かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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灰の英雄の凱旋⑤

 

 

 大罪都市エンヴィーにおける暴動の発生。

 

 突拍子も無く聞こえるそれは、しかし決して兆しが無かったわけでは無かった。エンヴィー内における都市民と神殿の決裂は誰の目で見ても明らかだったのだから。

 

 都市民、中央工房の面々は精霊の力への依存、脱却を高らかに謳い、

 神官、神殿の面子はそんな彼らを恩知らずの不敬者と罵った。

 

 魔道機械の発展国。七天のグレーレが介入した事で飛躍と言って良いほどの発展を見せたこの国において、その対立関係は日毎に増していた。大罪都市ラストのように、白の魔女の技術の継承と精霊の適正の融合が成されている訳でもなく、技術の発展が進むほどに乖離は激しくなっていった。

 無論、それでも、大半の都市民達は精霊達を信仰している。太陽の結界が彼らを守っている事実は何ら変わりない。都市維持に必要な要部分の多くは、未だ精霊の力に依存していることには変わりない。

 

 それを両方とも分かっているから、決定的な決裂は無かった。

 だが、ウーガの出現でバランスは崩れた。

 

 一切を精霊に依存しない超巨大移動要塞。限られた範囲で有りながら都市としての居住機能も備えた素晴らしい魔獣。その管理権を中央工房が得たのだ――――それが形式上だけのものであっても。 

 最初は半信半疑、ウーガの存在自体に懐疑的だった者も多かったが、その強大な力や能力、そしてそれらがもたらすであろう莫大な利益が明らかになるにつれて、中央工房への支持率は跳ね上がった。

 精霊からの脱却など現実味が無いと罵っていた連中も、押し黙らざるを得なかった。ウーガへの移住権は何時販売されるのだという問いかけが次々にやってくるほどだ。邪教徒が生みだした使い魔に安易に飛びつくのは危険だと窘める神官達は臆病者と罵られた。

 

 ウーガの管理権は、エンヴィー中央工房にとっての絶頂期を与えたのだ。

 

 わずか半年の間だけ。

 

「なんで、こうなった!!」

 

 ヘイルダーは額に汗を浮かべ、苛立たしそうに叫んでいた。彼はガルーダの中にいた。エンヴィー騎士団に強引にガルーダを飛ばさせて、全速力でウーガへと移動していた。

 額からは血が流れている。理由は、大罪都市エンヴィーで先日から勃発している暴動によるものだ。あるいは内乱と言っても良いかもしれない。

 

 切っ掛けは、【灰の英雄ウル】のラース解放である。

 

 本来ならそれは素晴らしい吉報である。名無しであれ、都市民であれ、神官であれ、諸手を挙げて歓喜してしかるべき話だ。何せ、イスラリア大陸の一部を呪い、禁忌としていた場所が人類の手に取り戻されたのだから。

 

 しかし、大罪都市エンヴィーではその吉報が激しい混乱を引き起こした。何故なら彼らはその大英雄から、彼の管理していた【竜吞ウーガ】を奪った張本人なのだから。

 

 彼が国家転覆を目論んだ咎人であり、恐るべき罪人であるから、その彼からウーガを取り戻した。ウルが犯した悪行は数知れない

 

 と中央工房は都市民に向かって断じていた。大罪都市エンヴィーはウーガの管理権を獲得する際、それまでのウーガの管理体制にどれほどの問題があったかを並べ立て、その全ての原因が大罪都市グラドルと冒険者ウルにあったと公言していた。

 

 グラドルから強引にウーガの管理権を奪った正当性を得るためだった。

 

 そのために念入りに悪評をなすった。彼が焦牢から二度と出ては来れまいと確信していたからだ。彼らにとってウルはどれだけの大悪党にしたところで、なんの反論も返してくることの無いサンドバッグだったのだ。

 

 ()()()()()()()

 彼は英雄として帰還した。

 しかもその英雄を、天賢王は認めた。その罪を全て誤りだったと宣言した。

 そしてその瞬間、中央工房が掲げていた正当性は、あまりにも悲惨な崩壊を開始した。

 

 ――ヘイルダー殿!!どうか顔をだしてください!!

 ――事態を説明してくれ!全て嘘だったのか!!!

 ――ちゃんと説明しろ卑怯者――――!

