かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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【最悪の遺物】戦⑨ かくして彼女は人生を謳う

 

 不死鳥フィーネにとって、ヒトとの関わりはもう縁無きものだと思った。

 ラースの崩壊時、自らの主である天祈の願いを託された後、大罪竜ラースの遺骸に近付く者は問答無用で破壊してきた。

 そこに一切の容赦などなかった。問答もなかった。

 惨い事だった。フィーネは元々優しい不死鳥だ。それが黒炎の呪いがこびりつくほどの死と破壊、殺戮を繰り返した。そして数百年を守り続けた。後悔はしないが、悲しかった。

 

 だから、ヒトとの関わりは諦めていた。筈だった。

 

 ――俺達を手伝エ、不死鳥よ

 

 しかしまさか、ヒトですらない、黒炎鬼になりかかった存在にそんな提案をされるとは思いもしなかった。

 鬼へとなりかかった男と、それに背負われた死にかけの女、奇妙な二人組は、天剣に破壊され、なんとか再生していた不死鳥に語り掛けてきた。

 

 ――お前だけでハ、アレには勝てぬ。手伝え。

 

 確かに、不死鳥では、あの鬼には勝てない。

 どれだけ遠距離から炎を叩きつけようとも切り裂く。大剣を叩きつけようとも、剣を真正面から砕いて破壊する。近付けば、もう抵抗しようがない。首を切られ、翼を折られ、腹を引き裂かれた。

 黒い女、アレを止めなければならないのに、自分だけではどうにもできない。

 

 ――力を寄越セ

 

 その言葉に不死鳥は少し迷ってから頷いた。そして―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『寄越せェエ!!!不死鳥オオおおおオオおおおお!!!』

 

 大罪竜ラースの中心地にて、黒炎鬼が叫ぶ。不死鳥はその声に応じた。

 

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 不死鳥の炎の加護が零れ出す。

 聖炎を付与し、相手を守る不死鳥の力は、しかし今は呪いの炎を相手に宿し焼き付くす。が、しかし、対象とするのは黒炎鬼となりかかった男だ。その身は呪いにまみれている。故に黒炎そのものが糧となる。

 その身に伸びた角が、鬼の角、竜の角が歪に歪み、伸びる。

 

『砕けよぉ!!天剣んんんんんんん!!!!!』

 

 鬼が鬼へと憤怒を叫んだ。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「な……!?」

 

 クウは、目の前で起こった光景のあまりの意味のわからなさに目を見開いた。

 まず、ボルドーが生きていた。いや、あれを生きていると言って良いのか分からない。天衣によって腹を貫かれて、黒炎に呪われて、炎が噴き出している。間違いなく鬼になっている。頭に歪な角が伸びているのだ。

 それが、何故か同じ黒炎鬼の天剣を襲ってる。しかも、不死鳥に強化されて。

 

『aaaaaaaaaaaaaaaa!!』

 

 天剣に竜殺しが突き刺さっている。ウルの持つ特別製とは違う筈だが、黒炎鬼に対しては間違いなく特攻だ。しかし、それでも相手は天剣。ならば急所を抉られようと、真正面から叩きのめす事が出来る筈だ。あんな愚直な突進攻撃など、一振りで両断する。

 

 なのに、何故

 

『aaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』

「どうして無抵抗に……!?」

 

 天剣は、ロクに抵抗する様子が見えなかった。

 黒炎鬼に急所の概念もない。心臓を貫かれようと身体は動かせる。それなのに、目の前の敵に対して攻撃しようとしない。これは――――

 

『侮ったナあ!!クウ!!!』

 

 ボルドーは叫ぶ。黒炎払いの隊長として何時も物静かだった彼からは想像もつかないほどの狂気に満ち満ちていた。目の前の天剣を蹴りつける。尋常ならざる力で天剣の身体は吹っ飛んだ。やはり、無抵抗のままに。

 

『数百年経って呆けタか!!()()()()()()()()()()()()()!!!』

「な……!?」

 

 当然、と言えば当然の話だ。

 黒炎鬼は黒炎鬼同士の共食いをしない。既に燃えている薪に興味を持たない。認識できない。感知しない。だから、目の前で攻撃をしかけてこようとも、反応できない。

 今のボルドーは不死鳥のように呪いを纏った生者ではない!燃やすための薪など殆ど残っていない!鬼は目のまえに何があるのかを感知できない!

