞いてなかった」

 

 その、あまりにもすっとぼけた回答に、全員が虚を突かれた。憤怒を向けていた戦士も目を点にした。

 

「て、てめえ!?」

「だからすまんて。考え事をしていた。なあ、覚えているか?」

「覚えて……?」

 

 戸惑う男にウルが更に続けた。巫山戯た様子はなく、真剣な表情で。

 

「クウが、消える前に言っていた事だ」

「なに……?」

「俺もその時緊張してて、しかも直後に混乱した所為で記憶が朧気だ」

 

 言われて、その場の全員が考え出す。どうすれば良いか分からず彷徨っていたその場の全員は、突然投げられた問いに対して素直に思考を割く事が出来た。しかし中々答えが出てこない。この場の全員ウルと同様、あの時は緊張し、何時クウに攻撃を仕掛けるかだけに意識を集中させていたのだ。

 

「…………コレは、使いたく、なかった、のだけど、仕方ない」

 

 答えたのは、身体を休めていたアナスタシアだった。疲労のためか顔色が悪い彼女は、たどたどしくもハッキリとクウの言葉を再現した。ウルは平手を叩いた。

 

「……ああ、そうだったな。遠かったろうに、良く聞こえたな」

「目の代わり、耳が、よくな、ったから」

「頼もしいよ……そうだったな。確かにそうだ。それなら」

 

 ウルはゆっくりと立ちあがり、その場の中心に立ち、視線を集めた。

 

「疑問だ。何故使()()()()()()()()んだ?」

「それ、は……」

「断言できる。“あの黒炎鬼”は最強だ。なのになんで使うのを渋った?」

 

 ウル自身、そう口にしながら考え続けているのか指先で頭を掻く。そのまま浮かんだ考えを口にしていく。

 

「あの竜の遺骸を使って悪巧みするのがクウの目的だ。流石にそこは嘘じゃあないだろうさ。その為に地下牢で色々と活動して、働きかけて、数百年間攻略の為に時間をかけていた」

 

 地下牢に秩序を与え、ダヴィネの才能を見出して、彼に竜殺しを作らせた。ウルが来てからは協力して、地下牢全体が【黒炎砂漠】の攻略に向かうように誘導した。

 随分と遠回りなやり方だ。執念深いと言えばそうだが、効率が悪いとも言える。何せ彼女の手札には最強のジョーカーがあるのだから。

 

「使えるなら、あの無敵の黒炎鬼を使っちまえばよかったんだ。番兵だってあいつらに殺させて、さっさと【黒炎砂漠】を攻略しちまえば良かった。でもしなかった」

「……出来なかったから?」

「なんでできなかったんだ?なんでだ?」

 

 それはクウが見せたあからさまな非合理だった。その非合理が必ずしも隙と繋がるかは分からなかったが、この絶望的状況だ。なんとしても隙を見出さなければならなかった。

 すると、ぐったりと寝転び身体を倒していたレイが顔を上げる。

 

「逃げてるとき、気付いた。あの黒炎鬼、逃げてる最中、急に動きが鈍くなった」

「鈍く……?」

「恐らく、感知範囲の外に出た」

 

 黒炎鬼達に視覚能力などは無い。肉体の部位の大半は焼き爛れているからだ。

 魔力を、もっといえば、魔力を溜め込むための器、魂を感知していると言われている。その感知範囲はそれほど広くない。感知範囲の内側に居れば壁越しだろうと気付くが、範囲の外なら遠目に見えていても気付かない。

 黒炎払いなら一番最初に散々教えられる、黒炎鬼の特徴だ。それが起こった。

 

「……【番兵】はそんなこと無かったよな?」

 

 先程ウルにつっかかっていた男も、既に先程までの怒りなど忘れて思考に没頭しながら疑問を口にする。ウルは頷いた。

 

「アイツらは感知範囲が黒炎の壁の周囲全体だったからな。役目故だろうけど」

「……そう言う特徴もない。つまり、あの黒炎鬼はメチャ強いけど、“ただの黒炎鬼”?」

 

 砂漠でうろうろと徘徊し、何の考えもなく真っ直ぐに襲ってくる黒炎鬼達と変わらない。だからこうしてウル達が避難所に逃げ込む事が出来たし、此処に隠れているのに襲撃してこない。

 クウが番兵相手に使わなかったのも道理だ。黒炎鬼は既に燃えている薪に炎を移そうとしない。

 

「……クウが使うのを渋ったのは、そういうことか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――あら、バレちゃった」

 

 瞬間、その場の全員が動いた。特にウルは竜牙槍を即座に引き抜くと、声のする方角に一切躊躇わずに咆吼を撃ち放った。

 

「怖いわね」

 

 真っ黒な闇が蠢き、咆吼を喰らう。

 

「戦えそうにない奴全員逃げろ!他の避難所へ行け!戦う意思のある奴は残れ!」

 

 ウルが鋭く指示を出す。慌ただしく怪我人達は動き出す。意識のない連中も抱えるようにしてそれぞれが騒動に合わせて逃げていく。残ったのは、レイ含めた戦闘員が数人と――

 

「アナ。お前は……」

「最期まで、いさせて?」

 

 ウルの隣でアナスタシアは囁く。ウルは少し皺を寄せたが、しかし頷いた。

 

「仲良しねえ」

 

 そして土煙を払うようにしてクウが姿を現した。

 

 

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