かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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天賢王勅命・最難関任務 憤怒の超克

 

 

「――――なんだ」

 

 ウルは自らの手に感じた猛烈な違和感に気付く。

 クウは切り裂いた。ラースの核を包み守ろうとしていた彼女の尾ごと、両断した手応えはあった。しかしその先、彼女が守ろうとしていた核と思しきものに触れた瞬間、猛烈な抵抗感があった。

 至極当然ながら、いままでの経験に大罪竜の身体の中心部にあるなんだかよくわからない物体を斬った経験などない。全てが未知だ。しかし、その手応えは明らかに破壊を達成したときの感触では無かった。

 

 まるで、巨大な猛獣の尾を、踏み抜いてしまったような――

 

「――――!!」

 

 そして、ウルの目の前の赤紫の核が、突如黒炎に包まれる。ウルは弾かれるようにして跳び、距離を取り、そして核を睨んだ。

 黒炎に包まれた臓器のような形をした核は、燃え続ける。だが次第に炎は収まっていった。否、正確に言うならば、それは内側に”吸収”されていった。

 

 そして、卵が割れて中が零れるように、”それ”は姿を現した。

 

 

『嗚呼………』

 

 

 黒い、ヒトガタ。

 

 黒く、長い髪。

 中性的な容姿、只人のようにも、森人の様にも見える細身。

 黒炎鬼達と同じ、禍々しい二つの角を頭部に生やしている。しかしそれは、呪われ、焼き爛れ、生きた屍となった黒炎鬼とは根本的に異なる。あの角は、元からあったものだ。鬼達のそれは、アレの模倣にすぎない。

 

 黒炎鬼の全ての元となっているのが、あの角だ。

 

「大、罪竜ラース……!!」

 

 外からウルが見ていたものはただのガワに過ぎなかった。蛇の抜け殻のようなものにすぎない。その中心にあったコレこそが、まさしくそのものだ。かつて300年前、戦士達が立ち向かい、しかし封じることしか出来なかった災厄が此処にある。

 

『嗚呼――――』

 

 ラースは口を開く。がっぽりと、まるで顎が外れてしまったかのような大きく。

 そしてその大口から、真っ黒な液体が溢れかえり、垂れ流される。吐瀉物のようにもみえるそれは、凄まじい熱を放ちながら、下へと落ちて、凄まじい勢いで広がっていく。爆発的な勢いで熱は跳ね上がった。

 ウルは汗が噴き出すのを感じた。しかしそれは熱のためではない。

 

『憤怒ヨ』

 

 ラースは、声を放つ。その様でどこから声を作っているのだろうか。なまじ元は端正なヒトの形を保っていたためか、一層にそれは不気味だった。

 

『憤怒ヨ、憤怒ヨ、憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒憤怒ヨヨヨヨヨヨヨヨ満タサレ満満満満満満満満満満満満満満満満満満満満満満満満満満タサレレレレレレレレレレヨヨヨヨヨヨヨオオオオオオオ!!!!!』

 

 壊れてる

 ウルは理解した。ラースは壊れている。

 恐らく、かつて300年前、命を決して戦った七天達は、ラースを殺しきれなかっただけで、その寸前まで役割を果たしたのだ。破壊の寸前で、それがかなわず封印した。だからラースは今日まで動くことも出来ずにいたのだ。

 それが、今、窮地を前に動き出した。しかしなんの修繕も果たされてはいない。壊れたままだ。壊れたまま、憤怒の呪いを吐き散らしている。おそらくこの呪いは遠からず、ラースの外郭を焼き、砂漠を焼き、イスラリア全土に及ぶ。

 

 紛れもなく、この世界で最も危険な存在の一つだ。

 

「――――だとしても」

 

 ウルは再び前傾姿勢を取った

 

「ここが何処で、お前が何者で、この世界がどうなろうとも」

 

 【二式】を握りしめた右手を掲げ、ウルは主である己に宣言する。

 

「俺がやることは一つたりとも変わりはしない……!!」

 

 自らが支配した魂に呼びかける。色欲の竜の力の全てを我が物とする。

 

「【其は死生の流転謳う白の姫華】」

 

 ウルの右腕が蠢いた。

 それ自体がウルとは別の生き物のように、蠢く。かつてウルの身体をズタズタに貫いた白蔓がウル自身の肉体から零れ、真っ黒な竜殺しを浸食していく。白が漆黒に絡み、歪め、変容させる。

 