 

『黒炎鬼に飲まれた七天は、俺にとっテただの案山子よ!!!』

 

 すさまじい力で、ボルドーは天剣の体を蹴り飛ばす。天剣は無抵抗にクウの背後まで吹き飛ばされていった。

 

「【影よ!!!】」

 

 クウは慌てるように、影を動かした。切り札である天剣が使いものにならない。ならば自身で打ち倒すしか無い。そして相手がボルドーならば、彼女は殺しきる自信があった。魔術の技術は極めているし、ボルドーが自身の脅威になるとは思えない。

 

 更に言えば、彼のあの状況は絶対に長続きする筈がない。

 

 恐らく黒炎鬼になる直前も直前、本当の瀬戸際でギリギリ意識を保たせているにすぎない。意識が保っているだけでも異常だが、それ以上の奇跡が起こる筈もない。時間を稼ぎさえすればそれだけで勝手に燃え尽きる、筈なのだ。

 

『温いわぁ!!!!』

 

 だが、ボルドーは止まらない。不死鳥の加護により燃えさかる黒炎は力を増し、恐ろしい勢いでボルドーの身体を奔り、彼が振るう槍から放たれる。生き物の様に黒炎はクウの影の魔術を焼き払う。

 

 まさか、この期に及んで黒炎鬼が敵になるなんて!!

 

 黒炎鬼を利用する立場だった彼女が、その鬼に逆襲されている事実に歯噛みした。そして、幾ら彼女が利用しようとも、彼女が邪教徒と呼ばれる立場にいようとも、彼女自身が生者である以上、黒炎の呪いは恐るべき危険を秘めている。焼かれれば、癒やすことも出来ずに憤怒に飲まれて発狂する。

 

「燃え尽きる直前の蝋燭が!!」

 

 だが、それはボルドーとて同じ筈だ。

 あんな滅茶苦茶な黒炎のブースト、長続きするはずがない。それさえ凌げば、後は勝手に燃え尽きる。鬼としての肉体すら燃え尽きて、黒炎そのものになってボルドーは終わる。

 

 だったら、相手にする必要なんて無いはずだ。

 

 クウは自身の影に再び身を沈める。魔力の消耗が激しいが、四の五のと言っていられない。この場を凌ぐことが最優先だった。影に凌いで、勝手に彼が燃え尽きて、その後に【心臓】の操作を再開する――

 

『ほウ、悠長だな』

 

 そう思っていた彼女に、ボルドーの声が聞こえてくる。嘲るような声で、彼はクウと、そして”彼女の背後”を睨んだ。

 

()()()()()()()()()()()。どれだけ腸が腐っていても、お前は生者だぞ?』

 

 その言葉に、クウは眉を潜める。

 先程ボルドーが凄まじい力で蹴り飛ばし、後方に吹っ飛んでいった天剣。死に損ないのウルの側から引き離されて、蹴り飛ばされて、今現在その天剣と最も近い距離にいるのは――――自分だ。

 

「――――は?!」

『aaaaaaaaaaaaaaa』

 

 振り返れば、天剣が既に大剣を振りかぶり、振り下ろしていた。

 

「―――――っっ!?!」

 

 回避も出来ず、クウの身体を剣が切り裂く。幾つも重ねて装備していた守りの護符も、呪い避けの符も、一瞬で切り裂かれ、焼かれていく。

 

「っぐ、ああ!」

 

 血塗れになりながらも、彼女はそれでも必死の形相で影に逃げ込んだ。

 

 状況は加速していく。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 不死鳥フィーネはゆっくりと腰を下ろした。そして背中に背負ったもう一人を地面へと下ろした。

 

「……ありが、とう。守って、くれて」

 

 アナスタシアは疲労で震えそうな声で、不死鳥に礼を言った。

 道中、不死鳥はボルドーとアナスタシアを守り、この中央へとたどり着き、クウに狙われて落下して、吹き飛ばされても、アナスタシアの身体を離さなかった。既にロクに身体に力の入らないアナスタシアが振り落とされぬよう、そして自身の黒炎に焼かれてしまわぬように、ずっと守ってくれていたのだ。

 ボルドーは不死鳥に協力を要請したとき、細やかな指示は出さなかった。ただ自分を手伝って、遺骸の中心部へと運べと命じただけだ。だからアナスタシアを不死鳥が守ろうとしたのは、不死鳥自身の意思だ。

 

『AAA……』

 

 不死鳥が鳴く。言ってる意味が分からない。だが優しい気がした。

 やはり、理性は残されているのだろう。とアナスタシアは理解する。この大罪竜ラースの遺骸が悪用されぬよう、ずっと守り続けていた。そして、不死鳥がそうしなければならなかった意味も今なら理解できる。

 中心で脈動する赤紫色の何か。恐らく、黒炎の全ての中心であろうと思われるそれを、アナスタシアは体中で感じている。

 

 視力無く運命のみを見取る【運命の聖眼】が機能しない。

 視野一杯に、恐ろしい運命の脈動が溢れている。

 死の闇と、絶望の紅。それらが絶えず混じり、流れ込んでくる。それも膨大な量だ。

 