 

 その報を、ヘイルダーの所属する中央工房()()の、エンヴィー中の住民達は即座に知った。同時に、中央工房がこれまで秘密裏にしてきた多数の不正や問題を証拠付きでばらまかれた。

 

 大暴動は必然だった。もはや誰にも止められない災禍と化して、エンヴィーを焼き尽くした。

 

「巫山戯るなクソ……誰のお陰で今日まで富を享受出来たと思ってる…!!」

 

 ヘイルダーは歯ぎしりしながらうめく。だが、どれだけ怒りや不満を口にしても、自分達がイスラリア中から讃えられている英雄を薄汚く汚そうとした咎人であるというレッテルはもはや剥ぎようが無かった。

 政治でどうこうできる領域をすでに逸脱している。

 もっと圧倒的な、暴力による逆転以外、手は無かった。

 

「速く!もっと飛ばせ!!!」

「こ、これ以上は…!」

 

 ガルーダを操縦するエンヴィー騎士団遊撃部隊を罵りながら、ヘイルダーは焦燥の中にいた。彼が最後に見た光景は逃げ出した中央工房の彼方此方から煙があがった無残な姿だ。都市民達の暴走は明らかだった。

 ヘイルダーを睨む彼らの目は、血走り、歯を剥き出しにして、狂気に満ち満ちていた。

 

「竜吞ウーガが見えました!」

 

 報告を聞き、ヘイルダーは顔を上げる。

 遠見の水晶には黒炎の消え去ったラース領の砂漠に座するウーガが映っていた。現在のエンヴィーが混乱のただ中に居る全ての元凶であると同時に、現在のエンヴィーの混乱を一気に消し飛ばすだけの力を持った強大な兵器だ。

 渦中の中心、竜吞ウーガ、その力で、大罪都市エンヴィーで現在巻き起こってる騒乱を一時的に押さえ込む。都市すらも消し飛ばすほどの咆哮を目の当たりにすれば、数を頼みに騒ぐことしかできない都市民達は沈黙を余儀なくされるはずだ。

 

 窮地において閃いた策はあまりにも暴力的で、極端だった。

 

 しかしそうする他ないと彼は確信していた。

 そしてその予感は当たっていた。

 

 少なくとも、現在エンヴィーで起こっている暴動は、無難な所に落ち着いたとしてもヘイルダーは破滅する。間違いなく本件の責任を取らされる。自分は既に破滅の直前まで追い詰められている。そのことを彼は、激昂のただ中にあって冷静に理解していた。

 

「ガルーダをウーガへと直接下ろせ!!」

「正気ですか!?ウーガには結界があります!!この質量で接近すれば双方が危険です!!できま――」

「やれ!!」

 

 操縦桿を握っていたエンヴィー騎士はギョッとする。側に寄った彼が魔導銃を握り、突きつけてきたのだ。その砲口の大きさや、仰々しく露出した魔導核は明らかに護身用の可愛らしいシロモノではない。対魔物戦闘が想定された代物だ。

 その場に居る騎士達は全員、臨戦体制に入った。中央工房の実質的なトップだろうとなんだろうと、そこまでの暴挙を見過ごすほど彼らも愚かでは無かった。

 その場を緊迫感が包み込んだ。

 ヘイルダーの目つきは血走り、何をしでかすか分かったような状態ではなかった。

 

「……ウーガへと通達なさい。脅す形になりますが、結界を解除してもらいましょう」

 

 だが、そこに遊撃部隊隊長のグローリアが声を発した。彼女は冷静な声で、司令席から狂気を振りかざすヘイルダーを見下ろした。

 

「なんの準備も無く強引に降り立てば、墜落の危険まであります。それは望ましくないでしょう?」

「……………良いだろう。だが急げよ!!!」

 

 ヘイルダーは銃を下ろさぬまま叫ぶ。グローリアは小さく溜息をつきながら、騎士達に指示をだしていった。

 そして、しばらくの後、ウーガの結界は解除され、ガルーダはウーガに直接乗り付けるという無茶をしながらも、なんとか着陸を成功させた。当然、着陸港など無い為、ウーガの建造物のいくつかや、ガルーダ自身もいくつか破損したが、ヘイルダーの知ったことでは無かった。

 

「ウル……!!!待っていろ……お前に!!お前には……!!」

 

 ヘイルダーは繰り返す。憎悪と怒りにまみれた表情で、しかし何故かその瞳は爛々と輝いて見えた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 竜吞ウーガ、司令塔

 

「女王エシェル!!此処に居るか!!」

 

 そんなけたたましい声とともに、司令室の扉は開け放たれた。

 竜吞に対して全ての指令を送り出す、ウーガの頭脳とも呼ぶべきその場所にヘイルダーと彼に雇われた私兵達が一気になだれ込んだ。ヘイルダー含め、全員が武器を持ち、剣呑な雰囲気を漂わせている。