「【万象狂わせ一切を穿て】」

 

 瞬く間に、白と黒の入り交じる、悍ましい魔槍の一振りに、竜殺しは変貌を遂げた。

 

「【白姫華・黒狂槍(ラスト・グレイ)】」

『オオオオオオ!!!!』

 

 ラースは途端、ギョロリとウルへと身体を向けた。黒い、炎の液体が生物の様に揺らぎ、蠢く。周囲の空気を焼き尽くしながら呪いが全方角にまき散らされる。黒い液体に触れるまでも無く、近付くだけで身体は呪われ焼き爛れるであろう熱量だった。

 

「【竜牙槍・白鋼終牙】」

 

 竜牙槍の刀身が別たれ、ウルの鎧に重なる。だがしかしそれは、主の身を守る為ではなく、眼前の敵を貫くため。ウル自身を、一切を貫くための一本の槍と成す為のもの。

 

 脳裏に描くは金色の友と、緋色の妹。

 

「穿つ……!!!!」

 

 穿つ。穿つ。穿つ。

 恐怖を棄て、躊躇いを棄て、保身を棄てる。

 穿ち、殺す。ただその為の一振りの槍と成る。

 

 即ち

 

「【魔穿】」

 

 音すらも置き去りにするかの如く速度で、憤怒の竜の肉体を穿つために、ウルは突貫した

 

「――――――――ッッッ!!!」

 

 空間が破裂するような音が響き、エネルギーの奔流が、竜の遺骸の中を灼く。

 

『AAアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』

 

 だが、それでもまだ、竜の身体にその穂先は届かない。

 

 竜の肉体の手前で、不可視の壁に阻まれる。

 竜の権能でも、魔術の類いでもない。極めて純粋な魔力と呪いの壁が、槍の突撃を阻んでいる。なんの技もなく、ただそれだけで防がれる。

 

「っぅぅううううがあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 足りない、足りない、足りない!

 

 実力が足りない!才能が足りない!経験が足りない!何もかもが不足している!

 

 分かっている。知っている。ディズの真似事など、全く出来てはいない。己が特別な存在であるなどという勘違いを、ウルはしていない。

 自分の実力はその程度だ。あの、全てを切り裂く漆黒の斬撃を、見よう見まねで再構築(アレンジ)できるような天才性を有してはいない。大罪の竜を強引に支配し、七天の祝福を上乗せして、運命の聖女の命まで預かって、そこまでやっても尚、届かないまがい物。

 純粋な黒にも白にも至れぬ半端物。

 

 だが、それがなんだというのだ。

 

 己がやると決めたのだ。進むと決めたのだ!誰に言われたわけでも無い、己が!!

 それが歪であろうとも、最終的に届かぬ事があろうとも――――

 

「関、係、無い……!!!」

 

 一歩進む。槍を掴む腕が裂け、血が噴き出す。穂先が魔力の壁を砕く。

 

 一歩進む。食いしばりすぎて歯が欠けたのか、血が噴き出す。槍が更に先へと進む。

 

 一歩進む。黒炎で身体が灼ける。槍が竜の心臓部に突き刺さる。

 

『GAアアアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 竜の灼熱の黒血が溢れ出す。飛び散った返り血がウルの身体を焼いた。だがそれでもウルは怯まない。更に先へ、更に前へ。その竜の心臓を穿つ。その為だけに自らの肉体を機能させる。

 

「【混沌よ!!狂い、廻れ!!!】」

 

 死地の中、救われた聖女の力。窮地の中、竜を支配し喰らった力。

 どちらも躊躇いなくウルは使う。自分にはあまりにも過ぎた力だと言うことは理解している。それでも全てを使う。使いこなせないというのなら、使い続けるだけのことだ。

 黒血が揺れる。弾ける。ウルを呪おうとした熱があらぬ方向へと弾け続ける。己を殺す運命を掴み、狂わせ、弾く。道理を無視した世の理を超越した力だった。

 

 だが、それでも尚、ラースは壊れない。

 

『ラストォォォオオオオオオオオオオ!!!』

「喋れるならちゃんと喋れ、よ!!!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 ラースの大口が開く、呪いの黒水が溢れる。ウルは即座に左手を上げた。ウルを護るように在った竜牙槍の刀身が一気に形を槍と変え、顎を開く。今日に至るまでウルと共に死地にあり、無数の強敵を殺し続けた魔導核が、光を放つ。

 