 此処に留まってはいけない。アナスタシアは血塗れになっているウルの身体に触れた。

 

「ウル、くん」

「…………ア、ナか……」

 

 返事はあった。だが、息も絶え絶えだった。身体を起こすことも出来ず、ウルは顔だけを彼女へと向けた。

 

「回復薬、は」

「ガザに、全部使っちまった。ミスった、な……」

 

 一本くらい取っておけば良かった、とウルは力なく笑った。彼の身体はダヴィネ自慢の兜を砕かれ、鎧をも貫通して深く身体を斬り付けられている。血塗れで、黒炎に焼け、呪われてもいた。致命傷だと誰の目にも明らかだ。

 ウルにもハッキリと分かったのだろう。ウルはアナスタシアへとハッキリと告げた。

 

「アナ、ここから、逃げろ」

「逃げる」

「クウが、何する気か知らんが、ここよか、マシだろさ……」

 

 ウルはそう言って、無理に口端をつり上げて、笑って見せた。手の平でウルの頬に触れるアナスタシアに、伝わるように。それが、今彼が出来るこちらに対する精一杯の思いやりであると彼女には分かった。

 アナスタシアは小さく俯いた。

 

「――――それが、今、貴方が、やりたいこと、なんです?」

「そー、だよ」

 

 死の間際に、自分の仲間を気遣って助けること。それがエゴだと彼は言う。

 望むまま、望むように彼は生きている。そして今、目の前の自分が無事でいることが、彼の望みの全てなのだと、そう言ってくれた。

 彼には外で、待っている妹が居るといつか言っていた。奇妙な縁で結ばれた仲間達もいるのだと。今、彼がただアナスタシアの無事を願うのは、彼らに手を伸ばすことができないからだとアナスタシアには分かってる。

 それをわかっていても、今、ただ自分一人に、彼の願いが向けられたことが嬉しかった。

 

「後で、俺も、逃げる、か、ら――――」

 

 そういって、彼は不意に意識を失った。呼吸も浅い。心臓の鼓動も小さい。多分このままだと彼は死ぬだろうと、すぐに分かった。

 

 でもそれは自分だって同じことだ。

 

「ああ、……』

 

 ずっと抑え込まれていた呪いが、激しさを増していく。全身の呪いの跡が熱を持ち始めていた。今日まで奇跡的に抑え込まれていた呪いが、一斉に暴れ狂い始める。

 呪いの根源に近づいたからだろう。【発火】が起ころうとしている。尽きかけた命を薪に、新たな呪いを産み出そうとしている。

 

 しかし、アナスタシアは歯を食いしばった。

 

「……あげない」

 

 自分の声が、怒りに満ちていることに、アナスタシアは驚いた。

 

「絶対に、絶対に、絶対に……あげない……!」

 

 最後まで生きるために、前に進むためにここまできた。

 もうこの命、一欠片も、呪いなんてものに食わせてやる余地はない。

 

「私の命の使い道は、私が決める……!呪いなんかに、くれてやるものか……!!!」

 

 己を奮い立たせるように叫びながら、アナスタシアは自らの【運命の聖眼】に触れる。

 実体のない、魔力の塊であるそれは、不意に彼女の焼き爛れた瞳から外れる。翡翠の魔力の塊となったそれを、彼女は指先で触れ、叫んだ。

 

「【我が、運命の、全てを此処に!!!】」

 

 呪いが手を伸ばすよりも早く、悍ましき竜の呪いの手で焼き尽くされるよりも前に、薪となるはずだった命の全てを自らの聖眼に集める。己の魂、一滴残らず、全て。

 

「私の全て、貴方に、預けます。どうか、生き抜いて」

 

 もう言葉は交わせない。別れではあるけれど、それでも共に在ることはできる。

 

 自身の命の注がれた翡翠の瞳を咥え、ウルへと口づけて彼へと注いだ。運命の聖女が十年間溜め込んだ膨大な魔力と、彼女の命の灯の全てがウルの身体へと溶け込んで満ちていく。

 

 間に合った。

 

 同時に、彼女の身体はくてん、と、力が抜けていく。ウルの身体に覆い被さるようにして彼女は倒れ込んだ。生命の全てを譲渡し、抜け殻となった彼女の身体は、灰のように真っ白になって、黒炎の砂漠の砂と同じように、砕けていく。

 

 自分の為に、貴方を利用してごめんなさい。 

 

 そんなふうに謝ろうとした。しかし、口からこぼれたのは別の言葉だ。

 

「好きです。愛しています。嬉しかった。楽しかった――――さようなら」

 

 やりたいことを全部した。無縁と思ってた恋もして、言いたいことを全部言った。

 

 なんて、素晴らしい人生だったんだろう。

 

 アナスタシアは満足して笑った。そして星屑のように煌めいて、消えた。

 

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