 にも関わらず、その侵入を受けたウーガの司令塔の作業員達は平静だった。武器を持ち込んだ彼らに対して視線を向け、立ちあがるが、怯え竦んだりする様子はない。 

 

「――――どうしたんだ。ヘイルダー・グラッチャ」

 

 そして、司令室の中央に、このウーガの女王であるエシェル・レーネ・ラーレイは座っていた。自身の隣りにカルカラという神官を常に侍らせている紅髪の獣人。ヘイルダーがウーガの管理権限をグラドルから簒奪した当時は、小娘にしか見えなかった。

 だが今、余裕のないヘイルダーに対して、彼女は酷く落ち着いている。【竜吞女王】などという滑稽な呼び名に真実味を持たせていた。それがヘイルダーを更に苛立たせた。

 だが、今は彼女に苛立っている暇など無いのだ

 

「今すぐウーガを出せ!!大罪都市エンヴィーへと向かわせろ!」

 

 ウーガの力を使って、エンヴィーの混乱を()()。急がなければならないのだから――

 

「出来ない」

「は?」

「状況は理解している。目的は、内乱状態のエンヴィーをウーガの力で制圧する事か?」

 

 エシェルは尚も態度を崩さない。司令室の玉座の上から、全てを理解しているかのような彼女の態度に、ヘイルダーは更にはらわたが煮えくり返る。

 

「大罪都市エンヴィー内における暴動はたしかに大事だ。だけど状況は混沌としていて、複雑だ。双方に言い分があるだろう状況で、一方の意見を通すためにウーガを動かして、その力を背景に鎮圧すれば確実に後に引く。」

 

 これが少人数による主張と破壊活動であるなら、動く大義はあっただろう。しかし現状エンヴィーに起こっているのは内乱だ。双方に言い分の在る状態で起こった対立であり、そこに介入するリスクは高い。

 魔獣災害に見舞われたと判断できた焦牢の状況とは全く違う。エンヴィーのみならず複数の都市国の管理下にあるウーガは迂闊には動くわけには行かない状況である。

 まさしく、正論だった。そんなことは流石のヘイルダーもわかっている。しかし、それで「じゃあ仕方が無いな」と引き下がるわけには当然いかなかった。

 

「雇い主だぞこっちは!!!」

「現在私達が仕えてるのは主に大罪都市グラドル、プラウディア、エンヴィーの3都市であり、お前はその窓口の一つに過ぎない」

 

 それに、と、不意に彼女の目が細くなる。その視線に込められているのは嫌悪と敵意だ。

 

「私達のリーダーを貶めて、私達を利用しようとして、失敗して国が荒れた。そんな無様の尻拭いを私達がしてやる道理が見当たらない」

 

 それは、ウーガの住民達全ての、偽らざる本音だった。この半年間、強引に管理権限を奪ってきた大罪都市エンヴィーからは無茶に振り回された。貶められたウルの名を更に踏みつけてきた。

 心情的にも、ヘイルダーの無茶を聞いてやる理由が全くない。

 

「……復讐というワケか?ええ!?」

「自業自得で破滅した相手を追い払うことを、復讐と呼ぶなんて初めて聞いた」

 

 痙攣させるように顔を引きつらせるヘイルダーの言葉をエシェルは切って捨てた。

 エシェルの完全な決裂の宣言とともに、場は一気に緊張に包まれた。ヘイルダーが忙しなく、背後の私兵部隊に視線を送る。彼らの持つ武器は中央工房で作られた兵器の数々だ。都市防衛のために魔物に対して向けるような代物で有り、ヒトにそれを向ければ確実な惨事を招くものだった。

 それを構えるようにとヘイルダーは指示を出そうとした。だが、

 

「迂闊なことするのは止めとけよ。ガキ」

「うお!?」

「なんだてめ、っが!?」

 

 不意に声がして、次の瞬間彼の私兵団は瞬く間に捕縛された。

 

「貴様……!?」

「エンヴィーに帰って大人しくしてろよ。此処で暴れるよかマシな結末だろうさ」

 

 私兵達を捕らえたのは、ウーガの守護防衛を担う【白の蟒蛇】の戦士達であり、ヘイルダーの前にそのリーダーである巨体の大男、ジャインが姿を現した。自分の手駒を封じられ、憎々しげに睨み付けてくるヘイルダーにジャインは素っ気なく応じた。

 

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