かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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【最悪の遺物】戦②

 

「提案なのだけど」

 

 黒い森人のクウは、ボロボロになった神殿跡地の、祭壇の前に姿を現した。

 一応、この神殿は避難所とする過程で簡易の結界を敷いている。にもかかわらず彼女はその内側に現れた。神出鬼没で、何処にでも自由に姿を現すことが出来るように思える。

 だが、そうではないはずだ。と、ウルは静かに推測した。

 何処にでも自由に移動できるなら、やはり彼女は数百年も時間をかけ地下牢で活動する理由など皆無だった筈だ。

 

「提案?何の?」

 

 ウルはそれを見抜く為にも、彼女の会話に乗った。クウは地下牢で見せたときと何ら変わらない、妖しげな笑みを浮かべて返す。

 

「【ラース】の破壊を諦めて、引き返してくれない?追ったりはしないわよ」

「なんだそりゃ」

 

 ウルは眉をひそめた。

 

「そりゃつまり、【黒炎】も、その呪いも放置しろって事だろ?」

「此処で戦うよりはずっとマシな結末を提案しただけのことよ?」

「ご親切な提案をどうも。涙が出るね」

 

 【黒炎払い】の面々は、大なり小なり黒炎に呪われている。

 死に至るほどの呪いではない者も多いが、しかし確実に進行している。遠からず死ぬだろうとボルドーは言っていた。しかも先の離脱時に更に多くのものが黒炎に飲まれ、呪いは広がった。此処で引いても死ぬしかない。

 よしんば呪いで死ななかったとして、何処に戻れというのだろう。【焦牢】はもう崩壊寸前だ。結局彼女は死ねとしか言っていない。論外だった。

 

「でも、だったら戦うというの?あの最強と、貴方たちが?」

「最強」

「ねえ、ウル。貴方はもう気付いてるんでしょう?彼らが何か」

 

 問われて、ウルは沈黙するが、まだ察してはいない他の戦士達がウルのほうを見た。アナスタシアは沈黙し少し俯いている。彼女は悟っていたらしい。しかしウルと同じく黙っていた。理由は恐らく、ウルと同じだろう。それをクウは言葉にした。

 

「天賢王の忠実なる下僕、300年前、大罪竜ラースを封じるために、その命を賭けて戦い、そして死に、呪われた七天達に、貴方たちが勝てる?」

「な……!?」

 

 レイら黒炎払いらは驚愕し、後ずさる。当然の反応だった。故にウルは言葉にしなかった。彼らだって七天の名は知っているだろう。その威光も実力も。それらが敵に回るなど、それだけで萎縮しかねない。

 そんな最悪の情報をこぼしながら、萎縮した黒炎払いの戦士達を嘲笑うようにクウは言葉を続けた。

 

「ねえ?勝てるわけもない相手に無謀に挑んで、命を散らすくらいなら、残り僅かな寿命を大事にした方が良いと思わない?さっきも言ったけど、引くなら追わないわよ」 

 

 戦士達の怯えを突くような言葉だった。彼女は結局、どっちみち死ぬ事に変わりない、という無慈悲な言葉をなげつけているのだが、優しく聞こえてくるほどその口調は柔らかだった。元より、崩壊寸前だった面々は特に、動揺が激しい。

 しかし、そんな中、中心にいるウルだけはずっと沈黙を続けていた。クウは、ウルにも視線を向ける。

 

「ウル。貴方からもちゃんと言ってあげたら――――」

「――――ふ」

 

 しかし、彼女が全てを言い切る前に、ウルは、小さく息を吐くような声を漏らす。

 

 

 

「ふ、ふふふはははははははははははははははははははははははははは!!!」

 

 

 

 そしてそのまま、大きく口を開けて、嗤った。黒炎払い達はぎょっとした。正面に居るクウすらも、彼の奇行めいた爆笑に絶句していた。彼のとなりに居るアナスタシアすらも、目を丸くさせていた。

 ウルはそんな奇異な者を見る視線を一身に受けながらも、それでも笑うのを止めなかった。ひとしきり笑いに笑って、軽く咳き込んで、ようやく落ち着いたというように溜息を大きく吐き出した。

 

「はぁー――――すまん。笑ってしまった」

「…………なにが面白いの?」

「お前がだよ」

 