「【咆吼!!!!】」

『オオオオオボガガガガアアア嗚呼嗚呼嗚呼アアアアア――――――』

 

 黒血と咆吼の光が激突し、弾ける。二つの熱がぶつかり合い、空間を満たす。それでも尚、自らの魔眼の力を使うため、ひたすらにウルは前を見据え続けた。

 そして、

 

『――――――痛いの』

 

 その狭間で、何かが聞こえた。

 

 

 

              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『痛いの、苦しいの、熱いの』

 

 その声は、子供のような声だった。か細く、疲れ果てて、それでも拭いきれぬ程の―――

 

『どうして――――どうして?どうして!!!』

 

 憤怒が、あった。

 

『もう、終わりなのに、終わったはずなのに、終わらないの』

 

 救いを求め、それでも誰も手を差し伸べてはくれず、その理不尽に嘆き、怒る子供の声。

 

『私を、ちゃんと、壊して』

「――――ああ、大丈夫だ。任せろ」

 

 優しい声が、自然と、ウルの喉からこぼれ落ちた。聞こえてきたその声があまりにも怒りに満ちて、苦しげで、耐えがたくて、それを和らげたいと自然と思えた。

 

『――――――』

 

 声は聞こえない。その主の姿も見えない。ただ、小さく息を飲むのが聞こえた気がした。

 

 

 

              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAあああああ!!!』

「――――――ッ!?」

 

 黒血と咆吼の激突の光が落ち着く。視界が晴れる。

 先程聞こえてきた声が幻聴だったのか判別する手段が無い。ただ、目の前の黒血の奔流が、ほんの少しだけ、弱まった気がした。

 分からない。気のせいかも知れない。あまりにも絶望的な状況下で、思考が逃避して勘違いしているだけかも知れない。

 

 それでも構わない。

 

 震え、進むのを躊躇いそうになる自分の足が、一歩でも進む理由が出来たなら、それでいい。

 

「――――っが、……ぐ、……ぅぅうう……!!!」

 

 更に一歩、進む。既に竜殺しはラースの身体の半ばまで食い込み、砕きつつあった。ラースの身体はひび割れていく。しかし、砕けた身体から更に黒血は漏れでていく。その全てをウルは狂わせ、避けるが、魔力はもう底を尽きかけていた。

 どれほど超越的な権能を持っていようと、使うのは己なのだ。限界は近い。

 

 あと少し、あと一押しなのに――――

 

『………A A A』

 

 その時、背後から声が聞こえた。この灰都で嫌という程に聞いた、呪わしい、鬼の声。

 

 黒炎天剣の、呪いの声。

 

 ウルは、自分の死を直感した。振り返り応戦する力など何処にも残ってはいない。ボロボロの鎧が音を鳴らし、深く踏みこむのを音で感じ、ウルは自分の身体が真っ二つに分かたれるのを覚悟した。

 

 

 

「【  天  剣  】」

 

 

 

 しかし、次の瞬間、天の剣は、ウルを掠めることも無く、憤怒の竜の身体を両断した。

 

『がががががががががががガガガがが阿阿ああ嗚呼!!!?』

「っは!?」

 

 近接状態だったウルとラースの間を縫うような神業で、天剣はラースのみを引き裂いた。ウルは、倒れ込み、そのまま落下する天剣を見る。ボルドーが突き立てた竜殺しが未だ身体を貫き、黒炎が消えかかった天剣が落ちていくのを見た。

 

『――――――」

 

 交差の一瞬、古びた兜の下、口元が小さく笑って見えたのは、きっと気のせいだ。

 

 それでも

 

「ありがとう、我等が七天よ」

 

 ウルは敬意を告げた。

 そして残された渾身の力を右手に込めると、引き裂かれ、別れかかったラースの身体へと、竜殺しを全身全霊でもって押し込んだ。

 

「――――があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

『      ア    』

 

 崩壊は、決定的なものとなった。

 竜殺しは、ラースの身体を粉砕し、両断した。何処までも続く穴のように開いたラースの口が引きちぎれて爛れ落ちていく。ヒトの形を保つ力が損なわれ、肉体が溶けていく。

 

「――――」

 

 ウルが足場にしていた竜の形をしたラースの遺骸も同様に崩れた。長く燃え続け灰となって砕けるように、竜の身体はバラバラになった。足場を失い、そのまま落下していく。

 

 終わった

 

 それを理解し、脱力感につつまれながら、落下に身を委ねた。

 

 

 

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