 ウルはクウを指して言う。

 クウは解せないという顔をするが、ウルは続ける。

 

「正直お前が此処に来たとき、終わったと思ったよ。お前に、俺の想像もし得ないような手札が残されていたら、その時点で厳しかったからな」

 

 数百年前から暗躍していた恐るべき森人。卓越した影の魔術の使い手。当然、ウルは警戒せざるを得なかった。彼女に、ウル達には明かしていないような恐ろしい切り札がまだ残っているなら、壊滅する他なかったからだ。

 格上相手であろうとも、既知の敵ならがむしゃらに追いすがることもできるが、未知の初見殺しは格下が相手でも死ぬ可能性がある。だから怖かった。

 

「だが話を聞いてみれば、なんだそりゃ」

 

 そう言うウルのクウを見る目は、あからさまに嘲っていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どんだけ自信ないんだ」

 

 クウの表情から笑みが消える。動揺を、隠すことができていなかった。ウルは更に一歩詰め寄る。

 同時に、身体で隠して仲間に指でサインを送っていた。だが、クウは気付く様子もない。

 

「要は、こっちの推察は全部図星だったわけだ。だから慌てて姿をさらして脅しにかかった。メッキが剥がれきる前に」

「――――」

 

 不意に、クウが指を上げる。正確には上げようとした。だが、それよりも速くウルは自身の足下、影に向かって【竜殺し】を突き立てた。

 

「っく!?」

 

 ばちんという、激しい音と共にウルの足下から現出しようとしていた影の魔術が弾け飛ぶ。クウは驚いたように自身の指先を押さえる。ぽたりと指先から零れた血が祭壇を濡らした。

 

「……で、今度は慌てて口封じか。お前の底は知れたな。クウ」

 

 凶悪な力を秘めた二式を握る右手には痛みが走ったが、ウルはそれを一切表情には出さなかった。ただただ、クウの感情を逆撫でるように嘲りの表情を浮かべ続ける。

 

「何考えてんだかわからん女と思ってたが、なんだ、喋ってみると可愛いじゃないか」

「この――」

「やれ!!!」

 

 そして直後、ウルの指示で、背後から魔封玉や矢弾が一気に射出された。

 

「ッ!?」

 

 完全に不意を打たれ、幾つかの攻撃を掠めながらクウは後退する。自らの足下、その影にずるりと沈んでいく。

 

「そう来るよな!!」

 

 だが、クウが身体を沈みきるよりも速く、ウルは新たなる魔封玉を投げつけた。正確に投擲されたそれは、彼女の頭上で内部に込められた魔術を炸裂させる。

 中身は単純極まるものだ。事前、黒炎払い全員が各々手渡されていた常備品の一つ。遠方にはぐれた場合、仲間に合図を送るための簡易の――――”閃光玉”

 

「っな!?」

 

 沈みかけていたクウの身体が弾かれる。

 影の魔術は、影が存在する場所で初めて成立する。常に薄暗い地下牢や、【黒炎】の吐き出す煙で常に薄暗い黒炎砂漠であれば、その力は有効だろう。しかし、光を直接当てれば影は消えて失せる。少なくとも、魔術を維持できるだけの影の強さは保てない。

 

「なんて子――――!?」

 

 クウは驚き、そして目を見開く。距離があったウルが、既に眼前まで迫って、大きく手を広げてクウの首を掴んできた。

 

「っが!?」

 

 地面に叩きつけられる。ウルは左手でクウの首を押さえ、そして右手は竜殺しを振りかぶっていた。クウは、間近でウルと目が合った。先程まで、表情豊かにクウをからかい、嘲笑っていた筈の彼の目からは、既に感情が消え去っていた。残った感情はただ一つ。

 

 殺す

 

 言葉よりも明瞭に、目が語っていた。

 

「ひゅっ」

 

 へし折るような勢いで首を握られ、呪文の詠唱も出来ず、言葉もでないクウの喉から空気が漏れたのは本能からの恐怖そのものだろう。だから、彼女は即座に地面を叩いた。閃光玉の光は一瞬で、もう消えている。自身の影をウルが槍でクウの心臓を貫くよりも速くに叩いた。

 そして、直後に”爆発”が起こった。

 

「…………!?」

 

 ウルは弾かれる。魔術を使えないように喉を潰すつもりだったが、無論、魔術の発動手段は一つではない。元々、彼女は詠唱する様子は殆ど無かった。気休め程度の対策だったが、やはり失敗だった。だが、それよりも気になることがある。

 今のは影の魔術ではなかった。

 

「……ぐっ」

 

 詠唱の隙も無く、なのに、弾かれたウルの身体の彼方此方が切り裂かれる程の高威力。黒喰らいの鎧の一部が裂けて砕けている。鎧がなければ輪切りにでもなっていた可能性があった。

 クウの魔術ではない。なら、これは、

 

「っげほ…………切り、札……用意していないと、思うの?」

 

 クウの声が反響する。恐らく今度こそ影の中に逃げた。そしてクウが居た場所に立っていたのは、別の存在。真っ黒なローブを纏い、太陽を模した杖を握り、大きな角をフードの影から伸ばした、黒炎鬼

 

『…………aaa』

 

 三体目の、七天の黒炎鬼――――

 

「撤退!!感知範囲外まで一気に距離を取れ!!!」

 

 ウルの判断は恐ろしく速かった。そして、それを受ける黒炎払いの面々の動きにも最早淀みは無い。先程まで混乱し、絶望し、八つ当たりまでしていた彼らだったが、彼らは今完全に統率が出来ていた。

 ウルを中心として、完全にまとまっていた。

 

「…………真っ先に消すべき相手、間違えたかしら……」

 

 影に消えたクウの呟きが、立ち去ったウル達の背中へと小さく届いた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「避難先は南の大通りの建造物の屋上だ!!影が差さないところに移動しろ!!」

 

 神殿を脱出してからの黒炎払いらの動きにも乱れはなかった。

 避難所が更に襲撃をされたときの別の避難経路も彼らは頭に叩き込んでいる。ラースで戦うと決めたとき、事前に灰都ラースの地形を詳細に伝えていたのが幸いした。

 しかし、そんな中アナスタシアを抱えたウルだけが、ルートを外れた。

 

「おい!?何処へ行く!」

「ラースを破壊してくる。あのバケモノを止める方法はそれしかない」

 

 彼を呼び止めた黒炎払いは驚愕するが、ウルは気にしなかった。抱え、運ぶようにして移動させていたアナスタシアに尋ねる。

 

「アナスタシア!道案内を頼む!七天に遭遇しないルートを教えてくれ!」

「だい、じょうぶ。いける。ウルくん」

「待て!お前等だけで行く気か!!」

 

 問いに対して、ウルは即頷く。

 アナスタシアに腕を回して身体を固定してもらい、ロープで縛る。武器を持ったまま動けるようにと、ウルは既に単独で動く準備を進めていた。

 

「黒炎鬼の感知にひっかかる可能性がある。多人数は逆に不利だ。アナスタシアで運命を見て最短を行く」

「だが……」

「心配してくれるなら、黒炎鬼達を上手く誘導してくれ」

 

 現在、砂漠を徘徊する黒炎鬼は合計で三体。どれも決して、ウル達の敵う相手ではない。しかし、現在判明した情報を整理して考えるならば、やりようはある。戦わず、誘導するやり方はある。

 黒炎払い達は10年間、その戦いを積み重ねてきたのだから。

 

「任せて」

 

 すると、ウルの言葉にレイが頷いた。やはり顔色は悪い。言葉数も普段よりも更に少ない。あきらかにコンディションは最悪なのだろう。しかしそれでも瞳から闘志は消えていなかった。

 

「七天だろうとなんだろうと、ただの黒炎鬼なら、誘導するくらいはできる」

 

 その言葉に、他の黒炎払い達もはっきりと頷いた。いくらかの虚勢もあった。しかし、少なくとも、たった二人で地獄に行くことを決めた相手に弱音を吐くほど、弱くはなかった。

 

「間違っても直接やり合うのはやめろよ」

「そっちこそ。死なないで」

「気を、付けて」

 

 こうして黒炎払いは二手に分かれ、行動を開始する。窮地にいても尚彼らは戦うことを選んだ。

 

 そしてその決断は、幾人かの終わりを決定的なものとした。

 

 

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